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『汐颚堂のオルゎヌル』第六話 新しい汐颚堂

    再䌚した幌銎染は、蚀葉を倱い、静かな音の䞖界に生きおいた。
    海沿いの叀い商店街、「汐颚堂」で再び重なる時間。
    亀わされない蚀葉の代わりに、オルゎヌルの旋埋が、二人のあいだに静かな橋を架けおいく。



    汐颚駅から、柊しゅうは朔倜さくやず䞊んで歩いた。

    ――最埌に朔ずこの商店街を歩いたのは、い぀だっただろう。

    ただ掋志の店もなく、朔倜の母に倏祭りぞ連れおきおもらったのが最埌の蚘憶だった。
    柊ががんやり考えながら歩いおいるず、朔倜は、最近できた店を物珍しそうに眺める。

    ――あの店は䜕

    ず蚀うように指を差すので、柊は説明しながら商店街を歩いた。

    汐颚堂の扉を抌すず、小さな鈎が鳎った。
    その金属音が、珟実ぞ匕き戻す合図のように、柊の耳に残る。

    朔倜は、䞀歩遅れお店に入った。
    店内には、棚いっぱいの叀い玩具、色あせた朚箱、ガラスケヌスに収められたオルゎヌルが䞊んでいる。

    久しぶりに蚪れた祖父の店は、芋慣れないものばかりのはずだ。
    朔倜は、ふっず錻を鳎らした。

    空気に混じる油ず金属の匂いだけは、どこか懐かしいのかもしれない。

    朔倜が店内を芋回した、そのずきだった。

    足元のわずかな段差に、朔倜の足が匕っかかる。

    「――っ」

    ずっさに、柊が腕を䌞ばした。
    倒れかけた朔倜の䜓を支えようず、反射的に右腕を掎む。

    枩かい。

    しっかりずした、生きた人の䜓枩だった。

    その感觊に、柊は胞の奥で安堵する。

    「  倧䞈倫」

    問いかけに、朔倜は頷き、指先で柊の手の甲をトン、ず叩いた。

    ――ありがずう。

    そう蚀われおいる気がした。

    「朔、座ろう。ここ、少し段差があるから」

    䜜業台のそばに眮かれた䞞怅子を、朔倜のそばぞ匕き寄せる。
    朔倜が腰を䞋ろすず、柊は少し距離をあけお向かいに座った。

    店内には、石油ストヌブの䞊でやかんが小さく鳎る音ず、遠くの海鳎りだけがあった。

    そのずき、奥の戞が静かに開いた。

    「おお、朔倜。来ずったのか」

    掋志ひろしが顔を芗かせた。

    二人のあいだの空気を察したのだろう。
    掋志は䜕も蚀わず、䜜業台ぞ向かう。

    オルゎヌルのれンマむを巻きながら、静かに口を開いた。

    「柊が店を手䌝っおくれお、本圓にありがたいんだがな。少し入院した埌、療逊もせねばならなくなっおな」

    掋志は、ぜんぜんず巊胞に手を圓おお芋せた。



    「それで、柊のこずを週末手䌝っおもらおうず思っお、朔倜を呌んだんだよ。朔倜は今、音楜療法士の仕事をしおいるんだ」

    朔倜が、少し照れくさそうに頷く。

    「次男のオルゎヌル工房で、曲の起こし方も習ったこずがある。きっず、柊のいい助手になるぞ。なぁ、朔倜」

    朔倜は、柊に笑顔を向けた。

    「えっ、そうなの」

    「この前もな、朔倜の起こした音を蟿っお、このオルゎヌルの旋埋ができたんだ」

    掋志が小型の録音機から、朔倜の匟いた電子ピアノの旋埋を再生する。

    柔らかな音だった。

    小さい頃、サッカヌボヌルばかり远いかけおいた朔倜を知っおいる柊は、正盎驚いた。

    あの少幎が、ピアノの前で、こんな柔らかな音を玡ぐ人になるずは、誰が想像しただろう。

    先ほど汐颚駅で再䌚した朔倜は、

    ――十数幎経぀ず、こうなるのか。

    そう感心するほど、儚げで矎しい青幎に成長しおいた。

    こんな優しい音の䞖界に身を眮いおいたら、人は自然ず、こうなれるのかもしれないず柊は玍埗せざるを埗なかった。

    「でも、朔は  せっかくの䌑みに、店を手䌝うの、倧倉じゃないの」

    朔倜は、ゆっくり埮笑んで銖を振り、手の甲をトン、ず䞀぀叩いた。

    その堎には、蚀葉よりも確かなものが、静かに残っおいた。

    ――ずりあえず、朔が手䌝っおくれるなら、このたた汐颚堂を続けおみよう。

    そう思えた。

    朔倜ず再䌚しおから十日あたりで、掋志は入院し、退院埌は療逊生掻に入った。

    なんだかんだず、座りっぱなしで现かい䜜業をするこずは、いくら掋志が玠晎らしい職人であっおも、無理が倚かったはずだ。

    朔倜は、祖父に蚀われた通り、土日のどちらかには必ず顔を出しおくれた。

    いくら子どものころに仲が良かったずしおも、柊は最初、朔倜ずうたくやっおいけるかが心配だった。

    だが、いざ向き合っおみるず、ピアノが匟けるずいうこずだけが、柊の知らない朔倜だった。

    倧人になった朔倜は、蚀葉こそ少ないものの、柊の九歳たでの蚘憶から、あたりアップデヌトしなくお枈む存圚だった。

    柊の埌ろの䞀点を芋぀めおいるかず思えば、急に虫ず栌闘し始めたり、现い指で重い機材をひょいず持ち䞊げたりする。
    柊が思っおいたより、ずっず逞しく成長しおいた。

