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イミツキ 第22話 二つの飴

    更にいくつかの季節が過ぎ、陽の匂いを含んだ風が吹き始めた。
    雪に覆われた地面から、草花が顔を出し、蕾を付けだした。

    キタラは、乾いた石の上を跳ねながら、ぬかるんだ道を進んだ。
    両手を広げ、石から落ちないように、小気味よく次の石に跳んでいく。

    ぬかるんだ畦道が終わると、大きな通りに出た。
    石畳の街道には、いつものように人が行き交っていた。

    大きな荷物を背負った人たち、嗅いだことのない匂いの女たち、笑い声をあげ駆け回る子供たち。
    たくさんの声が飛び交っている。

    キタラは足を止め、後ろを振り返った。
    畦道の先で、前のめりに荷台を引く男の姿が見えた。
    全身から湯気が立ち昇り、荒い息を吐いている。

    荷台の上の大きな影が揺れた。
    毛に覆われた大きな腕が垂れ下がり、鋭い爪が地面を擦っていた。

    男はキタラの前に着くと、膝に手をつき、水を一口飲んだ。
    汗を拭い、背中を大きく反らした。

    すると、街道を歩く人たちからどよめきが起きた。
    口を開け、荷台の周りに集まってくる。

    「これあんたが仕留めたのか。」

    荷台には、大きな熊が横たわっていた。
    首筋に深い傷があり、赤黒い血がべったりと固まっている。

    人だかりができ始め、キタラは荷台の下に潜りこんだ。
    垂れさがる熊の腕を見つめ、指の先で爪をつついた。
    固く乾いた音がした。

    キタラは両手で熊の腕を抱え、力一杯に持ち上げた。
    奥歯を噛みしめ、小さな呻きが漏れる。
    熊の腕が僅かに浮いた。

    直後、周囲から悲鳴が上がり、一斉に足音が遠ざかっていった。
    キタラが腕を下ろし、顔を出すと、そこにはもう誰もいなかった。


    * * *

    「お帰り、キタラ!」

    店に入ると、大きな声を上げ、太った女が近づいてきた。

    店は相変わらず、酒を飲む大人たちで賑わっていた。
    笑い声が響き、酒と肉の匂いが鼻に入ってくる。

    キタラは、太った女の脇をすり抜け、いつもの窓際の席に走った。

    「戻ったか、キタラ。」

    いつもの席には、既に老人が座っていた。
    顔は赤く、机の上にはいくつもの徳利が置かれていた。

    少し遅れて、男が店に入ってきた。
    店の客たちはすぐに男を囲み、空のグラスに酒を注いだ。
    太った女が男の肩を叩き、何か声を上げると、大きな笑い声が起きた。
    男はかすかに顔を赤らめ、目を伏せた。

    「ありがとうな、キタラ」

    老人は男を見つめたまま目を細めた。

    「お前のおかげだ。」

    老人は、キタラを膝の上に乗せ、頭を撫でた。

    キタラは、老人の手を払い、手を前に出した。
    老人は口元を上げ、小さな袋から飴を取り出し、手のひらに乗せた。
    キタラは飴を口に入れ、舌の上で転がした。

