見出し画像

KJourney | バザールで商人になる@トルコ イスタンブール 🇹🇷

トルコ、イスタンブール。西と東、ヨーロッパとアジアが出会う街。イスラムの文化をベースにヨーロッパとアジアのテイストが混ざり合い、独自のエキゾチックなムードを醸し出す。ここに初めて訪れたのは3年前、街と文化と人に魅了され、早くまた行きたいとずっと思っていた。

今回の旅はイギリスからスタートし、フランス、スイス、イタリア、スペインと旅してきたものの、駆け足のように移動したのは早くイスタンブールに行きたかったから。そんな、俺にとって特別で大好きな街に、ようやく戻ってきた。

宿に荷物を置いてからまず向かったのはエジプシャン・バザール。この中のとある土産物店は俺の思い出の場所だ。3年前は毎日のように通い、訪れる度にエルマチャイ(りんごのちゃい)をご馳走になり、何時間もそこで働くみんなやお客さん達と話をして過ごした。
イスタンブールの街は3年前と大きく様変わりしていたのだが、エジプシャン・バザールは何も変わっていなかった。はっきりと記憶が蘇る。店に着く。奥で店長のエドが商品を整理している姿が見える。

「エド!」
エドが振り向く。
「コージ!」

俺が考えていたプランをエドに話した。それは、この店で働かせてもらうこと。バザールには様々な国からの旅行者が訪れるのだが、スペイン語を勉強中だった俺は、スペイン人の接客を通して実践経験を積みたい。給料はいらない。エドは快諾し、俺はその直後から店で売り子として働き始めた。

若い連中と一緒に店の前に立ち、通る客がどこの国の人かを予想して、その国の言葉で話しかける。エドはもちろんのこと、まだ若いセズギンやジェンクもさすがその道のプロだ。まず予想を外さない。だが俺は間違いまくる。スペイン人かと思って「ブエノスディアス!」と声を掛けるとトルコ語が帰ってきたり、韓国人だと思って「アニョハセヨ~」と挨拶すると日本人だったり。イギリス人とドイツ人なんてほぼ毎回逆だ。

店で働くみんなの語学力は素晴らしい。18歳のジェンクでさえ、拙いながらも英語、スペイン語、日本語を話す。エドにいたっては、スペイン語と日本語はネイティブレベル。英語とフランス語は普通にペラペラ。ドイツ語、ロシア語、カタルーニャ語まである程度は話すことができる。ジェンクはいつもエドとお客さんの会話を横で聞いては、さっと紙や手にメモをする。家に帰ってから辞書で調べて、いくつか自分で例文を作り、次の日にはその言葉を使っている。

とにかく、店先では道行く人にとことん呼び掛ける。無視されたり、挨拶だけ返してもらったり、たまに足を止めて商品を見てくれたり。値段を聞かれ、それに答え、値段交渉を始める。商品の値段には大体4つの目安がある。始めの言い値が2つ(相手を見て調整する)、一般的な底値、いいお客さん用の一般的な底値よりさらに安いサービス価格。これらを使い分けて商品を売る。

ド素人の俺は交渉も下手だし大して売ることもできないのだが、たまに売れるととても嬉しい。みんなは俺が日本人の客に売るのを期待していたようだが、実際には難しかった。日本人旅行者にとって、トルコ人に混じって客引きをする日本人は怪しいらしい。声をかけた日本女性2人組に、「ちょー怪しいー」とこっちまで聞こえる声で言って逃げられたこともある。日本語が分かる店の連中に大笑いされた。逆にトルコ人やヨーロッパ人の方が珍しがって俺から買ってくれた。

お客さんだけではなく、バザールの他の店で働くトルコ人達もよく来た。「あの店では日本人が働いてるぞ」みたいな感じで寄ってくる。何日か経つと、店に出勤するまで何回も途中の店の前で挨拶を交わすような状態になっていた。

結局イスタンブールに滞在した2週間、俺は毎日店に出た。最高に楽しい日々だった。友達もまたたくさん増えた。エドとは店が終わった後もよくご飯に行ったり、家に遊びに行ったり。もうこのままずっとここにいたいとすら思った。

だが俺は旅人だ。前に進まないといけない。明日、この街を出ていく。みんなとの別れは寂しいが、きっとまた俺はこの街に、このバザールに帰ってくることになるだろう。

2003年夏

表紙写真出典:istanbul insider


previous <
next > 沈没にシェリー@トルコ イスタンブール
KJourney | 目次


いいなと思ったら応援しよう!