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小役人日記 新規採用編④責難は成事にあらず

     新規採用とは、一般的には一年目までを言うのだろうが、本日記では、一般的に2〜3年サイクルと言われる最初の部署異動までを指すこととしたい。

     採用から数年が経ち、情報公開に加えて様々な業務を任され始めた私にも、いつしか後輩ができ、先輩風をビュービュー吹かせるまでになっていたのである。
     そんなある日のこと、後輩の山尾さんがこんなことを言った。

     「うちの組織に採用パンフレットがないのはおかしくないですか。今どき、業務パンフレットで採用説明してるの、うちくらいですよ。」

     私は、全くもってそのとおりだと思った。採用とは優秀な人材の取り合いである。もっと就活生にアピールしなくては、よその組織に優秀な人材を取られてしまうのである。書いている途中で思ったが、どうりで私が採用されたわけである。

     さて、思い立ったが吉日。私は、山尾さんとともに宮崎人事部長へと直談判することにした。宮崎人事部長とは、私を採用してくれた彗眼の持ち主であり、採用から数年が経過していたこの頃も、頻繁に飲みに連れて行ってくれるなど、私の面倒をよく見てくれていたのだ。

     宮崎部長は、私たちの話をふんふんと聞いてくれたあと、こう言ったのである。

     「じゃあ、お前たちに任せるから作れ。予算はない。」

     ⋯なんてことだ。直談判すれば作ってもらえるとばかり思っていた私たち二人は途方に暮れ、その日から、通常業務に加えて採用パンフレットを作る羽目になってしまったのだ。さすがにこのままだと不憫に思ったのか、宮崎部長は四人の若手職員をメンバーに追加するとともに、お目付け役としてエース級の中堅職員を一人配置してくれた。

     合計七人となった、新規採用パンフレット作成チーム。山尾さんは、『色とデザイン』みたいな書籍を持参し、打ち合わせの場に提示した。私や残り四人のメンバーも、「こんなのがいい」、「こういうのは嫌だ」と様々な意見を出した。しかし、議論は大いに盛り上がったが、具体的なモノは一向に作られる気配がなかったのである。

     そう。この後、何度も直面することになる、「結局みんな評論家になりたい問題」である。様々な評論はしても、誰一人として自ら手は動かしたくないのである。この数年後、とある部署で、「うるせー、評論家なんていらねんだよ!」とブチギレる同僚を目撃することになるが、このときの私も、そんな気分だった。

     とはいえ、少なくともこの問題は、私が始めたストーリーである。結局、私がエクセルを使って四苦八苦しながら、たたき台の案を作り込むこととなった。それまで傍観していた中堅職員の石見先輩が、具現化に力を貸し始めてくれたのもこの頃からである。パンフレットに載せる写真を撮ってくれたり、私たちの知らないところで、宮崎部長に予算の交渉をしに行ってくれたりもしていたようだ。

     今となっては明らかであるが、私の作った素人エクセルパンフレットなど、そのまま組織の採用パンフレットになどできるわけがない。どこかの段階でそれをプロトタイプとして委託業者に引き渡し、加工・製本する必要があるのだ。

     宮崎部長も初めからそのつもりだったのだろう。あっさり予算はつき、私が作ったたたき台の案をチーム全員でブラッシュアップする形で、我が組織第一号の採用パンフレットは生まれたのである。

     現在でも、我が組織の新規採用パンフレットの構成は、当時私たちのチームが作った内容から大きく変更されていない。

     ただ一つだけ、妙な慣習が残されてしまった。

     新規採用パンフレットは、毎年、若手職員が更新すべし。

     というものである。
     後輩のみなさん、ごめん…。

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    40歳前後の国家公務員。小役人の日常や子どもの頃の出来事など、実話をもとにしたエッセイを書いています。

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