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KJourney | 砂漠の民 - 前編@シリア パルミラ 🇸🇾

ダマスカスから北東へ約240キロ、砂漠の中に忽然と姿を現すパルミラは、2世紀にシルクロードを通るキャラバン隊の商隊都市として栄えた街であり、現在まで(*1)当時のローマ遺跡が非常に素晴らしい保存状態で残る遺跡はシリア観光のハイライトだ。

俺はアレッポからハマーでバスを乗り換え砂漠をひた走り、パルミラへとやってきた。着いてみたら街は小さく閑散としていて、旅行者も少ない。おかげで素晴らしい遺跡群をほぼ一人占め状態で堪能することができた。

街から離れているため周りに他の建物はなく、木も草もなく、人もおらず、砂漠に置き捨てられたかのような遺跡群は荘厳だった。

遺跡ももちろん素晴らしいのだが、俺にとってパルミラのもう一つの目的は、ベドウィン(砂漠で暮らす遊牧民族)に会うことだった。できることなら彼らのテントを訪れてみたい。でもどこに彼らがいるのか、どうすればそこに行けるのか全く見当もつかない。

街の通りに停まっていた3輪タクシー(SUZUKIのバイクを改造して荷台を付け、超ド派手に装飾したタクシー)のおっさんに聞いてみた。

「ベドウィンのテントに行きたいんだけど」
「いいよ、連れて行ってやるよ」
「え、行けるの?」
「ああ、俺はパーミッションも持ってるしな」

とあまりにもあっさりと返ってきた。パーミッションというのは眉唾な感もあるが、自信あり気だったので信じてみることにした。夕方スズキのおっさんと待ち合わせをして、ベドウィンの子供たちへのお土産にお菓子を買ってからベドウィンの元へと向かった。

向かったと言っても、街を出てすぐに道路から外れ、道なき砂漠を進む。陽が沈むとすぐに真っ暗になり、スズキのライトに照らされた前方僅かな面積の地面だけが浮き上がっている。そしてスズキのエンジン音はもの凄い。何の明かりも音もない、恐らく建物も何もない暗闇を、スズキのライトと爆音が切り裂きながら突き進む。

突然おっさんはスズキを停めた。ライトをあちこち向けても何も見えない。 「おかしいなー、この前までこの辺にいたんだけどなー、お、ほら、ここにテントの跡があるぞ、だろ?まあでも彼らはよく引っ越しするからねー」 って遊牧民族なんだから当たり前だろ!大丈夫か?

とにかくテントを求めてさらに進むことにした。

しばらくして諦めムードが漂ってきた頃、暗闇の中でうっすらテントらしきシルエットが見えた。向かっていくと、やはりテントだった!ついに発見した!

おっさんが1人でテントに行き、挨拶をして少し話すとすぐに俺を呼んだ。
テントの中に入ってみると、、、そこには民族衣裳を着たベドウィンの家族がいた!!
もうこの初見だけで感動だ。

まずは一家の長であるお母さんにご挨拶。続いて息子たちと会話。お母さん、息子たちの奥さんたち、子供たちはニコニコしながら俺達の会話を聞いている。会話と言っても彼らは全く英語を話せないので、スズキのおっさんの通訳が入るのだが、俺もアラビア語会話集を片手にがんばった。

ベドウィンは1つの家族で3つのテントを持っている。俺が入ったのは食事をしたりくつろいだりする居間のようなテント。他に寝室用のテントが1つと、食事を作るためのテントが1つ。俺がいる間に、山羊の放牧から帰ってきた数人が加わった。この暗闇の中、何の目印もない砂漠をどうやってテントまで帰ってくるのだろう。その後、別のテントで寝ていた数人も集まってきた。大家族だったようだ。

テントの中は暖かく、快適だ。地面にはぶ厚いカーペットを敷き詰め、人が座るところにはマットを敷き、その上にもう1枚カーペットが敷かれている。さらにその上には枕のようなクッションを所々に2段重ねで置き、そこに片方の脇の下を持ってくるような大勢で座るというか寝そべる。一見失礼なようだがこれがベドウィンスタイルだ。俺もそうしろと言われて真似してみた。なんだか家族の一員になったような気分になってきた。

その日9月9日はたまたま俺の誕生日だった。それを伝えると、そりゃめでたいとちょっとしたパーティになり、シャイで乾杯した。いくつになったのか聞かれ、31になったと答えると、「俺と同い年じゃねーか!」と一気にテンションを上げてきたのは、40代にしか見えない長男だった。その後、すっかり気分を良くした長男のおかげで場も盛り上がり、楽しい時間がまたたく間に過ぎていった。

夜も更けてそろそろ帰ると伝えたところ、長男が「今日は泊まっていけ」と言い出した。お母さんも他の家族もそうしろと言う。めちゃめちゃ嬉しかったし泊まりたいのは山々だったが、スズキのおっさんは家族の元へ帰らねばならないし、おっさんがいないと俺は街まで帰れないので、お誘いは丁重にお断りした。

すると今度は、「明日友達の結婚式があるから来い」と言う。「たくさんのベドウィンが集まって夜中までダンスだ。楽しいぞー」「いきなり行っちゃって大丈夫なの?」「全く問題ない、ウェルカムだ」ということで、またスズキのおっさんに連れて行ってもらうことにした。どんどんおもしろくなっていく!

宿に帰り、たまたま同じドミトリー(と言ってもルーフトップにカーペットが並んでいるタイプのドミだから同じ「部屋」という感じではない)に日本人の女の子がいてその話をしたところ、是非一緒に結婚式に行きたいと言い出した。なぜならば私は大の民族マニアだからと。うん、でしょうね。現にそのとき彼女はベドウィンの民族衣裳を着ていた。ということで翌日一緒に行くことになった。


*1.その後2015年、イスラム国(IS)によってパルミラ遺跡の多くは破壊された。


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