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膨らみ続ける風船-コンプラ過多は資本主義の限界を示唆するのか。脂質代謝機構をヒントに読み解く-

    私たちは、意図せず資本主義に抵抗しているのかもしれません。

    ***



    1. コンプラ過多の現状



    また来たか。




    恒例のe-learningの受講案内である。コンプライアンス関連だ。入社して、これが果たして何回目だろうか。毎年、内容はアップデートされる。新規に追加された、あるいは改訂されたルールや法律。また、最近の違反事例など、ボリュームは増えていく一方である。忙しくなる一方なのにもかかわらず、足を引っ張るかのように、襲い掛かる。




    それも、受講するべき数は一つや二つではない。〆切もある。正直、地味ながらも大きな負担である。しかし、私は会社員である。会社の事業を維持する上では、とても大切なことなので無視できない。がんばって時間を作ってやるしかないか、とため息をつくばかりである。




    私は正直、入社してからコンプラに辟易している。私は、普段は製薬企業で創薬研究者として、薬をつくる仕事をしている。細胞や動物を使って実験をすることがメインだが、コンプラの影響で、実験をするハードルは高い印象である。




    例えば、試薬の調達である。実験は、試薬を使わないと基本的には何も始まらない。この試薬の調達は、神経を使う。毒劇物法やカルタヘナ法という法律に抵触しないか、徹底的に確認する必要があるからだ。



    まず、試薬のメーカーサイトから、製品情報を確認する。そのうえで、代理店の照会・確認で法令に抵触しないかを確認できたら、発注する。そして、発注して終わりではない。試薬の公知情報や、照会する代理店側が間違っている可能性もゼロではない。




    したがって、試薬が到着してからも、念のため製品のデータシート等で、法令に該当しないかを確認する必要がある。実験をはじめる前に、些細ながらも神経を使う仕事を、丁寧にこなさなければいけないのである。気づかぬうちに、コンプラ違反になる可能性があるからだ。当たり前のことではあるが、他の仕事で忙殺されているときも多々あり、気が抜けない重要な仕事である。




    これは飽くまで私の、ほんの一例である。おそらく、業界は違うにせよ、世の会社員は同じように、何かしらのコンプラについて、頭を悩ませてることがあるのではないかと思う。しかし、このコンプラは、今でこそ厳しいが、昔は緩かったはずだ。




    例えば、18世紀末とかなり前のことであるが、エドワード・ジェンナーという医師は、8歳の少年に牛痘ワクチンを接種した。しかし、この接種は、十分な説明がなされていなかった。つまり、現代における、インフォームド・コンセントの概念がなかった。この接種により、どのようなリスクが生じるのかという説明はなされておらず、また同意書も得ていなかった。


    加えて、牛痘接種後に、天然痘の膿を接種するという、荒業に出た。当時は許容された行為だったようだが、現代のコンプライアンスの基準はほとんど満たしていなかった。のちに、ジェンナーは、この少年への牛痘ワクチンの接種をきっかけに、天然痘に対する予防効果があることを見出し、天然痘撲滅に大きく貢献した。しかし、現代のコンプライアンスが適用されていたら、この功績は生まれなかっただろう。





    🐈‍⬛

    2. なぜコンプラは厳しくなるのか




    2026年の今、このコンプライアンスは、年々厳しくなる一方である。厳しくなれば、より私たちの仕事に影響を及ぼすであろう。ジェンナーが今の時代に来たら、衝撃を受けるであろう。では、なぜコンプラは年々厳しくなるのか。当たり前のことのように思えるが、具体例を踏まえ、少し考察してみる。



    例えば、毒劇物法に関して。これは、私たちに甚大な健康被害を及ぼす毒物および劇物の管理に関して、定められた法律である。例えば、毒物・劇物に該当する化学物質について、保管方法や管理体制などに関して明記されている。毒劇物法は、昔よりもはるかに厳しくなっているのが現状である。これにより、実験業務のハードルが上がってしまう。




    例えば、鍵付きの保管庫で管理しなければいけないため、そこから実験のたびに毎回取りに行かなければいけない。また、毒物に関しては帳簿管理されているため、よりアクセスのハードルが高くなる。つまりは、仕事がしづらくなる。




