
「終電ダッシュ元くのいち」(四百字のスケッチ)
終電に間に合わない可能性のある量の仕事を押し付けてくる轟課長に、心の中でくないを投げつけた。「殺気!」と課長は後ろを振り向いたが、あなたに殺気を向けているのは、正面に立つ私ですよ。元忍者でしたよ。いつでもやれますよ。
終電一分前にタイムカードを押しても、私の脚なら電車に乗り込める。幼い頃からの忍術修行が、こうして社会人になってからも役立つとは思わなかった。でも近頃は歳のせいか、たまに乗り損ねてしまう。忍者の全盛期は、短い。仕方ないので次の駅まで駆け、そこで電車に乗り込むのだ。帰るまで少しでも座りたいからだ。
週末で疲れがピークに達していたのか、この日も終電に間に合わなかった私は、次の駅まで走り始めた。
(尾行されている)
忍者は思うより速く行動するよう訓練を受けている。尾行されている、の「尾」が浮かぶ前に既にまきびしを撒き終えていた。後方で轟課長の「痛いっ」という悲鳴が聞こえた。私は鞄の底に忍ばせていた鎖鎌を取り出し、課長を待つ。