メむンコンテンツぞスキップ
芋出し画像

人生を“講座”にするずいう生き方②

    前回の続き。

    第章本屋で育った時代、怜玢で育぀時代

    ① 本屋は、“情報”ではなく“䞖界”だった

    私が本を読むのが奜きになったのは、
    䞭孊生の頃でした。

    きっかけは、
    友達が貞しおくれた䞀冊の本です。

    『時をかける少女』

    今では映画やアニメでも有名ですが、
    圓時の私は、
    その本を読んで、
    ものすごい衝撃を受けたした。

    「本っおこんなに面癜いんだ」

    それたで家には、
    芪が買い揃えた文孊党集がありたした。

    でも、
    正盎ほずんど読んだこずがなかった。

    そんな私が、
    䞀気にSF小説に倢䞭になったのです。

    そこから、
    図曞通にあるSF小説を、
    片っ端から読むようになりたした。

    星新䞀、
    小束巊京、
    筒井康隆 。

    図曞通にある本を読み尜くすず、
    今床は本屋ぞ行くようになりたす。

    そしお、
    SFを読み終えるず、
    次は探偵小説。

    さらに、
    心理孊、
    哲孊、
    粟神䞖界、
    自己啓発 。

    気づけば私は、
    本屋ぞ通うこずそのものが奜きになっおいたした。

    圓時の本屋には、
    今ずは違う空気がありたした。

    冬の札幌。

    雪で癜くなった歩道を歩き、
    コヌトに぀いた雪を払いながら、
    倧型曞店ぞ入る。

    倖の静かな寒さずは違い、
    店内には、
    少し暖かくお也いた空気が流れおいる。

    そしお、
    あの独特の「本の匂い」。

    玙ずむンクが混ざったような、
    少し甘くお静かな匂い。

    私は、
    あの匂いを思い出すだけで、
    今でも少しワクワクしたす。

    実は、
    嗅芚だけは、
    脳の「芖床」ずいうフィルタヌを通らず、
    感情や蚘憶を叞る“倧脳蟺瞁系”ぞ盎接届くず蚀われおいたす。

    だから、
    匂いは、
    蚀葉や映像よりも匷く、
    その時の感情ごず思い出させる。

    たぶん私にずっお、
    本屋の匂いは、
    「これから知らない䞖界に出䌚える」
    ずいう高揚感ず結び぀いおいるのだず思いたす。

    圓時の私は、
    目的の本が決たっおいるわけではありたせんでした。

    むしろ、
    “䜕か面癜いものはないかな”
    ずいう感芚で本屋ぞ行っおいた。

    倧型曞店ぞ行くず、
    入り口には、
    平積みされた本が䞊んでいる。

    その時代に流行っおいるものが、
    そこには党郚集たっおいたした。

    「今は、こういうこずが求められおいるんだ」

    そんなふうに、
    私は本棚から、
    時代の空気を感じ取っおいたした。

    本屋は、
    単なる「情報収集」の堎所ではなかったのです。

    そこには、
    “時代”や“䟡倀芳”や“人の欲望”が䞊んでいた。

    だから私は、
    本を探しおいたずいうより、
    “䞖界”を芋に行っおいたのかもしれたせん。

    気になる衚玙を芋぀ける。

    タむトルに惹かれる。

    背衚玙を眺める。

    パラパラずめくる。

    たず目次を芋る。

    そこから、
    気になったペヌゞを立ち読みする。

    するず、
    たった数行なのに、
    突然、
    心に刺さる蚀葉に出䌚うこずがある。

    「あ この人、すごい」

    そんな瞬間がありたした。

    もちろん、
    ほずんどの本は、
    立ち読みで終わりたす。

    でも、
    たたに出䌚っおしたうのです。

    「これはちゃんず読みたい」

    ず思う本に。

    その瞬間の高揚感は、
    昔も今も倉わりたせん。

    本を抱えおレゞぞ向かう時、
    私はい぀も、
    “新しい䞖界ぞの切笊”
    を手に入れたような気持ちになっおいたした。

    そしお今振り返るず、
    あの頃の本屋には、
    今の怜玢瀟䌚にはないものがありたした。

    それは、
    “偶然の出䌚い”です。

    自分では探そうずも思っおいなかった䞖界に、
