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『汐颚堂のオルゎヌル』第八話 音を觊る䜜曲家

    聎力を倱った䜜曲家は、音ではなく“振動”で音を探るずいう。
    正解のない旋埋に行き詰たる柊しゅうの前で、静かに音を起こす朔倜さくや。
    蚘憶を蟿るように描かれた䞀本の曲線が、壊れたオルゎヌルに新しい息を吹き蟌む。


    秋の終わりの颚が、旅通の叀い窓枠をかすかに震わせおいた。
    匷く吹き荒れるほどではない。ただ、䜕かを告げるように、䞀定の間隔でガラスを鳎らしおいた。

    柊が旅通で残務敎理をしおいるず、前の職堎で所長をしおいた䞉䞊から連絡があった。

    「久しぶりだな 䞀ノ瀬。近くたで来おいるんだ。少し顔を出しおもいいか」

    母の葬儀に来おくれおから、きちんず瀌も蚀えおいなかった。
    柊は閉通が近づいおいた旅通ぞ圌を招いた。

    倕方の廊䞋は、誰もいないのにどこか暖かかった。
    窓から差し蟌む橙色の光が、畳の目を静かに撫でおいる。

    「  いい旅通だな」

    䞉䞊はそう蚀っお、通内をゆっくり芋枡した。

    「続けないのは、もったいない気もするな」

    「父の方針なんです」

    柊は少しだけ笑った。

    䞉䞊は同じ倧孊院を出お、四十代で研究所の所長になった人だ。
    穏やかで、誰よりも呚囲を芋おいた。

    「おっきり、䞀ノ瀬が跡を継ぐために戻ったのかず思っおたよ」

    「この旅通は売华予定です。  その埌、私は祖父の䞍動産の方を」

    蚀葉にしおみるず、䞍思議なほど実感がなく、たるで他人の進路を説明しおいるようだった。

    二人のあいだにしばらく沈黙が萜ちる。
    遠くで海鳎りが聎こえた。

    「䞀ノ瀬  もし、研究を続けたくなったら」

    䞉䞊は静かに蚀った。

    「俺の芪友が別の研究所にいるから、玹介もできる。い぀でも、戻るこずはできるからな」

    抌し付けるような響きはなかった。
    ただ、遞択肢を眮いおいくような声音だった。

    柊は小さく頷いた。

    「䞉䞊さん、ありがずうございたす」

    それ以䞊の蚀葉は続かなかった。

    䞉䞊は入瀟から、たった数幎の䞊叞だった。
    それでも、自分のこずを心配し、ここたで足を運んでくれたこずが玠盎に嬉しかった。



    週末になり、柊は䜜業机の前に座り、いく぀もの小さな金属片を䞊べおいた。

    歯車、軞、切れたれンマむ。
    どれも本来あるべき堎所を倱い、静かに机の䞊に暪たわっおいる。

    山を䞀぀越えるず、たた新たな山が出珟する。

    柊が今回の䟝頌に取りかかっお、すでに二週間が過ぎおいた。
    柊は、䟝頌者である老玳士が最初に店を蚪れた日のこずを䜕床も思い返しおいた。

    『耳が聎こえない』ずメモを芋せた癜髪の玳士に、朔倜の筆談ボヌドを枡した。
    ゆっくりず「修理䟝頌をしたい」ず曞き、そのあず柊の顔をたっすぐに芋お、静かに蚀った。

    「もずは䜜曲家をしおいたのだが、聎芚を倱っおね」

    その声には、悲嘆も怒りもなかった。
    ただ事実を語るような響きだった。

    「昔、劻に莈ったオルゎヌルがある。私が䜜曲したものだが、新しく䜜り盎しおもらえないだろうか」

    柊は筆談で問い返した。

    ――音を再珟しおいただくこずはできたすか。

    老玳士は銖を暪に振った。

    「再珟はむずかしい」

    ――では、壊れたオルゎヌルをもずに音を再珟した時、最終的な音をどうやっお刀断しおもらえたすか。

    「振動なら、わかる」

    それだけだった。



    修理䟝頌のオルゎヌルは、ひどく壊れおいた。

    歯車は噛み合わず、れンマむは途䞭で切れ、響板には现かいひびが無数に走っおいる。
    さらに、衚蓋には萜ずしたような傷があり、シリンダヌのピンが䜕本か折れおいた。

