
「僕は警察官にはなれない。」 子どもの"絶望"を"希望"に変えるために
「警察官になりたい。」
「でも、僕は無国籍だからなれないんだ。」
マレーシアで出会った、8歳の男の子。
彼の言葉が忘れられず、僕は社会起業家(社会問題をビジネスで解決する起業家)になりました。
「警察官になりたい。でも、僕は無国籍だからなれないんだ」
大学2年の夏、特にやりたいこともなかった僕は、
「国際協力 × 教育支援」という名前のカッコ良さに惹かれ、軽い気持ちで大学が実施していたボランティアに参加しました。
そこで訪れたのがマレーシアのコタキナバル。

現地で出会ったのは、自由活発な子どもたち。
でも、笑顔を浮かべている中で時折みせる悲しげな表情に、どこか違和感を覚えました。
ある日の授業終わり、子どもたちが遊んでいる中で、そばにいた8歳の男の子にふと質問をしました。
「将来の夢ってなに?」
男の子は少し戸惑いながら答えてくれました。
「僕は、警察官になりたい。
でも、無国籍だからなれないんだ。」
「え?」
予想外の回答に思考が一瞬止まっていると、追い討ちをかけるように、その子が言いました。
「ごめん、仕事の時間になっちゃった。
今から行ってくるね!」
日本では、小さい頃みんなが当たり前に考える「将来の夢」。
でも国や環境が違うだけで、彼らにはその夢を考える権利さえない。
僕は日本に生まれ、何不自由なく過ごしてきた。
大学生にもなって、やりたいことも見つからないままマレーシアに来た僕にとって、彼の言葉ひとつひとつが、鉛のように心に重く沈みました。
夢を持つことすら許されず、今を生きるしかない彼の表情を目の当たりにした当時の僕は、無力感と悔しさから、ボロボロと涙がとまりませんでした。

子どもが夢を持てる社会にするには、どうしたらいい?
その時の僕は、「仕事に行ってくるね」と去っていく彼に、何も声をかけてあげることができませんでした。
「無国籍でも、なんとかなるよ」なんて、無責任なことも言えなかったし、笑って応援することもできなかった。
僕はこの後も、教育ボランティアを通じて、約300人の無国籍の子ども達に出会いましたが、8歳の男の子から受けた言葉が、ずっと心の中に残り続けました。
どうにかして、彼が笑って暮らせる社会にならないか。
「警察官になれるよ」と本気で言える未来が訪れないか。
マレーシアから帰国した後も考え続けた結果、居ても立ってもいられなくなり、親にも相談して休学を決意。
そしてその問いに向き合うため、マレーシアに1年間滞在し、現地調査と無国籍の子どもや親達への対話を始めました。
なぜ彼らは、無国籍になってしまったのか
休学して再び訪れたマレーシア。
まずは無国籍の村の人々と仲良くなるために、僕は"ボランティア学校の先生"になりました。
午前中は、学校で英語や算数を教えながら、午後はその子ども達の家を毎日訪問。
親たちに「なぜ子どもが無国籍なのか」を聞いて回りました。

すると多くの親が口にしたのは、ミンダナオ紛争というフィリピン南部で起こった宗教内戦の影響で、難民としてマレーシアに逃れてきたという事実でした。
フィリピンにいたら、紛争で命を落とすかもしれない。
そんな環境では仕事もなく、生活もできない。
隣国のマレーシアに避難できれば、一旦は生きていくことができる。
そうしてミンダナオ紛争から逃れてきた難民は、累計200万人ほど存在しているとされています。
ただし、マレーシアは難民条約を批准しておらず、政府としては難民を認めていない。そのため在留資格が曖昧になり、警察から隠れて生活しているのが彼らでした。
そしてその状況で子どもが生まれても、出生届を行政に出せない。
そんな背景から無国籍の子ども達が誕生していたのです。
「雇用」と「帰国」が鍵になると分かった日、社会起業家にならなければいけないと決心した

マレーシアでの1年間、約200の無国籍の家庭と向き合いました。
調査を重ねる中で分かったのは、「子どもが無国籍であること」は、生きるためにはやむを得なかった、親の選択の結果だったということです。
本当は故郷であるフィリピンで生きていきたい。けれども、紛争で避難してきた。
結果として、避難先で生まれた子ども達は、国の制度のはざまで"無国籍"という立場に置かれてしまう。そして公立学校にも行けず、希望がない状態で暮らしている。
僕はそんな子どもの親たちにこんなことを聞きました。
「フィリピンに帰りたい?」

続けて聞きました。
「フィリピンでの紛争は終結してるけど、帰らないの?」

ピンときました。
すぐに、フィリピン大使館に電話をして聞きました。
僕:「今無国籍の子ども達がいるが、親がフィリピン国籍を持っている場合、フィリピンではその子どもの国籍を取得できるのか?」
フィリピン大使館:その条件であれば「遅延出生証明書」が取得可能で、申請から3ヶ月ほどで取れる。ただし、フィリピンの市役所での申請が必要です。
「雇用」と「帰国」ができれば、子ども達が国籍を取れる。
その瞬間、僕はこの問題を解決するために
社会起業家にならなければいけないと決心しました。
ビジネスでなければ、持続的な解決はできない

