
【温泉ファンタジー】Sa・Ga3 温泉の覇者 第31話 耐寒我慢大会
翌朝。
イエティの住処は、いつもより騒がしかった。
洞窟の奥では、白い毛の塊たちがぎゅうぎゅうに集まり、うごうごと低い声を響かせている。普段は暖を取るために丸まっている若いイエティたちも、この日ばかりは落ち着きなく身体を揺らしていた。
スパ子
「盛り上がってるわね。」
パー美
「お祭りっぽ〜い。」
ぺーすけ
「娯楽が少ないのでしょうね。」
スパロウ
「なんで俺の命を娯楽にしてるんだ。」
スパ子が手に持った簡易通信端末から、メカの声が聞こえた。
メカ
「命ノ危険ハ否定デキマセン。」
スパロウ
「通信越しに嫌なこと言うな。」
寒冷地作業ユニットは雪原で待機し、メカの声だけが通信端末から届いていた。
お雪さんはスパ子の少し後ろで、白い着ぐるみの胸元を両手でぎゅっと握っていた。
近くの若いイエティが、お雪さんに向かって首をかしげる。
若いイエティ
「ウゴ?」
雪
「ウゴゴゴ。」

スパ子
「今、はっきり断ったわね。」
雪
「はい。そこだけは、はっきりと。」
洞窟の奥から、ひときわ大きな白い影が現れた。
長だった。
他のイエティより一回り大きく、白い毛の一部に灰色が混じっている。長はゆっくりとスパロウたちを見回し、最後にスパロウの前で止まった。
長
「そとのひと。きたか。」
スパロウ
「来た。」
長
「さむさ、みせるか。」
スパロウ
「見せる。」
スパ子は横から小さく息を吐いた。
長は洞窟のさらに奥へ向き直り、片腕を上げた。
すると若いイエティたちが一斉に左右へ分かれ、奥の広場が見えた。
黒い岩に囲まれた広場の中央に、青白い氷の台がいくつも並んでいる。椅子というより、冷たさをそのまま固めた石の塊だった。見ているだけで腰から魂が抜けそうな代物である。
スパロウ
「座るのか、あれに。」
長
「すわる。」
スパロウ
「やっぱりか。」
長
「にげぬ。ぬくめぬ。たすけぬ。まるまらぬ。」
スパ子
「ルール雑!」
ぺーすけ
「ですが、分かりやすいですね。」
パー美
「丸まっちゃダメなんだ〜。」
長
「われら、すぐ、まるまる。」
言われてみれば、観客側のイエティたちはすでに半分ほど丸まっていた。寒いのか、習性なのか、白い毛玉が洞窟の壁際でぎゅうぎゅうに寄り集まっている。
スパ子
「大会中くらい我慢しなさいよ。」
観客のイエティたちが、うごご、と不満そうに揺れた。
参加する若いイエティたちが氷の台へ向かった。
スパロウも白いイエティ風の着ぐるみを脱ぎ、その列に並ぶ。
スパ子
「太郎。」
スパロウ
「なんだ。」
スパ子
「無理だと思ったら、降りなさいよ。」
スパロウは少しだけ笑った。
スパロウ
「無理をしに来たんだろ。」
スパ子
「そういう意味じゃないわよ。」
スパロウ
「分かってる。」
スパロウは氷の台の前に立ち、一度だけ息を吸った。
氷の秘湯で三分耐えた。ならば、座るだけならどうにかなる。そう思いたかったが、氷の台から立ちのぼる冷気は、遠慮なく腰から魂を抜きに来ていた。
スパロウ
「……座る前から帰りたい。」
スパ子
「始まってないわよ。」
長が腕を下ろした。
大会が始まった。
スパロウは氷の台に腰を下ろした瞬間、全身を硬直させた。
スパロウ
「っっっっっ!」
パー美
「太郎くん、顔がすごいことになってる〜。」
ぺーすけ
「表情筋の耐寒性能は低そうですね。」
スパロウ
「実況するな……!」
若いイエティたちは、さすがに慣れているのか最初は平然としていた。大きな手を膝に置き、白い毛をふくらませ、じっと座っている。その横で、スパロウだけが歯を食いしばりながら肩を震わせていた。
しばらくすると、洞窟の奥から冷たい風が吹き込んできた。
ただの風ではない。黒い岩の隙間を通り、氷を削りながら流れてくるような、細く鋭い冷気だった。
一体の若いイエティが、思わず隣のイエティへ寄ろうとする。
長
「まけ。」
その若いイエティは、うご、と小さく鳴いて氷の台から降りた。観客のイエティたちが、うごうご、と残念そうに揺れる。
スパロウ
「寄っただけで負けなのか。」
スパ子
「温めぬ、って言ってたでしょ。」
スパロウ
「厳しいな、毛玉界。」
さらに別のイエティが、寒さに耐えきれず身体を丸めた。
長
「まけ。」
そのイエティも、しょんぼりと台から降りていった。
スパロウ
「丸まるの、本当に駄目なんだな。」
パー美
