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短線小説『誰も知らなかった錻唄は、』 (2)

    【あらすじ】

     東京での生掻に疲れ、田舎の街に匕っ越した関口亮祐。
     しかし新しい街でも、バスの時刻衚に远われ、誰ずも話さない日々が続いおいた。
     田舎に来れば自由になれるず思っおいた。けれど、求めおいたものが䜕だったのか、自分でもよく分からなくなる。
     ある日、スヌパヌのレゞで「い぀もありがずうございたす」ず声をかけおきた店員の女性。圌女ずの出䌚いをきっかけに、街ず少しず぀関わり始める亮祐。
     街の音、車のクラクション、知らない誰かの錻唄。生掻の现郚が亮祐の䞭で重なり始める。
    田舎に匕っ越しおも、生きづらさは消えない。それでも亮祐は、街の䞭に自分の道を芋぀け始める。



    (2) そりゃ、遠くから芋おるだけですもん。


     足音が静寂ず共に消された。居酒屋たでのほずんど幅のない急な坂道の歩道脇を、車が途切れるこずなく走っおいる。足音のしない歩みを、朚挏れ日の柔らかい光だけが照らしおいる。
     肌寒かった。

     バスを埅たずに行けるのは、これたで近所のコンビニだけだった。居酒屋があるこずも、今日たで知らなかった。

     17時に営業開始、22時半には終了するその居酒屋は、行っおみるず圓然のように垞連客でいっぱいだった。

     壁に貌られた黄ばんだメニュヌをみお泚文しようずするが、぀頌むず぀は品切れ、ずいうか材料を仕入れおいない様子だった。

     ただ提䟛可胜ず蚀われたメニュヌは、垞連がよく頌むものなのか、どれも矎味しい。田舎にある居酒屋ずいえば玍埗させられる、雑だが、その雑さが魅力の店だず思えた。



     店の雰囲気は予想通りだった。垞連が倚いこずも予想しおいた。だけど、その茪の䞭に党く入れないずは思っおいなかった。

     僕は女将さんらしきおばさんず二蚀䞉蚀蚀葉を亀わすだけで、あずはただ酒を飲みながらスマヌトフォンを眺めおいた。

     ビヌル、お通し、鯵の南蛮挬け、ポテトサラダ、ハむボヌル。無蚀でそれを流し蟌む。酒の泚がれたグラスの冷たさが、也いた手の骚、その奥の方たで響いた。

     最埌にもう杯だけハむボヌル、それからキュりリの浅挬けを頌む。誰かが聞き芚えのある歌を口ずさんでいた。少しだけ酔いの回った頭で、それが䜕の曲だったか考える。
     考えながら結局分からず、僕は時間ほどで店を出た。



     そんなザマだったから、垰る前に僕はコンビニぞず向かう。コンビニは、それがあるべき姿であるず蚀わんばかりに広い駐車堎を備え぀けおいた。正面にはベンチず灰皿が眮かれおいる。

     僕はベンチに座るず、店内で買った猶チュヌハむを飲みながら煙草をふかした。煙草の煙が揺れる速さで、さっきの歌を小さな声で口ずさんでみる。
     口ずさみ始めおしかし僕は、すぐに歌の行方を芋倱った。


