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幽霊飼育日記 特別編 第一話

    あらすじ
    札幌で暮らすさえない中年の“私”は、人生の潤いを求めて、郊外のペット量販店で幽霊の子供を3,000円(税別)で購入する。やがて“子幽霊”と呼ばれるようになったその幽霊は、愛らしい見た目に反して凶暴で、飼い主の職と家と体を次々に破壊していく。だが同時に、ヒグマ、猫テロリスト、宇宙から迫る隕石といった危機を、なぜか結果的に解決してしまう。これは、危険なペット幽霊と飼い主の奇妙な共同生活を描く、札幌発の不条理ホラーコメディである。

    第一話 登場人物
    私:札幌で石を木で叩いたり、木を石で叩いたりする中年。孤独。
    子幽霊:ペット量販店で3,000円(税別)で購入された可愛い幽霊の子供。
    手配師:“私”に仕事を斡旋してくれる業者さん。
    蝦夷ハゲタカ:北海道のみにいるらしいレアな鳥。大きい。
    ヒグマ:北海道のみに実在する、クマ科に属する哺乳類。危ない。


    第一話
    えたいの知れない不吉な塊が、私の目を始終圧えつけていた。そう、私のペットの子幽霊だ。目の前が真っ暗な状態だ。おそらく、いや確実に、子幽霊は今、私の顔の上に乗っている。かれこれ、この状態で二時間ほど経つ。

    いまから二時間ほど前。私は、聞き慣れない奇声で目を覚ました。先週までなら、家鳴り、ポルターガイスト、地縛霊のどれかだろうとすぐに見当がついたが、三日前にペットの子幽霊が来てからは、そういった類の現象は鳴りを潜めてしまっていた。これは確実に、子幽霊の呪力によるものだろう。

    先日私は、人生の潤いを求めて、郊外のペット量販店で幽霊の子供を3,000円(税別)で購入した。だが日本の法律では、ペットの予防接種が義務付けられているため、子幽霊を購入したその足で、私は近所の心霊内科へ行った。先生は、子幽霊に予防接種を打ちながら、ついでに霊体検査もしてくれるという。私は、その注射が何を予防するためのものなのか非常に気になったが、医者は「そんな無粋な質問は受けつけない」と言わんばかりの手つきで、質問しようとした私の口を殴りつけてきた。暴力の恐怖にいとも簡単に屈した私は、霊体検査を受け入れることにした。

    医者は手際よく、子幽霊の体にローションを塗り、全身にガムテープを巻きつけた。そして、それを勢いよく剥がして皮膚細胞を採取した。子幽霊は突然の痛みに激しく泣き叫び、やがてそれは雄叫びに変わり、数分後には泣き疲れて眠ってしまった。

    二時間後、検査結果が出た。医者は深刻そうな表情で、回転椅子をくるりと回してこちらを向くと、無言で立ち上がり、回らない非回転椅子へ座り直した。そして、深刻そうな表情から、ゆっくりと人格が破綻したような表情になり、検査結果の紙を私に見せてきた。そこには、“呪力100%”と、昭和後期を代表する某アイドルの二十一枚目のシングル曲のような診断結果が書かれていた。

    詳しく話を聞くと、どうやら子幽霊の呪力は、某平家の方や某菅原家の方、某両面の方を上回るらしく、かなりの健康体であるとのことだった。私は安心して、冷たい床で眠っている子幽霊を抱きかかえ、心霊内科を後にした。

    ということで、今、私の自宅は子幽霊の強力な呪力によって、子幽霊以外の霊体がまったく寄りつかない状況になっている。霊体から見ると、私の自宅は、子供の頃に見たゴミ屋敷のような、近寄り難い禍々しい雰囲気を醸し出していることだろう。そうなると、奇声の発生源は子幽霊以外にあり得ない。寝起きの頭でそれに気づいたのと同時に、私の視界は闇に覆われた。この冷たくザラザラした感触は子幽霊で間違いないのだが、どれだけ声をかけても返事がない。この二時間、ときどき姿勢を変えるように動いてはいるが、私の顔の上からどこうとしないのだ。ペットではあるので、もしかしたら懐いてくれたということなのかもしれないが、どちらかというと、こちらが物として扱われている気もする。もしこれが寄生型エイリアンだとしたら、もう私の体は幼虫に食い破られていることだろう。

