メインコンテンツへスキップ
見出し画像

【温泉ファンタジー】Sa・Ga3 温泉の覇者 第32話 温泉羅針盤

    スパロウが少し動けるようになった頃、長は洞窟の奥へ続く道を示した。

    白い毛の壁のように詰まっていたイエティたちが、うごうごと低く鳴きながら左右へ分かれていく。開いた道の先には、黒い岩に囲まれた細い通路が続いていた。

    スパ子
    「本当に奥に行けるのね。」

    長
    「おくに、ある。」

    スパロウ
    「温泉羅針盤か。」

    長は答えず、ゆっくりと歩き出した。

    スパロウたちは、その後に続いた。

    お雪さんは白い着ぐるみの胸元を両手でぎゅっと握りながら、スパ子の少し後ろを歩いている。

    スパ子
    「お雪さん、大丈夫?」

    雪
    「大丈夫です。怖いだけです。」

    スパ子
    「大丈夫じゃないわね。」

    通路の奥は、外の雪原とは違う寒さだった。

    風はない。だが、黒い岩そのものが冷えていて、足元からじわじわと熱を奪ってくる。氷の秘湯とはまた別の、静かな冷たさだった。

    やがて、通路の先に小さな広間が現れた。

    広間の中央には、青白い氷の台がある。その上に、円盤状の装置が置かれていた。

    スパロウ
    「あれか。」

    地脈機関のような巨大な設備ではなかった。

    両腕で抱えられそうな大きさの円盤に、古い金属の輪と、透明な石のような盤面が重なっている。方位磁針というより、ステロスのブリッジに据え付ける航法装置の一部に見えた。