    では、なぜ厳しくなったのか。それは、インシデントが起こったからである。インシデントは、事故や事件を指す。例えば、アジ化ナトリウム混入事件は、業界では有名なインシデントである。



    アジ化ナトリウムとは、大変毒性が強く、少量でも致死リスクを有する毒物である。しかし、1990年代後半の法改正前までは、毒物には指定されていなかった。大学等で、アジ化ナトリウムに起因する重大インシデントが発生したことをきっかけに、法改正され、毒物として管理が強化された。



    しかし、毒劇物法に指定後も、紛失等の一連の事件をきっかけに、社会的問題となった。その結果、行政指導が入り、管理体制がさらに厳格化した。こういった一連のインシデントにより、実務的な変化は著しいものとなった。昔は一般人でも購入できたものが、今や二重施錠が標準条件になっているのである。



    インシデントがコンプラを厳格化する例は、毒劇物法以外にも多くあるだろう。例えば、情報漏洩というインシデントが起きれば、システムの強化のみならず、情報管理ルールの見直し、厳格化といった形で、コンプラが厳しくなるだろう。「次」のインシデントが起こるのを、防ぐ必要があるからである。




    コンプラ厳格化を誘導するのは、細かく言えば、インシデントだけではないだろう。動物実験を例に、少し考えてみたい。製薬企業では、新薬開発を進めるうえで、動物実験は必須である。新薬の承認申請時に、ガイドライン上、データが求められるからである。


    一方で、動物実験は、動物愛護法と干渉する。この法律は、動物に苦痛を与えない旨を定めている。つまり、動物実験は、価値と倫理がぶつかる相反行為であるといえよう。



    この動物愛護の動きは、昔と比べて高くなっている。これに伴い、動物実験も、年々厳しくなっているのが現状である。イギリスでは、動物愛護の社会的情勢や、細胞やオルガノイドといった代替技術の進歩を背景に、動物実験を段階的に廃止することになっている。このように、社会的イデオロギーによる圧力も、コンプラ厳格化を誘導する原因といえよう。



    なお、社会的イデオロギーがコンプラ厳格化を誘導する例は、動物愛護に限らないであろう。例えば、環境保全という社会的イデオロギーは、有害な化学物質の排出を抑える活動、あるいは環境保護活動を推し進めるように、企業等に圧力をかけているだろう。




    以上のように、インシデントや社会的イデオロギーは、コンプライアンス厳格化を誘導する圧力になると考えられる。




    では、「これから」どうなっていくのだろうか。理論上、インシデントが起きれば起きるほど、あるいは社会的イデオロギーが向かい風となればなるほど、コンプラは厳格化され、より私たちの仕事のハードルは上がると考えられる。そうなれば、労働生産性は、相対的に低下の一途をたどるであろう。




    ただでさえ今日厳しいと感じられるにもかかわらず、10年後、20年後はどうなってしまうのか。コンプラという内圧に、私たち風船は、耐えうるのだろうか。いつまで膨らみ続けるのだろうか。弾けてしまうのだろうか。






    🐈‍⬛

    3. インシデント, イデオロギーによる価値創造のネガティブフィードバック機構



    ここで、風船の行く末を考察するべく、下記のようなモデル(図1-a)を考えた。まずはこのモデルで、コンプラ厳格化が、労働生産性を低下させうるメカニズムを示したい。


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    まず、本モデルのアウトラインについて説明する。



    このモデルでは、労働力を介した価値創造プロセスにより、原料から製品(=価値)が完成する流れを、簡易的に表している。原料、製品と記載があるが、必ずしもモノづくりである必要はない。それぞれ、価値創造プロセスが入る前、後の完成した状態を指していると考えていただきたい。これにより、私たちが仕事をし、何かしらの価値を創造するプロセスを一般化することができるだろう。




    黒の右矢印(→)は、価値創造の各ステップを表している。例えば、紙でいえば、木材=原料をパルプ化、乾燥、巻き取りするのがそれぞれ右矢印に相当し、右に行くほど、より高次のステップを意味する。その結果、紙=製品(=価値)がつくり上げられる。

