
「人を増やせないから、売上も増やせない」と思っていました。──粗利は、4つの掛け算に分解できます。
「人を増やせないから、売上も増やせない」。私は長いあいだ、これを動かしようのない前提だと思っていました。売上を伸ばすには手が要る。手を増やすには人が要る。人は採れない。だから打ち止め。そういう三段論法です。でも、この三段論法はひとつ飛ばしています。粗利は、商談数 × 受注率 × 平均単価 × 粗利率という掛け算に分解できます。分解すると、増員以外に回せるつまみが4つ見えます。今期回すのは、そのうち1つで足ります。

人を増やす以外の選択肢が、なかっただけでした
「増やしたいのは売上です。でも人は増やせません」。この2文を続けて口にする社長に、私はこの1年で何十人も会いました。277社を回っていると、業種も規模も違うのに、詰まる場所だけがそっくり同じだと分かってきます。詰まりは、だいたい3つに分かれます。
1つめは、そもそも採用できないこと。求人を出しても応募が来ない。来ても、こちらが会いたい人ではない。媒体費だけが毎月消えていきます。
2つめは、仮に採れても育てる時間がないこと。教えられるのは社長か、社長に次ぐ1人だけ。その2人がいちばん忙しい。だから新しい人を入れるほど、当面は社内の総生産量が落ちます。半年後には戦力になると分かっていても、その半年を越える体力が中小企業にはないことがあります。
3つめは、その結果として、結局また自分が動くこと。見積も、資料も、議事録も、請求書の確認も、気づけば社長の机に戻ってきています。
私はここを長く「人手の問題」として扱っていました。人手が足りないから人を増やす。増やせないから諦める。ところが、あるとき順番が逆だと気づきました。人手が足りないのではなく、作業を手放す先が「人」しかなかったのです。手放す先が1つしかない状態で、その1つが塞がっている。だから全部が止まって見えていました。
参考までに、私が支援先に見せているモデル試算があります。中小企業の社長の1週間を100としたときに、資料づくり32%、メール18%、会議準備14%、移動と事務8%、そして本来やりたい「決める・会う・売る」が28%、という配分です。あくまで一例で、私が自分の1週間を計測した実測値ではありません。それでもこの試算を見せると、多くの社長が「うちもだいたいこんなものです」と言います。
ここから「では社長の時間を配り直しましょう」と進むのが自然な流れですが、この記事はそちらへ行きません。時間の配り直しの話ではなく、粗利のどの項に手を置くかという設計の話をします。時間はその結果として空きます。順番を逆にすると、空いた時間が何に使われるのか誰も決めていないまま、また資料づくりに吸い込まれていきます。

「受注率」だけに丸をつけた夜
ここから登場するN社長は、複数の支援先の事例を1社のモデルケースとして再構成しています。実在の1社ではありません。
N社長の会社は、業務用洗剤と衛生資材の製造販売です。飲食チェーン、介護施設、食品工場が主な取引先で、社員は26名。うち営業が4名、製造が12名、あとは配送と事務です。創業から30年を超えていて、既存客の継続注文で回っている、いわゆる「堅い」会社でした。
初めてお会いしたとき、N社長が開口一番に言ったのはこれです。
「鈴木さん、うち来期は売上を2割伸ばしたいんです。だから営業を2人採ろうと思っていて」
「2人ですか。いまの4人は、どれくらい商談に出られていますか」
「……そこなんですよね。4人とも、半分は配送の応援に出ています」
伸ばしたいから採る。この発想そのものは自然です。実際にN社長は求人媒体に3か月出しました。応募は7件、面接まで来たのが2件、そのうち1人は入社初日に来ませんでした。かかった費用は媒体費と紹介手数料で、ざっと80万円。手元に残ったのは「採れなかった」という事実だけでした。
「もう一回出しますか」と私が聞くと、N社長はしばらく黙ってから言いました。
