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◆最終話◆部下はなぜ、何も言わずに辞めるのか——私が見逃した「無言離職」の正体

    この物語は全5話の連載です。

    【1on1の定義:1on1とは】
    部下の成長を通じて成果を最大化し、
    そのための次の最適行動を
    本人が意思決定できる状態をつくる「場」

    #創作大賞2026 #ビジネス部門

    延べ10,000名以上の1on1実績と、24年にわたる組織マネジメント経験をもとに、組織開発・人材育成を支援する1on1専門家、今竹英治です。現場で培った実践知を体系化し、上司と部下の関係性を整えながら、一人ひとりの成長と組織成果をつなぐ1on1マネジメントを提供しています。

    詳細は1on1専門家 今竹英治へ

    ◆これまでのあらすじ◆

    中堂さんは上司・森下さんとの1on1で本音を言えずにいたが、あるとき思い切って話してみると関係は軽くなった(第1話)。頻度が週1に増えると、次第に「話すことがある自分」を求められる重さに変わっていく(第2話)。善意の助言が後輩を悩ませ、さらに信頼して打ち明けた話を森下さんが部長への報告や研修事例として無断で使っていたことを知り、中堂さんは「選び取った沈黙」を返すようになる(第3話)。視点は1on1専門家・今竹英治(タケさん)自身に移り、彼は中堂さんの変化を「良い事例」として喜び、著書のメモに書き留めていた自分に気づく。二十年前、かつての部下にも同じ過ちを犯し、彼女を退職に追い込んでいたことを思い出しながら、「あの時、私は何を見誤っていたのか」という問いに向き合う(第4話)。
    第一話:https://note.com/deep_camel5792/n/n0300b1b10423
    第二話:https://note.com/deep_camel5792/n/nc6a321630ed2
    第三話:https://note.com/deep_camel5792/n/nb9398cedd03f
    第四話:https://note.com/deep_camel5792/n/n208d4575014e

    十月に入って、私はあの会社の管理職研修で、講師を務める日を迎えていました。

    森下さんが以前、部長との会話の中で口にしていた「今度の管理職研修の事例」というのは、実はこの研修のことでした。中堂さんの変化を、頻度を上げた1on1の成功例として紹介する。その依頼を、私は事前に森下さんから受けていました。

    正直に言うと、この依頼を受けたとき、私はしばらく返事を保留しました。あの原稿を書いてから、私はもう、以前と同じ気持ちでこの話を扱うことができなくなっていたからです。

    保留していた数日の間、私は何度も、あの二十年前の部下の顔を思い出していました。退職の面談で見せた、あの困ったような微笑み。もし、あのとき私が、彼女の話を事例にすることをやめていたら。もし、彼女自身に、直接、確かめていたら。今さら取り返しのつかない問いが、頭の中を巡り続けていました。

    同じ後悔を、また繰り返すのか。それとも、今度だけは、違う選択ができるのか。私はその数日間、自分の仕事のやり方そのものを、根本から疑い直していました。1on1の頻度を上げること、部下が話しやすい関係をつくること、そういう「型」を教えることが、果たして本当に、目の前の一人の人間のためになっているのか。それとも、私は単に、自分の指導が正しいことを証明するための材料を、集め続けているだけなのか。

    答えは出ませんでした。ただ、少なくとも今回は、彼女自身に確かめることだけは、しようと決めました。

    研修の前日、私は森下さんに電話をかけました。

    「明日の研修なんですが、中堂さんの事例、少し扱い方を変えさせてもらえませんか」

    森下さんは、少し戸惑ったような声で「どういうことですか」と聞き返しました。

    「数字や頻度の変化だけを、成功例として一方的に紹介するのは、やめておこうと思うんです。もしよければ、明日、少しだけ中堂さんご本人と、お時間をいただけないでしょうか」

    森下さんは怪訝そうでしたが、「本人が良ければ」と、間を空けて言ってくれました。

    電話を切ったあと、私はしばらく、自分の書斎で座ったままでいました。窓の外はもう暗く、机の上には、この一件についてまとめてきたノートが広げてありました。頻度、報告内容、変化の兆し。そういう項目を、私はずっと几帳面に書き留めてきました。けれど、そのどのページにも、中堂さん自身の言葉は、一つも書かれていませんでした。すべて、森下さんというフィルターを通した、間接的な記録でしかなかったのです。