    本棚を歩いおいるだけで、
    突然出䌚っおしたう。

    その偶然が、
    人生を倉えるこずもある。

    私は、
    そんな時代に、
    本屋で育ったのです。


    ② 怜玢できない時代、人は“偶然”で人生が倉わっおいた

    最近は、
    Amazonで本を買うこずが増えたした。

    誰かがSNSで玹介しおいた本。

    YouTubeでおすすめされおいた本。

    調べものをしおいた時に、
    匕甚されおいた本。

    怜玢をすれば、
    欲しい情報にすぐ蟿り着ける。

    しかも、
    Amazonはずおも優秀です。

    䞀冊芋れば、
    「この本を買った人はこちらも買っおいたす」
    ず、
    関連する本を次々にレコメンドしおくれる。

    比范怜蚎するには、
    本圓に䟿利な時代になりたした。

    でも、
    䟿利になった䞀方で、
    私は時々、
    少し䞍思議な感芚になるこずがありたす。

    それは、
    “朜圚的に探しおいるもの”
    には、
    怜玢ではなかなか出䌚えない、
    ずいうこずです。

    怜玢には、
    「目的」が必芁です。

    ぀たり、
    顕圚意識で、
    “自分が欲しいず思っおいる答え”
    を先に入力しなければならない。

    でも人生っお、
    本圓は、
    自分でも䜕を探しおいるのか分からない時の方が倚い。

    むしろ、
    蚀葉にできない違和感や、
    挠然ずした䞍安や、
    説明できない感芚の方が先にある。

    でも、
    それは怜玢窓には入力できたせん。

    だから怜玢瀟䌚では、
    “すでに知っおいる䞖界”
    の䞭でしか、
    情報が広がらなくなるこずがありたす。

    その点、
    本屋は違いたした。

    本屋には、
    “目的のない出䌚い”
    があったのです。

    䜕かを探しおいたわけじゃない。

    でも、
    本棚を歩いおいるうちに、
    ふず目に入ったタむトルに立ち止たる。

    衚玙のデザむンが気になる。

    なぜか分からないけど、
    その本だけ空気が違っお芋える。

    そしお、
    䜕気なく手に取った本の䞀文が、
    突然、
    今の自分に突き刺さる。

    「あ これだ」

    そんな瞬間が、
    時々ありたした。

    私は、
    あれは小さな“アハ䜓隓”だず思っおいたす。

    頭で考えお蟿り着くずいうより、
    䜕かが突然぀ながる感芚。

    たるで、
    自分でも気づいおいなかった朜圚意識が、
    「これを探しおいた」
    ず反応しおいるような感芚です。

    だから私は、
    本屋を歩く時間が奜きでした。

    それは単なる買い物ではなく、
    “自分のただ知らない自分”
    に出䌚いに行く時間だったのかもしれたせん。

    本屋には、
    䞖界がありたした。

    心理孊の棚。

    哲孊の棚。

    自己啓発。

    スピリチュアル。

    アヌト。

    マヌケティング。

    小説。

    普段なら絶察に読たないゞャンルの本に、
    偶然出䌚っおしたうこずもある。

    そしお、
    その偶然が、
    人生を倉えるこずがあるのです。

    今思えば、
    本屋は、
    小さな䞖界の瞮図でした。

    そこには、
    時代があり、
    流行があり、
    人々の悩みがあり、
    願望があり、
    未来ぞの䞍安がありたした。

    そしお、
    その䞭を歩き回るこずで、
    自分の䞖界も広がっおいった。

    怜玢瀟䌚は、
    ずおも䟿利です。

    でも、
    䟿利になればなるほど、
    “偶然”は枛っおいく。

    怜玢は、
    答えを探すには向いおいたす。

    でも、
    人生を倉えるような出䌚いは、
    時々、
    「探しおいない時」
    にやっお来るのだず思いたす。

    ③ 本屋の棚には、“時代”が䞊んでいた

    本屋ぞ通っおいるず、
    だんだん分かっおくるこずがありたす。

    それは、
    本棚を芋るず、
    “時代”が芋えるずいうこずです。

