メインコンテンツへスキップ
見出し画像

KJourney | 沈没にシェリー@トルコ イスタンブール 🇹🇷

    世界にはいくつかの「日本人宿」がある。

    泊まっているのは日本人ばかりで、多くが長期の一人旅。日本食を自炊したり、各国の旅情報やローカルの生活情報を交換したり(「情報ノート」と呼ばれるノートがあり掲示板的な役割を果たしている)、旅の道連れを見つけたり。ドミトリーの料金は格安で、何より日本人と日本語で話せる安心感もあり、長期旅行者にとっては癒やしの場となる。

    イスタンブールの日本人宿『Tree of Life』は、宿というよりも生活共同体だ。そこには多くの「沈没」している旅人がいる。ユーラシア大陸の中継点であるイスタンブールでは、アジアを横断してきた者は後半のインド〜パキスタン〜アフガニスタン〜イランというハードな旅の疲れを癒やし、アフリカ〜中東から上がってきた者は現代文明や食の豊かさを楽しみ、ヨーロッパから来たものはこれから向かうアジアや中東を旅してきたツワモノたちから情報を得る。そうしながら数週間、数カ月が経ち、そのうちに動けなくなり、さらに何もしない数週間、数カ月を過ごす。それが「沈没」だ。

    彼らは毎日持ち回りで食材の買い出しや料理をする。皆で食べる夕食「シェア飯」と皿洗いジャンケンが沈没組の一日の最大のイベントで、その他は宿で飲んだり語ったり歌ったりゲームをしたりしながら過ごす。沈没組は滅多に宿を出ない。1日1回は外に出て近所のスーパーに出かけることを目標に掲げている奴が何人もいる。

    彼らは一体そこで何をしているのか。
    何もしていない。まさに、「沈没」しているのだ。

    彼らは口癖のように言う。
    「明日こそ○○大使館にビザを申請しにいく」
    「明日こそ○○行きのチケットを買ってくる」
    「明日こそ」
    「明日こそ」
    「明日こそ」
    ・・・
    そしてシェア飯を食べながらそれができなかったことを自虐的に話し、お互い笑い突っ込み慰め合い、また明日こそはと口を揃え、同じ日々を繰り返す。そんな状態が、ずっと続く。

    最初それを見た時、「腐ってるな」と思った。彼らの多くは、一度社会に出た後、仕事を辞めて旅に出てきている。世界を放浪するのが夢だったのかもしれない。自由を求めて飛び出してきたのかもしれない。だが、ただ単に社会に適応できず、逃げ出して来たんじゃないのか?目的もなく沈没から抜けられない彼らを見ていると、ついそう思ってしまう。

    俺は違う。俺にはバザールの仕事があり、毎日出かけている。俺は違う。
    でも、そう違うとも言い切れないかもしれない。沈没組と過ごすうちに仲良くなり、自分と重ね合わせることも多くなる。正直、今こんなに心地よいのに、これから中東に行くのは気が重い。このまま俺も沈没しちゃおうかな、とも思う。

    そんなある日、宿の管理人(宿泊客の中の1人が宿代免除と引き換えに担う役割)のちーにーが、弾き語りのライブをやった。ちーにーは旅を続けること3年、ミュージシャン・バックパッカーだ。いつもニコニコしていて優しいちーにーだったが、その気持ちを込めた熱い歌声にもう1人のちーにーを見た。

    気の向くままに、もしくはリクエストを受けて歌うのだが、その日のラストソングは、尾崎豊の『シェリー』だった。それは、自分へと、そして皆へと贈る歌だった。

    シェリー いつになれば 俺は這い上がれるだろう
    シェリー どこに行けば 俺は辿り着けるだろう
    シェリー 俺は歌う 愛すべき者全てに

    尾崎豊 『シェリー』

    ふとそれを聞いている皆の顔を見た瞬間、胸が苦しくなった。涙を流している奴もいた。皆、不安なんだ。皆、変わりたいんだ。何かを探しているんだ。

    旅は、ある意味非現実の世界だ。ほとんどの旅人は旅とは別に現実の生活がある。旅はいつかは終わりを迎え、現実へと帰っていく。だが、この非現実の世界で何かを探し求める。何が見つかるのだろう。それは、自分自身か。それとも、他の何かか。

    2003年夏


    previous < バザールで商人になる@トルコ イスタンブール
    next > シリア
    KJourney | 目次

     
     
     
    旅人/書痴/サステナビリティコンサルタント&サーキュラー事業プロデューサー note1.トラベローグ note2.ブックレビュー note3.サステナビリティ&サーキュラーシフト

    あなたへのおすすめ