    明日は、そのフィルターを外して、直接、彼女の言葉を聞く。そう思うと、二十数年、数えきれないほどの現場を見てきたはずの私が、なぜか、初めての面談を控えているような緊張を覚えていました。

    その夜、私は眠る前に、もう一度だけ、あの二十年前のことを思い出していました。当時の自分に、何か一言だけ伝えられるとしたら、何を伝えるだろうか。しばらく考えて、私は、こんな言葉しか思い浮かびませんでした。「その人の話は、その人だけのものだ。あなたの実績のためにあるのではない」。当たり前のことです。けれど、当たり前のことほど、渦中にいるときには見えなくなるのだと、私はこの歳になって、ようやく思い知らされていました。

    翌日、研修が始まる前、私は例の会議室に通されました。木曜の夕方、いつもの位置。中堂さんと森下さんが、そこで週に一度、三十分を過ごしてきた場所です。

    森下さんは気を利かせて、席を外してくれました。会議室には、私と中堂さんの二人だけが残りました。

    中堂さんは、椅子に座って、少し姿勢を正しました。私と話すのは、これが初めてでした。それまで私は、彼女の姿を、遠くから一度見たきりでした。

    「今日はお時間をいただいて、ありがとうございます。今竹といいます」

    「森下から伺っています」

    短い返事でした。声のトーンは穏やかでしたが、どこか身構えているようにも見えました。当然だと思いました。この人は、自分の知らないところで、自分の話が「事例」として扱われようとしていたことを、おそらく知っているのです。

    「単刀直入に言います。中堂さんの1on1のこと、成功事例として研修で紹介しようとしていました。頻度を増やして、自発的に話せるようになった、という形で」

    中堂さんは、何も言いませんでした。ただ、テーブルの上に置いた自分の手を、少しだけ見つめていました。

    「それを、やめようと思っています。本人の同意もなく、そんな扱いをするべきではなかった。それは、森下さんだけの問題ではなく、それを聞いて『いい事例だ』と思ってしまった、私自身の問題でもあります」

    中堂さんは、顔を上げました。少し驚いたような表情でした。

    「……どうして、それを私に言おうと思ったんですか」

    その問いに、私はすぐには答えられませんでした。

    「正直に言うと、以前、似たようなことをした経験があります。二十年ほど前、当時の部下のことを、良い事例として、会議で話してしまったことがありました。その方は、半年後に辞めました。理由は最後まで、はっきりとは話してくれませんでした」

    中堂さんは、黙って聞いていました。

    「あなたの話を、森下さんから聞いたとき、私はまた同じことをしようとしていました。数字や頻度だけを見て、良い変化だと決めつけて。あなたがどんな気持ちで、毎週の1on1に臨んでいたのか、一度も、直接は聞かないまま」

    しばらく、沈黙が続きました。中堂さんは、テーブルの木目を、指先でなぞるように見ていました。

    窓の外では、十月の午後の光が、ブラインドの隙間から斜めに差し込んでいました。あの六月の夕方の、昼でも夜でもない光とは、また違う質の光でした。中堂さんは、その光の筋を見るともなく見ながら、しばらく何も言いませんでした。

    私も、その沈黙を埋めようとはしませんでした。埋めることが、また彼女から何かを奪うことになる気がしたからです。彼女が話すか、話さないか。それを決めるのは、彼女自身であるべきだと、私はこのとき、初めて本当にそう思えました。

    長い沈黙の間、私はふと、この人もまた、あの給湯室で後輩に助言をしたときの自分と、同じ立場に立たされていたのかもしれないと思いました。良かれと思ってしたことが、誰かの中で違う重さに変わっていく。それを、彼女自身、痛いほど知っているはずでした。だからこそ、彼女は今、私に対しても、簡単には心を開かないのだろうと思いました。それは、当然の防御なのだと、私は思いました。

    そして、遠藤さんという、あの後輩のことも思い出していました。中堂さんが良かれと思ってかけた言葉が、遠藤さんの中で違う重さに変わっていったように、私が良かれと思って積み重ねてきた指導も、どこかで誰かの重荷になっていたのかもしれません。善意が誰かを傷つけるとき、そこには悪意も過失もなく、ただ、相手の内側を想像しきれなかったという、ただそれだけの見落としがあるのだと、私は今、あらためて思います。