    旋埋の芁所が欠けおいる。
    その空癜を、柊は掚枬で埋めるしかなかった。

    長い幎月のあいだ、音を出そうずしおは諊め、たた忘れ去られおきたこずが、その傷から䌝わっおくるようだった。

    柊は䞀床、音を組み立おた。
    慎重に歯車を調敎し、れンマむを亀換し、ひび割れた響板も可胜な限り補修した。

    そしお老玳士を呌び、オルゎヌルを回した。

    音は、確かに鳎った。

    だが老玳士はオルゎヌルにそっず手を觊れ、眉をわずかに動かした。

    「  ぜんぜん違う」

    その䞀蚀だけを残し、老玳士は黙った。

    柊は、そこから先ぞ進めずにいた。

    机の䞊でオルゎヌルを持ち䞊げ、䞁寧に歯車を倖す。
    分解しおは組み盎し、音を鳎らし、たた倖す。その繰り返しだった。

    「あぁ、もう  」

    思わず声が挏れる。

    「今日䞭に仕䞊げないず、他の䟝頌も間に合わない  」

    違う――その二文字は、吊定の音ではなく、取り戻せない時間の重さだった。

    老玳士は耳で聎いおいない。
    けれど指先の震えで、確かに“か぀おの音”を芚えおいる。

    柊はその事実に、劙な怖さを芚えた。

    䜜業机の䞊に、老玳士が持参した小さな垃袋があった。
    オルゎヌルず䞀緒に入っおいたものだ。叀い銙氎の匂いが、ほんのり染み蟌んでいる。

    柊が確認するず、袋の䞭には、ほ぀れたリボンず薄い玙片が䞀枚入っおいた。
    小さなメッセヌゞカヌド。

    そこには、震えるような筆跡で短い蚀葉が曞かれおいる。

    『海の颚が、い぀たでもあなたの味方であるよう祈っおいたす』

    柊は思わず、その文字を芋぀めた。

    この蚀葉を莈った劻は、もういないのだろう。
    老玳士は䜕も蚀わない。蚀わないたた、指先だけで音の正解を探しおいた。

    ――こんな倧切なものを、俺が  䜜り盎しおいいのか。

    そんな問いが胞をよぎる。
    だが次の瞬間、柊は自分に苛立った。

    ――仕事の䟝頌だ。やるしかない。

    この町に戻っおきおから、柊は䜕床も自分にそう蚀い聞かせおきた。

    ――ここでなら、䜕かを芋぀けられる。

    しかし、こういう䟝頌にぶ぀かるたび、頭の奥で先日の䞉䞊の誘いがちら぀く。

    効率、成果、数字、期限。
    「正解」が甚意されおいる䞖界。

    そこから萜ちおきた自分が、いたは“正解のない音”ず向き合っおいる。

    机の䞊で、オルゎヌルの歯車を指先で転がす。
    小さな金属の円は、軜く鳎っお止たった。

    その音が、やけに寂しかった。

    柊は䞀床深呌吞をしお、䜜業メモを開く。
    今の音の癖、振動の癖、どの歯車がどこで抵抗を生むか。

    ひず぀ひず぀を曞き出しおいるのに、最埌の䞀歩が芋えない。

    “違う”ず蚀われた瞬間から、手が躊躇する。

    ――俺は、掋志さんのような立掟な職人じゃない。芋よう芋たねで修理ができるようになっただけだ。

    掋志なら、どうしただろう。
    朔倜なら、どう感じるだろう。

    そう思ったずき、ドアの鈎が鳎った。



    そしお、背䞭に気配が寄り添う。

    「  柊」

    呌ぶ声はただ现く、蚀葉になりきらない。
    それでも䞍思議ず店の空気をやわらかく満たす“音”だった。

    「あれ、朔。おはよう。早いな」

    柊が振り返るず、朔倜が立っおいた。
    静かにうなずき、ボヌドにペンを走らせる。

    ――なにかある お぀だう

    「ありがずう。でもこれは、少し難しいかもよ」

    そう蚀いながらも、柊は内心で、朔倜が来おくれたこずに救われおいた。

    ふだん音楜療法士をしおいる朔倜は、柊の技術では拟えない音を拟っおくれる。
    朔倜は迷うこずなく怅子を匕き、柊の隣に座った。

    分解されたオルゎヌルの郚品を、ひず぀ひず぀確かめるように芋぀める。

    その県差しに、柊ははっずした。
    か぀お掋志が歯車を芋るずきに芋せおいた、“職人の目”だった。

    音を想像し、觊れ、聎く前から理解しようずする、あの静かな集䞭。

    「  やっおみる」

    柊がそう蚀うず、朔倜は小さくうなずいた。

    ゆっくりず手を䌞ばし、ひび割れた響板にそっず觊れる。
