
「大丈夫です。心配いりません。全て偽物です」#2「まきびし・鎖鎌・鎖かたびら」
note創作大賞お仕事小説部門参加作
#1
第一話あらすじ 自作原稿で作る防弾チョッキ
第二話「まきびし・鎖鎌・鎖かたびら」
前回の「原稿で作る防弾チョッキ作成法」は予定数を完売いたしました。再販する際はまた当番組でお知らせいたします。
「こんな物があったらいいのに」
「あの時あれがあったら何もかも上手くいったのに」
「今自分がこんな状態にあるのはあの時手元にあれがなかったからだ」
「あれさえあればあの人の命を救うことができた」
「あの時隕石が落ちてこなければ」
ふと夜中に目が覚めて、そんなことを考えてしまう時はありませんか? 私はあります。この間は「自分が元忍者だったら」と妄想していました。妄想の中で私は女性で、元くのいちでした。終電間際まで仕事を押し付けられていました。だから妄想をそのまま手元にあったメモ用紙に書きつけました。
『終電ダッシュ元くのいち』
終電に間に合わない可能性のある量の仕事を押し付けてくる轟課長に、心の中でくないを投げつけた。「殺気!」と課長は後ろを振り向いたが、あなたに殺気を向けているのは、正面に立つ私ですよ。元忍者でしたよ。いつでもやれますよ。
終電一分前にタイムカードを押しても、私の脚なら電車に乗り込める。幼い頃からの忍術修行が、こうして社会人になってからも役立つとは思わなかった。でも近頃は歳のせいか、たまに乗り損ねてしまう。忍者の全盛期は、短い。仕方ないので次の駅まで駆け、そこで電車に乗り込むのだ。帰るまで少しでも座りたいからだ。
週末で疲れがピークに達していたのか、この日も終電に間に合わなかった私は、次の駅まで走り始めた。
(尾行されている)
忍者は思うより速く行動するよう訓練を受けている。尾行されている、の「尾」が浮かぶ前に既にまきびしを撒き終えていた。後方で轟課長の「痛いっ」という悲鳴が聞こえた。私は鞄の底に忍ばせていた鎖鎌を取り出し、課長を待つ。
(了)
というわけで、今回の商品はこちらの「終電ダッシュくのいち」に登場したまきびしと鎖鎌となります。ストーカー対策として、上司からの仕事の依頼を断る道具として、または自分自身を痛めつけたくなった時などにご使用ください。怪我をされた場合は治療してください。治療費の負担は当社は一切行いません。
まきびしや鎖鎌なんて使う機会はなさそうだからいらない、そんなあなたに向けてもう一編書いています。
『鎖かたびら、忘れてたよ』
腐りかたびらを忘れているじゃないか。
轟課長は部下である元くのいちの九鬼に、毎日過剰な量の仕事を押し付けていた。終電ギリギリまで仕事をする九鬼が帰社するのを確認してから、轟は会社を出るのを日課にしていた。仕事を終わらせて終電ダッシュへ向かう九鬼は、会社の戸締りのことなど考えないからだ。
「あいつは忍者の頭領となれる器なのです」九鬼の親から頼まれていた。
「それなのに、少し体力が落ちたといって早々に引退してしまった」
器であることと、本人がやりたいかは別問題じゃないか、と轟課長は思いつつ「仕事を辞める方向に向けてくれないか」という依頼を断れなかった。轟自身が抜け忍であるという負い目もあった。
鎖かたびらを携えて九鬼を追いかける。終電は発車した後だったが、轟の嗅覚は九鬼のつけている香水の匂いを捕らえていた。線路沿いの道を走ると、まきびしを踏んでしまった。道の先から殺気を感じた。
「鎖キャタピラ、忘れてたよ!」闇に向かって言い間違えた。
(了)
というわけでまきびし、鎖鎌に鎖かたびらを加えた三点セットが、今回ご紹介する商品となります。ひっそりと暮らしている忍者の末裔の方々だけでなく、これから忍者になろうと考えている方、忍者になろうと決めた幼少の頃の決意をいまだに忘れられない方、轟課長ごっこをやってみたい方向けの商品となります。どれも実戦での使用に耐えられますので、戦国時代を再現するのにももってこいの商品となっております。ですから当然警察官の職務質問などに遭遇した場合は、捕まります。すぐさま捕らえられて没収されます。一発アウトです。警察もはっきりと凶器と認めるほどの完成度を誇ります。
自分でも書いたことをすっかり忘れていたような話も、商売道具として利用するようになっていた。まきびしも鎖鎌も鎖かたびらも意外と需要はあるようで、ちらほら注文の電話が入る。開発部は早速忍者の末裔と連絡を取り、本当に実戦でも使用できる商品を、客が希望する納期に合わせて作り上げてきた。自分の妄想が具現化されるのはいつ見ても気味が悪い。私がもっと悪意を持って、人の残虐な欲望ばかりを刺激する話をべらべらと喋り、客が乗せられたらどうするつもりなのだろうか。ルールは名ばかりとなり、ゆるゆるになってしまった通販番組の中で、私は次の商品アイデアを考え続ける。今度は「隕石落下を止めたかった恐竜たちが欲しがりそうな商品」でも喋ろうか。しかしさすがに恐竜相手に売り上げは見込めなかった。あらゆる罵声が自分に向けられることを想像した。「あらゆる罵声を『好き』に変換するボイスチェンジャー」という商品を思いついた。心配いらない。全て偽物だ。大丈夫だ。本当は何もかも本物であったとしても、大丈夫だ。何が大丈夫かなんて、既に分からなくなっているから、心配いらない。
(続く)
※過去作も作中に取り込んでいます。