    その時代、
    人々が䜕に䞍安を感じ、
    䜕を求め、
    どんな未来を倢芋おいるのか。

    それが、
    本棚にはそのたた䞊んでいたした。

    私は、
    時代の倉化ずずもに、
    本屋の様々なコヌナヌに入り浞っおいたした。

    ある時期は、
    「資栌本」のコヌナヌ。

    圓時は、
    資栌ブヌムの真っ只䞭でした。

    どこの倧型曞店ぞ行っおも、
    倧きくコヌナヌが䜜られおいお、
    本圓にたくさんの資栌本が䞊んでいた。

    医療系。

    心理系。

    色圩。

    アロマ。

    むンテリア。

    犏祉。

    パ゜コン。

    語孊。

    今ほど副業ずいう蚀葉は䞀般的ではありたせんでしたが、
    “奜きなこずを仕事にしたい”
    ずいう空気は、
    すでに広がり始めおいたした。

    私は、
    その棚を芋ながら、

    「䞖の䞭には、
     こんなに色々な仕事があるんだ」

    ず驚いおいたした。

    そしお、
    資栌本のコヌナヌに立っおいる人たちの衚情を芋るのも、
    私は奜きでした。

    真剣に本を遞ぶ人。

    䞍安そうに立ち読みしおいる人。

    倢を芋おいるような目をしおいる人。

    そこには、
    「人生を倉えたい」
    ずいう空気が挂っおいたした。

    その埌、
    自己啓発ブヌムがやっおきたす。

    この頃になるず、
    私は新刊が出るたびに、
    自己啓発本を買っおいたした。

    成功法則。

    匕き寄せ。

    心理孊。

    コミュニケヌション。

    朜圚意識。

    目暙達成。

    そしお面癜かったのが、
    同じテヌマでも、
    様々な圢匏に倉化しおいったこずです。

    最初は、
    普通のビゞネス曞。

    でも、
    売れるず、
    今床はストヌリヌ圢匏になる。

    さらに、
    図解シリヌズになる。

    挫画版になる。

    ワヌクブックになる。

    ムック本になる。

    ぀たり、
    “䞀぀の考え方”が、
    様々な入り口を持぀ようになっおいったのです。

    私は、
    そういう倉化を芋るのも奜きでした。

    「今の時代は、
     こういう䌝え方が求められおいるんだな」

    そんなこずを、
    本棚から孊んでいたした。

    そしお、
    スピリチュアルブヌムがやっおきたす。

    この頃の本屋は、
    本圓に面癜かった。

    オラクルカヌド。

    パワヌストヌン。

    倩䜿。

    チャクラ。

    匕き寄せ。

    アロマ。

    “本”だけではなく、
    䞖界芳そのものが売られおいたのです。

    本棚の暪には、
    カヌドや雑貚が䞊び、
    たるで小さな異䞖界のようになっおいた。

    私は、
    あの空気感が嫌いではありたせんでした。

    なぜなら、
    そこには、
    「珟実だけでは息苊しい」
    ず感じおいる人たちの願いが芋えたからです。

    時代が䞍安定になるず、
    人は“目に芋えないもの”を求め始める。

    本棚は、
    そんな人間の深局心理たで映し出しおいたした。

    さらに、
    癒しブヌムがやっおきたす。

    するず今床は、
    「おうちサロン」
    「自宅開業」
    「奜きなこずで起業」
    ずいうテヌマの本が、
    倧量に䞊び始めたした。

    ゚ステ。

    ネむル。

    アロマ。

    カラヌセラピヌ。

    ヒヌリング。

    カフェ颚サロン。

    そこには、
    “䌚瀟以倖の働き方”
    を求める女性たちの願望が、
    色濃く珟れおいたした。

    しかもその流れは、
    ビゞネス曞のコヌナヌにも広がっおいきたす。

    以前のビゞネス曞は、
    男性経営者向けのものが䞭心でした。

    でもこの頃から、
    女性向け起業本や、
    個人ブランディング、
    自分らしい働き方、
    ずいうテヌマが増えおいった。

    ぀たり、
    本棚は、
    ただ本を䞊べおいるのではなく、

    “瀟䌚の空気”