    芳察力も鋭く、柊が探しおいるものを芋぀けお手枡しおくれたり、先回りが埗意だった。

    そしお、すぐに蚀葉にならないこずは、埌から朔倜なりに考えお、そっず筆談ボヌドに曞き残しおくれたりもした。



    掋志が療逊に入っおからも、䞉ヶ月は順調だった。

    柊は機械の扱いには自信があったし、掋志に叩き蟌たれたおかげで、ネゞの癖も歯車の摩耗も、指先で觊れればすぐに分かる。

    けれど、東京で身に぀けた知識は、ここではそのたた答えにならなかった。

    数倀で枬れるズレず、音ずしお残る違和感は、䌌おいるようでたるで違う。

    完党に音を倱ったオルゎヌルだけは、どう向き合えばいいのか、分からなくなるこずがあった。

    音の「正しい圢」が思い浮かばないずきがある。
    自分が、どこたで手を出しおいいのか分からなくなるからだ。

    壊れおいるのは、オルゎヌルなのか。
    それずも、自分のほうなのか。

    ――疲れた。

    柊がスランプ気味に机に頭を打ち付けた、そのずきだった。

    研修から戻っおきた朔倜が、扉を開けた。

    壊れたオルゎヌルの音に耳を傟けながら、朔倜は、そっず柊の隣に腰を䞋ろす。

    電子ピアノの電源が入り、カチ、ず小さな起動音が鳎った。

    鍵盀に萜ちた指から、壊れたオルゎヌルがか぀お奏でおいたであろう旋埋が淡く流れ出す。

    「  ぞぇ。いい曲だな」

    朔倜は譜面台をトン、ず指で叩き、銖を傟げる。

    ――奜きず蚊かれおいる気がした。

    「ああ。奜きだよ。いい曲だね」

    柊も同じように、トン、ず机を叩いた。

    淡い音は、壊れた金属の隙間を埋めるように、ゆっくりず広がっおいく。
    その音は優しく――海の底に沈んだ声の、かすかな残響のようだった。

    ある倜、柊は遠方から持ち蟌たれた壊れたオルゎヌルず向き合っおいた。

    掋志は療逊䞭で、平日は朔倜も䞍圚。
    店には、柊ひずりしかいない。

    行き詰たり、柊は思わず朔倜にLINEを送った。

    朔倜は声が出なくおも、筆談ボヌド同様に、LINEやメヌルで文字のやり取りはできた。

    ――今、音の正解がわからなくなっおる

    ――じゃ、わからないたたにしおおいお。週末、䞀緒にやっおみよう

    ――でも、できるずころたでやっおみる

    ――柊は、䜕でもできるから、党郚自分でやろうずする

    柊は、「そうかな」ずいうスタンプを返した。

    ――俺は、なにもできないから、呚りに助けおもらいながら生きおきた

    ――だから、柊も䞀人でがんばろうずしなくおいいよ

    ――完成しおなくお、いいんだよ

    朔倜のその蚀葉は、優しい䜙韻を胞に残した。



    朔倜ずの二人䞉脚のおかげで、掋志の次男――掋平ようぞいのオルゎヌル工房ずのやり取りも倚くなっおいった。

    新しい曲を入れるずきは、掋平の工房に出し、叀い品の修理は汐颚堂に蚗されるこずもあった。

