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【連作小説】今日も大学は平和です。#6

    第5話:デジャヴュ、あるいは縦書き〜後輩の受難〜(前半)

    卒業論文提出後!
    といえばカゲロウのように儚い人生において、
    最もまったりできる時期である、
    とされているが、卒論提出翌日に指導教官のアブラヤ助教授に呼び出され、
    火急を要する研究プロジェクトに巻き込まれてしまった。

    目下、睡眠時間を削って先行研究の論文を読み漁っており疲れ目である。
    カゲロウはカゲロウ目である。

    その論文の内容とは、
    現在の宇宙の加速膨張と、
    宇宙初期の指数関数的膨張であるインフ

    「フフーン フフーン フフーン フフーン フーン フフーン」

    レーションを結びつける研究である。
    というか沈思中なのに隣から鼻歌に割り込まれてしまった。
    鼻歌の主は、高校の先輩からゼミの同級生に降格したマソラさんである。
    なお、修士課程のワリコミさんは、
    出席番号で最後でなかったことがない模様である。

    マソラさんはここ数日機嫌がいい、何かいいことがあったようだ。
    とてとてプリンタに行って何か印刷したものを持ってくる。

    「チカ、これ読んでみて」

    今年度このセリフを何回聞いたことか。
    いつものパターンで何枚かの紙をポンっと押し付けられる。

    チカとはこの界隈での私の呼び名であるが、
    父も祖父も名前に親がついているので、
    家族からはそう呼ばれることはない。

    名前に親がついているといえば、
    戦国時代をテーマとした某歴史シミュレーションゲームシリーズに
    島津忠親が登場しているが、
    私は選択したことがない。

    「また大学の備品で小説を書いて
    国民の税金を無駄遣いしていたんですか?」

    「言い方!」

    「アブラヤ先生から、
    急いでこの論文読むよう言われて、
    油を売ってる暇はないんです」

    「うまいこと言わなくていいから。
    少し休憩した方が研究も進むってもんよ。
    だから読んでみて」

    時計を見るとちょうど22時である。
    まあ、確かにそろそろ休憩した方がいいかもしれない。

    仕方なく原稿に目を落とすとタイトルが
    「BBC殺人事件」
    となっている。
    本当に書いたんかい!