    さて、そろそろ石を木で叩いたり、木を石で叩いたりする仕事に出かけなければいけない時間のはずだ。タイムカードの打刻が一分でも遅れたら給料は出ない仕組みの仕事だ。生活に関わる問題である。これは困った。

    一週間後、ようやく子幽霊が私の顔からどいてくれた。こうなると私はもはや飼い主でもなく、物でもなく、存在自体を気にされない空気のようなものとして認識されていたのだろうか。おかげで私は20kgのダイエットに成功した。だが動けなかったので筋力も落ちた。喉は乾いて空腹の先に意識がある。もはや悟りの境地だ。そして、仕事に行けなかったので職を失った。

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    我が家にきたばかりの子幽霊の様子。どことなく不安げだ。

    この日から子幽霊は、まだ慣れない部屋の中をうろうろと漂い、匂いを嗅ぐようになった。やはり、新しい環境に不安を感じているのだろう。警戒するように、ときどき奇声を上げては、壁をカッターナイフで切りつけている。そして、その壁の傷にプラモ専用のスミ入れペンでスミ入れをして、満足そうにしている。

    徐々に、幽霊専用の餌も口にするようになった。子幽霊のご飯は、ペットショップで売っている幽霊用のカリカリのやつをあげるようにしている。成分は書かれていないのだが、見た目はコグミのようなサイズ感とカラフルな色合いだ。むしろ、コグミなのではないかと思って試しに一つ食べてみたところ、食感は石のように硬く、とても食べられたものではなかった。そして、よくよく見ると、その形状が人間の奥歯に似ていることに気づいた。もしかしたら、これは奥歯にプラモ用塗料をエアブラシで塗布したものかもしれない。そんな餌を、子幽霊は嬉しそうにボギリゴキリと食べている。

    そして、おやつには猫用のチュールをあげているのだが、子幽霊はこれを見ると興奮し、発狂したように舐め狂う。猫以上にチュールに夢中だ。食べ尽くした後の袋もずっと舐めているし、食べ終わった数時間後には引きつけを起こし、禁断症状が始まる。手を震わせたまま私のTシャツを握り、もっとチュールをくれと言わんばかりの表情で、じっと私の目を見つめる。そして、そのまま力強くTシャツを引きちぎる。そのおかげで、自宅で着るTシャツはもう一着も残っていない。私は今、素肌にピンク色のジャケットを羽織って、なんとか誤魔化している。

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    チュールを与えたとき 完全に白目をむいている子幽霊。

    数日後、筋力が戻ってきた私は、職を探すために山へ出かけることにした。六月ともなると、札幌にもヒグマが出る。やはりヒグマだけは、武器を持たない人間では勝てる見込みがない。念のため、ヒグマ対策として、失うものは何もなくなった強い心を武器に、山中へと足を運んだ。子幽霊は家でお留守番をさせている。

    山頂に着くと、顔なじみの手配師が、赤いローソクを体中に垂らされた状態で、特殊なお店でしか見ないエックス字枷に磔にされていた。声をかけると、手配師は目を覚まし、「ヒグマがいるぞ」と一言残して、再び意識を失ってしまった。たしかに、これはヒグマ特有の手口だ。私は、エックス字枷に磔にされた手配師の様子をスマホで写メしてから、周囲を警戒しつつ、失うものは何もなくなった強い心という武器をグッと握りしめた。

    じっ……と、手に汗がにじんでくるのを感じる。周囲の木々の影から、ヒグマらしき気配も感じる。もしかしたら、複数体いる可能性もある。緊張が高まる。私は頭の中で、この状況をいかに抜け出すかシミュレーションした。

    一つ目は、逃げる。だが、そんな簡単に私のような美味しそうな食材を、美食家のヒグマが逃がしてくれるはずはないだろう。私だったらそうするはずだ。ミシュラン三ツ星を狙えるはずだ。

    二つ目は、戦う。それもリスクが高い。ヒグマと正面からやり合って勝てる可能性は、レアル・マドリード入団を目指す八十歳のおじいちゃんが、『ミライ☆モンスター』に取材されるくらいの確率だ。

    三つ目は、死んだふりをする。これも困難だ。ヒグマは非常に慎重である。本当の死んだふりでないと通用しない。おそらく心臓が止まっているか音で確認してくるだろうし、場合によっては道路標識で首を刎ねて確実にトドメを刺そうとしてくるに違いない。そのためには、瞬間的に心臓を止め、ヒグマが去ったと同時に心臓を再度動かさねばならない。ヒグマがすぐに立ち去る可能性も低ければ、そのまま死体を食べる可能性もある。心臓の再始動を失敗すれば、そのまま自殺となり、蝦夷ハゲタカに啄まれるだろう。