    スパ子
    「思ったより小さいわね。」

    ぺーすけ
    「持ち運べない大きさではありませんね。」

    パー美
    「じゃあ持って帰れるじゃ〜ん。」

    長
    「われらの、たいせつなもの。」

    パー美
    「あ、だめそう。」

    スパロウは円盤の前にしゃがみ込んだ。

    盤面の奥には、細い光の線が何本も沈んでいる。北を指す針はない。代わりに、湯気のような白い光がゆっくりと渦を巻いていた。

    スパ子が簡易通信端末を取り出す。

    スパ子
    「メカ、見える?」

    端末の向こうで、少しだけ雑音が走った。

    メカ
    「映像確認。温泉羅針盤ト推定。ステロス航法卓ノ欠損部品ト形状一致。」

    スパロウ
    「つまり、これで合ってるんだな。」

    メカ
    「肯定。回収ヲ推奨シマス。」

    長が、じっと通信端末を見ていた。

    長
    「もっていく、だめ。」

    スパロウ
    「だよな。」

    スパ子
    「そりゃ、そうよね。」

    羅針盤は、イエティたちにとっての宝だった。

    奥へ通してもらえたからといって、そのまま持っていけばただの略奪である。

    スパロウは頭をかいた。

    スパロウ
    「どうする。交換できるものなんて持ってないぞ。」

    パー美
    「毛布とか?」

    スパ子
    「足りないでしょ。」

    ぺーすけ
    「食料も、彼らの生活には合わないでしょうね。」

    通信端末から、メカの声が割り込んだ。

    メカ
    「提案。温泉羅針盤ノ簡易接続ニヨリ、周辺湯脈ヲ探索可能ト推定。」

    スパ子
    「湯脈?」

    メカ
    「地中ノ温泉反応デス。」

    スパロウの目が光った。

    スパロウ
    「温泉を掘るのか。」

    メカ
    「肯定。寒冷地作業ユニットノ掘削機能ニヨリ、限定的ナ試掘ガ可能デス。」

    スパ子
    「でも、メカはここに来られないでしょ。」

    メカ
    「端末経由ノ簡易接続デ、探査ハ可能デス。羅針盤ノ一時使用許可ヲ求メマス。」

    スパ子は長を見た。

    長は黙っている。

    スパロウ
    「長。これで温泉を探せるかもしれない。」

    長
    「おんせん?」

    スパロウ
    「ああ。ここに、温かい湯を出せるかもしれない。」

    お雪さんが小さく息を飲んだ。

    雪
    「温泉……。」

    長は円盤を見た。

    それから、洞窟の外へ続く通路の方を見た。

    長
    「われら、さむい。」

    スパ子
    「イエティなのにね。」

    お雪さんが小さくうなずいた。

    雪
    「寒いものは、寒いです。」

    長はゆっくりと片手を上げ、温泉羅針盤を指した。

    長
    「つかえ。だが、われら、みている。もっていく、まだだ。」

    スパロウ
    「分かった。まず使わせてもらう。」

    スパ子は、メカから預かっていた細い接続コードを端末に差し込んだ。

    もう一方を羅針盤の縁にある古い端子へ近づけると、金属の輪に青白い光が走った。

    盤面の奥で、白い光がゆっくりと回り始める。

    メカ
    「簡易接続確認。周辺湯脈探査開始。」

    羅針盤の中で、光の線が一本、すっと伸びた。

    北でも南でもない。洞窟の外、雪原の少し先を指している。

    メカ
    「反応確認。洞窟外、南西方向。推定距離、二百四十メートル。地下熱源反応アリ。」

    スパロウ
    「近いな。」

    スパ子
    「本当に温泉があるの?」

    メカ
    「未確定。掘削ニヨル確認ヲ推奨シマス。」

    長は、羅針盤の光をじっと見ていた。

    長
    「いく。」

    その一言で、イエティたちがざわめいた。

    うごうご、うごごご、と低い声が洞窟に広がる。長が短く鳴くと、若いイエティたちは道を開けた。

    スパロウは温泉羅針盤を抱えた。

    地脈機関ほどではないが、ずしりと重い。ステロスのブリッジに置く航法装置だと思えば、むしろ小さいくらいだった。

    一行は温泉羅針盤を一時的に預かり、洞窟の外へ向かった。

    長もついてくる。何体かの若いイエティも、遠巻きにその後を追った。

    雪原では、寒冷地作業ユニットと接続したメカが待っていた。

    メカ
    「合流ヲ確認。」

    スパロウ
    「待たせたな。」

    メカ
    「待機シテイマシタ。」

    スパ子
    「言い方の違いだけじゃない。」

    羅針盤の示した先は、黒い岩が雪の下から少しだけ顔を出している場所だった。

    見た目には何もない。ただの雪原である。

    パー美
    「ここ〜?」

    ぺーすけ
    「地下に熱源があるなら、表面だけでは分かりませんね。」

    メカ
    「掘削ヲ開始シマス。」

    寒冷地作業ユニットの前部ドリルが、低い音を立てて回転を始めた。

    雪をかき分け、黒い岩の隙間へ刃先が食い込む。

    ギャリギャリギャリ。

    白い雪と黒い岩片が飛び散った。

    画像

    遠巻きに見ていたイエティたちが、うご、と一斉に身を引く。

    スパ子
    「ほら、やっぱり刺激してるじゃない。」

    メカ
    「安全距離ハ確保済ミデス。」

    スパロウ
    「見た目は全然安全じゃないけどな。」

    掘削はしばらく続いた。

    ドリルの音が雪原に響き、白い息と細かい雪煙が混ざる。お雪さんはスパ子の後ろで、もこもこの袖の先を握ったまま、じっと掘削の先を見ていた。

    やがて、音が変わった。

    固い岩を削る音から、湿ったものを突き抜ける音へ。

    メカ
    「地下空洞ニ到達。圧力上昇。」

    スパロウ
    「来るか?」

    次の瞬間。

    黒い岩の隙間から、白い湯気が噴き上がった。

    スパロウ
    「来た!」

    雪原の真ん中に、湯気が立ちのぼる。

    最初は細い線のようだった湯気は、すぐに太くなり、掘削孔の周囲の雪を溶かし始めた。青白い世界の中で、そこだけがほんのりと温かい色を帯びていく。

    温泉が、雪の中から湧き出した。

    イエティたちが、一斉に動きを止めた。

    うご、と誰かが鳴く。

    別のイエティが、恐る恐る近づいた。

    湯気に鼻先を近づける。

    そして、固まった。

    スパ子
    「大丈夫?」

    若いイエティは何も言わない。

    ただ、もう少しだけ湯気に近づいた。白い毛が、ふわりと揺れる。

    次の瞬間、他のイエティたちも、うごうごとうなりながら少しずつ寄ってきた。

    ぎゅうぎゅうに密集していたときとは違う。彼らは、初めて見る温泉を囲むように、そっと集まっていった。

    長も湯気の前まで歩いた。

    大きな手をゆっくりと伸ばし、湧き出した温水に触れる。

    長はしばらく黙っていた。

    それから、温泉羅針盤を見た。

    長
    「たから、ぬくいみず、しめした。」

    長は湯気の向こうで、イエティたちに向かって低く鳴いた。

    長
    「うごごごご。」

    イエティたちが、うごうごと揺れる。

    お雪さんは、その声に耳を澄ませるようにしてから、小さく言った。

    雪
    「長さんが、みなさんを説得しています。宝は温かい水を見つけるためのものだった。だからこの温泉が残るなら、羅針盤は旅に出してもいい……たぶん、そんな感じです。」

