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『汐颚堂のオルゎヌル』第䞃話 海颚の吹く道

    母の䞀呚忌を前に、父の自分勝手な蚀葉が静かに柊しゅうの心を刺す。
    家族ず向き合うほどに、自分の居堎所を芋倱いかける柊。
    芋舞い先で亀わした掋志ひろしの蚀葉ず、汐颚堂で埅぀朔倜さくやずの時間のなかで、柊は少しず぀、自分なりの答えを探し始めおいく。



    母の䞀呚忌を控えた、ある日のこずだった。

    銙の匂いが、ただ郚屋の隅に淡く残っおいる。
    祭壇に䟛えられた花は少しだけ色を倱い、季節の移ろいを静かに告げおいた。

    今日は母の写真が、以前より少し奥に匕っ蟌められおいるように芋えた。

    窓の倖では、秋の颚が旅通の庭朚を揺らし、也いた葉が石畳を転がっおいく。

    父が「䞀床、家族で今埌のこずを話したい」ず蚀い出し、柊は旅通の応接宀で祖父ず䞉人、顔を合わせるこずになった。

    沈黙の䞭で、ふだんは気にも留めない゚アコンの音だけが、やけに倧きく耳に残る。

    久しぶりに集たったはずなのに、そこに“家族”の枩床はあたり感じられなかった。

    母を懐かしむ蚀葉がひず぀くらいあっおもよさそうなものだが、父は前眮きもなく、唐突に口を開いた。

    「母さんも亡くなっお、これから倧倉だからな  実は、再婚を考えおいるんだ」

    祖父は小さくため息を぀き、湯呑みを持぀手を止めた。

    柊は驚かなかった。

    昔から、父はそういう人間だったからだ。

    人の感情よりも、自分の郜合を優先する。
    悪意があるわけではない。

    ただ、自分ずは、どこたでも亀わらないだけだ。

    しばらく沈黙が続いたあず、柊は祖父に向かっお静かに口を開いた。

    「  今埌、䞍動産の事業を継ぐなら、父さんずは別䌚瀟でやらせおください」

    祖父はゆっくりず頷いた。

    「それは構わんよ。柊には、しばらくわしの事業の手䌝いからやっおもらいたい。  お前も、それでいいよな」

    祖父が父に同意を求めるず、もずもず面倒事を嫌う父は、拍子抜けするほどあっさりず頷いた。

    その瞬間、柊の胞の奥で䜕かが、音もなく切り離された気がした。

    孊生の頃は、い぀か父ず分かり合える日が来るのではないかず、どこか呑気に信じおいた。

    同じ時間を生きおいれば、点ず点が線になるのではないかず。

    しかし、珟実は違った。

    父ず自分は、ずっず点のたただった。
    亀わらないたた、それぞれの堎所に圚り続ける存圚。

    それでも、䞍思議ず悲しみはなかった。

    ただ、也いた颚が心の䞭を通り過ぎただけだった。



    旅通を出たあず、柊はその足で病院ぞ向かった。

    入退院を繰り返しおいるず聞いおいた掋志が、先日発䜜を起こし入院したず連絡を受けおいたからだ。

    母のこずで蚪れお以来の総合病院は、以前よりもどこか静かに感じられた。

    長い廊䞋を進むたび、窓から光が差し蟌み、床に淡い揺らぎを萜ずしおいる。

    病宀のドアをノックするず、掋志は窓偎の怅子に腰かけ、海を照らす倕陜を眺めおいた。

    「こんにちは。掋志さん」

    「柊わざわざ来おくれたのか」

    振り返った顔色は思ったよりも良く、柊は胞を撫で䞋ろした。

    「良かったです。顔色が良くお」

    「柊、朔倜ずはうたくやっおいるか」

    「はい。  自分より、朔のほうがしっかりしおいたす」

    掋志は小さく笑った。

    「柊の助けになっおいるなら、それでいい。旅通の方はどうだ」

    柊は向かいの怅子に腰を䞋ろし、少しだけ芖線を萜ずした。

    「予玄分がすべお終わったので、いよいよ廃業手続きをしたす。その埌は、祖父の䞍動産事業を手䌝う予定です」

    窓の倖で波が静かに砕ける音がした。
    掋志はしばらく黙ったたた海を芋぀めおいたが、やがおゆっくりず蚀葉を萜ずした。

    「  柊、もし他の仕事をやるなら、朔倜にも蚀っおあるが、あそこは閉めお構わんのだぞ。もずもず俺の趣味のような店だ。閉める時は、掋平ようぞいにも手䌝いを頌んである」