    パワポ資料でいえば、プレゼンテーション1=原料に、文章やイラストを挿入、校閲、反映、最終化がそれぞれ右矢印に相当する。その結果、プレゼンの資料=製品がつくり上げられるとイメージしていただきたい。




    上記価値創造プロセスの右矢印の間から、赤の下矢印(↓)が生じている。これは、価値創造プロセス時に発生したインシデント、あるいは、そのプロセスに対する社会的イデオロギーを表す。


    例えば、紙をつくる過程で起こった事故は、インシデントに該当する。社外秘のパワポ資料作成時に、誤って社外に漏洩してしまうことも、インシデントに該当する。また、紙の原料である木材、ひいては森林を伐採することは、環境保全の社会的イデオロギーの形成を後押しするだろう。このような例が、赤の下矢印に相当する。




    次に、本モデルの内容について説明する。




    まず原料から、労働力の介入により、価値創造プロセスが形成される。その結果、いくつかのステップを経て製品(=価値)が完成する。一方で、その過程で、割合は格段に低いだろうが、労働者によるインシデントが発生する。あるいは、その過程に対し、社会的イデオロギーが発生する(図1-a ①)。その結果、以降のインシデント発生を防止するため、あるいはイデオロギーの圧力を踏まえて、コンプライアンスが厳格化される(図1-a ②)。



    例えば、社則やマニュアル等が改訂あるいは新規作成される。あるいは、特定の事項が、二重線や太字等でハイライトされる。周知徹底により、今後のインシデントが起こさないようにと、労働者に圧力が加わる。これは、労働力に対して抑止力がはたらくといってよいだろう(図1-a ③)。



    その結果、労働者による価値創造、ひいては労働生産性が低下する。例えば、ダブルチェックが必須化されることにより、ステップが遅滞する、あるいは、施錠や帳簿が厳しく管理されることにより、仕事開始が従来よりも遅くなる、などだ。これにより、労働時間に対して創出される価値=製品は少なくなるだろう。




    以上のことを端的にいえば、価値創造プロセスで生じた産物(インシデント、社会的イデオロギー)が、このプロセス全体を抑制するといえるだろう。言い換えれば、価値創造の右矢印が「より」促進されれば、産物がその分生じ、その結果、「より」プロセス全体に歯止めがかかりやすくなる、といえるだろう。


    このように、システムのアウトプットを増やす方向に進むと、その過程で抑止力が形成され、アウトプットを抑制するように作用することを、ネガティブフィードバックと呼ぶ。では、このネガティブフィードバックは、なぜ形成される「必要」があるのか。その意義について、考えてみようと思う。



    ここで、このネガティブフィードバック機構は、興味深いことに、生命科学の分野で広く認められる現象である。具体的には、代謝である。私たちが生命活動を正常に営むうえで、代謝の制御は非常に重要である。ほとんどの代謝には、ネガティブフィードバック機構が備わっていることから、代謝を切り口にすれば、この機構の意義が見えてきそうである。 






    🐈‍⬛

    4. 代謝産物によるコレステロール合成のネガティブフィードバック機構



    ここで、脂質代謝を例に、下記のモデルを用いて、価値創造におけるネガティブフィードバックモデルとの類似性、および意義について考察していきたい(図1-b)。



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    これは、コレステロールの生合成ルートを示したものである。本機構のアウトラインは、図1-aで示したものと同じである。



    黒の右矢印(→)は、コレステロールという出力を生み出すための合成ステップを表す。赤の下矢印(↓)は、コレステロールとは別に生じる代謝産物、25-ヒドロキシコレステロール(25-OHC)である。



    次に内容に関して、説明する。HMG-CoAは、コレステロールを作るための原料である。HMG-CoAは、いくつもの酵素修飾ステップを経て、コレステロールをつくる。このコレステロールをつくるために必要な酵素群を包括的に制御しているのが、SREBP2と呼ばれるタンパクである。


    SREBP2が活性化することで、HMG-CoAからコレステロールをつくる動きが活性化する。したがって、SREBP2は、コレステロールをつくるスイッチとして機能しているといってもよいだろう。その後、HMG-CoAは、コレステロールをつくる。これが、HMG-CoAからコレステロールがつくられる一連の流れである。




