KJourney | 砂漠の民 - 後編@シリア パルミラ
翌日の夕方近く、俺、アキコ、スズキのおっさんの3人で結婚式会場へ向かった。
会場は街からは40km離れていると言う。一応これは道路なのか?車に踏み固められて道路っぽくなっているのか?と判別しにくい道を、何の標識どころか建物も植物もない中ひたすら進む。おっさんは何も見ずに運転するのだが、一体どうやって場所が分かるんだと聞いても、大丈夫だ心配ないとしか言わない。
夕闇が迫ってきた頃、遠くに灯りが見えてきた。あれが会場らしい。だんだん近づくにつれて、大きな照明がたくさん設置されているのが見えてきて、音楽も聞こえてきた。
会場に着いてみると、多くのテントに囲まれた、野球のグラウンドより少し小さいくらいの広場があり、老若男女数百人のベドウィンが集まっていた。その中央では100人以上が輪になって踊っている。想像以上に盛大なパーティだ。

そして、驚くほどの大フィーバーが俺達を待っていた。
まずパーティの仕切り役みたいなおっさんが寄ってきて、笑顔で何か喋っている。アラビア語で何を言っているのかは分からないが、とにかく歓迎されているようだ。
すると「ウェルカム」と「ノープロブレム」を連発しながら(昨日から英語と言えばこの2語ばかりを聞いている)、俺達の腕を引っ張ってダンスの輪に連れていく。両隣の人と手を繋ぎ、周りの人のステップを真似して踊る。
しばらくして輪から外れると、また仕切りのおっさんがやってきて、本部席のような所に俺達を連れていき、そこに座っていた人をどけて俺達を座らせた。そこは最も目立つVIP席のような所で、一気に会場中の注目を集めることに。
ダンスの音楽は、紫色のスーツを着たおっさんの生歌だったのだが、今度はそのスーツのおっさんの所に連れて行かされた。するとおっさんは俺達と握手をすると、歌はノリノリモードから語り口調へと変わり、俺達を会場のみんなに紹介するような感じで「なんとかかんとか〜ヤパーニーがどうのこうの〜」と歌う。会場から大きな歓声が起こる。後から聞くと、「日本から特別ゲストがお祝いにやってきてくれたぞ〜」と歌っていたらしい。
その後新郎に紹介され、お祝いの挨拶をし、新郎からは聖なる水とやらを飲まされ、ようやく一連の接待は終了して俺達は解放された。
しかし解放された後がまた大変だった。アキコは男たちの、俺は子供たちのアイドルになってしまったのだ。
最初のうち子供たちは近寄ってきてただキャッキャと騒ぎながら眺めているだけだったのだが、そのくち誰かがこっそり俺の身体を触りだし、すると他の子供たちも触り始め、しまにはもみくちゃになった。1人のぽっちゃりした男の子が、真正面から両手を広げ笑顔で抱きついてきた。小学5年生くらいの大きな男の子だ。めちゃめちゃ可愛かった。

ほんの少しだけ英語が話せる年長の男の子が話しかけてきた。お互い名前を言って、握手をした。その時からそいつは俺にとって特別な存在になった、とそいつは感じたようだった。たまに意味もなく俺の名前を叫び、返事をすると、どうだ!という顔を他の子供たちに向ける。どこに行くにも俺のすぐ隣を歩く。そしていつの間にか俺のボディガードをやるようになった。俺に群がる子供たちを払い除けては、俺が歩く道を空ける。「よくやった」と言うとまたさらにご機嫌になる。他の子供たちはボディガードの目を盗んでなんとか俺を触ろうとする。ボディガードは俺を守ろうと躍起になる。
俺が子供たちから離れてテントの近くを歩くと、座っている人の多くが椅子を空けて「ここに座れ」と言う。座るとまず握手。笑顔で「ウェルカム」と言われる。俺が「サンキュー」と言う。向こうの英語はそれでおしまい。その後は、アラビア語と英語の全く噛み合わない会話がニコニコしながら続けられる。
歩き出すとまた子供たちに見つかりもみくちゃにされる。するとボディガードが現れて俺を守る。その繰り返しだ。
たまにアキコの集団とも合流する。男たちの攻撃から逃げ出したアキコは、今度は女性たちに囲まれている。このフィーバーは俺達が帰るまでずっと続いた。
終始そのパーティでは、新婦を見かけることがなかった。聞くと、新婦が登場するのは翌日の夜だと言う。2日間もこんなパーティするの?と聞いたら、3日間続くらしい。
砂漠の真ん中で、数百人のベドウィンが集まり、歌い踊る。そしてその中には何故か俺がいて、スターのような待遇を受ける。思い返してもリアリティがなく、夢の中の出来事だったかのように感じられる。
それにしても、住所(*1)も地図も電話(*2)もない砂漠で、いつも家族単位で移動しながら生活している彼らが、一体どうやって集まってきたのだろう。いつあそこでパーティがあるという情報をどうやって伝え、その「あそこ」の場所をどう説明したのだろう。いくら考えてもさっぱり分からない。
2003年夏
*1.ベドウィンの身分証明書には、出生地・住所の欄に「砂漠」と書かれている。
*2.当時2003年、まだスマホはなくgoogle mapもなかった。
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