「出したいですけど、次も採れなかったら、あの80万円は何だったんだという話になります」
そこで私が出したのは、紙とペンでした。ノートを1枚めくって、真ん中に横線を引いて、その上に4つの言葉を並べました。商談数、受注率、平均単価、粗利率。そして「この4つを掛けたものが、御社の粗利です」と言いました。
N社長は最初、ピンと来ない顔をしていました。当然だと思います。この4分解はどこの教科書にも載っていて、目新しさは何もありません。私も、初めて自分の会社でこれを書いたときは「で?」と思いました。
変わったのは、そこに実際の数字を入れてからです。
「去年、新しく話をした見込み客は何件でしたか」
「……数えたことがないですね。月に4、5件は出ているので、50件くらいだと思います」
「そのうち発注になったのは」
「10件は行っていないです。8件くらいかな」
「1件あたりの平均は」
「初回は小さいので、年間で150万円ちょっとです」
「原価を引くと、どれくらい残りますか」
「うちは製造もしているので、35%くらいですね」
50件 × 16% × 150万円 × 35%。電卓を叩くと、新規からの粗利はおよそ420万円でした。
「では、営業を2人採って商談数を50件から80件にすると」
「1.6倍だから……670万円ですか」
「はい。そこから2人分の人件費を引いて、戦力になるまで半年かかるとして」
N社長のペンが止まりました。しばらくして、こう言いました。
「受注率のほう、16%を24%にしたら、どうなりますか」
私が計算する前に、N社長が自分で電卓を叩いていました。630万円。人を1人も増やさずに、採用費も追加でかけずに、増員したときとほぼ同じ場所まで届く数字でした。
「……8ポイント上げるのって、そんなに難しいことでしたっけ」
そこから2人で、去年失注した42件を、思い出せるだけ紙に書き出しました。理由を並べていくと、傾向がはっきり出ました。価格で負けたのは4件だけ。いちばん多かったのは「提案書を出すのが遅れて、その間に別の会社が入った」で11件。次が「先方の現場の状況を聞ききれていなかった」で9件。もう1つ、「議事録を送っていないので、次に会うまでに話が最初に戻っていた」が7件ありました。
「これ、営業の腕の話じゃないですね」とN社長が言いました。「間に合っていないだけです」
「間に合わないのは、人が足りないからではないですか」と、私は少し意地悪く聞きました。N社長は首を振りました。
「違いますね。提案書を作る日を決めていないだけです。商談が終わったあと、次の配送が入って、そのまま2週間経つ。人が2人増えても、決めていなければ同じことが起きます」
この返事を、私はいまでもよく引用させてもらっています。増員で解けるつまずきと、増員では解けないつまずきがある。その線引きを、N社長はその場で自分の口で引いていました。
その夜、N社長は4つの言葉のうち「受注率」だけをぐるっと丸で囲みました。囲まなかった3つには、線も引きませんでした。あとで聞いたら、「囲まなかったほうを見ないようにするのが、いちばん難しかった」そうです。

私自身も、同じところを一度通っています。私の会社は、社員を増やさずに年間の粗利6億円規模を狙っている最中です。まだ道の途中で、着いた話ではありません。ただ、その途中ではっきり分かったことが1つあります。増員という手段を先に外してしまうと、掛け算の残り3項を見る目つきが変わるということです。人を増やせるうちは、どの項も「人を足せば動く」ように見えます。足せないと決めた途端に、項ごとに別々の顔があることが見えてきます。商談数を増やす仕事と、受注率を上げる仕事は、必要な手つきがまるで違う。同じ「営業」という言葉でひとくくりにしていたから、区別がつかなかっただけでした。
四つのダイヤルと、今期回す一つ
先に線を引いておきます。商談の前後にある具体的な進め方——商談前のリサーチをどう組み立てるか、議事録から次のアクションをどう起こすか——は、別の機会にまとめて書きます。ここで扱うのは、その手前にある「どの項に手を置くか」という設計です。数字をどう見るか、成果をどう測るかという話でもありません。置き場所を決める話です。