    そうなると、ここで選べる選択肢は一つしかない。

    身代わりだ。

    私は、エックス字枷に磔にされた手配師を、軽く蛇腹状の鞭で数回打った。手配師は、意識が朦朧とした中で、「ありがとうございます。ありがとうございます……。もっとください、もっとください……」と呟いている。何か素敵な夢でも見ているのだろうか。その後、私は手足の錠を外してやった。そして、山頂にある生贄の祭壇のような形状の休憩所に、手配師を寝かせた。私は近場の茂みに隠れ、ヒグマの動きを観察することにした。

    しばらくすると、巨大な蝦夷ハゲタカがどこからか舞い降りてきて、生きたままの手配師を啄みはじめた。少し計算が狂ったようだ。だが、それはそれで、血の匂いでヒグマをおびき出すこともできる。

    案の定、私が隠れている向かいの茂みで、何かが動く気配がした。私は息を止め、目を凝らす。ゆっくりと茂みから出てくるそれは、白い何かだった。私は緊張を高めた。蝦夷白熊かもしれない。しかし、よく見るとそれは、ここ数日で見慣れたペットの子幽霊だった。

    部屋を抜け出して、私を追いかけてきたのか。私は混乱した。子幽霊は、手配師と蝦夷ハゲタカには脇目も振らず、さっき私が立っていたあたりの匂いを嗅いでいる。そして、周囲を眺め回した後、手に持っていた青龍刀ほどの大きさのサバイバルナイフを地面に突き立て、大きく舌打ちをした。

    なるほど、私を暗殺しようとしていたらしい。

    これはペット幽霊あるあるなのだが、幽霊は理由もなく呪いたがる生き物だ。まず飼い主が呪われるのは必然である。子幽霊の場合は、まだ小さいこともあり、呪いと殺しを勘違いしているのだろう。最初は短絡的な行動から始まり、徐々に呪力を活かした遠隔の呪術へと変わっていくのだ。高齢の幽霊などは、そこに美学すら伴ってくると聞いている。

    私は、そんなペットの成長の様子が嬉しくもあり、茂みから顔を出して子幽霊の名前を呼んだ。子幽霊は私を発見すると、嬉しそうなかわいい笑顔で、地面に突き刺さったサバイバルナイフを抜き、こちらに素早く投げてきた。

    私は紙一重で避けた。生存本能に体が瞬時に従ったに過ぎない。

    だが、予想外にナイフは私の背後の木に跳ね返り、そのまま背中に刺さった。痛かったが、昭和生まれの男の子なのでグッと叫ぶのを我慢した。そして、子幽霊に「帰るぞ」と伝えた。

    子幽霊は、殺せなかったものの、まずは刺さったことに満足したのか、素直に頷いた。そして、私の背中に刺さったナイフの上に大人しく乗った。おかげで、歩けば歩くほど傷口が広がり、痛みも増していくのだが、飼い主としては、主従関係を子幽霊に植え付けるためにも我慢しなければならない。それよりも、子幽霊が呪術を使えるようになるまで、本人なりにきちんと段階を踏んでいこうとしていることのほうが嬉しかった。この子は、利口な幽霊のようだ。

    ふと、ヒグマの身代わりにする予定だった手配師を見ると、もうそこに蝦夷ハゲタカはいなかった。蝦夷ハゲタカに代わって、五メートルほどの巨大なヒグマが、手配師の体を舐めていた。まったく気配もなく、その巨大ヒグマは出現していたのだ。

    私と子幽霊は、ヒグマに見つからないよう、息を殺してその場をゆっくりと離れた。巨大ヒグマが手配師を舐める舌の音と、鼻息だけが山頂に響いている。もう少しで十メートルくらいの距離をとれそうなところで、私は致命的なミスを犯してしまった。スマホをマナーモードにしていなかったのだ。

    私のスマホの着信音であるバニラ高収入の曲が、山頂に響き渡る。

    着信表示を見ると、“子幽霊”と表示されていた。子幽霊を見ると、少し気まずそうな表情をしている。子幽霊にスマホは与えていないはずだ。一応、電話に出てみると、子幽霊の声が聞こえた。どうやら、幽霊は直接スマホを介して会話ができるらしい。たしかに怪談でも、幽霊は電話に介入しがちだ。幽霊特有の電気的な何かと関係しているのかもしれない。とても便利な能力だ。そして何よりも、カケホーダイだ。

