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「自分を整える」が、あなたと周りを壊す——脳科学者×僧侶×経営者だから書ける、ウェルビーイングの落とし穴 #15 組織に仕組みとして組み込む(後編)

    前回は、「なぜ組織で取り組むのか?」「どんな組織で効くのか?」、そして「義務化」と「丸投げ」は違うという組織に実装するうえでの「考え方」をお話ししてきました。

    うまくいく組織の共通点は、トップが率先し、伝えるメッセージと行動を一致させ、実践の本質を押さえ、業務時間の中に組み込むこと。そして、決して現場に丸投げしないことでしたね。

    後編となる今回は、前章でお話しした個人の3つの実践を、組織の仕組みに転換していく考え方をお話しします。

    そして最後に、本書全体を振り返って、一旦の締めくくりとさせてください。

    個人の3つの実践を、そのまま仕組みにする

    では、具体的に何をするのでしょうか?
    今回は、前回お話しした個人の3つの実践を、そのまま組織の仕組みに落とし込むことについてお話します。

    「マインドフルネス」の仕組み化

    まず、マインドフルネスです。

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    会議の冒頭でマインドフルネスを実践するイメージ

    例えば、会議の冒頭にみんなで心を落ち着ける時間を1分取ったり、朝会のはじめ、昼休み明け、終業前など、業務時間のなかに組み込んでしまうと良いです。

    特に、重い議論で少しヒートアップしてしまった会議の後や、次の会議の最初に1分挟むだけで、気持ちを切り替えてから次に臨めます。その結果、前の会議の険悪な状態を持ち込まず、コミュニケーションが改善し、建設的な議論がやりやすくなることが分かっています。

    「感謝」の仕組み化

    次に、感謝です。
    前回、感謝は日常にどれだけ埋め込めるかが大事だとお話ししましたが、これは組織でも同じです。

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    サンクスカード制度のイメージ

    例えば、私が新卒で入社した会社では「サンクスカード制度」といって、月末までに同じ部署内の誰かに宛てた感謝のメッセージカードを書き、翌月の月初営業日に本人へ配られるという制度がありました。

    現職でも、「サンクスチャンネル」といってSlackで感謝を伝え合う仕組み化や、定例での「Good & New」という良かったこと、新しいことを紹介し合うなどを行っています。

    例えば、「Good & New」を「ありがとう」版に変えてみて、できれば仕事で感謝できることを1~3つ挙げる。背景含めて話すのに1分もかからないので、人数分でもたいしたコストではありません。仕事に絞れば、それはそのまま同僚との関係性のケアにもなります。

    ただし、ここでも重要なのは、言葉と行動が伴っていないと逆効果になるということです。これは、組織でも個人でも同じで、制度として「ありがとう」を言い合っていても、日々の行動がそれを裏切っていたら、かえって空々しくなってしまいます。

    「仕組みをつくると同時に、行動がその言葉と一致しているか」は大切にしたいところです。

    「仕方ない」という現実を受け入れることの仕組み化

    そして、「仕方ない」で現実を受け入れること。これは組織では、少し形を変えて「文化」として根づかせるイメージになります。

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    他責の組織とそれぞれが自責で考える組織

    何か問題が起きたとき、犯人探しをするのではなく、それぞれが自責として自分の側から「何ができたか?」「今後のために何ができるのか?」を捉え直すということです。

    これに関しては、「ミスした方が謝っておけば、それぞれの溜飲が下がって丸く収まるんだからそれでいいのでは?」というご意見もあるかと思います。

    たしかに、チームの雰囲気、メンバーによっては、短期的にはその方が良い場合もありますし、正直私としては自分がミスしたと思ったらそれが直接的でも間接的でも「あ、すみません!自分がこうやっておけば良かったです。。。」と一言謝ればいいのではないかと思っていますし、そうしています。

    ただ、組織やチームの長期的な成長を考えた時には、各個人が素直に謝るということとは別の論点として、「誰かに責任を押し付けない」「それぞれが自責で考えて行動する」はという文化は組織に根付かせておくべきです。