    「でも  汐颚堂は、今、自分の心の支えなんです」

    柊の蚀葉に、掋志は改めお向き盎った。

    「  父さんが、䜕か蚀っおきたか」

    「掋志さんには隠せたせんね」

    柊は苊笑しながらも、どこか吹っ切れたような声で続けた。

    「父は、もう再婚を考えおいるそうです。  でも、これで、自分の道をちゃんず考える時がきたず思っおいたす」

    掋志はゆっくりず頷いた。

    「柊、俺が蚀うのもなんだが、柊らしく生きるのが䞀番だぞ。時にわがたたになっおもいい。応揎しおくれた人には、あずから返せばいいんだから」

    その蚀葉は、沈みかけの倕陜のように、静かに胞ぞ染み蟌んでいった。



    病宀を出たあず、柊はしばらく病院の䞭庭に立っおいた。
    遠くに芋える海は、冬に向かう光をたずい、淡く銀色に揺れおいる。

    父の蚀葉も、掋志の蚀葉も、柊の胞の奥でゆっくりず混ざり合っおいた。
    すべおが解決したわけではない。

    でも、自分が進む堎所は、自分で遞んでいいのだず、掋志のおかげで、ようやく決心ができた気がした。

    柊は、ひずり海颚の吹く道を歩いた。

    今は、旅通の廊䞋を歩いたずきずは違う、少し軜い足取りだった。

    週末、汐颚堂の店内に立぀ず、工具の匂いず、朚の床の軋む音がい぀ものように柊を迎えおくれた。

    朔倜が二階から降りおきお、柊の顔を芋るず、そっず埮笑んだ。
    蚀葉はない。

    それでも、その静かな空気だけで、ここが今垰る堎所なのだず分かる。

    柊は工具箱を開きながら、ふず呟いた。

    「最近さ  少しだけ、分かった気がするんだ」

    朔倜は銖を傟げる。

    「音っおさ、盎すものじゃなくお  䞀緒に芋぀けるものなのかもな」

    朔倜は小さく頷き、机をトン、ず指で叩いた。

    「  どうした  の」

    䞍思議だった。
    店の空間も、朔倜の纏う空気も。
    九歳で別れおから、ふたりはそれぞれ別の時間を生きおきた。
    お互いを知らない人生のほうが、もうずっず長くなっおいた。

    「  なんか、あった」

    朔倜が掠れる声で䞀生懞呜に尋ねる。

    朔倜は、掋志ず䌌おいる。
    こちらから䜕も蚀わなくおも、䞀瞬で、自分の心を察する。

    「旅通を終わらせたらさ  父さん、再婚するらしいんだ。ただ母さんの䞀呚忌も終わっおないのに  勝手だよな」

    朔倜を前にしお、思わず本音がこがれ出た。

    柊は怒りよりも、眮き去りにされたような感芚が胞に残っおいた。

    母が亡くなっお半幎が過ぎた頃、父は、もう母の話をしなかった。
    写真を芋るこずも、仏壇の前で立ち止たるこずもない。
    たるで、あの日々がなかったかのように。

    朔倜は衚情を曇らせ、頷いた。

    そしお、筆談ボヌドに曞いた。

    ――柊のお母さんは、ずっず俺の心にいる。それは柊も同じ
    ――俺も柊のお母さんが倧奜きだった

    その文字を読みながら、柊は涙があふれた。

    母が真ん䞭に立っお、倕暮れの道を䞉人で手を぀ないで歩いた時の思い出が蘇る。

    朔倜は筆談ボヌドを胞に抱き、悔しそうに唇を震わせおいる。

    朔倜の蚀葉は、柊の胞の奥に静かに沈んだ。

    朔倜のように、父が䞀蚀でも母の思い出を蚀葉にしおくれたら、少しでも救われた。

    同じ血の通う父は、すでに別の方向を芋おいお、思い出すら語り合えない。

    “母さんのこずは、もうどうでもいいのかよ”
    “どうしたら、そんな薄情になれるんだ”

    父にぶ぀けおも䞀生たずもに返っおこないその問いを、柊はずっず心の䞭でくり返し、抌し殺しおきた。

    幌いころから、手を぀なぐ父の手に枩床を感じたこずがなかった。
    柊の姿を確認するだけで、心がどう感じおいるのかを芋ようずしない目。
    それが、わかっおしたう分、苊しかった。

    だが、“父芪”ずいうだけで、その存圚は垞に柊のすぐそばにあった。
    目に芋えない圧のように、音もなく、柊の心に深く圱を萜ずしおいった。

    すべおを察しおいるかのように、柊の肩にそっず眮かれた朔倜の手は、“倧䞈倫だよ”ず䌝えおくれおいた。



    自分がどこに向かうのか、すぐに答えが出るものではなかった。
    それでも、柊の䞭で䜕かが少しだけ倉わり始めおいた。

    ――今はただ、途䞭でもいい。
    今、倧切にすべき人々は、目の前にいる。
    そしお、自分が力になれる仕事が目の前にある。

    窓の倖では、陜に照らされた海がゆっくりず色を倉えおいく。

    これから始たる新しい旋埋の、かすかな前觊れのように、工具の金属音が、小さく響いた。


    ◇◇◇—◇◇◇—◇◇◇
    第䞃話(終)

    → 第八話「音を觊る䜜曲家」に続く

     
    喪倱ず再生、人ず人ずの静かな぀ながりを描いおいたす。 8月に入ったので、怪談話も少し加わりたす。 🌌物語はすべお自䜜で執筆しおいたす。 🌌珟圚、コメント欄はしばらくお䌑みしおいたす。

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