粗利を、4つのダイヤルがついた機械だと思ってください。商談数、受注率、平均単価、粗利率。どれを回しても出力は上がります。問題は、社長の手が2本しかないことです。私が見てきた失敗の大半は、性能の低いダイヤルを回したことではなく、4つ全部に同時に手を伸ばして、結局どれも半回転で止まったことでした。
まず、自分の口で4つに割る
分解は、机上で数字を並べるより、話しながらのほうが速く終わります。会計ソフトの数字は「売上」と「原価」までしか分けてくれません。商談数と受注率は、社長の頭の中にしかないことが多いからです。
最初に使うのはこれです。中小企業の社長が、月末の夜でも運転中でも、思いつくまま話すだけで4項が埋まる聞き取り役をAIにやらせます。音声入力でかまいません。大事なのは、AIに評価も提案もさせないことです。途中で「それは良いですね」と褒められると、話す内容が無意識に整えられてしまいます。
あなたは、中小企業の経営者から話を聞き取る聞き手です。
これから私(社長)が、自社の商売について思いつくまま話します。音声入力なので、言い直しや脱線が混ざります。
あなたの役割は、私の話を「粗利=商談数 × 受注率 × 平均単価 × 粗利率」の4つの項に整理するために、質問を1つずつ投げることです。
【守ってほしいこと】
・質問は必ず1回に1つだけ。私が答えてから次に進む
・評価、採点、改善提案は一切しない(「それは良いですね」「こうすべきです」も禁止)
・専門用語を使わない。私が使った言葉をそのまま使う
・数字がはっきりしない項目は「だいたいで構いません」と添える
【聞く順番】
1. この1年、新しく話をした見込み客はおおよそ何件か
2. そのうち、実際に発注になったのは何件か
3. 1件あたりの平均的な受注金額はいくらか
4. その売上から仕入れや外注費を引くと、手元にどれくらい残るか
4つが埋まったら、最後に次の形式だけを出力してください。
- 商談数: ○件/年(私の発言のどこから読み取ったかを1行で)
- 受注率: ○%(同上)
- 平均単価: ○万円(同上)
- 粗利率: ○%(同上)
- 4つを掛けた粗利: ○万円
【ここから私が話します】
【ここに、自社の商売について思いつくまま話す】N社長はこれを、配送の車の中で1回やりました。20分ほどで4つの数字が出て、そのうち2つは「だいたい」でした。それでも十分です。掛け算の桁が見えれば、どのダイヤルが太いかは分かります。
4つの項には、それぞれ別の持ち場がある
ここが、この記事でいちばん伝えたいところです。4つの項には、それぞれAIに任せられる実務があります。しかも中身が違います。
商談数の持ち場は、会う前の準備です。見込みリストを作ること、初回に送る接触文を用意すること、そして半年前に一度話したまま止まっている相手を掘り起こすこと。この3つは、人が手で回すと真っ先に後回しになる仕事です。
受注率の持ち場は、商談の前後です。相手の会社をあらかじめ調べておくこと、提案書のたたき台を先に用意しておくこと、話した内容を議事録にして次の一手まで書き出すこと。N社長の失注42件のうち27件は、この3つのどれかが間に合っていなかった案件でした。
平均単価の持ち場は、売り方の設計です。いま出している商品の一段上を組むこと、その裏づけになる事例や根拠資料をまとめること、見積の型を決めて毎回ゼロから作らないこと。単価は「値上げ」ではなく「上の段を用意する」ことで動きます。
粗利率の持ち場は、外に出ているお金を内に戻すことです。これまで外注していた制作や調査を自社で回すこと、月次の集計を手作業でやめること、繰り返しの定型業務を自動で流すこと。この項だけは、営業の外側にあります。
4つ並べて眺めると、どれもやりたくなります。実際、私も最初は4つ同時に手をつけました。結果は、どれも中途半端でした。ダイヤルは、片手で1つずつしか回せません。