    そうしておかないと、発生する問題を常に誰かの問題に押し付けて、「組織側の構造問題が改善しない」、「それぞれの改善機会を奪っている」状態になってしまいます。そして、その状態が続くと誰しもそれが「当たり前」になってしまいます。

    本来、管理職は業績のマネジメントをするべきであるからこそ、アウトプットの責任を負うべきで「もっと早く確認していれば防げたかもしれない」と考え、逆に担当者は「自分がこうしていればミスが防げたかもしれない」と考える。

    これは、お互いを責め合うためではありません。起きてしまった現実をいったん受け入れて、次にどうするかへみんなの視線を向けることなんです。

    ウェルビーイングで組織の生産性を高めるためには?

    ここまで「個人の実践の3つ」を「組織で実装し、サポートする」ためにはどうしたらいいのかについて話してきました。

    勿論、ウェルビーイングを単なる個人の問題ではなく、組織の構造の問題として、生産性向上に繋げたりするためには、今回の話しだけだと十分ではありません。

    前回お話した上手くいった事例は、トップが自ら重要性を理解し、参加していました。そして、内容も本質を押さえており、トップの「セルフケアが重要」という発信と業務時間を削ってまで取り組むという行動の整合性がありました。その上で、みんなで取り組むという仕組みが用意されていました。

    このように、一つひとつは小さいことです。ただ、全社総会でマインドフルネスを少し体験してみる時間を作ったり、エンタメコンテンツとしての啓発動画を社内メンバーを巻き込んで作ったりなど、大きくリソースはかからなくてもそういう細かい様々な工夫が重要です。

    そして、ウェルビーイングが本当に達成されるなら、本書の最初に話したプレゼンティーイズムなどの数億円の損失を取り戻すことができる可能性もあります。それくらい大きな話なのです。

    これは、コストではなく投資である

    こういう話をすると、「業務時間を削ってそんなことをして大丈夫なのか?」という声が必ず出ます。

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    トイレ休憩とタバコ休憩と心を整える休憩

    でも、考えてみてください。1日のうちの5分を、心を整える時間に充てたからといって、業績が悪化することはまずありません。誰しもトイレ休憩はしていて、それが1回増える程度のものです。

    タバコ休憩などのことを考えたら、むしろ、これによって組織の人間関係が良くなり、一人ひとりの生産性が上がるのなら、これは立派な投資です。

    そもそも、離職率を下げたい(それによって採用関連コストを削減する)、働く人のエンゲージメントを高めたい、心身の不調による生産性の低下(プレゼンティーズムなど)を防ぎたい。

    これらは、会社にとっての課題ですよね。もちろん個人の問題でもあるのですが、それが改善すれば、個人も勿論得はしますが、コストや売上という観点で得をするのは会社でもあるんです。

    だから、業務時間を少しだけ従業員の心のケアに充てる。それを「コスト」ではなく「投資」として意思決定できるかどうか。組織で取り組むというのは、突きつめればその判断ができるかどうかの問題なのだと思います。

    お互いが、お互いの首を締めないために

    最後に、本書のテーマに再度戻ります。

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    会社と従業員のやって当たり前の応酬

    経営する側は、つい「給料を払っているのだから、働いてくれて当たり前」と考えてしまいがちです。でも、それは当たり前ではないんですよね。逆に、働く側も「会社が守ってくれて当たり前」と思ってしまう。でも、それも当たり前ではない。

    お互いが、「当たり前ではない」という前提に立てるかどうか。

    これ、本書の最初にお話しした、「当たり前の基準を下げる」という感謝の話の組織版なんです。当たり前だと思った瞬間に、そこには不満とギャップしか生まれない。でも、当たり前ではないと気づけたとき、そこに感謝が生まれ、関係性が変わっていく。

    会社と従業員が、お互いを「当たり前」だと思って、知らないうちにお互いの首を締め合う。現在の社会を取り巻く問題、例えば、ハラスメント、離職と休職、エンゲージメントの低下、管理職になりたがらない人の増加などは、ここを端に発している場合も多いのではないかと思います。

    そうではなくて、お互いが「支え合っている」という前提に立ち、その仕組みをつくっていくこと。これが、組織における実装の大前提なのだと思います。

    本書のまとめ

    さて、ずいぶん長い旅になりました。ここで一度、本書全体を振り返らせてください。

    第1部:問題編——ウェルビーイングは、なぜ実装されないのか?

