
AGE65 -優先順位-|第1話「上に、重たいものが乗ってる」
昼を過ぎると、祖父はいつもの祖父に戻っていた。
居間の窓際にある古い座椅子に腰を下ろし、新聞を広げている。朝の出来事など、初めから存在しなかったような顔だった。
玲は向かい側に座り、ルービックキューブを回していた。
『カチッ』
祖父「玲」
玲が顔を上げる。
祖父は新聞を半分に折り、テーブルの上へ置いた。紙面には、年齢ごとに色分けされた人口のグラフが載っている。
下が細く、上に行くほど膨らんでいた。
祖父「これ、何に見える」
玲はキューブを持ったまま、しばらく眺めた。
玲「上に重たいものが乗ってる」
祖父は少しだけ笑った。
祖父「そうだな」
庭の向こうで、風に揺れた物干し竿が鳴った。
『カラン』
祖父「昔は逆だった。子どもが多くて、年寄りが少なかった」
玲「今は違う」
祖父「これから、もっと違ってくる」
祖父は新聞の端を押さえた。指先が小さく震えている。
祖父「支える人間が減る。働く人間も、守る人間も減る」
玲は青い面を見た。あと2つだけ、色が揃っていない。
玲「守るって、何を?」
祖父は答えなかった。
窓の外へ視線を向ける。
庭の隅にある柿の木。昨日と同じ場所に停まる白いランドクルーザー。道路の向こうを、自転車に乗った学生が通り過ぎていく。
祖父「この国だよ」
玲「国?」
祖父「ここで暮らしている人たちだ」
玲は黙って祖父を見ていた。
祖父「家族も、町も、知らない誰かも、全部つながっている。どこかが崩れたら、最後は家族も守れなくなる」
祖父は玲の目を見る。
朝とは違う目だった。
祖父「玲は頭がいい。私よりも、父さんよりも、遠くまで見える」
玲「見えないよ」
祖父「今は、それでいい」
祖父は新聞を畳んだ。
『パサッ』
祖父「でも、いつか選ばないといけない時が来る」
玲「何を?」
祖父の指が止まった。
長い沈黙。
祖父は何かを思い出そうとするように目を細める。
玲「おじいちゃん?」
祖父が顔を上げた。
穏やかだった表情が消えている。
祖父「君は、誰だ」
玲の手の中で、キューブが止まった。
庭の物干し竿が、もう一度鳴った。
『カラン』
▶ 次の話
[https://note.com/chrono_age65/n/nfd8b137561e7]
▶ 前の話
[https://note.com/chrono_age65/n/nad89d44bd576]
▶最初から読む
[https://note.com/chrono_age65/n/nad89d44bd576]