「太郎くんも丸まっちゃダメだよ〜。」
スパロウ
「人間は丸まっても毛玉になれねぇんだよ……。」
観客側のイエティたちが、うごうごと低く揺れた。
だが、スパロウの余裕はそこまでだった。
氷の台から伝わる冷たさが、腰から腹へ、腹から胸へとじわじわ上がってくる。氷の秘湯のように一気に奪われる冷たさではない。逃げ場を塞ぎながら、ゆっくり身体の芯へ入り込んでくる冷たさだった。
スパ子は黙って見ていた。
パー美は指先を動かしかけて、すぐに止める。ここで助ければ失格だ。
お雪さんは洞窟の壁際で、もこもこの袖の先を両手で握りしめていた。顔色はよくない。それでも、目は逸らしていなかった。
スパロウは自分の意思で、氷の台に座っている。
残っているのは、スパロウと、灰色の毛が混じった大きな若いイエティだけになった。
そのイエティは強かった。風が吹いても、氷の台がきしんでも、まったく動かない。大きな手を膝に置いたまま、じっと前を見ている。
スパロウはその横で、白い息を何度も吐いた。
スパロウ
「……なるほどな。」
スパ子
「太郎?」
スパロウ
「勝てる気は、しねぇ。」
スパ子の眉が少し動いた。
スパロウ
「でも、逃げる気もねぇ。」
スパロウの身体が、わずかに傾いた。
スパ子が一歩出そうになる。
パー美の指が動く。
けれど、スパロウは片手を上げてそれを止めた。
氷の秘湯で目を覚ました、凍るほど冷たい何かが、身体の奥で静かに揺れている。
燃えるように力が湧くわけではない。ただ、冷たさの中に沈んでいく自分を、ぎりぎりのところで支えていた。
スパロウは丸まらなかった。
隣にも寄らなかった。
助けも求めなかった。
ただ、氷の台の上に座り続けた。
やがて、スパロウの身体が前へ崩れた。
スパ子
「太郎!」
パー美の念動力が、落ちかけたスパロウの身体を受け止める。
氷の台から離れた時点で、大会としてはそこで終わりだった。

長
「まけ。」
スパロウ
「……だろうな。」
毛布と白いイエティ風の着ぐるみをかけられたスパロウは、岩場の上でかすかに笑った。
スパ子
「笑ってる場合じゃないでしょ。」
スパロウ
「勝てなかったな。」
スパ子
「見れば分かるわよ。」
灰色混じりの若いイエティは、まだ氷の台に座っていた。観客のイエティたちが、うごごごご、と低く鳴り、洞窟全体が震える。
長は勝者のイエティを見て、次にスパロウを見た。
長
「そとのひと。」
スパロウは着ぐるみの中から顔だけを上げた。
長
「まけた。」
スパロウ
「念を押すな。」
長
「だが、さむさ、みせた。」
洞窟のざわめきが、少しだけ変わった。
長はゆっくりとうなずいた。
長
「にげぬ。まるまらぬ。ぬくめぬ。たすけ、もとめぬ。」
スパロウ
「最後は受け止められたけどな。」
長
「たすけ、もとめていない。よい。」
スパ子
「そこはいいんだ。」
長は奥へ向き直った。
長
「そとのひと。おく、ゆけ。」
スパロウは着ぐるみにくるまったまま、しばらく黙っていた。
それから、小さく息を吐く。
スパロウ
「勝たなくても、いいのか。」
長
「かつ、ちがう。さむさ、みる。」
スパ子はスパロウを見た。
スパロウは寒さで震えながら、それでも少しだけ得意げな顔をしている。
スパ子
「よかったじゃない、太郎。」
スパロウ
「まあな。」
パー美
「でも負けたよね〜。」
スパロウ
「そこは言うな。」
お雪さんは、洞窟の壁際からそっと歩み出た。
雪
「あの……すごかったです。」
スパロウ
「勝ってないけどな。」
雪
「でも、逃げませんでした。」
その言葉に、スパロウは少しだけ目を丸くした。
スパ子の手元の通信端末から、メカの声が入る。
メカ
「判定結果。太郎、敗北。」
スパロウ
「お前まで念を押すな!」
メカ
「補足。目的達成ト判断。」
ぺーすけ
「合理的には、その通りですね。」
洞窟の奥で、イエティたちが道を開け始める。
イエティたちの白い背中が、ゆっくり左右に割れていく。その先には、まだ誰も見ていない暗い通路が続いていた。
長
「おくに、ある。」
スパ子
「温泉羅針盤?」
長は、ゆっくりとうなずいた。
長
「われらの、たいせつなもの。」
スパロウは着ぐるみを握りしめたまま立ち上がろうとして、すぐに膝をついた。
スパ子
「まず休みなさい。」
スパロウ
「……そうする。」
耐寒我慢大会は終わった。
スパロウは勝てなかった。
けれど、白い洞窟の奥へ続く道は、確かに開いた。