
#読む数学の世界|第13話 『どうしても数えられない、が見つかる朝』(カントールの無限〈二〉 数えきれない無限)
数式が苦手でも楽しめる物語。もしこの定理が世界からなくなったら、明日の朝はどう変わるだろう——そんな問いから始めます。学校で習ったむずかしい計算や証明は抜きに、その凄さと美しさだけをお伝えします。数式に振り回されず、数学をこわがらずに。1回4〜5分の読みものです。
無限の山、その七合目。前回わたしたちは、無限の部屋も、半分しかない偶数も、密集した分数も、「対にする」というたった一つの道具で、ぜんぶ「数えられる」と知った。だとしたら——この世に、数えきれないものなど、あるのだろうか。今回、その道具が、はじめて通じない相手に、出会います。
どんなものでも、数えられる?
無限に部屋のあるホテルがある。部屋は、どこまでも続いていて、けっして尽きることがない。——そのホテルをもってしても、泊めることのできない客が、今夜、やってくる。無限の部屋で足りない、とは、どういうことか。今日は、その話をする。
まず、前回の終わりを、思い出そう。あのとき、わたしたちは、こんな気分になっていた。
無限とは、たしかに果てしない。けれど、どんなに多くても、密集していても、けっきょくは知恵をしぼって一列に並べたら、一つ、二つ、三つ、と番号を振っていける。数えられないものなんて、ないのではないか。無限は、やっぱり、ぜんぶ同じ一種類なのではないか。
——その確信こそが、裏切られている。この朝を書き換えるのに、必要なのは、たった一つの考え方だけだった。
名前だけの、無限のお客
ふたたび、あの無限ホテルに戻ろう。今夜も、ホテルは満室だ。
そこへ、風変わりなバスが、一台やってくる。乗っているのは、無限の乗客。ただし、今回の客の名前は、少し変わっている。一人ひとりの名前が、「0. 」のあとに数字をどこまでも並べた、無限に長い小数になっているのだ。たとえば、ある客の名前は「0.3141592……」と果てしなく続く。別の客は「0.7000000……」。小数点以下が、どこまでも続く数。その並びが一つでも違えば、別の客だ。じつはこれは、0から1までのあいだにある、あらゆる数——数直線のその区間に、びっしり詰まった点——を、一人ひとりの客にみたてたものにほかならない。こういう客が、バスにぎっしり乗っている。
「この全員に、部屋を用意してほしい」。支配人は、腕まくりをする。前回、無限の客も、無限のバスの客も、みごとにさばいてみせた、あの支配人だ。今回も、いつものように、客に番号を振って、部屋に割り当てていけばいい。一番目の客は一号室、二番目の客は二号室……。そう思って、支配人は、名簿を作りはじめた。

名簿にない、お客
ところが、ここで、とんでもないことが起きる。
支配人が、どんなに丁寧に名簿を作っても——つまり、客に一番、二番、三番、と番号を振って、ずらりと並べても——その名簿に、絶対に載っていない客を、かんたんに作り出せてしまうのだ。こうする。
実際に、やってみせよう。たとえば、名簿が、こんなふうに並んでいたとする。
一番目の客 0.314123…(いちばん上の桁が 3)
二番目の客 0.700001…(上から二桁目が 0)
三番目の客 0.125872…(上から三桁目が 5)
四番目の客 0.991014…(上から四桁目が 0)
….
そして、新しい客の名前(数字)を作っていく。
ルールは、たった一つ。「名簿の客と、かぶらないように、ずらす」だけだ。
まず、一番目の客の、いちばん上の桁(3)を見て、それとは違う数字(たとえば、1を足して4)を選ぶ。これを新しい客の一桁目にする。
次に、二番目の客の、上から二つ目の桁(0)を見て、違う数字(1)を選び、これを新しい客の二桁目にする。
同様に、三番目の客の、上から三つ目の桁(5)を変えて(6)、三桁目に。四番目の客の、四つ目の桁(0)を変えて(1)、四桁目に。
五番目以降も同様に——もしも9のときは0にする。名簿を、対角線に沿って、ななめに下りていきながら、出会う数字を、一つずつ、ずらしていくのだ。すると、たとえば「0.4161…」という、 どの客とも異なる新しい客が生まれる。

