
AGE65 -優先順位-|第2話「迎えに行かないと」
夜になっても、祖父は居間にいた。
TVは消えている。窓の外には、昼間と同じ位置に白いランドクルーザーと赤いBMWが停まっていた。
父はダイニングテーブルに座り、携帯電話を耳に当てている。
父「はい。最近、少し増えてきました」
父は祖父を見た。
祖父は座椅子に座ったまま、暗くなった窓の外を見ている。ガラスには、居間の照明と祖父の顔が重なって映っていた。
父「家族の名前が分からなくなることがあります。それと……急に怒ることも」
しばらく黙って話を聞いたあと、父は小さく息を吐いた。
父「分かりました。明日、連れて行きます」
電話を切る。
台所では、母が湯呑みにお茶を注いでいた。
『コポコポ』
母「病院?」
父「ああ」
母は湯呑みを2つ、テーブルに置いた。
父「明日の朝、診てもらえることになった」
母「仕事は?」
父「午前中だけ休む」
母は少し迷ってから、祖父の方を見る。
母「私も行こうか?」
父「大丈夫。俺が連れて行く」
母は何も言わず、椅子に座った。
2階の部屋で、玲は机に向かっていた。
開いたノートの横に、ルービックキューブが置かれている。青い面は、あと2つだけ揃っていない。
鉛筆を動かす音。
『カリカリ』
階下で、何かが倒れた。
『ガタン』
玲の手が止まる。
しばらくして、父の声が聞こえた。
父「おとうさん、大丈夫?」
返事はない。
玲は椅子から立ち上がった。
部屋のドアを少しだけ開ける。
廊下は暗い。
階段の下から、母の声が聞こえた。
母「おとうさん、何をしてるの?」
祖父の声は聞こえない。
父「大丈夫だから。座ろう」
『ガタン』
もう一度、大きな音がした。
玲は階段の上に立ち、暗い居間を見下ろした。
祖父は玄関の前に立っていた。
手には、父の車の鍵が握られている。
父「ダメだよ。こんな時間に!しかも俺の車で」
祖父は鍵を見た。
それから、父の顔を見る。
祖父「帰る」
父「何いってるんだ、ここが家だよ」
祖父は何も答えない。
玄関のドアノブに手を置いたまま、動かなかった。
長い沈黙。
祖父「家族を、迎えに、行かないと」
母が目を伏せる。
玲は階段の手すりを握った。
窓の外で、白いランドクルーザーのボンネットに落ちた枯れ葉が、風に押されてゆっくりと滑っていく。
祖父「守らないといけない」
玲は自分の部屋へ戻った。
机の上に置かれたキューブを手に取る。
『カチッ』
青い正方形が、1つだけ移動した。
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