    やがて、中堂さんは、小さく息を吐きました。

    「……最近どうですか、と森下も、よく聞いてくれます」

    ぽつりと、そう言いました。

    「でも、最近は、特に何も、と答えることが増えました」

    「それは、本当に何もないから、ですか」

    私がそう聞くと、中堂さんは少しの間、黙りました。答えるまでに、数秒の間がありました。

    「……わかりません。何もないのか、何かあるのに、言葉にする気力がないだけなのか。自分でも、もう区別がつかなくなっている気がします」

    その言葉は、彼女にとっても、初めて誰かに向けて口にしたものだったのかもしれません。私は、その言葉に、何か気の利いた返答をしようとは思いませんでした。ただ、そのまま、受け止めることしかできませんでした。

    「今日、話してくれて、ありがとうございます」

    私がそう言うと、中堂さんは小さく頷きました。

    「事例には、しないでください。私のことは」

    「はい、しません」

    それだけの、短いやり取りでした。何かが劇的に解決したわけではありません。中堂さんの中の重さが、この数分の会話で軽くなったとは、私には到底思えませんでした。ただ、彼女が「わかりません」と言えたこと。それだけは、確かなことのように感じられました。

    会議室を出るとき、中堂さんが、ふと足を止めて言いました。

    「森下は、悪い人じゃないんです。ただ……」

    その先を、彼女は言いませんでした。私も、無理に続きを求めませんでした。言葉にならないまま置かれたものを、無理に形にする必要はないと思ったからです。

    「また、機会があれば、話を聞かせてください。事例のためではなく」

    私がそう言うと、中堂さんは、少しだけ迷うような表情を見せてから、小さく「はい」と答えました。大きな約束ではありません。ただ、次に繋がる、小さな返事でした。

    研修の会場に向かいながら、私は、あの日、フロアで見た彼女の静かな背中を思い出していました。今日、初めて、その背中の持ち主と、まっすぐ向き合うことができました。とはいえ、それで何かが終わったわけではありません。むしろ、ようやく始まったばかりのことのように思えました。

    研修では、中堂さんの話を、事例としては一切扱いませんでした。代わりに、私は、二十年前の自分の失敗について、初めて人前で話しました。良い事例だと信じて会議で紹介した部下が、半年後に何も言わずに去っていったこと。その意味を、私自身、ずっと正しく理解できていなかったこと。

    管理職の何人かは、複雑な表情で聞いていました。中には、居心地悪そうに視線をそらす人もいました。それでいいのだと、私は思いました。きれいな成功例より、こういう見誤りの話の方が、誰かの中に、何かを残すこともあるはずです。

    研修が終わったあと、森下さんが私のところに来て、少し気まずそうに言いました。

    「今竹さん、すみませんでした。中堂のこと、あんな形で使おうとして」

    私は、首を横に振りました。

    「森下さんだけの問題じゃありません。私も、それを『いい話ですね』と言って、後押ししていた側です」

    森下さんは、しばらく黙っていました。それから、ぽつりと言いました。

    「最近、中堂と、どう話せばいいのか、わからなくなってきてるんです。前は、話してくれるようになって、良い方向に進んでる気がしてたのに」

    「わからなくなった、というのは、悪いことじゃないと思いますよ」

    私がそう言うと、森下さんは、少し意外そうな顔をしました。

    「わかったつもりになっていたときの方が、実は何も見えていなかったのかもしれません。私自身が、そうでしたから」

    森下さんは、その言葉に何かを考えているような表情を見せましたが、それ以上は何も言いませんでした。ただ、小さく頷きました。それが、何かの答えになったのかどうか、私にもわかりません。ただ、少なくとも、わからないことを、わからないままにしておける関係の方が、以前よりは、少しだけ健全なのではないかと、私は思いました。

    森下さんと別れる前、私はもう一つだけ、伝えておきたいことがありました。

    「一つだけ、お願いがあります。中堂さんが『特に問題ありません』と言ったとき、それをそのまま、良い報告として受け取らないでください。本当に何もないのか、何かを飲み込んでいるだけなのか、その区別は、こちらからは決してつきません。だからこそ、わからないままの状態を、急いで結論づけないでほしいんです」

