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ローリング・サラリーマン詩篇    chapter 5: GODZILLA

    いっぱしのサラリーマンともなると、ジェネレーションギャップにぶち当たるのは、世の習わしである。

    いつからか、僕は彼女のことを心の中でゴジラちゃんと呼ぶようになった。

    いや、容姿はあのゴツゴツとした巨大怪獣とは似ても似つかない、むしろあどけないと言った方が正解の、小柄で童顔のメガネ女子である。それがなぜ「ゴジラ」かという話である。

    彼女は同じプロジェクトに途中から加わった入社3年目の新戦力である。随分と後輩なのだが、彼女と会話していると、あまりの若々しさにこちらが疲れて後ずさりしたくなる。心の退却である。

    たとえば打ち合わせ中の彼女は、10年以上先輩で経験豊富な僕の、その経験豊富な部分には、何の敬意も払わない。アドバイスには必ず「そうですかねえ?」という疑問形で返して来ます。まあそれは、良い。よくないけど、別にいい。フェアで風通しの良いコミュニケーションを目指しています。

    また、打ち合わせ中に無言でいなくなり、帰って来て「ちょっとお手洗いに行ってきました〜」と無邪気に微笑む。丁寧ですが事後報告はみんな意表をつかれます。事前申告の方がいいと思います。
    「マドンナって、絶対レディガガに似てますよね!」なんか前後が逆になってる気がします。ま、これが世代差ってやつですか。
    「課長はなんでこの会社に入ったんですか?」説明を始めると、「そっからですか!」えっと、どこから話せば適切だったのでしょうか。

    で、これってもしかして、ジェネレーションギャップなのかなあ、なんてオジサンは思い始める訳である。結構マジメに。

    そんな頃から、彼女が何か飛んだ一言を発した後に、僕の頭はその言葉に押されるように後ろに傾き、あの鳴き声が聞こえるようになってきた。

    デスクで見積もりをみながら頬に手を当てて考え込んでると、「歯が痛いんですか?」ギャオーンうわわん。全部治療終わってます。

    エレベーターを待ちながら階数表示を眺めていると、「もしかして何か困ってます?」ギャオーンうわわん。これ僕のふつうの表情です。どうぞよろしく。

    夕方近くに何かお願いすると、「オマイガー」と英語でリアクション。ギャオーンうわわん。バイリンは分かったのですが、やっていただけるのでしょうか。

    彼女とのやりとりで軽くひるむ度に、耳鳴りのようにあのゴジラの咆哮が聞こえる。そう、その声はむしろ僕の心の叫びなワケです。

    極めつけは、プレゼンに必要な資料のコピーを頼んだ時だった。

    「これ、A4にしてくれるかな。」

    「ハイ!」

    しばらくして余裕の笑みをたたえ戻って来た彼女から手渡された紙の束を見ると、大切なデータの円グラフが半月になっていた。まさかとページをめくると、文章は途中から始まり、資料の人物写真は無残にも頭部がなかった。

    どこへやった、俺のB4資料のA4からはみ出た部分を!

    「えーっ、これ、A4に縮小したかったんだけど。」

    社会人として当然であるまいか。そんな気持ちを精一杯視線にのせて告げると、なんと、彼女の顔は呆れ色にさっと変わり、

    「縮小する時は縮小って言ってください。」

    …あれ、逆に怒られたよ。

    僕は、一刀のもとに額が割られ、顔がみるみる血に染まるのを感じた。そして、ギャオーンうわわん!

    あの哀しい咆哮が、はっきりと聞こえた。そして僕は心の中で涙しながら叫んだ。こんなものが、こんなものが、ジェネレーションギャップのわけがない。

    しかしゴジラちゃんは長い尾を引き摺り、そこら中のビルを倒しながら悠々と引き上げていきました。

    引き上げていった。そう彼女はいつもそんな感じなのである。

    彼女はどこから来て、次はどこに上陸するのだろう。






    ***********
    この詩篇はフィクションです。
    実在の人物・会社とは 一切関係がありません。

    ローリング・サラリーマン詩篇 prologue
    ローリング・サラリーマン詩篇 chapter 1: CONVENIENCE STORE
    ローリング・サラリーマン詩篇 chapter 2: E-MAIL
    ローリング・サラリーマン詩篇 chapter 3: 7:00AM
    ローリング・サラリーマン詩篇 chapter 4: TRAIN
    ローリング・サラリーマン詩篇 chapter 5: GODZILLA
    ローリング・サラリーマン詩篇 chapter 6: BIKINI MODELS
    ローリング・サラリーマン詩篇 chapter 7: PRESENTATION
    ローリング・サラリーマン詩篇 chapter 8: MASSAGE
    ローリング・サラリーマン詩篇 chapter 9:  STAFF
    ローリング・サラリーマン詩篇 poem:   なりたいもの
    ローリング・サラリーマン詩篇 chapter 10: TAXI DRIVER
    ローリング・サラリーマン詩篇 chapter 11:  NIGHT LIFE
    ローリング・サラリーマン詩篇 chapter 12: GHOSTS
    ローリング・サラリーマン詩篇 chapter 13: NICKNAME
    ローリング・サラリーマン詩篇 chapter 14: JAZZ CLUB
    ローリング・サラリーマン詩篇 chapter 15: NURSE
    ローリング・サラリーマン詩篇 chapter 16: LUNCH
    ローリング・サラリーマン詩篇 chapter 17: FAREWELL PARTY
    ローリング・サラリーマン詩篇 the last chapter: パリで一番素敵な場所は



    #創作大賞2024 #お仕事小説部門


     
     
     
    東京でサラリーマン生活中。好きな芸術は、能楽、江戸前鮨、プリンス、デヴィッド・ボウイ、川端康成、ゴンサロ・ルバルカバ、セイント・ヴィンセントなど。若い頃に詩を書いており、青土社の「ユリイカの新人」というのに選ばれたことがある。日本さかな検定1級、ブラジリアン柔術黒帯。

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