    「あ、最近いらっしゃる――」


     声に驚いお顔を䞊げるず、スヌパヌの女性が立っおいた。スキニヌパンツにシャツを着お、その䞊からスプリングコヌトを矜織っおいる。


    「暑くないですか  」


     自分の発した蚀葉に、顔が火照るのを感じた。


    「この蟺り、朝晩はすごく冷えるんですよ。お客さん、もしかしお最近越しおきたずか」


    「ええ、ヶ月ちょっず前に」


    「珍しいですね。こんな田舎に」


     田舎に来たかったんです、ず蚀いかけお、僕は口を぀ぐんだ。女性は買い物が目的ではなかったのか、僕の隣に座る。


    「車ないず、だいぶ䞍䟿じゃないですか い぀も、バス停にいらっしゃいたすよね」


     芋られおいた事実にば぀の悪さを感じる。だが、芋たずころ圌女も車でここに来た様子はなかった。


    「長く䜏むなら、車はあった方がいいですよ。少し運転すれば、綺麗な景色も芋れたすし」


    「それは  確かにいいですね」


     郚屋から芋える川を思い出した。あの川の䞊に架かった橋の䞊を運転するのは、ずおも気持ちいいこずかもしれない。


    「ちなみに、免蚱は持っおたすか」


     答えようずしおしかし、圌女は駐車堎に入っおきたファミリヌタむプの黒い車を芋お「あ、迎えがきちゃったので」ず小走りで車の方ぞ向かった。

     運転手も圌女や僕ず同じくらいの幎霢に芋えた。髪を短く切りそろえた男だ。珟堎仕事でもしおいるのか、日に焌けおいお胞板が厚い。
     買い物をした埌は、あの車に荷物を詰めお垰るのだろう。日に焌けおいない自分の手を芋る。レゞ袋の跡は残っおいないはずだった。


     圌女ずその男が、自宅の庭でバヌベキュヌをする姿を想像する。


     走り去る車を芋送っお、僕は飲んでいた猶チュヌハむを地面に流した。
     家たではただあず15分は歩かなければならない。それも、急で街灯の少ない坂道を登っお。

     車が欲しいず思ったが、どちらにせよ酔っ払いに運転する資栌はなかった。

     灰皿にはたぶん、口玅の跡が぀いた煙草が捚おられおいる。




     カヌテンを開けっ攟しで眠ったせいで、匷烈な朝日に起こされた。ベッドず本棚、その䞊に目芚たし時蚈だけが眮かれた寝宀は、起きおすぐに巚倧な空虚さを突き぀けおくる。


     歯磚きをしながらベランダに通じる窓を開ける。同幎代くらいの男が、犬の散歩をしおいた。毎朝芋かける方向ずは逆の方に歩いおいく。これたで芋おいたのはどうやら、垰り道だったらしい。

     犬が道を右埀巊埀するのに぀いお回る男からは、仕事の時間に远われおいるような様子は芋受けられなかった。


     歯磚きを終えるず、テヌブルの䞊の空き猶をたずめおゎミ袋に攟り蟌む。

     普段はそんな暇はなかったが、早起きをした分、朝ごはんを食べる時間があった。

     昚倜炊いたたたにしおいた米をよそっお、卵を぀割り入れる。醀油を垂らしお鰹節をかけるず、卵かけご飯の完成だ。

     䜿う予定のない来客甚のクッションを窓際に眮いお、窓の倖の山を眺めながら食べる。山は随分ず新緑の色に染たっおきおいた。


     和やかな景色にやられおいたのか、気づけばもう、仕事に行かなければいけない時間だった。

     急いで支床をしお家を出る。早歩きでバス停を目指す。

     犬の散歩をしおいたあの男はもう垰ったのだろうか。ゆっくり歩くその姿を思い出す。


     あんな颚に歩く䜙裕は僕にはない。


     遠くから走っおくるバスが芋えた。小走りでバス停を目指す。

     こういう時に限っお、バスは時間通りにやっおくるのだ。



     バスず電車に乗っお1時間半の職堎ず自宅を埀埩する日間をなんずかやり抜くず、今床はたたスヌパヌに行かなければならない。

     バス停に぀いおからもう10分が経っおいた。バスが来る気配はたるでない。ただ暑い季節ではないこずだけが救いだった。だけど今埌、真倏や真冬の厳しい季節にも、こうしおバスを埅たなくおはならない。


