
戦国群雄の思考⑥「羽柴秀吉の思考」
戦国時代の群雄が、脳内で繰り広げる「思考だだ漏れ」の小説テイストです。リアルな地名や武将の心理描写を交え、張り詰めた時代の空気感を描き出します。
羽柴秀吉の思考
(天正10年・1582年6月3日夜。備中高松城の陣中。)
「……え?
今、何と言った。
耳が腐ったか。
もう一度言ってみろ。
信長様が……本能寺で、明智十兵衛に討たれた……?
(ドクン、と心臓が跳ね上がる。全身の毛穴が開き、冷や汗が噴き出す)
嘘だろ。
あの魔王が、あの絶対の怪物が、あんな小綺麗なインテリの十兵衛ごときに殺されるわけがない。
夢だ、悪い夢だ。
おい、この使者を外に出すな!
誰にも喋らせるな!
もしこの噂が毛利に漏れたら、今ここで囲んでいる高松城(水攻め中の陣)から逆に俺たちが挟み撃ちにされて全滅する!
(ハァ、ハァ、と荒い呼吸を整えようと、必死に自分の胸を叩く)
落ち着け。
落ち着け、藤吉郎。
頭を回せ。
これは大ピンチだ。
いや、違う。
これは……これは、一世一代の大チャンスなんじゃないか?
信忠様も二条城で自害された。
織田の天下は、今この瞬間にガラ空きになったんだ。
柴田の勝家頭(かしら)は北陸で上杉と泥沼の戦い、丹羽の五郎左(長秀)は四国征伐の途中で大坂で立ち往生、徳川の家康殿は堺で丸腰。
そして、この俺の手元には、毛利を圧倒している数万の精鋭がいる。
今すぐ毛利と和睦するんだ。
高松城主・清水宗治の首一つで手を打つ。
毛利が信長様の死を知る前に、一刻も早く和睦の書状を交わす。
一分一秒が勝負だ。
明智十兵衛……お前は馬鹿な男だな。
信長様を殺せば自分が次の天下人になれるとでも思ったか。
お前が天下の怨敵、主殺しの『大逆人』になってくれたおかげで、俺には大義名分ができた。
信長様の仇討ちだ。
『おのれ十兵衛、我が主君の無念を晴らす!』と泣き叫びながら京都へ攻め上れば、日本中の武士が俺の味方につく。
俺が、織田家の正義の味方になるんだ。
(ニヤリ、と頬が歪む。恐怖が、一瞬でどす黒い野心へと変わる)
官兵衛!
黒田官兵衛を呼べ!
あいつの知恵が必要だ。
この泥沼の西国から、全軍を電光石火の速さで京都へ引き返す。
何日かかる?
姫路まで何日だ?
全速力で走らせる。
足軽どもが足から血を流そうが、馬が狂い死のうが関係ない。
走って、走って、走り抜くんだ。
見ていろよ、十兵衛。
お前の『三日天下』を、この百姓上がりの羽柴秀吉が、極上の喜劇に変えてやる。
信長様……貴方様は俺を『猿』と呼び、駒のように使い潰そうとしましたね。
だけど、最後に勝つのは、貴方様の背中を一番近くで見ていた、この泥臭い猿です。
よし、腹は決まった。
全軍、西国から撤退の準備だ!
京都へ殴り込みをかけるぞ!」