N社長にこの4つを説明したときも、返ってきたのは「全部うちに当てはまります」でした。当てはまるのが普通です。当てはまらない会社のほうが珍しいと思います。だからこそ、当てはまる4つのうちどれを今期の担当にするのかを、社長が名指しで決める必要があります。決めないままにすると、4つとも「いつかやる」の箱に入ります。その箱が開いたところを、私は一度も見たことがありません。

今期、どのダイヤルを回すか
選ぶときに私が使う観点は3つです。
1つめは、短期で社長の可処分時間に効くかどうか。回した結果として社長の手が空くなら、その空いた手で次のダイヤルに移れます。逆に、社長の時間をさらに食うダイヤルから始めると、二手目が打てません。
2つめは、自社のいまの詰まりがそこにあるかどうか。商談が月に1件しかないのに受注率を磨いても、母数が小さすぎて動いたかどうか分かりません。逆に、商談は十分あるのに提案が追いつかないなら、商談数を増やしても取りこぼしが増えるだけです。
3つめは、数えられるかどうか。3か月後に「動いた/動いていない」を言い切れる項でないと、続きません。
この3つを踏まえると、短期で効きやすいのは商談数か受注率であることが多いです。どちらも社長本人の動きに直結していて、結果が数字として早く返ってくるからです。ただし、これは傾向であって決まりではありません。粗利率が20%を切っている会社なら、まず粗利率です。会社の状態で答えは変わります。
判断材料を並べるところまではAIにやらせて、決めるのは社長です。ここを取り違えると、あとで自分の決断として腹に落ちません。
あなたは、中小企業の経営判断を手伝う整理役です。決めるのは私(社長)で、あなたは決めません。
以下に、自社の粗利4項の現在地を貼ります。
【商談数】【ここに件数と、いま困っていることを書く】
【受注率】【ここに%と、いま困っていることを書く】
【平均単価】【ここに金額と、いま困っていることを書く】
【粗利率】【ここに%と、いま困っていることを書く】
【社長が自分で動かせる時間】週【ここに時間数】時間
この4項それぞれについて、次の3点だけを淡々と書き出してください。
1. この項を1割動かすと、粗利がいくら増えるか(掛け算の計算過程も示す)
2. 動かすために、社長本人が使う時間が週に何時間必要そうか
3. 3か月後に「動いたかどうか」を数えられるか(数えられない場合は、その理由)
【禁止】
・どれを選ぶべきかの結論を書かない
・「おすすめは」「まずは」といった誘導表現を使わない
・4項に順位や点数をつけない
最後は「以上が判断材料です。選ぶのは社長です。」の一文で終えてください。判断材料を見ても迷うときは、たいてい過去1年の実績が頭の中で丸まっています。丸まった記憶ではなく、実際の受注記録を4項の目で並べ直すと、詰まりの場所が浮き上がってきます。ここで大事なのは、抜けている数字を埋めさせないことです。
あなたは、営業データの集計係です。推測で数字を埋めることを禁じます。
これから、過去1年ぶんの受注記録を貼ります。形式はバラバラで、抜けもあります。
【ここに、受注一覧・請求書の控え・売上台帳などをそのまま貼る】
次の表を1つだけ作ってください。
| 案件名 | 初回接触の月 | 受注した月 | 受注金額 | 原価(仕入・外注) | 粗利 | きっかけ(紹介/問い合わせ/こちらから) |
【厳守】
・元データに書かれていない値は、絶対に推測しない。必ず【未確認】と書く
・原価が書かれていなければ粗利も【未確認】。業界平均などで埋めない
・案件名が分からないものは「案件A」「案件B」と連番にする
表のあとに、次の4行だけを添えてください。
- 受注件数の合計: ○件(うち【未確認】を含む行: ○件)
- 平均単価: ○万円(【未確認】の行を除いて算出)
- 粗利率の平均: ○%(同上)
- 初回接触から受注までの平均日数: ○日(同上)