    私は、スマホ越しに子幽霊とワールドカップの優勝予想などの話をしてから、電話を切った。

    気づけば案の定、目の前に巨大ヒグマが立っていた。完全に油断していたし、私も「いま油断しているな」と思いながらスマホで会話していたのだ。この時私は、ながらスマホで人生終了なんだなと確信した。

    だが、ここで子幽霊が動いた。

    すっとヒグマの脇をすり抜けると、その手には、脈打つヒグマの心臓があった。振り返ったヒグマは、返してくれと言わんばかりの表情で手を伸ばし、そのまま倒れて絶命した。

    あまりにも綺麗な暗殺技の流れに、某漫画の登場人物の顔が脳裏をよぎったが、子幽霊は幽霊だから、そんなことは知る由もないはずだ。

    子幽霊は、当たり前のようにヒグマの心臓を私にくれた。これを売れば、しばらくは生活に困らない。子幽霊なりに、私を失業させてしまったことを後悔していたのかもしれない。私は子幽霊に感謝を伝え、そっとチュールを与えた。もう、この山頂にヒグマの気配はない。

    白目をむいてチュールを一心不乱に舐め続ける子幽霊の様子を眺めながら、私は手配師のほうへ駆け寄った。ところどころ蝦夷ハゲタカに啄まれて欠損しているが、まだ息はあった。ヒグマに舐め回されてベトベトしているうえ、臭いのがとても気になったが、これまで仕事を手配してくれた恩もある。私は手配師を背負って下山することにした。私の背中に刺さったサバイバルナイフが邪魔だったので抜いたところ、激しく出血したが、気合いで止血した。昭和生まれはそういうこともできる。

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    この巨大なサバイバルナイフは何のために製造されたのだろうか。疑問が残る。

    翌日、私はヒグマの心臓をブックオフで現金に変えた。その足で、入院している手配師のお見舞いに行き、エックス字枷に磔にされた写真を使って恐喝したうえに恫喝し、今年一年は余裕で生活できる金額を手に入れた。そして、来年もまた来ると伝えて病院を後にした。

    ヒグマから助けてくれた子幽霊にお礼もしたいと思い、一緒にペットショップへ行って、幽霊用の天冠、つまり三角の白い布を探した。

    最近はいろいろな種類の天冠が販売されており、富士山やピラミッドのイラストが描かれたもの、コラボものでは、DJ hondaのロゴやミスタージュンコのロゴが入ったものなど、さまざまな種類が出ている。私の子供の頃は白いものしかなかったことを考えると、ここ最近のペットブームによるグッズの多様化には目を見張るものがあるし、鼻を見張ることはないと感じる。

    子幽霊はしばらく悩んだ後、アポロチョコのコラボ天冠を選んだ。私はそれに合わせて、デイリー用のヘインズの天冠五枚セットも購入した。

    自宅に帰ると、子幽霊はアポロチョコの天冠をつけて、嬉しそうに部屋中の家具を破壊していた。座る椅子もなくなったので、私は床に座り、はしゃいでいる子幽霊の姿を目を細めて眺めた。子幽霊との生活は、私の人生に潤いと呪いをもたらしてくれた。ちょっとした幸せを噛み締めながら、その日は穏やかに眠ることができた。破壊された壁の間から吹き込む隙間風がまだ少し冷たかった。札幌は6月でもまだ肌寒いときがある。それでも、部屋の中に子幽霊がいるだけで、私の生活には、以前にはなかった温度のようなものが生まれていた。

    これが、子幽霊を飼い始めた頃の数日の出来事である。

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    家具も思い出も何もかもが消え去って、私は新しい人生を歩み始めることになった。

    続きの第二話はこちら↓

    最終話はこちら↓

    子幽霊のことをもっと知れる おまけ↓

    子幽霊も、あなたの感想を手ぐすねを引いてお待ちしております。

    #創作大賞2026
    #エンタメ原作部門


     
     
    岐阜出身、東京・横浜で25年。 いまは札幌でテレワーカー。 本業は映像プロデューサー。 意外と遠隔でもできてしまう職業だった。 っていっても月イチ上京してるけど(汗) 行き当たりばったりで生きてこれた。 幽霊に死後の話を聞いて死後活の準備をしたい。

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