    少しず぀、新しい汐颚堂のかたちが芋え始めおいた。

    季節は倏に向かっおいた。

    週末、朔倜がやっおきお、二階で電子ピアノに向かい、音を拟っおいた。
    柊も自分の修理䜜業を進めおいた。

    そのずき――突然、商店街の向こうから子どもたちの笑い声が聞こえた。

    その音がこの店の静けさずひどく噛み合わず、柊の集䞭力が途切れた。

    ふず、なぜか昔のこずが頭をよぎる。

    うたくいかなかった恋愛。
    去っおいく圌女の埌ろ姿。
    母が亡くなったあずの、枩床のない家族の䌚話。

    普段なら思い出しもしないこずが、なぜか柊の胞の奥をざわ぀かせた。

    い぀もの朔倜の「終わった」ずいう合図――壁を叩く「コン」が、今日はない。

    ――今日はなかなか呌ばない。

    その合図があるたで、柊は片付けをしながら埅぀こずにした。

    ――このずころ、うたくいかないこずが倚いな。

    小さなため息を぀いた、その瞬間だった。

    「  シュり」

    十数幎ぶりに、名を呌ばれた。

    声ずは呌べない、小さな砎片。
    それでも、確かに朔倜の内偎から倖ぞ出た音だった。

    「朔  今  」

    柊は、思わず目を芋開いた。

    「  シュり」

    朔倜は、もう䞀床口の圢をはっきりず䜜り、声を抌し出した。

    ゆっくりず、柊の名を。

    ――柊。

    名を呌ばれたあず、すぐに蚀葉は続かなかった。
    柊も、どう反応しおいいのか分からないたた、時間だけが静かに流れおいく。

    朔倜は䜕かを曞こうずもしなかった。
    筆談ボヌドも、近くに眮かれたたただ。

    柊も、それ以䞊、䜕も蚀わなかった。

    聞き返すこずもしない。
    確かめるこずもしない。

    確かに聎こえたのは、自分の名だった。

    それで、十分だった。

    朔倜がふいに埮笑み、“トン”ず指で机を叩いた。

    柊も埮笑み、頷く。

    名を呌ばれたあずも、䞖界は䜕も倉わらない。
    オルゎヌルはただ壊れたたただ。
    朔倜の声も、戻ったわけではない。

    それでも――

    盎らないものがあっおもいい。
    蚀葉にならない時間があっおもいい。

    今は、音ず蚀葉のあいだで、ただ同じ堎所に座っおいる。

    䜕もかも盎さなければず握りしめおいた力を、柊はやっず緩めるこずができた。


    ◇◇◇—◇◇◇—◇◇◇
     第六話(終)

    → 第䞃話「海颚の吹く道」に続く

     
     
    喪倱ず再生、人ず人ずの静かな぀ながりを描いおいたす。 8月に入ったので、怪談話も少し加わりたす。 🌌物語はすべお自䜜で執筆しおいたす。 🌌珟圚、コメント欄はしばらくお䌑みしおいたす。

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