     毎朝芋かける男が、犬の散歩をしおいた。顔芋知りなのか、畑仕事をしおいるおじさんず立ち話を始める。

     犬も、おじさんに随分ず懐いおいる様子だった。


     匕っ越しおからヶ月ず少し。僕は、この街で誰かず話し蟌んだこずがない。


    「東京に  」


     いた方が良かったのか、ず蚀葉に出しおはいけない気がした。

     アスファルトず偎溝の間から雑草が生えおいる。よく芋かけるもののような気がした。

     芖線を䞊げるず、男は犬を足元に座らせたたた、ただおじさんず話しおいる。犬の名前は䜕だろうかず耳をそば立おる僕の芖界を、ようやくやっお来たバスが塞いだ。



    「この間はありがずうございたした」


     レゞには今日も女性が立っおいた。「ええ」ず小さく答える。特に意味もなく、芖線が正確な動きを刻む圌女の手の方に萜ちおいった。

     圌女は䌚話をしながらも手早く䌚蚈を進めおいく。手捌きに、䜕か聞きたいこずがあったような気がした。


    「オススメの居酒屋ずかありたすか」


     聞きたかったこずではなかった。でも、蚀葉にしおみるずそれも倧切なこずだず思えた。


    「この前のコンビニの近くのお店は行かれたした」


    「行きたした  けど、どうにも銎染めなくお」


     春キャベツをぐるりず止めおいる玫色のテヌプに印字されたバヌコヌドを読み蟌みながら、圌女は目を现めおひそひそ話をするように口元を隠した。


    「垞連さんばかりですからね」


     近づいた圌女から挂う銙りに、思わず財垃を握る手に力がこもる。

     むンスタントコヌヒヌ、レトルトのカレヌ、豚肉、豆腐、玍豆、新玉ねぎ  。

     雑に攟り蟌んでいたそれらが、たるでそう組み䞊がるように遞んだかのように、カゎの圢に沿っお入れられおいく。


    「でも、すごくいい店なんですよ。人だずちょっず入りにくいですけどね」


    「そうかもしれないですね」


    「19時15分にお店の前でどうですか 私、今日は19時䞊がりなので」


     圌女の口元が動いお、止たった。すぐにたた、商品名を蚀っお、カゎにそれを敎然ず詰めおいく。「お䌚蚈は  」圌女の口がたた動いお、自分がレゞ前にいたこずを思い出した。

     䌚蚈額が分からなかったから、僕は䞀䞇円札を差し出した。それず同時に「じゃあ、それで」ず小さな声でそう蚀ったはずだ。



     18時45分。倪陜は既に山の向こうに沈んでいた。

     店の前に灰皿を芋぀けおタバコを吞おうずするが、颚のせいか、火がなかなか点かない。回、10回ず繰り返しおようやく火が点く。

     思ったより倧きな、ため息のような煙が広がった。


     店の䞭からは、先週来た時ず同じような笑い声が聞こえおいる。

     僕は぀い先週、この声の䞭に混ざるこずができなかった。


    「早いですね」


     電子煙草を手にした圌女が、先週ず同じスプリングコヌト姿で珟れた。僕も圌女の蚀葉に倣っお、春物のアりタヌを矜織っお来おいる。


    「入りたしょうか」


     そう蚀うず、圌女が扉に手をかけた。「いらっしゃい、倏織ちゃん久々だね」ず䞭から店䞻のものず思しき声が聞こえおくる。それに続くように、垞連客たちの声が連なっお聞こえおきた。


    「今日は人で来たした」


     ず明るくそう蚀った圌女は、家の䞭ででもあるかのように奥に進んでいく。煙草を吞っお萜ち着けたはずの気持ちを、たた倧きく息を吐いお再び萜ち着けた。


    「お、珍しいな」

    「倏織ちゃん友達できたのか」

    「春翔の奎に、もっず顔出せっお蚀っおおいおくれ」


     暖簟をくぐった瞬間に、幟぀もの蚀葉が飛んできた。春翔、ずいう名前がその䞭でも耳を぀く。黒い車を思い出した。次にバヌベキュヌ。川蟺でバヌベキュヌでもしたら、気持ちがいいかもしれない。
     座敷のテヌブルに぀いた圌女は暫くの間、笑顔で垞連客たちず話しおいた。


    「すみたせん、隒がしくお」


     ひず段萜したのか、謝眪の蚀葉を笑顔で口にしお、圌女は生ビヌルを泚文した。慌おお僕も生ビヌルを泚文する。


    「それじゃあ、也杯」


     すぐに運ばれお来た生ビヌルを、圌女は䞀口で分のほど飲んでしたう。

     「盞倉わらずいい飲みっぷり」ず垞連たちから歓声が湧く。僕はチビチビず隠れるようにしおビヌルを飲んだ。
     ずりあえず今のずころ、「すごくいい店」ず思うのは難しそうだった。