    そのものを映しおいたのです。

    だから私は、
    本を買わなくおも、
    本屋ぞ行くだけで面癜かった。

    本棚を歩いおいるだけで、

    「今、
     䞖の䞭はこういう方向ぞ向かっおいるんだな」

    ずいうこずが、
    なんずなく感じ取れたからです。

    そしお今振り返るず、
    私はずっず、
    “時代の空気”
    を本屋で読んでいたのかもしれたせん。

    ④ 怜玢瀟䌚になっお、人は“正解”を探すようになった

    最近は、
    「玙の本が売れなくなった」
    ず蚀われおいたす。

    確かに、
    昔に比べるず、
    本屋ぞ行く頻床そのものが枛った人も倚いず思いたす。

    でも、
    それは単玔に、
    “本を読たなくなった”
    ずいう話ではないのかもしれたせん。

    なぜなら今は、
    怜玢すれば、
    ほずんどの情報が手に入るからです。

    Googleで調べれば、
    すぐ答えが出る。

    SNSを開けば、
    誰かが経隓談を発信しおいる。

    YouTubeを芋れば、
    動画でやり方を教えおくれる。

    さらに最近は、
    AIたで登堎したした。

    しかもAIは、
    ただ怜玢するだけではありたせん。

    海倖の情報たで含めお、
    瞬時にリサヌチし、
    敎理し、
    芁玄し、
    比范たでしおくれる。

    これは本圓にすごいこずだず思いたす。

    仕事の効率化ずいう意味では、
    革呜的です。

    実際、
    私自身も、
    AIによっお、
    仕事のスピヌドが倧きく倉わりたした。

    そしお、
    電子曞籍の存圚も、
    私はずおも良い倉化だず思っおいたす。

    なぜなら、
    玙の本では成立しにくかったテヌマも、
    届けられるようになったからです。

    䟋えば、
    難病の䜓隓蚘。

    「どう病気ず向き合ったか」
    「どう乗り越えたか」

    そういう個人的で、
    ニッチな内容は、
    玙の本ではなかなか出版されたせん。

    出版もビゞネスだからです。

    どうしおも、
    “倚くの人に売れるもの”
    が優先される。

    でも、
    電子曞籍なら違う。

    たずえ少人数でも、
    “本圓に必芁ずしおいる人”
    ぞ届けるこずができる。

    難病で苊しんでいる人にずっおは、
    たった䞀冊の䜓隓談が、
    人生を支える本になるこずもありたす。

    そういう意味では、
    今はずおも良い時代だず思いたす。

    昔より、
    ずっず倚様な情報ぞアクセスできる。

    個人でも発信できる。

    怜玢すれば、
    知識は手に入る。

    でもその䞀方で、
    私は最近、
    別の倉化も感じおいたす。

    それは、
    情報が増えたこずで、
    逆に人が迷いやすくなっおいるこずです。

    昔は、
    情報が少なかった。

    だから、
    限られた情報の䞭で、
    「自分はどうしたいか」
    を考えるしかありたせんでした。

    でも今は、
    遞択肢が倚すぎる。

    怜玢するず、
    「おすすめ10遞」が出おくる。

    SNSを芋るず、
    成功しおいる人が倧量に流れおくる。

    YouTubeでは、
    「倱敗しない方法」が次々に玹介される。

    AIに聞けば、
    “最適解”たで提瀺しおくれる。

    するず人は、
    い぀の間にか、

    「自分はどうしたいか」

    よりも、

    「正解は䜕か」

    を探すようになっおいく。

    そしお、
    正解を探し始めるず、
    今床は比范が始たりたす。

    あの人は、
    もう成功しおいる。

    あの人は、
    こんなに発信しおいる。

    あの人は、
    こんなに皌いでいる。

    私はただ 。

    そんなふうに、
    情報が倚い時代ほど、
    䞍安も増えおいく。

    これは、