    一方で、コレステロールとは別に、25-OHCという酸化コレステロールを代謝産物として生成する(図1-b ①)。25-OHCは、コレステロールが酸化されることで生成する。25-OHCは、INSIGというタンパクに強く結合することが知られている。



    そして、INSIGに結合すると、SCAPというタンパクやSREBP2との相互作用が誘導される(図1-b ②)。この三者が集まることで、SREBP2は、不活性化する(図1-b ③)。つまり、コレステロールの合成経路は阻害される(*1,2)。



    したがって、このコレステロールの合成経路において、次のように説明できる。



    『HMG-CoAからコレステロールをつくるのとは別に、25-OHCという代謝産物がつくられる。25-OHCは、INSIG-SCAP-SREBP2の相互作用を促進する。その結果、(コレステロール合成のスイッチとして機能する)SREBP2が阻害され、最終的にコレステロール合成が抑制される。』



    ここで、この25-OHCによるコレステロール合成のネガティブフィードバック機構と、コンプラによる価値創造のネガティブフィードバック機構を比較してみたい。試しに、上述の『』内における語句を、下記のように変換対応させてみた。



    ・HMG-CoA→原料
    ・コレステロール→製品
    ・25-OHC→インシデント、社会的イデオロギー
    ・INSIG-SCAP-SREBP2の相互作用→コンプライアンス厳格化
    ・コレステロール合成→価値創造
    ・SREBP2→労働力



    対応後のワードを、先述の『』内に置き換えてみると、下記のようになる。



    『原料から製品をつくるのとは別に、インシデント、社会的イデオロギーという代謝産物がつくられる。インシデント、社会的イデオロギーは、コンプライアンス厳格化を促進する。その結果、(価値創造のスイッチとして機能する)労働力が阻害され、最終的に価値創造が抑制される。』




    このように、25-OHCによるコレステロール合成のネガティブフィードバック機構と、コンプラによる価値創造のネガティブフィードバック機構は、語句を入れ替えても因果関係が依然明瞭である。したがって、両機構間で、類似した構造を持っているといってもよいのではないかと思う。





    🐈‍⬛

    5. ネガティブフィードバック機構の意義




    ここで、コレステロール合成のネガティブフィードバック機構をヒントに、価値創造のネガティブフィードバック機構の意義について、考えてみたい。




    まず、コレステロール合成経路において、ネガティブフィードバックがはたらくのは、細胞内における恒常性が破綻しないようにするためである。つまりは、平衡を維持するためである。


    もし、コレステロール合成の方向(右矢印)にひたすら進めば、その分、過剰に生じた生成物が、細胞に異常をきたすリスクがあるからだ。例えば、細胞内でコレステロールを増やそうする状況において、25-OHCという代謝産物が、一切つくられないと仮定する。その場合、SREBP2が活性化し、コレステロールがつくられる(*3)。コレステロールが過剰に蓄積する結果、炎症が亢進、あるいは増悪されてしまう(*3,4)。


    (ここで、細かいながら重要な点は、引用*4の文献において、プライミングを前提にしていることである。LPS(リポポリサッカライド)はグラム陰性菌の外壁成分であり、TLR4という受容体を介して、免疫賦活化のシグナルを誘導する。これは、微生物に対する免疫応答において、重要な機構である。LPSによる刺激(プライミング)は、SREBP2を活性化し、コレステロール合成を促進するのと同時に、CH25Hと呼ばれる、コレステロールから25-OHCをつくる酵素も誘導する。


    この論文においては、マクロファージという免疫細胞において、LPSによるプライミング時に、CH25Hを欠損つまりは、25-OHCによるネガティブフィードバック機構が成立しない状況において、炎症が増悪することが示されている。LPSは、細胞内でコレステロールを増やそうとする動機付けになるが、これは、価値創造プロセスでも同じであろう。例えば、顧客のニーズや競合状況等により、このプロセスがプライミングされているといえよう。



    なお、プライミングによる合成経路の亢進において、その過程で生じる代謝産物によるネガティブフィードバック機構は、引用4のみならず、「安全弁」として一般的であり、重要な防衛反応として知られている。以上を踏まえ、本記事におけるネガティブフィードバック機構は、プライミングを前提としたい。)