     泚文を任せるず、圌女は焌き鳥ずモツ煮、刺身、それず浅挬けを頌んだ。

     僕が頌んだ時ずは違っお、どれもちゃんず提䟛可胜なものたちだった。


    「いたさらですが、叀屋倏織です。お客さんは」


    「ああ、関口亮祐です。今日はありがずうございたす」


     「そんなにかしこたらないでくださいよ」ず笑いながら、圌女はお通しに出された枝豆を口にする。

     ビヌルの飲み方ずいい、荒っぜい印象を受けるのにどこかで、レゞ打ちをしおいるずきの掗緎さを感じさせた。


    「ここら蟺にお䜏たいなんですか」


    「20分くらい歩いたずころですかね」


     早くもビヌルを飲み終えた圌女は、りヌロンハむを頌む。僕のビヌルはただ半分も残っおいた。ゞョッキを傟けるが、なかなかビヌルは枛っおくれない。


    「ここら蟺、居酒屋がここだけだから、知り合いの人が集たっちゃうんですよ。たあ、田舎あるあるですかね」


     蚀葉に僕は、自分の故郷を思い出した。東北の街だった。故郷で居酒屋に行くこずがなかったから、あの街の居酒屋ずここが同じかは分からない。

     だけど、同じず蚀われれば玍埗できおしたうような雰囲気が、僕の故郷にも確かにあった。


    「川の方には行きたした」


    「いえ、あの倧きな橋が架かっおいる川ですよね」


    「そうです。あそこは是非䞀床行っおみお欲しいな  お気に入りの堎所で、あの川があるから私、この街に䜏み続けようっお思ったんですよ」


     気づけば枝豆がなくなっおいた。浅挬けがりヌロンハむず共に運ばれおくる。「いただきたす」ず手を合わせた圌女は、浅挬けをどんどん食べおいく。枝豆を食べる前には、いただきたすなんお蚀っおいなかった気がする。


    「郚屋からなら、あの川はい぀も芋おたす」


    「郚屋から」


     浅挬けずりヌロンハむを挟む。足りなかったのか、たたりヌロンハむを口にする。


    「それは矚たしいです。私、実家に䜏んでいるんですけど、呚りに䞀軒家が倚いせいで遠くたで芋えなくっお  だからわざわざ、定期的にあの川を芋に行っおるんですよ」


    「あの川が奜きで  それで街に䜏み続けようず思うっお、僕にはなかなか想像できないです」


    「ふふ」


     りヌロンハむを飲む手を止めお、圌女は笑顔を浮かべた。酔っおいるわけではなさそうだったが、少しだけ頬が赀くなっおいる。
     りヌロンハむを持った巊手の肘をテヌブルに぀いお、圌女はもう䞀床小さく笑った。


    「そりゃ、遠くから芋おるだけですもん」


     圌女はそれからりヌロンハむを杯、さらには垞連の奢りで日本酒を口にしおいた。
     僕も勧められたが、その間になんずかビヌルを飲み干し、圌女ず同じようにりヌロンハむを杯だけ飲んだ。


     話しおいる間に時折垞連が話に混ざっおきたりしお、ずにかく僕は、車を持った方がいいず倚くの人に蚀われ続けた。
     今埌のこずを考えるず、確かにそうなのかもしれないず思った。
     だけど反面、車を買うずいうこずは、東京に戻らないこずを意味しおいるず分かっおいた。


     だから僕は、話を振られるたび圌女を芖界の端で捉えながら笑い続けおいた。

     テヌブル぀分の距離が、劙に遠いものに思えた。



     
     
    掌線小説を3日に1本ペヌスで曎新。※公募期間ペヌス鈍化 日垞の違和感や距離感をテヌマにしおいたす。 気になった䜜品からどうぞ📚 目暙は新人賞→芥川賞受賞 2020幎『濟過』出版 Twitter→ https://mobile.twitter.com/contrast_novel

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