新しい数字(客)ができる(対角線論法、という)
こうしてできた、新しい名前の客。この客は、名簿のどこにいるだろう。一番目の客だろうか。いや、違う。小数第一位を、わざと変えてあるから、一番目の客とは、小数第一位で必ず食いちがう。二番目の客だろうか。それも違う。小数第二位が食いちがう。一〇〇番目の客とは、小数第一〇〇位が、必ず違う。
つまり、この新しい客は、名簿のどの客とも、少なくとも一桁、必ず違っている。だから、名簿のどこにも、載っていない。「全員を並べた」はずの名簿から、たった一人、まんまと、こぼれ落ちてしまうのだ。名簿を作ったそばから、その名簿にいない客を、突きつけられる。支配人の顔から、余裕が消える。
何度やっても、こぼれ落ちる
支配人は、あわてる。「では、その客も名簿の最後に加えよう」。そうして、新しい名簿を作り直す。だが——無駄だ。作り直したその名簿に対して、まったく同じ手を使えば、また、そこに載っていない客が、するりと作り出せる。その客を加えれば、また別の客がこぼれる。何度、何度、名簿を作り直しても、そのたびに、名簿の外へすり抜ける客が現れる。追いかけても、追いかけても、けっして、全員を捕まえきれない。この客たちは、どんな名簿にも、収まりきらないのだ。
これは、前回までとは、決定的に違う。無限の部屋も、偶数も、分数も、うまく並べれば、必ず全員に番号が回ってきた。取りこぼしは、なかった。ところが、この0と1の間の客たちは、どう並べても、どんなに工夫しても、必ず新しい客が取りこぼされる。自然数と、一対一に、対にしきれない。たった0から1の間のわずかな隙間にさえ、数えきれない無限が潜んでいる
羊飼いのやり方を、もう一度思い出そう。ぴったり対にできれば、同じ大きさだった。だが、この客たちは、自然数と、どうしても対にできない。番号を、いくら振っても、振っても、必ず番号のつかない客が、あふれ出てくる。
考えてみれば、自然数も、無限にある。1、2、3、4、5、…と、番号は、いくらでも、いくらでも、続いていく。その、尽きることのない無限の番号を——すべて、使いきってもなお、この新しい客たちには、足りなかった。番号のほうが、先に、なくなった。
無限が、無限に、負けたのだ。
ということは。この客たちの無限は、自然数の無限より、大きい。つまり、無限にも大小がある。数えられる無限の、はるか上に、それとは比べものにならない、数えきれない無限が、そびえていたのだ。
この客たちは、はじめに見たとおり、0から1までのすべての数——数直線にびっしり詰まった点——のことだった。つまり、その無数の点——整数も、分数も、そして 3.14159… のように延々と続く数まで、数直線をびっしり埋めつくす、あらゆる数。これを数学では「実数」と呼ぶ——その実数は、自然数では、どうやっても数えつくせない。
カントールは、この、たった一つの「数字をずらす」やり方で、それを証明してみせた。名簿の対角線をたどって、そこにないものを作り出す。この論法は、のちのちまで、数学のあちこちで使われる、名高い切り札になる。
数えきれない、が引く境界線
さて、この「数えきれない無限」は、遠い数学の話に聞こえるかもしれない。ところが、これが、あなたの手のなかの機械の、できることの限界を、静かに決めている。
コンピュータのプログラムを思い浮かべてほしい。どんなプログラムも、つきつめれば、文字を有限個ならべた、一つの文章にすぎない。ということは、プログラムは、前回の分数と同じ仲間だ。長いものも短いものも、ぜんぶ順番に番号を振って、数え上げられる。プログラムは、可算——数えられる無限なのだ。
ところが、「コンピュータにやらせたい仕事」のほうは、けた違いに多い。どんな入力に、どんな答えを返すか。その組み合わせは、ちょうどさっきの無限の小数のように、数えきれない。仕事は、非可算——数えきれない無限だ。
ここで、二つの無限の大小が、効いてくる。数えられるプログラムで、数えきれない仕事を、すべてまかなうことは、できない。相手のほうが、大きすぎるのだ。どうしても、こぼれ落ちる仕事が出てくる。
これは、こういうことだ。この世には、どんなプログラムをもってしても、けっして解けない問題が、確かに存在する。難しくて解けないのではない。どんなに速い計算機を、どれだけ長く動かしても、原理的に、答えにたどりつけない。あなたのパソコンやスマホの「できること」と「できないこと」——その境界線を引いているのは、じつは、カントールが見つけた、この「無限の数え方」なのだ。数えきれない無限は、こんなにも身近なところで、世界の輪郭を、静かに定めている。

その先に、待っている問い
こうして、わたしたちの手には、二つの無限がある。数えられる、小さい無限。そして、どんな名簿にも収まらない、大きい無限。無限は、ひとつではなかった。
だが、ここまで来ると、もう一つ、問わずにいられないことがある。この、小さい無限と、大きい無限。その二つの、ちょうど中間の大きさの無限は——あるのだろうか。二つはすぐ隣り合っているのか、それとも、あいだに、まだ見ぬ無限が、そっと挟まっているのか。
一見すると、素朴な問いだ。けれど、この問いこそが、底なしに深かった。じつは、これらの無限をたった一人で切り開いた男がいた。そして彼は、この「中間の無限」の問いに、生涯を賭け——ついに、答えを出せなかった。なぜ、あれほどの天才が、こんな問いに敗れたのか。その謎の先で、わたしたちは、数学のいちばん深い場所に、触れることになる。
次回、〈三〉「解けない問い」。その男の生涯とともに、無限の山の頂上で、この旅を静かに閉じましょう。答えの出ない問いに、答えが出る朝の話です。
次回⑭ カントールの無限〈三〉 解けない問い
――答えの出ない問いに、答えが出る朝