    スパ子
    「最後ちょっと不安ね。」

    雪
    「イエティ語、難しいので。」

    スパロウは長を見た。

    長は温泉羅針盤の前に立ち、ゆっくりとうなずいた。

    長
    「そとのひと。たから、もってゆけ。」

    スパロウ
    「いいのか。」

    長
    「ぬくいみず、ここにある。」

    スパロウは、雪の中から湧き出した小さな温泉を見た。

    湯船と呼ぶには、まだ粗い。黒い岩のくぼみに温水が溜まり、白い湯気がゆっくりと立ちのぼっているだけだ。それでも、洞窟で身を寄せ合っていたイエティたちにとっては、十分すぎるほどの宝だった。

    スパロウ
    「分かった。ありがたく預かっていく。」

    スパ子
    「返す予定はあるの?」

    スパロウ
    「返しに来る理由はできただろ。」

    スパ子
    「また来る気なのね。」

    スパロウ
    「温泉ができたんだぞ。」

    スパ子
    「理由として強すぎるわね。」

    長
    「ぬくいみず、われらのもの。」

    スパロウ
    「ああ。取らねぇよ。」

    スパ子
    「温泉を持って帰れるわけないでしょ。」

    通信端末から、メカの声が聞こえた。

    メカ
    「温泉羅針盤回収ニヨリ、航法機能ノ復旧ガ見込マレマス。ステロスヘ帰還後、接続解析ヲ実施シマス。」

    スパロウ
    「よし。これでステロスは、また少しまともになるな。」

    スパ子
    「まともになるの、少しずつすぎない?」

    メカ
    「反論不能。」

    パー美は、湯気の立つ岩場を見た。

    パー美
    「ねえ、お雪さんも入ろ〜。」

    雪
    「いえ、私は……溶けてしまいます。」

    スパ子
    「溶けるの?」

    雪
    「雪女ですので……。」

    スパロウ
    「そこはちゃんと雪女なんだな。」

    お雪さんは、湯気の届く岩場にそっと立った。

    着ぐるみのフードの縁が、温かな湯気でふわりと揺れる。

    雪
    「ここで、十分暖かいです。」

    スパロウは湯気を見て、ぱっと顔を上げた。

    スパロウ
    「よし。入ってから帰るぞ。」

    スパ子
    「決断だけは早いわね。」

    ぺーすけ
    「合理的です。冷え切った身体を温めてから戻るべきでしょう。」

    パー美
    「イエティ温泉じゃ〜ん。」

    スパロウ
    「いい名前だな。」

    スパ子
    「また勝手に名付けない。」

    メカのドリルが再び回り、黒い岩を少しずつ削っていく。ぺーすけとパー美も念動力で岩片を動かし、スパ子は足場の雪を払い、お雪さんはイエティたちに近づきすぎないよう声をかけた。

    しばらくして、雪原の岩場に小さな湯溜まりができた。

    湯気が白く立ちのぼる。

    イエティたちは、その周りにぎゅうぎゅうと集まった。相変わらず密集はしている。それでも、さっきまでとは違う。白い毛玉たちの真ん中には、温泉があった。

    スパロウたちは、着ぐるみを脱いで順番にその湯へ浸かった。

    氷の秘湯とは違う。肌を刺す冷たさではなく、凍った身体をほどいていく温かさだった。

    スパロウ
    「ああ……これだよ、これ。」

    スパ子
    「さっきまで冷凍食品だったものね。」

    スパロウ
    「俺は食品じゃねぇ。」

    パー美
    「でも解凍されてるよ〜。」

    スパロウ
    「されてねぇ。」

    スパ子
    「されてるわよ。」

    ぺーすけ
    「科学的には、かなり回復しています。」

    スパロウ
    「お前まで乗るな。」

    湯気の向こうで、お雪さんが小さく笑った。

    スパロウは温泉羅針盤をもう一度抱え直した。

    盤面の奥では、白い光がまだゆっくりと渦を巻いている。それは北も南も指していない。ただ、どこか遠い場所へ続く道を、静かに探しているように見えた。

    寒い大陸の片隅に、温泉ができた。

    スパロウたちは、温泉羅針盤を手に入れた。

    ステロス復旧に必要な装置は、あとひとつ。

    時空炉心だった。

    画像

    第31話 耐寒我慢大会   目次   第33話 羅針盤の針

     
     
    DERAです。 ガンダムやMSについて、好きな機体や勝手な仮説を書いていきます。 走る前から何かがズレるマラソン日記、普通なら流すところに引っかかる雑談、温泉に3分入ると強くなる男の創作ファンタジーを書いています。

    あなたへのおすすめ