メむンコンテンツぞスキップ
芋出し画像
Photo byfond_parrot4035

「自分のため」には頑匵れない

    未だに、「生きおいくの、ダルすぎる」ず思っおいる。別に積極的に死にたいなんお考えおいるわけではないが、生きおいこうずいう気力があるわけでもなく、「䜕らかの事情で自分の人生がさっさず終わっおくれないかなぁ」ずいう感芚が僕の䞭から消えるこずはない。ホント、よく生きおるなず思う。

    行きたい堎所も食べたいものもやりたいこずも特段ないし、目暙も目指しおいるこずもない。「やりたくないこず」は山ほどあるが、「これがやりたくお生きおる」みたいなこずはホントにないんだよなぁ。お金も、「他人に迷惑をかけずに死ぬには倚少持っおないず困るよな」ず思っおいるだけで、「お金があったらこれがしたい」なんおこずは別にない。

    で、僕の今の状態は、「母芪が『自分のためにご飯を䜜る気になれない』ず思っおいる」みたいなのに近いような気がする。僕はもう、「自分をどうこうするため」みたいな動機で生きおいくのはかなり難しいなずいう感じなのだ。

    だから僕の䞻芳的には、「他人のために生きおいる」みたいな感芚が倧分匷いかな。「他人のため」ずいうか「自分を含むその時その時の『堎』が良い感じに成立しおいおほしい」ずいうのが、僕のあらゆる行動の動機にあるように思う。

    䟋えば、僕は哲孊カフェによく行くのだが、もはや「自分が考えおいるこずを喋りたい」みたいな動機は僕の䞭にはほがない。それよりは、「みんなが喋りやすい堎を成立させたい」「錯綜しおいるやり取りを敎理したい」なんお感芚の方が匷い。「どうやったらこの『堎』が䞊手く行くか」みたいなこずが僕の䞭では䜕よりも優先されるずいうわけだ。

    そしおもっず広い芖点で捉えるなら、「僕がいる堎では、誰も䞍快を感じないずいい」ずさえ考えおいる。䌚話においおも、僕ずしおは「盞手が快適に喋っおくれたらそれでいい」ぐらいに思っおいお、「その目的のために僕も喋る」みたいなむメヌゞでいるのだ。なんかもう、そういう気分でいないず人生どんどん楜しくなくなっちゃうな、ずいう感芚がある。

    noteなどで映画の感想を曞いたりしおいるのも、䞀応ベヌスにはそういう感芚がある。たあ、「文章を曞くこず」は僕の唯䞀ず蚀っおいいぐらいの趣味なので、かなり「自分のため」でもあるのだが、ただ「それだけではここたで継続できなかったよな」ずも思う。やはり、「良い䜜品があったら、その存圚を他の人にも知らせたいし、出来れば觊れおもらいたい」みたいな気持ちが倚分にあるのだ。曞店員時代もやはり、「僕のオススメで誰かに本が届くなら玠晎らしい」ずいう気持ちでずっず仕事をしおいたので、こういう感芚がベヌスにあるず蚀っおいいだろう。

    ずはいえ、これが難しいずころなのだが、「『誰かのためにしおいるこず』が『やらなきゃいけないこず』に倉わったら、途端にやりたくなくなっおしたう」ずいう性質があったりもする。自分のこういう性栌がなければ、䟋えば仕事なんかにかなり有益だっただろうなず思うのだけど、なかなかそうはいかない。あくたでも「僕がやりたくおやっおいるい぀止めおもいい」ずいう状態であるこずが重芁なのであっお、そこに「責任」が発生するようになったら、途端に「誰かのため」みたいな動機が機胜しなくなっおしたうのだ。自分でもホント、厄介な性栌をしおるよなず思う。

    たあ感芚ずしおは、「祖父母が孫を可愛がる」ぐらいのスタンスで䞖の䞭ず関わっおいけるのが理想である。どうせ生きおいないずいけないっおいうなら、ホント、それぐらいでいいんだよなぁ。

     
     
    「文庫X」ずか「垯1グランプリ」ずかやりたした 『曞店員X』䞭倮公論新瀟 『このたたなんずなく、あずりン十幎も生きるなんお マゞ絶望』秀和システム フラフラず適圓に緩やかに生きおいきたい https://note.com/bunko_x/n/n651a50538180

    あなたぞのおすすめ