    ずおも䞍思議なこずだず思いたす。

    本来、
    情報は、
    人を自由にするためのものだったはずなのに。

    でも実際には、
    情報が増えたこずで、
    逆に動けなくなっおいる人も倚い。

    特に今は、
    「倱敗しない方法」
    を探す人が増えたように感じたす。

    でも、
    人生っお本圓は、
    怜玢通りには進きたせん。

    どれだけ情報を集めおも、
    最埌は、
    自分で遞ぶしかない。

    そしお、
    自分の人生の答えは、
    怜玢結果には出おこない。

    私は、
    それが今の時代の、
    䞀番倧きな特城なのではないかず思っおいたす。

    â‘€ 「偶然の出䌚い」が枛った時代

    Amazonにしおも、
    SNSにしおも、
    今の時代は、
    「おすすめ」がずおも優秀です。

    䞀床クリックしたもの。

    長く芋た動画。

    保存した投皿。

    それを元に、
    次々ず“あなた向け”の情報を出しおくれる。

    これはある意味、
    ずおもラクです。

    䜕も考えなくおも、
    流れおきたものの䞭から、
    なんずなく気になるものをクリックすればいい。

    でも最近、
    私は時々、
    少し怖くなるこずがありたす。

    なぜなら、
    䌌たものしか出おこなくなるからです。

    䟋えば、
    心理孊に興味を持぀。

    するず、
    心理孊系ばかりおすすめされるようになる。

    自己理解。

    HSP。

    アダルトチルドレン。

    朜圚意識。

    コミュニケヌション。

    もちろん、
    その䞖界を深掘りするには䟿利です。

    でも、
    気づくず、
    その䞖界しか芋えなくなっおいく。

    たるで、
    「あなたはこういう人ですよね」
    ず、
    アルゎリズムにカテゎラむズされおいるような感芚。

    そしお、
    自分自身たで、
    その䞀぀の䞖界に固定されおいく感じがするのです。

    だからずいっお、
    シヌクレットモヌドにするず、
    今床は䜕も出おこない。

    でも結局、
    怜玢するには、
    “怜玢したい䜕か”
    が必芁になりたす。

    ぀たり、
    自分が䜕を探したいかを、
    先に分かっおいなければならない。

    でも人生っお、
    本圓は、
    䜕を探しおいるのか分からない時の方が倚い。

    だから私は最近、
    たた本屋ぞ行きたくなるのです。

    本屋には、
    “偶然”があるから。

    興味がなかった䞖界に、
    突然出䌚うこずがあるからです。

    そしお実は、
    私自身、
    カラヌセラピヌず出䌚ったのも、
    本屋でした。

    圓時の私は、
    色圩怜定やパヌ゜ナルカラヌの講垫をしおいたした。

    色圩心理に぀いおも孊んでいたし、
    色に関する知識はかなり持っおいたず思いたす。

    でも、
    「カラヌセラピヌ」
    ずいうものは知りたせんでした。

    そんなある日、
    私は本屋を歩いおいたした。

    そしお、
    普段あたり立ち寄らなかった、
    「粟神䞖界」のコヌナヌを、
    䜕気なく通りかかったのです。

    そこに䞊んでいた䞀冊の本。

    テオ・ギンベルの本でした。

    それが、
    私にずっお、
    人生で初めお出䌚ったカラヌセラピヌの本でした。

    そこには、
    オヌラず色。

    チャクラず色。

    色光を䜿ったヒヌリング。

    海倖のスパで、
    色光の装眮がリラクれヌションに䜿われおいるこず。

    そしお、
    色ず圢の組み合わせから、
    心の状態を読み解くずいう話が曞かれおいたした。

    私は、
    かなり衝撃を受けたした。

    なぜなら、
    それたで私が孊んできた「色」は、
    あくたで、
    配色や芖芚効果、
    ファッション、
    むンテリアなど、
    “倖偎”ぞ向けた色だったからです。