寄付や一時的な支援では、現地に仕事を生み出し続けることはできません。
解決には「仕組み=ビジネス」が必要でした。雇用をつくることで、家族が母国に帰る“手段”を生み出せる。
ただ、どんなビジネスでもいいわけではありませんでした。
難民として生きてきた彼らが実際に働くためには、満たさなければならない条件があると気づいていたからです。

この5つの条件を満たすビジネスを探し始めました。
最初に思いついたのは、Webサイト制作のコーディング代行でした。
実は僕自身、エンジニアとして働いた経験があり、コーディングには知見がありました。
「これなら条件に合うかもしれない」と思い、顧客となり得る企業へのヒアリングを重ねましたが、反応は芳しくありませんでした。
「あまりニーズがないね」という声や、「うちらもエンジニアが余ってるくらいから、仕事を分けてほしいくらいだよ」という言葉まで返ってきてしまい、市場のニーズがないことが、はっきりと分かりました。
行き詰まっていたとき、たまたま話を聞いていたシステム開発会社の方が、教えてくれたアイデアが「アノテーション」でした。

AIに“これは猫、これは犬”と教えていくこの作業。
地味だけど、AI開発や精度向上には非常に重要で、言語や学歴に依存しない。
そしてなにより、場所を選ばず、リモートで仕事ができる。
話を聞いた瞬間、「これだ」と確信しました。
すぐに、AI開発をしている企業へのヒアリングを重ねました。
すると、「データ作成に困っている」という声が次々と上がってきました。
ニーズは確かにある。「これならいける」
そう確信して、すぐにプランニングに動き出しました。
※この詳細はこちらのnoteに書いています。
アノテーションを通じて、「安心して母国に帰れる」社会をつくる
そうして立ち上げたのが、アノテーションサポート(通称:アノサポ)です。
AI開発を担う企業からデータ作成業務を受託し、仕事をフィリピンにルーツを持ちながらマレーシアで無国籍の子どもを育てている方々へ届けています。

<アノサポの仕組み>
まず、無国籍の子を持つ親たちに面接をします。
「フィリピンに帰りたいか」「帰る理由が子どもたちのためであるか」
その気持ちが本物かどうか、じっくり話を聞きます。
↓
さらに、帰国後に僕らと一緒に働く意志があるか、子どもたちを学校に通わせる気持ちがあるかも確かめます。
↓
条件が揃った家族には、約3週間のアノテーショントレーニングを実施。
適性があると判断した家族は、家族全員でマレーシアからフィリピンへ帰国します。
↓
帰国後、子どもの遅延出生届を行政に提出することで国籍が取得でき、親たちは最短翌日から僕らと一緒にアノテーションの仕事を始めます。
この仕組みによって、事業開始から約1年で2世帯・8名の子どもたちが家族と共にフィリピンへ帰国を果たし、その後わずか3ヶ月で国籍を取得することができました。
マレーシアからフィリピンへの帰国は、ただの移動ではありません。
8名の子ども達にとって、「夢を語ることができるようになる」という、人生のリ・スタートです。

(2026年6月6日追加)帰国して3年が経った現在、子ども達が中学を卒業し、無事に高校に入学できました。ぜひこちらのnoteにてご覧ください。
この無国籍問題解決モデルは、2023年にグッドデザイン賞を受賞。
さらに僕自身も、Forbes ASIA 30 UNDER 30のソーシャルインパクト部門に選出されました。
無国籍問題解決に、民間企業が立ち向かう意味。

僕たちの挑戦は、始まったばかりです。
帰国支援だけでは、世界の無国籍問題の根は断てません。
「国籍登録の仕組みをDXで支えていくこと」は、今は「行政が担うべき領域」だとも考えています。
だからこそ、僕がやるべきことは
民間企業として、雇用をつくることが"無国籍問題の解決策のひとつ"だと証明し続けること。
そしてこのモデルを模倣しつつ切磋琢磨できる民間企業の仲間が、一社でも増えてくれればいい、と本気で思っています。
10年前のマレーシアで、何もできなかった僕は、今、ビジネスという形で、「夢を取り戻す仕組み」をつくろうとしています。
追記:実際に、子ども達の国籍が取得できた母親の赤裸々な想いも載せておきます。
一緒に「約束できる社会」をつくっていきませんか?
あの8歳の男の子が「警察官になりたい」と胸をはって言える社会を、僕は本気でつくりたいと思っています。
まだ道のりは長いけれど、この挑戦を知ってくれる人が増えることが、次の一歩につながります。
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最後まで読んでくださり、ありがとうございました。