最後に、【未確認】がいちばん多い列を1つだけ挙げ、どこを記録すれば埋まるようになるかを1行で書いてください。N社長がこれを回したとき、【未確認】がいちばん多かったのは「初回接触の月」でした。つまり、どれくらい待たせているかが会社の記録に残っていなかったのです。失注理由と、きれいに符合しました。

選んだ1項の、どこで詰まっているか
回すダイヤルが決まったら、次は「そのダイヤルのどこが固いのか」を見つけます。ここで犯人探しを始めると、途端に社内の口が重くなります。探すのは人ではなく、待ち時間と二重入力です。
あなたは、業務の詰まりどころを一緒に探す相棒です。人を評価する立場ではありません。
私が今期選んだ項は【商談数/受注率/平均単価/粗利率 のどれかを書く】です。
この項が動くまでの、いまの仕事の流れをそのまま書きます。
【ここに、その項が動くまでの流れを、思い出せる順に書く】
流れを工程に分けたうえで、各工程について次の3つを質問してください。1工程ずつ、順番に。
1. その工程は、誰かの手が空くのを待っている時間がありますか
2. その工程で、同じ内容を2回以上書いたり入力したりしていますか
3. その工程が止まると、次に進めるまで何日かかりますか
【禁止】
・特定の担当者名を出さない。出てきたら「担当」と置き換える
・「〜が悪い」「〜の問題」という書き方をしない
・改善案を先に出さない。まず全工程を聞き終える
全工程を聞き終えたら、「待ち時間が最も長い工程」と「同じ入力が繰り返されている工程」を1つずつ挙げ、それぞれ何日・何回かを添えて出力してください。N社長の会社で出てきた答えは、拍子抜けするものでした。待ち時間が最も長い工程は「商談後、提案書に着手するまで」で、平均9日。二重入力が最も多かったのは、商談メモを手帳に書き、それを社内共有に打ち直し、さらに見積の備考欄に書き写す、という3回でした。腕でも根性でもなく、段取りの形の問題でした。
月に1回、1枚に戻る
最後は、選んだ1項が動いたかどうかを、月に1回だけ確認する仕組みです。毎日見るとぶれます。他社と比べると本筋を外します。自社の先月との差だけを見れば十分です。
あなたは、社内向けの1枚レポートを作る書記です。
毎月末に、私が次の数字を渡します。
【ここに今月の数字を貼る】
・今月の商談数: ○件
・今月の受注件数: ○件
・今月の受注金額の合計: ○万円
・今月の原価の合計: ○万円
・今期選んだ項: 【4項のうちどれか】
これをもとに、A4で1枚に収まる報告書を、次の構成で書いてください。
1. 今月の4項(商談数/受注率/平均単価/粗利率)の数字と、先月からの差
2. 今期選んだ1項について、3か月前と比べてどう動いたか(動いていなければ「動いていない」と書く)
3. 選んでいない3項について、大きく下がったものがあれば1行だけ触れる(なければ「変化なし」)
4. 来月、この1項のために社長が空ける時間の目安(時間数のみ)
【禁止】
・他社や業界平均との比較を入れない
・部門や個人に順位や点数をつけない
・「頑張りましょう」といった精神論を書かない
・数字が渡されていない項目は【未提出】と書き、推測で埋めないこの1枚があると、選ばなかった3項に手を出したくなる衝動が抑えられます。「今期は受注率だけ」と紙に書いてあるからです。
全部やっていた頃と、1つに絞ってから
私が4つ同時に手をつけていた頃、社内で走っていた取り組みは常に5つも6つもありました。リストも作った、提案書のひな型も作った、原価の集計も自動化しかけた。どれも6割で止まっていました。6割の仕組みは、使われません。使われないので、作ったこと自体を忘れます。半年経つと、同じものをもう一度作り始めます。この繰り返しに、私は2年ほど使いました。
1つに絞ってから変わったのは、判断の速さです。何かを頼まれたときに「それは今期の1項に効くか」だけで返事ができます。効かないなら、来期の箱に入れる。効くなら、その週のうちに手をつける。迷う時間が消えました。