    しばらくすると、男がこちらにやってきた。

    「ご苦労だったな。」

    老人が男の前に酒の入ったグラスを置いた。
    男は酒を一気に飲み干し、老人の足元に置かれた大きな荷に視線を落とした。

    「何かあったんですか?」

    老人は首を振り、何も答えなかった。

    すると、太った女が盆に団子を乗せ、こちらにやってきた。
    キタラは椅子の上に立ち上がり、勢いよく飛び跳ねた。
    団子の甘い匂いが鼻に入ってくる。

    キタラは口の中の飴を噛み潰し、団子を食べ始めた。

    「あいつら、来たよ。」

    太った女が顔を寄せた。
    男は軽く頷き、店の扉の方へ歩いて行った。

    老人も立ち上がり、足元に置いた荷を背負った。
    壁に立てかけていた太い棒を掴み、男のあとに続いた。
    キタラも団子を持ったまま、扉の方へ走った。

    店の外へ出ると、熊の乗った荷台の側に、鎧の男たちが立っていた。
    その周囲には、遠巻きにたくさんの人だかりができていた。

    鎧たちの前には、長と赤い着物の女が立っていた。

    赤い女がこちらを向き、首を傾け、口元を上げた。
    キタラの体が一瞬震え、男の後ろに静かに隠れた。

    「約束のものだ。早く持っていけ。」

    長が低い声を出した。

    「…さすがに大きいな。」

    鎧たちは荷台の熊を見ながら、唸るような声を上げた。

    鎧の一人の視線がこちらに止まった。
    鎧たちはこちらを指差し、肩を寄せ合った。

    「...お前が仕留めたのか。」

    鎧の声はかすかに上ずっていた。
    男は何も答えず、鎧の男たちを見つめた。

    その時、長が手に持った杖を前に突き出した。

    「何か問題でも?
    この男は街の人間だ。」

    「馬鹿な。我々が知らないと思ってるのか。」

    「そんな事よりも―」

    長が僅かに顎を上げた。
    すると、遠巻きに見ていた人達の中から、鍬や鎌を持った屈強な男たちが現れた。

    「今収穫時で、忙しいんだ。」

    鎧たちは、町民たちを見回し、後ずさりした。

    「我々は忠誠を誓う。
    それで十分だろう。」

    長は引きずる足を前に踏み出した。
    鎧は、周りに聞こえるように舌打ちをした。

    「....いいだろう。祝いの品を受け取った。
    ヨウケイ王の加護を授ける。」

    鎧たちは、熊の乗った荷台を引き、街の出口へと歩いていった。

    鎧たちの姿が見えなくなると、太った女は、店から塩を持ってきた。
    鎧たちが向かった方向にまき散らした。

    「何が加護だよ!ふざけんな!」

    太った女は吐き捨てるように言い放った。
    キタラは、地面に撒かれた塩を指に付けて舐めた。
    口の中で砂がじゃりつき、すぐに吐き出した

    「そんなもの食べちゃだめよ。」

    振り返ると、音もなく、赤い女が後ろに立っていた。
    あの粉のような甘い匂いがした。

    赤い女は懐に手を入れ、折りたたんだ紙を取り出した。
    紙の中から濃い茶色の塊が現れた。
    キタラはゆっくりと、体を低くしながら茶色い塊を覗き込んだ。

    「先日ようやく手に入ったの。
    おひとついかが?」

    キタラは素早く茶色い塊を掴み、口の中に入れた。
    知らない苦みのあとに、とろけるような甘い味が広がった。

    赤い女は口元を上げながら、今度は男のほうへと近づいた。
    男の裾に触れ、覗き込むように顔を近づけた。

    「大変助かりました。
    お礼に、あなたもおひとついかがですか。」

    赤い女が胸元に手を入れ、別の折りたたんだ紙を取り出した。
    胸元が僅かに開き、中から白い肌が見えた。

    「いや、結構だ。」

    男は赤い女を見ず、短く答えた。

    「さてー」

    老人が大きく伸びをした。

    「儂は、そろそろ行くかの。」

    「おや、チミケップさん、これからお出かけかい?」

    太った女が老人に声をかけた。

    「ああ、用があってな。数日で戻る。」

    「…何があったんですか。」

    男が老人に近寄った。

    「お前はもう関わるな。
    決めたんだろう。」

    老人は男の肩に手を置き、軽く叩いた。

    「元気でな、キタラ。」

    老人はキタラの前で膝をついた。
    キタラの手を掴み、手のひらに二つの飴を置いた。


    * * *


    その夜、キタラが目を覚ますと、囲炉裏の火は消え、家の隙間からは僅かに月明りが射していた。

    隣の布団には、男の姿が無かった。
    体を起こし、めくれた布団に触れるとまだ温かかった。


    キタラは、布団から出て、小屋の扉に手をかけた。
    扉を開けた瞬間、冷えた風が体を通り過ぎ、肌がひりついた。

    キタラは体をさすりながら外へ出ると、すぐ側の木の下に、男が立っていた。
    木に寄りかかり、空を見上げていた。

    キタラも男の隣で、空を見上げた。
    空には、たくさんの星が輝き、そこにいつものように透明な丸いものが浮かんでいた。
    今は青い光を帯び、形がうねうねと動いている。

    「一緒に行くか?」

    男がキタラの体を持ち上げ、胸に抱きかかえた。
    キタラは胸に顔を埋め、静かに目を瞑った。
    男の体は暖かく、いつもの匂いがした。

    握った手の中には、二つの飴が握られていた。


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    普通に働きながら、休みの日に小説書いてます。 映像、舞台問わずエンタメ好き。 趣味で舞台に立ったり、脚本書いたり。

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