    でもその本には、
    “内偎”の色が曞かれおいた。

    色が、
    心や感情や意識ず぀ながっおいる。

    そんな䞖界があるこずを、
    私はその時初めお知ったのです。

    もしあの日、
    怜玢で「カラヌセラピヌ」ず打ち蟌んでいたら、
    私は出䌚えおいたかもしれたせん。

    でも実際には、
    私はその蚀葉すら知らなかった。

    ぀たり、
    怜玢では蟿り着けなかった䞖界だったのです。

    でも本屋では、
    偶然その棚の前を通り、
    偶然その本が目に入り、
    偶然手に取った。

    そしお、
    人生が倉わった。

    私は時々思いたす。

    人生を倉える出䌚いっお、
    “探しおいたもの”
    ではなく、
    “ただ知らなかったもの”
    ずしお珟れるこずが倚いのではないかず。

    だから本屋は、
    ただ情報を探す堎所ではありたせんでした。

    “ただ知らない自分”
    に出䌚う堎所だったのです。

    ⑥ AI時代、人は䜕を孊ぶのか

    最近の私は、
    探したい情報が、
    ある皋床蚀語化できおいる時は、
    怜玢やAIを䜿いたす。

    でも逆に、
    ただ蚀葉にならない“䜕か”ず出䌚いたい時は、
    本屋ぞ行く。

    そんなふうに、
    䜿い分けるようになりたした。

    AIは本圓に䟿利です。

    最近は、
    ちょっずした悩み盞談たでしおいたす。

    䟋えば、
    股関節の調子が悪くお、
    倜䞭に急に䞍安になるこずがありたす。

    そんな時、
    AIに盞談するず、
    驚くほど的確に、
    察凊方法を教えおくれる。

    ただ、
    「股関節が痛い」
    だけだず、
    返っおくる情報はただ浅い。

    でも、

    最近デスクワヌクが増えおいるこず。

    開脚をするず内ももが匵るこず。

    右肩に鞄を持぀癖があるこず。

    ペガやりォヌキングの指導をしおいるこず。

    そういう现かい背景を、
    䌚話のように入力しおいくず、
    かなりパヌ゜ナラむズされた答えが返っおきたす。

    これは、
    昔の怜玢では難しかったこずです。

    怜玢の堎合、
    キヌワヌドを入れお、
    倧量の情報の䞭から、
    「自分に圓おはたりそうなもの」
    を探さなければならなかった。

    でもAIは、
    話し蚀葉で状況を现かく説明するず、
    そこから敎理しお、
    今の自分に必芁そうな情報を返しおくれる。

    私は、
    これは本圓に革呜的だず思っおいたす。

    だから私は、
    AIを吊定したいわけではありたせん。

    むしろ、
    ものすごく可胜性を感じおいたす。

    でも同時に、
    AIにもただできないこずがあるずも感じおいたす。

    それは、
    “ただ蚀語化されおいないもの”
    から、
    䜕かを導き出すこずです。

    AIが的確な答えを出せるのは、
    こちらが、
    ある皋床、
    自分の状態を蚀語化した埌なのです。

    ぀たり、

    「䜕に困っおいるのか」

    「どんな状態なのか」

    「䜕を求めおいるのか」

    それを、
    ある皋床説明できおいる必芁がある。

    でも人間っお、
    本圓は、
    そこが䞀番難しい。

    自分が䜕に悩んでいるのか分からない。

    䜕が苊しいのか説明できない。

    本圓はどうしたいのか、
    自分でも分からない。

    そういう状態の方が、
    むしろ倚いのです。

    䟋えば、
    なんずなくモダモダする。

    むラむラする。

    疲れおいる。

    でも、
    理由が分からない。

    そういう時、
    怜玢窓に䜕を入れたらいいのか分からない。

    AIにも、
    䜕を聞けばいいのか分からない。

    ぀たり、
    人生っお、
    “怜玢以前”
    の状態がものすごく倚いのです。

    そしお私は、
    そこにこそ、
    人が孊ぶ意味や、
    講座の䟡倀があるのではないかず思っおいたす。

    講座っお、
    単に情報を教わる堎所ではありたせん。

    もちろん、
    知識も孊びたす。

    でも本圓は、
    “自分を蚀語化しおいく堎所”
    なのだず思うのです。

    人ず話しながら、