    したがって、ネガティブフィードバックがはたらかないと、私たちの健康が脅かされる可能性がある。ネガティブフィードバック機構は、生物が、利益を確保しつつも、不利益を被らないようにする点で、意義があるといってよいだろう。利益と不利益の平衡を保つことが、ネガティブフィードバック機構の本質であろう。


    (ここでまた、細かいながらも重要な点を、補足する。数あるネガティブフィードバック機構の中で、25-OHCによるコレステロール合成抑制機構を例示したのは、インシデントやイデオロギーによる価値創造プロセスの抑制機構モデルに、最もfitし、わかりやすいと判断したためである。しかし、実際のところは、コレステロール「自体」によるコレステロール合成経路のネガティブフィードバックの方が、はるかに一般的である。本経路以外の代謝経路でも、主に最終生成物がネガティブフィードバックを担うことが知られている。


    しかし、これで本モデルの本質が揺らぐことはないだろう。例えば、プラスチック製品は昨今、環境負荷の観点で、抑制傾向である。スーパーでの袋の有料化、あるいは代替製品での置換は、卑近な例と言えるだろう。他にも、耳が痛い話ではあるが、アメリカにおけるオピオイド危機も挙げられるだろう。鎮痛薬による鎮痛作用とは裏腹に、依存性を高めて多くの薬物中毒者を出したことは、大きな社会問題となった。その結果、規制が強化され、製薬会社への圧力が高まったことは、本モデルでも説明可能であろう。つまり、このモデルは、25-OHCのようにプロセスの「過程」で生じる代謝産物(=インシデント、イデオロギー)のみならず、プロセスの「最終生成物」により直接的に生じる代謝産物(=インシデント、イデオロギー)によるネガティブフィードバックにおいても、適用可能といえるだろう。)




    利益を確保しつつも、不利益を被らないようにすることは、価値創造プロセスにおいても言えるのではないか。つまり、ネガティブフィードバックは、私たち人間にとって、利益を確保しつつも、不利益を被らないようにする意義があるのではないか。




    🐈‍⬛

    6. コンプラ過多は資本主義の限界を示唆?






    私たち人間は、産業革命期以降、著しいスピードで価値を創出してきた。労働力を介して、原料から製品を、繰り返し繰り返しつくりつづけてきた。これにより、はるかに便利になった。生活がしやすくなった。2026年の今、世界は、価値であふれている。しかし、価値創造プロセスが亢進することにより蓄積された価値は、果たして、私たち人間に対して、利益「のみ」を与え続けただろうか。



    産業革命期以降、産業がさかんに興されるようになった。その結果、価値創造プロセスにより、利益のみならず、二酸化炭素をはじめ様々な代謝産物が生じた。そして、現在どうだろうか。5月というのに、昔の常識が通用しないレベルの暑さである。地球温暖化以外にも、公害や大気汚染などでも同じことがいえる。


    今日に至るまで、価値創造プロセスが亢進しすぎて、利益のみならず、不利益が生産されすぎたのである。これは、ネガティブフィードバック機構を具備していない代謝経路、つまりは、合成経路が過剰に亢進することにより、利益と不利益の均衡が崩れていることと、同じ構図ではないだろうか。代謝産物(インシデント、社会的イデオロギー)から、抑止力が生じなかったことが原因であろう。




    この不利益がハイライトされるようになった結果、コンプライアンスが厳格化された。不利益を生産しつづけるプロセスを抑止するための、重要なブレーキとして機能し始めた。利益を一定確保しつつも、これ以上、不利益を被りたくない。ここに、コンプラが、価値創造プロセスにおけるネガティブフィードバックとして作用する意義があるだろう。


    (したがって、私たちが普段感じているであろうコンプラ過多は、歴史上、必然だったといえるかもしれない。私たちはただ、先人による倫理的な問題意識が構築した巨大なフィードバック機構の中に、組み込まれているにすぎないのかもしれない。面倒と感じるe-learningなども、これ以上不利益を被ってほしくないという、数多くの先人たちによる願い、経験知を礎にしていると考えれば、頭ごなしに否定はできないだろう。)


