
小役人日記 霞ヶ関出向編①ホーム・スイート・ホーム
いよいよ、私の東京生活が始まった。大学時代は首都圏の大学に通っていたものの、あいにくキャンパスは神奈川県にあったため、しっかりと都内に定住するのは今回が初めてであった。今回は、私たちが入居した公務員宿舎について語りたい。
今から思えば、新婚の妻と暮らすスイートホームである。もっとしっかり選ぶべきだったのだ。
だが、私たちにはそのような余裕がなかった。
これまで語ってきたように、結婚、引越し、異動(妻は退職)と、人生の大イベントが立て続けに押し寄せてきたのである。もはや、家探しにまで気を回す余力はなかった。
そんな中、渡り舟を出してくれたのが菜島課長であった。
「俺は福利厚生の部署にも顔が効くから、宿舎の希望出しといてやるよ。」
と、言ってくれたのである。
飲みの席で、酔っ払いながらの発言だったことは気になったが、それはそれは素晴らしい宿舎を用意してくれるという。
私は、公務員宿舎というものに妙な期待を抱いていた。世間から「不必要だ」とバッシングされるほどなのだから、きっと快適な生活が待っているのだろう。私は、全てを菜島課長に委ね、妻とともに新居へと乗り込んだのである。
そこで私が見たものは、築四十年ほどと思われる古びた団地であった。菜島課長が、「都内の最上階がとれた。」と言うものだから期待していたのだが、なんのことはない。エレベーターすらない五階建ての五階の部屋である。
確かに住所は都内ではあった。しかし、ほぼ都内の端のような場所で、霞ヶ関への通勤には一時間半ほどかかるであろう立地だった。
私は、このときはっきりと後悔した。宿舎の管理人にお土産を渡し、代わりに受け取った鍵は、いかにも頼りなく思えた。それでも、その鍵を使って、新生活の扉を開けたのである。
扉の先には、古びた畳の和室が三部屋と、驚くほど小さな台所からなる、時代に取り残された団地の姿があった。まだ令和ではなかったとはいえ、平成も終わりかけの時代である。まさか、台所でお湯が使えないとは思わなかったし、お風呂はガチャガチャ式だとも思わなかった。
ガチャガチャとは、小さなハンドル式の点火装置のことである。これを回して物理的に火花を散らし、ガスへ着火するのである。もちろん、「お風呂が湧きました♪」などとは、天地がひっくり返っても言ってくれないだろう。
早速、妻と掃除を始めたが、黒ずんだ畳は何度拭いても、すぐに雑巾が真っ黒になった。換気しようと窓を開ければ、もはや何のために存在しているのかわからない、無残に裂けた網戸が申し訳程度にぶら下がっている。
いいところは、一つもなかった。強いて言えば、家賃が安いところくらいである。しかし、普通に賃貸を借りたとしても住居手当は支給されるのである。それならば、この家賃にあと数万円ほど足すだけで、もっとまともな部屋はいくらでもあったはずだった。
これから四年後、私はこの宿舎を退去することとなる。退去時、管理人立ち会いの元、現状復旧を求められるわけであるが、私は畳の張替え費用を請求されることとなった。
もともとボロボロだっただろう、と思ったが、おそらくこうやって少しずつ畳を張り替えながら運用しているのであろう。確かに、私が入居したときも、数畳だけ妙に新しい畳があった。
こうした経験を経て、私も妻も、公務員宿舎には二度と住まないと固く決意したのである。
そして、公務員宿舎は「不必要」だという世間のバッシングに、私は少しだけ同意したのだ。
※ 本当に念のためですが、公務員宿舎制度について、その是非を主張する意図はありません。
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