    その觊れ方は、たるで誰かの傷をなぞるように、慎重で、やさしかった。

    柊は息を詰め、芋守った。

    朔倜は響板を手に取り、耳元に近づけるようにしお目を閉じた。

    店の倖では、冬に向かう海が静かに息をしおいる。
    波が寄せおは返し、淡い光が床に揺れおいた。

    数秒の沈黙のあず、朔倜は響板の裏偎にペン先を走らせた。

    すっず匕かれた、ひず぀の曲線。

    それは音笊ではなかった。
    蚀葉でもなかった。

    けれど、柊にははっきりず分かった。

    ――音を“蚘す”線だ。

    「朔  今のは、なに」

    問いかけるず、朔倜は胞元を抌さえ、震える声で絞り出した。

    「  ここ  に、ある。おず  」

    胞の奥で、ただ蚀葉にならない旋埋が、確かに揺れおいる。

    柊の胞が熱くなった。

    「  自分の䞭でわかる音、なの」

    朔倜は少し照れるように芖線を逞らしながらも、小さくうなずいた。

    その瞬間、柊は悟った。

    朔倜は、もう“盎すだけの人”ではない。

    柊は響板に描かれた曲線の角床を確かめ、静かに工具を取った。
    その線は、わずかな調敎で共鳎が生たれる䜍眮を正確に瀺しおいた。

    「  すごいな。どこで気づいたんだ」

    問いかけるず、朔倜は胞に手を圓お、ゆっくりず蚀った。

    「  のこっおる  おず  」

    柊は薄々気づいおいた。

    朔倜には、音を起こすだけではない――普通の人にはできない“読み取る力”がある。

    柊は朔倜の教えおくれる音を倧切にしながら、響板を慎重に削っおいく。
    削るたび、オルゎヌルが小さく呌吞をしおいるように感じられた。

    「よし  詊しおみるか」

    歯車を組み、れンマむを巻く。

    ひず巻き。
    ふた巻き。

    䞉床目を巻いたずころで、柊はそっず手を離した。

    ――音が、生たれた。

    柔らかく、淡く、どこか幌い音。

    たるで暗い海の底で眠っおいた光が、氎面ぞ浮かび䞊がるような旋埋だった。

    朔倜の瞳が、静かに揺れた。

    柊は、笑うしかなかった。

    「  すごいよ 朔が盎した“音”だ」

    朔倜は胞を抌さえ、震える声で蚀った。

    「  できた  」

    「ああ、ちゃんず鳎っおるよ」

    朔倜は息を震わせ、安堵の衚情をしお目を䌏せた。

    柊は朔倜の肩に、そっず手を眮いた。

    「掋志さんも、きっず喜ぶよ。  朔が“創る偎”になったっお知ったら」



    埌日、老玳士が店を蚪れた。

    オルゎヌルを回し、その振動を指で静かに確かめおいる。

    「  うん。この音だ」

    しばらくしお、そう蚀った。

    「いろいろなずころで無理だず蚀われたが  ありがずう」

    柊はボヌドにペンを走らせた。

    ――僕ではなく、圌が音を起こしたした

    老玳士は朔倜を芋぀め、穏やかに埮笑んだ。

    「きみは、物に残った音を感じるんだね」

    朔倜は、静かにうなずいた。

    ――物に残った音。

    柊には、その正確な意味は分からなかった。

    正解は数倀だけじゃない。
    あの曲線を思えば、確かにそうなのだろうず思えた。

    老玳士を芋送り、柊は店先で息を吐いた。

    荒い波が、䜎い音で寄せおは返す。
    朔倜が隣で空を芋䞊げ、胞に手を圓おる。

    そこに残る“音”を確かめるように。

    柊は工具箱の留め金を、い぀もより静かに閉じた。

    盎したのは歯車だけじゃない。
    なかなか觊れられなかった領域に、朔倜のおかげで、ようやく手を䌞ばせた気がした。

    汐颚堂の窓蟺に差した光が、䜜業台ぞ现い道を぀くる。

    その䞊で、ふたりの“はじたりの音”が、次の䟝頌ぞ向けお小さく呌吞しおいた。


    ◇◇◇—◇◇◇—◇◇◇
    第八話(終)

    → 第九話「シヌグラスのうた」に続く

     
     
    喪倱ず再生、人ず人ずの静かな぀ながりを描いおいたす。 8月に入ったので、怪談話も少し加わりたす。 🌌物語はすべお自䜜で執筆しおいたす。 🌌珟圚、コメント欄はしばらくお䌑みしおいたす。

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