
「このボランティア、意味あるの?」10年前の僕自身の問いに、17歳の子どもが答えをくれた
まずはこのFacebook投稿を見てください。

これを見て、僕は驚きが隠せませんでした。
なぜなら、これは合格率20%の難関試験の合格者名簿で、3年前まで正規の学校に通えていなかったビビアナの息子の名前がそこにあったからです。
「息子が、フィリピンの試験に合格したよ!!」
翌日ビビアナからこの言葉を聞いたとき、10年前のマレーシアでの記憶が、よみがえってきました。
※ビビアナの記事はこちらから。
マレーシアでの教育ボランティア
10年前、僕は大学生でした。
大学の長期休みを利用して、マレーシアに訪問。学内サークルの仲間たちと共に教育ボランティアをしていました。
教えていたのは、国籍を持たない子どもたち。正規の学校に通えない子どもたちでした。
訪れたボランティアの2つの学校では、6歳から15歳までの子どもが片方は200人、もう片方は300人ほど通っており、週に3回、勉強をしていました。

僕らが教えていたのは、簡単な英語や算数、それから道徳など。一つの教室に、70人くらいの生徒がいたのを覚えています。
朝、学校に到着すると、子どもたちが駆け寄ってきて、手を繋いで教室に入る。にぎやかで、まっすぐで、勉強したがる子が多い印象でした。

でもあの当時、ずっと答えを出せずにいた問いが、僕の中にはありました。
「あの子はね、もう仕事をしてるよ」
ある日、訪れたボランティア学校にて、半年前に仲良くなった生徒の姿が見つかりませんでした。
不思議に思い、僕は現地の先生に尋ねてみました。
「半年前にいた、勉強を頑張っていた男の子、今日は休みですか?」
そうしたら、先生から一言
「ああ、あの子はね、親に言われて、もう仕事をしてるよ」
その瞬間、言葉には表せない感情が湧いてきました。
僕らがどんなに勉強を教えても、子どもたちがどれだけ勉強を頑張っても、「国籍」がない限り、マレーシアでは正規の学校に通えず、大学にも進めない。就きたい仕事にも就けない。
だから15才ほどの歳になると、家計を支えるために、学校をやめて働き始める。
この日を境に、僕は教育ボランティアをすればするほど、先が見えない無力感を抱え、「この教育ボランティアは、本当に意味があるんだろうか」と考え続けてしまいました。
この「国籍」の問題は政治の問題で、大学生の僕らができることなんて、ないんじゃないのか。
これは僕以外にも一緒にボランティアをした仲間や、サークルのOBOG達も口にしていました。
目の前の子どもに全力で向き合う。
でも、その先にある「国籍」の壁は、僕らではどうすることもできない。
あの頃の僕は、そんな無力感をずっと抱えていました。
※その後の変化はこちらのnoteに書いています。
17歳の子どもが教えてくれたこと
ここで、冒頭の話に戻ります。
今回、フィリピンの試験に合格したビビアナの息子は、あのボランティア学校で勉強を頑張っていた子どもの一人でした。
前提としてフィリピンでは、正規の中学校を卒業すれば、試験なしで高校へ進めます。(日本のような高校入試は、私立を除いてありません。)
その上で、彼が合格したのは、フィリピンのALS(オルタナティブ・ラーニング・システム)という制度の試験。正規の学校教育を十分に受けれなかった子どもが、中学卒業と同等の資格を取るための、国の認定試験です。(日本でいう中卒認定試験と同じコンセプトです。)
ここで、分かりやすく彼の歩みを説明します。
3年前まで無国籍だった彼は、フィリピンに移って国籍を取得し、現地の学校に通い始めました。
↓
でも、マレーシアにいた頃の彼が受けられた教育は、僕らがやっていたような、週3回のボランティア教育だけであり、正規の学校には通えてませんでした。
↓
だから、生まれたときから正規の学校教育を受けてきたフィリピンの同年代の子と比べると、学力のレベルは、どうしても敵いません。慣れないタガログ語や英語で授業を受けなければならない事情も重なっていました。
↓
その差を、自分の力で埋めるためにビビアナと彼が選んだのが、このALS試験でした。
そして、彼は見事合格しました。
調べてみたらこのALS試験、合格率は20%ほど。ハンデを抱えた子どもたちの中で、5人に1人ほどしか受からないのです。
でもその難関試験を、彼は見事突破しました。
それを聞いて僕はこう思いました。
きっと彼がこの試験に合格できたのは、あのボランティア学校で学んだことが、ちゃんと勉強の土台になっていたからなんじゃないかなと。
マレーシアで正規の学校に通えなかった彼にとって、週3回・午前だけのあの学校が、勉強の接点でした。
簡単な英語、算数、読み書き。必死に勉強していたあの時間が、きっと支えてくれたんじゃないかなって。

だから、フィリピンに移ってからも必死に勉強を続けられた。慣れない言語の中でも、学びを止めなかったんじゃないかなと。
あの頃、僕らは「ボランティアに、意味があるのか」と問いながら子どもたちに教えていました。
でもその一つひとつの活動が、彼にとっては、大切な勉強の土台となる時間だったんだと思います。
10年越しに届いた、答え
「息子が、フィリピンの試験に合格したよ!!」
ビビアナから、この知らせを聞いたとき、気がつきました。
これこそが、あの頃の問いへの答えなんじゃないかと。
ビビアナの息子は、3年前に国籍を取得しました。そしてフィリピンの学校で必死に勉強を続け、今回の合格をつかんだんです。
もちろん、母であるビビアナとその家族のがんばりは大きいです。
でも何より、大変な状況の中で、子ども自身が自分の夢に向かって勉強を続けた。その結果が、この合格でした。
頑張れば、次に進める。
その手応えを、本人が自分の力でつかめる。
これが、ボーダレス・ジャパンが掲げる「SWITCH TO HOPE」の意味だと思いますし、数値では測りきれない、本当の社会インパクトだと思います。
10年前、僕らが「意味があるのか」と問い続けたボランティア。
その答えが、一人の子どもの合格という形で、今になって答え合わせができました。

後日アノサポのnoteにて、この子を取り上げた記事を作成するので、フォローしてお待ちください。
今、何かのボランティアに取り組んでいる人へ。
目の前の活動に、効果が見えないと感じることがあるかもしれないですが、ボランティアは無力ではないと僕は信じています。
僕がそうだったように、あなたのその行動も、きっとこの先、関わった人の人生を良い方向へ進めてくれると思います。
今は見えなくても、その一歩は確かに届いています。だから、信じて続けてほしいです。
そして、かつてボランティアに取り組んでいたみなさんへ。
あの頃、あなたが向き合った相手や環境を、もう一度思い出してみてください。
あなたの当時の行動は、受け取った人にとって、きっとポジティブな変化をその先の人生でもたらしているはずです。その当時は見えなかったとしても、いつか、どこかで現れるはずです。
僕はそう信じて、今後も生きていこうと思います。