
戦国群雄の思考①「今川義元の思考」
戦国時代の群雄が、脳内で繰り広げる「思考だだ漏れ」の小説テイストです。リアルな地名や武将の心理描写を交え、張り詰めた時代の空気感を描き出します。
今川義元の思考
(永禄3年・1560年5月19日。尾張国・桶狭間。激しい豪雨が止み、青空が覗き始めた直後)
「やれやれ、凄まじい夕立であったな。
だが、雨上がりの風は実に心地よい。
皆、よくやった。
織田方の前線砦である鷲津も丸根も、我が精鋭たちが容赦なく踏み潰したぞ。
松平の元康(のちの徳川家康)も、大高城への兵糧入れを実に見事にやり遂げた。
やはり三河者は使い勝手が良い。
これで尾張侵攻の足がかりは完全に整った。
……織田信長め。
尾張の『うつけ』と侮ってはいたが、清洲城から一歩も動けず、完全に怯えきっているな。
我が駿河・遠江・三河の三国からなる二万五千の大軍に対し、奴が動かせる兵はせいぜい二、三千。
戦う前から勝負はついているのだ。
この桶狭間の山間の地で、しばし輿を止め、勝利の美酒に酔うのも一興。
京の都へ上り、足利将軍家を支えて天下の秩序を正す我が宿願……その第一歩としては、いささか手応えがなさすぎる。
(ザワ……ザワザワ……)
ん?
前方が騒がしいな。
何事だ。
小競り合いか?
また服部や水野の残党が、我が本陣の物資でも奪いに来たか。
小癪な。
瀬名(信輝)の部隊に蹴散らさせよ。
(ドォン! ドォン! と、突如として響き渡る鉄砲の音)
……待て。
音が近すぎる。
それに、この足音の地響きは何だ?
残党の奇襲などという規模ではないぞ。
赤地鵞の旗印……?
馬鹿な、あれは織田の本陣の旗ではないか!
なぜ信長がここにいる!?
清洲城で震えていたのではなかったのか!?
(ひづめの音、怒号、そして味方の悲鳴が、生ぬるい風に乗って一気に本陣へと流れ込んでくる)
まさか、この大雨の混乱に乗じて、山背後から一気に我が本陣をピンポイントで突きにきたというのか!?
二万五千の軍勢が、この狭い伏兵の地に分散している隙を狙って……!
おのれ信長、狂っている!
退路など一切考えていない、ただの自滅覚悟の博打ではないか!
『引き返せ!輿を仕立てよ!』と叫びたいが、腰が抜けて声が出ぬ。
いや、落ち着け。
私は駿河の太守、今川治部大輔義元だ。
あのような小国の成り上がりに、動じる姿を見せられるか。
我が旗本たちよ、敵はわずか数千だ!包み込んで圧殺せよ!
(しかし、目の前で我が名だたる重臣たちが、次々と黒い泥と血にまみれて崩れ落ちていく)
嘘だろ……。
私の天下への道が、こんな名もなき山谷で、あの『うつけ』の鉄砲玉のような突撃で終わるというのか?
京都の雅な文化を愛し、内政を整え、完璧な計画を立てて進軍してきたこの私が……!
理不尽だ。
戦とは、これほどまでに不条理なものなのか!
目の前に、抜き身の太刀を持った織田の兵(服部小平太・毛利新介)が迫る。
嫌だ。
まだ死ねぬ。
私は、駿河の、今川の……!
引くな!
迎え撃て!
私の首は、誰にも……渡さ、ぬ……!」