N社長のその後です。受注率のダイヤルだけを回すと決めて、最初に手をつけたのは提案書の着手までの9日を縮めることでした。商談の当日に、話した内容から提案のたたき台が出てくる形に変えました。次に、商談前に相手の会社の状況をひととおり調べておく手順を、営業4人の共通の型にしました。この2つだけです。リストづくりにも、単価の設計にも、この期は手をつけていません。
半年後、受注率は16%から22%になりました。商談数はほぼ横ばいの53件、平均単価も150万円のままです。新規からの粗利は420万円から610万円へ。営業は増やしていません。これはあくまで一社の例で、同じことをすれば同じ数字が出ると言うつもりはありません。効果を保証するものでもありません。
面白かったのは、そのあとN社長が言ったことです。
「提案が早く出るようになったら、営業の2人が配送の応援に出なくてよくなりました。手が空いたので、来期は商談数のダイヤルを回そうと思います」
1つ回したら、次のダイヤルに手が届くようになっていました。順番に回すというのは、我慢の話ではなくて、こういうことだったのだと思います。

掛け算の中に、まだ触っていない場所があります
社長業の苦しさは、選択肢が多すぎることではありません。選択肢が1つしかないと思い込んでいるときに、いちばん苦しくなります。人を増やす。それしか道がないと思っていると、採れない月がそのまま「打つ手がない月」になります。私はそこで何度も夜中に求人票を書き直しました。
粗利を4つに割るのは、道を増やす作業です。増員は、そのうちの1本にすぎません。商談数を増やす道もあれば、受注率を上げる道もある。単価の段を上げる道も、外に出ているお金を内に戻す道もあります。しかも、そのどれもが、いまの人数のまま踏み出せます。
もう1つ言わせてください。4つに割ったあと、3つを捨てる勇気のほうが、実は効きます。N社長が「囲まなかったほうを見ないようにするのが、いちばん難しかった」と言ったのは、本音だと思います。経営者は、可能性が見えると全部取りにいきたくなります。私もそうです。でも、片手で回せるダイヤルは1つです。1つ回して手が空いたら、次を回せばいい。半年で1つ、2年で4つ。それだけで会社の形は変わります。
そして、その1つを選ぶのは社長だけの仕事です。分解も、集計も、詰まりの洗い出しも、いまはAIが引き受けてくれます。引き受けてくれない仕事が、どのダイヤルを回すかを決めることです。これは人に任せられないし、任せてしまったら、あとで自分の会社の判断として説明できなくなります。
今期、あなたはどのダイヤルを回しますか
ここまで読んで、たぶんもう頭の中に候補が1つ浮かんでいると思います。それが正解かどうかは、私には分かりません。会社の状態は、外から見た数字では決まらないからです。ただ、浮かんだのが1つなら、それは選べているということです。
今夜、紙を1枚めくって、真ん中に横線を引いてみてください。商談数、受注率、平均単価、粗利率。その上に自社の数字を、だいたいでかまわないので入れてみる。そして、今期回す1つに丸をつける。残り3つには、線を引かない。
人を増やせないことは、売上を増やせないことと同じではありませんでした。私はそれに気づくのに2年かかりました。この記事が、その2年を少しでも縮められたなら嬉しいです。

あわせて読みたい
AIで残業は減った。でも、売上は増えていない。──社長が最初にすべき10か条
https://note.com/comix_ceo162230/n/n5b15dfa11687
社長の生産性がAIで5倍になるワケ。手放したのは"作業"の8割でした
https://note.com/comix_ceo162230/n/ne7129c8498d6
数字に強い社長は、数字をあまり見ない。──見る数字を三つに絞ると、判断は深くなる
https://note.com/comix_ceo162230/n/nb10ce42b8773
鈴木章裕
株式会社コミクス 代表取締役