    しかし、このコンプラは厳格化の一途をたどり、価値が生まれづらくなろうとしている。これは皮肉にも、「人間」が、価値創造を、今なお繰り返しているからである。




    私たちは、人間である。価値創造プロセスで代謝産物(インシデント、社会的イデオロギー)が生じるのは、人間ゆえのことである。「人間は過誤の動物である」(*5)、と同時に「倫理の動物」だからである。したがって、人間が労働力の担い手、あるいは監視役であり続ける限り、代謝産物はなくならない(AI等で労働力を代替したとしても、制御するのが人間であることに変わりはないだろう)。その結果、コンプラはますます厳格化され、価値創造は鈍化していくだろう。つまり、産業革命期における価値創造が、利益>不利益だったのに対し、現代では、コンプライアンス過多により、利益<不利益となりつつあるのである。



    コンプラ厳格化は、意図せず、資本主義に抵抗しているのかもしれない。
    繰り返される価値創造プロセスは、剰余価値を不断に生み続けることであり、いわば資本主義の根幹である。しかし、そのプロセスの触媒たる労働力は、コンプラの高まる圧力により、メカニズム上は抑制の一途をたどると考えられる。剰余価値は、今後低下し続け、いずれゼロに収束することもあるのではないかと思うのである。私たちは、知らず知らずのうちに、資本主義に「ノー」を突き付けはじめているような気がするのである。





    🐈‍⬛

    7. 今後の行方





    風船が膨らむことは、必ずしも悪い兆候とも言えないのかもしれない。不利益の最小化を望んだ先人の想いは、数百年の時をかけて内圧として蓄積し、私たちの「既存の」well-beingを守るように作用してきた。しかし、労働者たる私たち人間は、現に高まる内圧(=コンプラ過多)に苦しみ、「より良い」well-beingの追求が難しくなってきている。私たちが、もし「より良い」well-beingを望むのであれば、膨らみ続ける風船が割れないことを、ただ願うばかりであろう。風船が割れること、すなわち私たち人間が担う労働力の破綻は、資本主義の終焉を示唆するからである。「ノー」とも、歯切れ良く言い切れないのが現状であろう。





    膨らむ風船は、高まる人間の葛藤を象徴しているように見える。私たちは、大きな分水嶺に立っているのかもしれない。





                   
                   
                   忘れじの 廻る朝焼け 葛や藤







    *1:Yanagisawa R, He C, Asai A, Hellwig M, Henle T, Toda M. The Impacts of Cholesterol, Oxysterols, and Cholesterol Lowering Dietary Compounds on the Immune System. Int J Mol Sci. 2022 Oct 13;23(20):12236. doi: 10.3390/ijms232012236. PMID: 36293093; PMCID: PMC9602982.
    *2:Zhang J, Zhu Y, Wang X, Wang J. 25-hydroxycholesterol: an integrator of antiviral ability and signaling. Front Immunol. 2023 Sep 13;14:1268104. doi: 10.3389/fimmu.2023.1268104. PMID: 37781400; PMCID: PMC10533924.
    *3:Wang Y, Zhang J, Chen J, Wang D, Yu Y, Qiu P, Wang Q, Zhao W, Li Z, Lei T. Ch25h and 25-HC prevent liver steatosis through regulation of cholesterol metabolism and inflammation. Acta Biochim Biophys Sin (Shanghai). 2022 Apr 25;54(4):504-513. doi: 10.3724/abbs.2022030. PMID: 35462473; PMCID: PMC9828056.
    *4:Dang EV, McDonald JG, Russell DW, Cyster JG. Oxysterol Restraint of Cholesterol Synthesis Prevents AIM2 Inflammasome Activation. Cell. 2017 Nov 16;171(5):1057-1071.e11. doi: 10.1016/j.cell.2017.09.029. Epub 2017 Oct 12. PMID: 29033131; PMCID: PMC5693620.
    *5:小宮豊隆編『寺田寅彦随筆集第四巻』岩波文庫、2018年第79刷、p.205

    #創作大賞2026 #ビジネス部門

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