
【温泉ファンタジー】Sa・Ga3 温泉の覇者 第33話 羅針盤の針
イエティ温泉を出発する頃には、スパロウの顔色も少しだけ戻っていた。
雪原の岩場には、白い湯気が立ちのぼっている。イエティたちはその周りにぎゅうぎゅうと集まり、うごうごと低く揺れていた。相変わらず密集しているが、今度はその真ん中に温泉がある。
スパロウ
「いい湯だったな。」
スパ子
「その前に死にかけてたけどね。」
スパロウ
「終わりよければすべて温泉だ。」
スパ子
「何ひとつ意味が分からないわ。」
お雪さんは湯気の届く岩場に立ち、白い着ぐるみの胸元を両手で握っていた。温泉には入らない。けれど、湯気に頬をゆるませている。
雪
「あの……ありがとうございました。」
スパロウ
「礼を言うのはこっちだ。案内してくれなきゃ、温泉羅針盤までたどり着けなかった。」
スパ子
「そうね。あと、イエティの群れにいきなり踏み込んで、太郎が毛玉にされるところだったわ。」
スパロウ
「されねぇよ。」
パー美
「ちょっと見たかったかも〜。」
スパロウ
「見るな。」
長は湯気の向こうから、スパロウたちを黙って見ていた。
スパロウが温泉羅針盤を抱え直すと、長は何も言わず、ゆっくりとうなずいた。それだけで十分だった。
雪
「また、来てくださいね。できれば、あまり寒くない日に。」
スパ子
「南極にそんな日あるの?」
雪
「ないです。」
スパロウ
「なら温泉の日だな。」
雪
「それなら、少し暖かいです。」

スパロウは笑い、温泉羅針盤を抱え直した。
地脈機関とは違い、腕の中に収まる大きさだった。ステロスに戻れば、きっと本来の場所がある。
一行は雪原を抜け、寒冷地作業ユニットと共にステロスへ戻った。
格納庫に入ると、まず着ぐるみを脱いだ。それからメカが寒冷地作業ユニットから切り離される。大型キャタピラとドリルを備えた作業ユニットが停止し、いつもの小さなメカが床へ降りた。
メカ
「寒冷地作業ユニット、帰還完了。」
スパ子
「お疲れさま。大きいと目立つわね、あれ。」
メカ
「肯定。対イエティ接近運用ニハ不向キデス。」
スパロウ
「次は温泉掘削用として使おうぜ。」
スパ子
「使い道が限定的すぎるのよ。」
温泉羅針盤は、ブリッジへ運ばれた。
ブリッジ中央の航法卓には、円盤状に空いた古いくぼみがある。そこだけ部品を失ったまま、長い年月を待っていたように見えた。
メカ
「温泉羅針盤、接続準備。」
スパロウは羅針盤を抱え、航法卓の前に立った。
スパロウ
「ここか。」
メカ
「肯定。」
スパロウが円盤を静かに置くと、羅針盤はくぼみにぴたりとはまった。
金属の輪に青白い光が走る。
ブリッジの床に細い線が広がり、地脈機関から送られてくる光と重なった。モニターには見慣れない図形と、読めない古代文字が次々に浮かび上がる。
パー美
「おお〜、それっぽい。」
ぺーすけ
「航法装置が生き返ったようですね。」
スパ子
「これで、次の目的地が分かるの?」
メカ
「解析中。」
羅針盤の盤面で、白い光がゆっくりと回り始めた。
北を指す針ではない。
地図の上に置かれた印でもない。
湯気のような白い線が航法卓の上に広がり、やがて一点を指して止まった。
スパロウ
「動いたな。」
メカ
「温泉羅針盤、正常起動。航法機能、一部復旧。」
スパロウ
「どこを指してる?」
メカ
「解析中。反応対象、時空炉心ト推定。」
スパ子
「時空炉心……最後の装置ね。」
メカ
「肯定。時空炉心ハ、時空航行及ビ境界航行ニ必要ナ中核装置デス。」
ぺーすけ
「境界航行?」
メカ
「通常空間ノ外側、境界領域ヘ移動スル機能デス。」
スパロウの表情が、わずかに変わった。
スパ子は、それに気づいた。
メカ
「現状ノステロスデハ、境界航行ハ実行不能。時空炉心ノ回収ガ必要デス。」
スパロウ
「境界の向こう……。」
その言葉は、小さかった。
けれど、スパ子には聞こえた。
スパロウは羅針盤の光を見ていた。白い光が指す先に何があるのか、まだ分からない。時空炉心を手に入れたからといって、本当に境界の向こうへ行けるのかも分からない。
それでも、スパロウの目には、はっきりと期待が浮かんでいた。
スパ子
「……まだ、行けるって決まったわけじゃないでしょ。」
スパロウ
「分かってる。」
スパ子
「分かってる顔じゃないわよ。」
スパロウは少しだけ笑った。
スパロウ
「近づいてる気はする。」
スパ子の眉が、ぴくりと動いた。
パー美
「なになに〜? 何の話?」
スパ子
「なんでもない。」
ぺーすけ
「今の反応は、なんでもない場合の反応ではありませんね。」
スパ子
「黙って。」
ぺーすけ
「はい。」
メカ
「補足説明ノ必要性ヲ検討中。」
スパ子
「しなくていい。」
メカ
「了解。」
スパロウは羅針盤の光を見つめたまま、何も言わなかった。
スパ子は腕を組み、そっぽを向く。
分かっている。
太郎が、その光の先に何を見ているのかくらい、分かっている。
だからこそ、面白くなかった。
メカ
「温泉羅針盤ノ示ス座標ヲ解析中。目的地ハ、通常航路外ノ可能性アリ。」
スパロウ
「通常航路外?」
メカ
「海上、地上、地下、既知航路ノイズレニモ該当シマセン。」
パー美
「また変なとこ〜?」
メカ
「肯定ノ可能性ガ高イデス。」
スパ子
「否定しなさいよ。」
メカ
「否定材料ガ存在シマセン。」
スパロウは羅針盤の光を見つめた。
白い針は、静かに一点を示している。
まだ行き先の名前は分からない。
けれど、次に必要なものは分かった。
スパロウ
「時空炉心を見つける。」
スパ子
「少しは休むって選択肢はないの?」
スパロウ
「温泉は待ってくれない。」
スパ子
「温泉は逃げないわよ。」
スパロウ
「だが、伝説は逃げるかもしれない。」
スパ子は呆れたようにため息をついた。
それでも、反対はしなかった。
ブリッジの大窓の外には、白い大陸が遠ざかっていく。雪原のどこかでは、イエティたちの温泉が、今も湯気を上げているはずだった。
ステロスの中で、温泉羅針盤の光が静かに回る。
地脈機関は船に力を戻した。
温泉羅針盤は、次の道を示した。
残る装置は、あとひとつ。
時空炉心。
境界の向こうへ渡るための、船の心臓。
スパロウたちの旅は、羅針盤の針が示すその先へ、もう一度動き出そうとしていた。

第三章 極寒の秘湯 完