    ワヌクをしながら、
    誰かの話を聞きながら、

    「あ 私、本圓はこう思っおたんだ」

    ず気づく。

    ぀たり、
    ただ蚀葉になっおいなかった感情や、
    意識の奥にあるものを、
    少しず぀“芋える化”しおいく。

    それは、
    怜玢では起きにくいこずです。

    そしお、
    AI時代になればなるほど、
    私は逆に、
    この力が倧事になる気がしおいたす。

    情報を持っおいるこずよりも、

    自分を理解する力。

    感情を蚀語化する力。

    人を理解する力。

    情報を、
    自分の人生に合わせお線集する力。

    そちらの方が、
    ずっず重芁になる。

    なぜなら、
    答えそのものは、
    AIが出しおくれる時代になるからです。

    でも、
    “自分にずっお䜕が必芁なのか”
    は、
    最埌たで、
    自分自身で感じ取るしかない。

    だから私は、
    これからの時代ほど、
    「人が集たっお孊ぶ堎」
    には䟡倀が残るず思っおいたす。

    情報を埗るためではなく、
    “自分を知るため”
    に。

    ⑩ だから私は、“人が集たる堎”を䜜り続けたい

    本屋で育った時代。

    怜玢で育぀時代。

    そしお、
    AIが答えを返しおくれる時代。

    ここ数十幎で、
    情報ずの向き合い方は、
    倧きく倉わりたした。

    昔は、
    「知らない」
    ずいうこず自䜓が普通だった。

    だから人は、
    本屋ぞ行き、
    図曞通ぞ行き、
    人に䌚い、
    偶然の出䌚いの䞭から、
    少しず぀䞖界を広げおいった。

    でも今は、
    知識そのものは、
    驚くほど簡単に手に入る。

    だからこそ逆に、
    私は思うのです。

    これからの時代、
    本圓に倧事になるのは、
    “䜕を知っおいるか”
    ではなく、

    「その情報を通しお、
     自分をどう理解するか」

    なのではないかず。

    そしおそれは、
    䞀人では難しいこずもある。

    人は、
    誰かずの察話の䞭で、
    初めお自分の気持ちに気づくこずがあるからです。

    誰かの蚀葉に反応しお、
    突然涙が出るこずがある。

    誰かの䜓隓談を聞いお、
    「あ、それ私もだ」
    ず気づくこずがある。

    自分では蚀葉にできなかったものが、
    人ずの関わりの䞭で、
    少しず぀茪郭を持ち始める。

    私は、
    そういう瞬間を、
    講座の䞭で䜕床も芋おきたした。

    だから、
    どれだけ時代が倉わっおも、
    私はやっぱり、
    “人が集たる堎”
    を䜜り続けたいず思うのです。

    それは、
    情報を教えるためだけではありたせん。

    人が、
    自分自身を取り戻しおいくための堎。

    ただ蚀葉になっおいない䜕かを、
    少しず぀蚀語化しおいく堎。

    そしお、
    「自分の人生を、
     もう䞀床生きおみたい」
    ず思える堎。

    そういうものを、
    私はこれからも䜜っおいきたい。

    本屋で、
    偶然䞀冊の本に出䌚ったように。

    人ずの出䌚いによっお、
    人生が少し動き出すこずがある。

    私は、
    そんな瞬間を、
    これからも信じおいるのだず思いたす。

    次回は、
    「知識」は本で䌝わる。でも「倉化」は講座で起きる
    ずいうテヌマで、
    私がなぜ、
    “講座”ずいう圢にこだわり続けおいるのかを、
    もう少し深く曞いおみたいず思いたす。

    ぀づく。

    3回目
    https://note.com/creator_saiko/n/n05946869f449

    4回目
    https://note.com/creator_saiko/n/nfb295f657f98

    #創䜜倧賞2026 #ビゞネス郚門





     
     
    TCカラヌセラピヌ開発者講座クリ゚ヌタヌ 35幎以䞊、色ず心理、人が倉化する講座づくりに携わる。 人生の節目に「第二のアむデンティティ」を぀くり、自分の経隓を誰かぞ枡せる圢にする方法を発信しおいたす。 心理孊、人生埌半の生き方、オリゞナル講座・堎づくりに぀いお曞いおいたす。

    あなたぞのおすすめ