    BBC殺人事件

    ー1ー

    アブラヤ助教授の授業はわかりやすいことで有名で、
    学生の間でも人気が高い。

    オフィスアワーが終わっても質問にやってくる学生も多い。

    正月直前の今夜も大雪だというのに、
    学生がアブラヤの部屋を訪れている。

    「口封じかっ!あっ、それ振り回さないでっ!危ないから」

    「万一、カンニング報告されたら、全教科0点になって停学になって留年して人生終わっちゃうんで」

    「停学で人生終わることはないから。人殺しの方が人生終わるって!」

    「くたばれっ!」

    「ガッ!痛っ!」

    「とどめっ!」

    ー2ー

    タナカの警備員としての業務は、
    平日夜10時になったら大学の建物の戸締りや消灯を確認することである。

    大雪だからといってこの役目が免除されるわけではなく、
    一面銀世界の構内を歩いて理工学部にたどり着いたときには
    10時半になっていた。

    大雪警報が出ていたため、
    普段なら夜遅くまで実験している教官、学生も今日は誰も残っておらず、
    見回りはすぐ終わりそうである、と思ったらーー

    アブラヤの居室からは蛍光灯の光が漏れ、
    ドアも少し空いている。

    こんなときは直接声をかけ、
    帰宅時に戸締りと消灯を忘れないよう念押しをすることになっている。

    「まだ仕事中ですか?帰る時、戸締りと消灯、お願いします」

    ノックして声をかけたが返事がない。

    いつもならすぐに「はーい」と返ってくるのに、
    何度かノックみても返事がない。

    仕方がないのでドアを開けることにする。

    「ライトの消し忘れないよう。げっ!」

    部屋のホワイトボードの前で、
    アブラヤが頭から血を流し倒れていた。

    何かで殴られたようで意識がない。

    「内部の犯行かっ?!」

    タナカは人生初の救急電話をかけることになった。

    こんな大雪の中、
    救急車がすぐ来てくれるのかわからないが。

    ー3ー

    「うーん、『ケモエナロ』かな〜?
    これホントにダイイングメッセージなんかな〜」

    渡された写真を見ながら、
    県警の一室でイトウ警部がうなっている。

    聞かれたワタナベ警部補は、
    躊躇いながら答える。

    「いや、被害者のアブラヤはまだ昏睡状態なので、
    スリーピングメッセージといいますか…」

    「そっちじゃない!
    意味不明過ぎて何のメッセージも伝わってこないの!」

    突き返した写真には、
    何か書かれたホワイトボードが写っている。

    「私の目にも『ケモエナロ』と書かれているように見えます」

    「事件と無関係で、単に研究に必要な情報を書いたのが残っていただけとか?」

    「それだったらもっと目立つところに堂々と書きません?

    現場見てきましたが、
    犯人にバレないように後ろ手で書いたとしたら、ちょうどいい感じの位置にありました」

    「犯人が捜査撹乱のために書いたのかもしれん」

    「マーカーからはアブラヤの指紋しか検出されませんでした」

    昨夜、大学の自室でアブラヤ助教授が何者かに頭を殴打され、
    現在意識不明の重体である。

    部屋に飾ってあった記念盾がなくなっているとの証言があり、
    これが凶器のようである。

    「部屋で口論になって手近にあった記念盾でつい殴ってしまった感じだな。

    計画的犯行だとしたら確実に死ぬまで殴打するだろうし。
    うっかり死なせてしまったと思って、ダイイングメッセージにも気づかずに焦って逃げたんだろう。

    で、指紋の残っている記念盾は一緒に持ち去った」

    「18時頃までオフィスアワーで学生が何人か訪れて、
    ホワイトボードは一面字で埋まっていたそうです。

    その後19時頃まで被害者は大学前の食堂で夕食をとっていたのを、
    店主と他の常連客が確認しています。

    22時30分にタナカという警備員が被害者の部屋のドアを開けた時には、
    被害者は倒れていて、ホワイトボードにこのスリーピングメッセージだけが書かれていたそうです」

    ワタナベ警部補が続ける。

    「昨日は大雪警報が出ていたので学生も教官もほとんど大学に残っておらず、
    カードリーダーによる入退室記録によると、
    この3時間余りの間に犯行の可能性のあった者はババ ケンタロウ、バンドウ  ケイスケ、チバ ケイトの3人。

    いずれも理工学部の3年生の男子学生で、
    学生部屋で一緒に勉強していたらしいです。

    でも常に一緒にいたわけではなくて、
    休憩やトイレや電話等で席を外している時間帯もあって、
    全員アリバイが不完全な状況です」

    「もし結託していたらアリバイにならないな。

    でも共犯の可能性は低そうだ。
    突発的な事件だとしたら現場にいたら殴ろうとするのを止めるだろうし。

    それに複数人に気づかれないようにダイイングメッセージを書くのも無理だろ」

    「あと、第一発見者である警備員のタナカも犯行可能ではありますが」

    「それだったら、確実に死なせてから第一発見者のふりをするだろうな。

    被害者の意識が戻ったらバレるからな。

    死亡していない状態で通報するメリットがわからん。

    やはり、ダイイングメッセージの意味を考える方が
    犯人に近づける気がする。

    ところで被害者のアブラヤは何の研究をしているの?」

    「天文学です。
    特に、ビッグバンコスモロジーについて研究しているそうです」

    「コッペパンこっそり掃除?」

    「Big Bang Cosmology です!
    英語です!
    絶対わざと間違えましたよね!」

    「略して BBC か。
    そういえば、犯行可能者の頭文字も BBC だな。
    BBC 殺人事件といったところか」

    ※本作は前後編です。後半は次の記事に続きます。

    ※この物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません

     
     
    まったりとした日常を切り取った短編小説を書いています。 大きな事件は起きませんが、 読み終わったあとに少し余韻が残る話を目指しています。 1〜2週間に一度、土日の夜に更新しています。

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