
AGE65 -優先順位-|第14話「順繰り」
玲は進路希望調査用紙を裏返した。
机の上には、ノートパソコンとルービックキューブ。
隣に、小さな船のプラモデルが置かれている。
その船は、高橋家へ来てから、誠と初めて一緒に作ったものだった。
玲は船の船首に、指先で触れた。
高橋家に来て、3日目の夜のことを思い出した。
◇
--約4年前--
あの日も、窓の外は暗くなり始めていた。
美和「玲くん。少しだけ、リビングで話してもいい?」
部屋の入口に立つ美和は、いつもより少しだけ硬い表情をしていた。
玲「はい」
玲がリビングへ下りると、誠がソファに座っていた。
誠「そこ、座ってくれるかな」
玲は誠の向かい側に座った。
美和は玲の隣ではなく、少し離れた場所に腰を下ろした。
誠「玲くんに、話しておかなきゃならないことがある」
玲は顔を上げた。
誠「まず、いきなりだけど、俺たちは玲くんの父親と母親にはなれない」
玲の顔が緊張に包まれた。
誠「玲くんのお父さんとお母さんの代わりになれるとも思ってない。でも、玲くんがここで暮らしている間、君を守る。それは約束する」
玲「いつまで僕はここにいるんですか」
誠「いつまで、というのは今は決められない」
玲「決められないのに、約束するんですか」
誠は少し考えた。
誠「そうだな」
玲は誠を見たまま、返事を待った。
誠「先のことを全部決める約束じゃない。困ったときに、玲くん一人にしないっていう約束だ」
美和「何かあったら、3人で話すの」
玲「どうして、守ってくれるんですか」
美和は誠を見た。
誠は膝の上で組んでいた手を、一度ほどいた。
誠「俺も子どもの頃、家で暮らせない時期があった」
玲は誠を見た。
誠「施設にいたこともある」
美和は何も言わなかった。
玲「おじさんも?」
誠「ああ」
玲「お父さんとお母さんが、いなかったんですか」
誠「ああ」
玲「そのあと、どうしたんですか」
誠「いろんな人に助けてもらった」
玲「施設の人ですか」
誠「今の玲くんと同じだ。知らない人が、俺を引き取ってくれた」
玲「だから僕を?」
誠「その人が、よく言ってたんだ。物は順繰りだって」
玲「じゅんぐり?」
誠「誰かにしてもらったことを、その人に返せなくてもいい。今度は、自分が別の誰かに渡せばいいってことだ」
玲「何を渡すんですか」
誠「自分が受け取ったものを」
玲「お金ですか」
誠「お金のときもある。でも、それだけじゃない」
玲は誠を見る。
誠「困っているときに声をかけてもらったり、行く場所を作ってもらったり、一人じゃないって思わせてもらったり」
玲「それを、僕に渡すんですか」
誠「そうしたいと思ってる」
玲は麦茶へ視線を落とした。
コップの側面に、小さな水滴がついていた。
誠「それから、事件のことも話しておきたい」
玲の指が、膝の上で止まった。
誠「玲くんのおじいさんがしたことは、許されることじゃない」
玲は何も言わなかった。
誠「玲くんのお父さんとお母さんが亡くなったことも、なかったことにはできない」
美和は膝の上で両手を重ねていた。
誠「でも、おじいさん一人を悪者にして終わりにしていいのか、俺には分からない」
玲「おじいちゃんがやったんです」
誠「そうだ」
玲「じゃあ、悪いのはおじいちゃんです」
誠「したことは、そうだ」
玲「違うんですか」
誠「違わない。でも、それだけじゃないかもしれない」
玲は眉を寄せた。
誠「おじいさんは、認知症という病気だったと聞いてる」
玲「病気なら、人を殺してもいいんですか」
美和「いいわけじゃないよ」
玲は美和を見る。
美和「病気だから許される、ということじゃないの」
誠「病気だったことに、もっと早く誰かが気づいていたら。家族だけで抱えなくていい方法があったら、違う結果になったかもしれない」
玲「誰が気づくんですか」
誠「家族だけじゃなくて、病院とか、役所とか、近所の人とか……」
玲「どうして、事件が起きてから言うんですか」
誠はすぐには答えなかった。
誠「自分が関わっていいことなのか、分からなかったのかもしれない」
玲「分からなかったら、何もしなくていいんですか」
誠「よくない」
玲「でも、しなかった」
誠「そうだ」
リビングが静かになった。
玲は麦茶の中の氷を見る。
少しずつ角が溶けていた。
誠「俺たちにも、何が正しかったのかは分からない」
玲「じゃあ、どうして話すんですか」
誠「分からないままにして、玲くん一人に考えさせたくなかったからだ」
玲は顔を上げた。
誠「玲くんのおじいさんのことも、お父さんとお母さんのことも、ここでは話してほしい」
美和「一人で悩まないでほしいの」
玲は二人を見た。
嘘を言っているようには見えなかった。
けれど、本当だと信じる理由も、まだなかった。
玲「分かりました」
誠「本当に分かったかな?」
玲は少し考えた。
玲「ごめんなさい、分かりません」
誠は小さくうなずいた。
誠「それでいい」
美和「分からないって言ってくれて、良かった」
玲は麦茶を一口飲んだ。
氷は、さっきより小さくなっていた。
誠は足元に置いてあった大きな袋から、箱を取り出した。
誠「これ、玲くんにプレゼント。プラモデルが好きかなと思って」
玲は箱を見た。
船のプラモデルだった。
◇
--現在--
玲は船のプラモデルの船首から指を離した。
ベッドに横たわり、天井を見上げる。
誰かから受け取ったものを、次の誰かに渡す。
約4年前に聞いた誠の言葉が、今も玲の中に残っている。
担任の言葉。
AIとの会話。
誠と美和がくれた場所。
自分が本当にやりたいことは何なのか。
玲は目を閉じた。
答えが出ないまま、やがて眠りについた。
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