    私たちはまず、「自分を整える」という、一見すると誰も反対しようのない、良いことずくめに見える言葉から出発しました(問題編)。

    マインドフルネス、瞑想、ジャーナリングなど、書店にもSNSにも、心を整える手法があふれています。でも、それがなぜかやればやるほど苦しくなったり、周りとの関係がぎくしゃくしたりする。その違和感の正体は何なのか。

    「自分を整える」が、どうして「自分と周りを壊す」ことになりうるのか。ここが、すべての出発点でした。

    第2部:論証編——脳科学と歴史と宗教学が示す、自分軸ウェルビーイングの限界

    次に私たちは、その違和感の正体を、脳科学や歴史、宗教学といった、いくつもの角度から掘り下げていきました(論証編)。

    意識を自分の内側にばかり向けていると、脳の中では「自分」を扱うネットワークが過剰に働き、かえって不安や反芻が強まっていく。マインドフルネスですら、本質である「観察」や「つながり」を欠いて、ただ自分に集中する技術として切り取られてしまうと、人をより利己的にしてしまうことがあります。実際、そうした研究も報告されています。

    私たちは「気づき」の矢印を、本来は外へ、世界との関係へ向けるべきだったのに、いつの間にか自分の内側だけに向けてしまっていた。そのことを、様々な証拠を並べて確かめてきました。

    第3部:転換編——行動が変わるには、行動するしかない

    そして、大きな転換点を通りました(転換編)。

    どれだけ良い知識を得ても、それだけでは脳は変わらない。それはつまり、その人が変わり得ないということです。人を変えるのは、知識ではなく行動なのだ、と。

    脳は筋トレと同じで、使った回路だけが育っていく。だから、順番が逆なんですね。「わかったから変わる」のではなく、「行動するから、脳が変わり、やがて考え方や人生が変わっていく」という順番です。

    第4部:実践編——つながり軸のウェルビーイングを、個人と社会に実装する

    その実践として、まず一人でできることを見てきました(実践編・個人)。

    本物のマインドフルネス、日常に埋め込む感謝、そして「仕方ない」で現実を受け入れること。どれも派手さはないけれど、毎日の中で矢印を外へ向け直していく、確かな一歩でした。

    そして今回、それを個人の頑張りだけに任せず、組織の仕組みとして支えていく方法を考えてきました(実践編・組織)。

    まとめ

    こうしてふりかえってみると、問題編から実践編まで、一貫したテーマだったのは「矢印の向き」です。

    矢印が自分の内側だけに向いて、周りとの関係性の文脈を排除してしまうと私たちは苦しくなる。脳も、そういうふうにはできていないです。

    逆に、その矢印を自分の外側へ、自分を支えてくれている人やものごと、目の前の現実へと向け直した時、私たちははじめて、本当の意味で「整う」ことになります。

    心が軽くなり、人との関係があたたかくなり、そして不思議なことに、外へ向けたはずの矢印が、めぐりめぐって自分自身も満たしてくれる。私が本書を通していちばんお伝えしたかったことです。

    これで、本書でお伝えしたかったことは、一通りお話しできたかなと思います。ここまで長い道のりを一緒に歩いてくださって、本当にありがとうございました。

    次回予告

    ただ、実はもう一つだけ、どうしてもお話ししておきたいことが残っています。

    ここまで、私はできるだけ脳科学のロジックと、日常の言葉だけで話を進めてきました。でも、勘のいい方はもう気づいておられるかもしれません。ここで語ってきた「観察」も「つながり」も「感謝」も「現実を受け入れる」ことも、はるか昔から、ある智慧の体系がずっと説いてきたことなんです。

    2500年前から、答えはもうあった。

    次回、あとがきとして、その話をさせてください。

    それでは、また次回お会いできることを楽しみにしております!

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