    森下さんは、少し戸惑ったような顔をしましたが、やがて小さく頷きました。「わかりました」という、短い返事でした。それが、彼にとってどこまで実感を伴った言葉だったのか、私にはわかりません。ただ、少なくとも、彼の中に、小さな棘のような疑問が残ってくれたなら、それで十分だと、私は思うことにしました。

    帰りの新幹線の中で、私は窓の外を流れる景色を眺めながら、この数年間の自分の仕事を、あらためて振り返っていました。数えきれないほどの企業を訪れ、数えきれないほどの管理職に、1on1の型を伝えてきました。頻度を上げましょう、部下の話をよく聞きましょう、心理的安全性をつくりましょう。そう伝えるたびに、現場では、確かに何かが変わっていくのを見てきました。

    けれど、その「変わった」という報告の裏側に、いったいどれだけの中堂さんがいたのだろうかと、私は今、考えずにはいられません。良い変化として語られたものの中に、実は誰かが、静かに重さを抱え込んでいた瞬間が、どれだけあったのだろうか、と。

    私が長年掲げてきた言葉があります。部下の成長を通じて成果を最大化し、そのための次の最適行動を本人が意思決定できる状態をつくる場。それが、私にとっての1on1の定義でした。今、あらためてこの言葉を見つめ直すと、「本人が意思決定できる状態」という部分の重みに、私はようやく気づかされます。それは、上司が決めた変化を部下に実演させることでも、上司にとって都合の良い成長の物語を演じさせることでもありません。決めるのは、あくまで本人でなければならない。この定義を、私は何百回と人前で語ってきましたが、それを本当の意味で体現できていたかと問われれば、正直、自信を持って頷くことはできません。

    その問いに、私はまだ、答えを持っていません。持っていないまま、それでも私は、この仕事を続けています。続けながら、少しずつでも、目の前の一人の人間の呼吸を、以前より丁寧に見ようとする。それくらいのことしか、今の私にはできません。

    私は今も、あの日の中堂さんの「わかりません」という一言を、何度も思い出します。

    答えは、まだ出ていません。中堂さんが、いつか本当に話したいことを話せるようになるのか。森下さんとの関係が、これからどう変わっていくのか。私にも、誰にも、わからないことです。1on1を何回重ねても、頻度をどれだけ工夫しても、それだけで人の沈黙が解けるわけではないのだと、私はこの経験から、あらためて思い知らされました。

    それでも、1on1という営みは、明日も、来週も、続いていきます。答えの出ない問いを抱えたまま、それでも人と人が、同じ部屋で、三十分だけ向き合う。その繰り返しの中にしか、変わっていくきっかけはないのかもしれません。

    窓の外を見ながら、私はふと、二十年前のあの部下にも、いつか会えるものならもう一度会って、直接、詫びを言いたいと思いました。今さら遅すぎることは、わかっています。それでも、詫びる相手がもういないという事実だけが、私の中にずっと重く残り続けています。代わりにできることがあるとすれば、それは、目の前にいる中堂さんのような一人に対して、同じ過ちを繰り返さないことだけなのだと思います。

    この一連の出来事を書き残しておきたいと思ったのは、誰かに教訓を伝えたかったからではありません。私自身が、同じ見誤りを、もう一度繰り返さないために、恥ずかしさごと、書き留めておく必要があったからです。

    この五日間、中堂さんの物語を書きながら、私は何度も、これを書く資格が自分にあるのかと自問しました。彼女の沈黙を、また別の形で私の都合の良い物語に変えてしまっているのではないか、と。その問いに、今もはっきりとした答えは出せていません。ただ、少なくとも、この文章の中で、彼女を「成長した成功例」として描くことだけはすまいと決めていました。彼女は今も、答えのない場所に立っています。その事実から、目をそらさずに書き終えることだけが、私にできる、せめてもの誠実さでした。

    そして、この経験こそが、私が『無言離職』という一冊を書く、本当のきっかけになりました。


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    上司と部下の関係性を整える1on1設計支援の専門家。セコム27年、現場・管理職・経営視点で組織づくりを実践。現場起点の1on1、リーダー育成、共創マネジメントを通じて、多様な人材が力を発揮し、企業が持続的に成長する仕組みづくりを支援。今竹英治

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