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台湾好兄弟4

 路面店の鐵捲門《シャッター》が下り、人々の波が夜市に向かう頃――ようやく七郎の米苔目店が開く。
 ことこと煮込んだ、黄金色に澄んだ豚骨出汁のスープ。米粉とタピオカ粉をブレンドして作った、ぷつぷつ切れる柔らかな麺。
 路地裏は八角や臭豆腐の香りにとって変わり、優しい豚骨出汁のスープと揚げたエシャロットとアミエビの香りが漂っていた。
 七郎は道路にはみ出た調理場でニラを切っていた。大通りと違い、静まり返った薄暗い路地裏にパイプ椅子を引く音が響く。
「ニーハオ……ってなんだ八宇かよ。まだ開いてないんだけど?」
 愛想よく振り返った七郎は、途中で笑顔を作るのをやめ唇を尖らせた。
「お構いなく、兄者。買ってきましたので」
 八宇が店先のパイプ机に、ピンクのしましまの袋をどかりと置いた。
 無造作に伸ばされた黒い前髪、褐色の肌。警察の黒い制服。八宇はそれだけ言うと、お構いなしに買ってきたらしい担仔麺《タンツーメン》を広げる。
「おい、おい、八宇よ。いくら弟だからって、店先で他所の店のもん食うやつがあるか。奥行け奥!」
「黒白切くれたら」
「わぁった、わぁった!」
 七郎が投げやりに手を振ると、八宇はてきぱきと机の上を片付け店の奥に向かった。
「ほらよ」
 七郎が、適当に切ったホルモンにしょうがを散らして出す。
「ありがとうございます」
 八宇が表情を変えず、ほくほくとした声で言った。
「嬉しいんだったら、ちったぁ顔に出せよ」
「顔に出せば、捜査に差しさわりが出るでしょう?」
「んなこたねぇだろ。無表情だと何考えてんだかわかんねぇんだよ」
「わかってるくせに」
「まぁ、わかるけどさ。ったく。声にだけ感情を出すとか、器用な奴」
「何とでも言ってください」
 八宇が短く言って、袋から紙製のスープカップを取り出す。ビニール袋に入った担仔麺のひもを外し、そのまますっぽりとカップに入れるとビニール袋の口を広げた。大陸妹《ゆでたレタス》、煮卵の入った袋をいそいそと隣に並べ箸を手に取る。
 七郎は椅子を引いて後ろ向きに座ると、左頬を膨らませて食べる八宇を眺めた。
「……んで、何しに来たんだよ?」
「もちろん、あなたの監督に。ポイント集めは順調なんでしょうね?」
「ああ? もちろん。最近は毎日食パンを食ってるからな! あと5ポイントで素敵な皿がもらえる」
「功徳ポイントです」
 八宇がぴしゃりと言って、手を差し出した。
「んだよ? お代わりか? ちょっと待って……」
「違います。とぼけないでください。功過格《善悪帳》を見せてください」
「……んなもん、店に持って来てるわけねぇだろ?」
「家にあっても出せますよね? 廟を追われたとはいえ、あなたも神。神力までは奪われていないんですから」
「もうすぐ客が来んだぞ? 何もない所からノートを出してみろ。見られたらどうすんだ」
「マジックとでも言えばいいでしょう? 兄者は舌先三寸でごまかすのだけは得意なんですから」
 七郎が黒白切の皿を八宇から遠ざけた。
 構わず八宇が箸を伸ばす。
「見せて下さい」
 目をそらさずじーっと見てくる八宇に、
「わぁーったよ!」
 七郎は乱暴に頭をかいて、宙からノートを取り出した。
「ほらよ」
 八宇が箸を置きノートを受け取りめくる。
「兄者」
「……んだよ?」
「何で3ページしか書いてないんですか? ちゃんと書いてくださいって言いましたよね?」
「仕方ねーだろ! めんど……忙しいんだからよ! 仕込みとか!」
 八宇がため息をついて、遠ざけられた皿を引き寄せた。
「いいですか? もう一度だけ言いますから、ちゃんと理解してください。あなたは功徳ポイントを貯めないといけないんです。悪霊を捕縛、退治してポイントを稼がないと、いつまでたっても廟に戻れずキャリアも失われたままなんですよ?」
「……んなこたぁ、言われなくても知ってるっつーの」
「だったら、何で書いてないんですか?」
「だから! 忙しいの! おまえ、米苔目屋の忙しさ知らねぇだろ? いっぺんやってみろよ。毎日何時間も猪大骨《トンコツ》煮込んで、ホルモンの処理して、麺を作って。仕事終わったらクタクタなんだからな! マジで」
「……あなたは、何のために現界にいるんです? 米苔目屋を繁盛させるためですか?」
「オレは何事にも手を抜かない主義なんだよ」
 八宇が七郎に開いたノートを突き付けた。七郎がそっと目を逸らす。
 八宇がため息をついた。
「いいでしょう。米苔目屋をやるな、とは言いません。噂や情報を仕入れるのにも有効ですしね。ですが、忘れないでください。制服を脱いだとはいえ、あなたもまた冥界の警察なんですから」
「……わぁってるよ」
「本当にわかってるんでしょうね?」
 八宇がため息をついた。
「だったら、ちゃんとなさってください。それと! あなたはアメコミのヒーローじゃないんですから、力業で因果に介入して、運命を強制的に書き換えるなんて乱暴なことはもうしないでくださいね。上の神々が判決を下したことを、我々が勝手に破るのは大罪です。助言と小さな加護、我々に許されているのはそこまでです。同じ轍を踏まぬよう、くれぐれも、くれぐれも! 注意してください」
「だから、わかってるつーの!」
 唇を尖らせて大声で言った時、
「おーい、兄ちゃん、外帯《テイクアウト》でいつものくれや」
 後ろから声をかけられ、七郎が弾かれたように店先を振り返った。見れば馴染みの客が不思議そうな顔で店の中を覗き込んでいる。
「おー、おっちゃんか、待ってて。すぐ用意するから!」
「おう。しょうがは多めで頼む」
「了ー解!」
「……で、さっき、誰と話してたんだ?」
「あー、電話だよ、電話」
「ああ、電話してたのか。一人で大声上げてるから、何事かと思ったぞ」
「わりぃな、弟とちょっとな」
「喧嘩か? 兄ちゃんなんだから、ちょっとは多めにみてやれよ」
「わぁってるって! ほら。ショウガ多めに入れといたぞ。梅花肉はサービスだ」
「おっ、悪ぃな!」
「おっちゃんには、いつも世話になってるからな」
「何か困ったことがあったら、いつでも呼んでくれ!」
 そう言うと、なじみの客はあいさつ代わりに商品の入った袋を持ち上げ、上機嫌で帰って行った。
 七郎はため息をつくと、店の奥を睨みつけた。夕食を食べ終えた八宇が、上品にティッシュで口元をぬぐっている。
「……お前のせいで、変な風に見られただろ」
「多めにみてやれって言われたでしょ」
 いけしゃあしゃあと言う八宇に、七郎はため息をついた。
「とにかく、兄者。悪霊を見つけたらお知らせしますから……」
「いい」
 八宇がほんの一ミリ眉を顰める。
「もう見つけてるから」


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