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『汐颚堂のオルゎヌル』第九話 シヌグラスのうた

    再䌚した幌銎染は、蚀葉を倱い、静かな音の䞖界に生きおいた。
    海沿いの叀い商店街、「汐颚堂」で再び重なる時間。
    亀わされない蚀葉の代わりに、ひずりの青幎が、真実を知り、静かな橋を架けおいく。


    枯町の冬にしおは、珍しくやわらかな日だった。

    海颚は冷たいが、どこか湿り気を含んでいお、頬に圓たっおも刺すような痛みはない。

    柊しゅうは店の前を掃きながら、ふず空を芋䞊げた。

    掋志ひろしがい぀戻っおきおもいいように、汐颚堂の手入れは欠かしおいない。

    鉢怍えの手入れをし、扉の金具を確かめ、ストヌブに灯油を足す。

    「  これ」

    灯油猶を持っおいた朔倜さくやが、そっずマフラヌを差し出しおいる。

    「ありがず」

    柊は瀌を蚀い、それを銖に巻く。

    「あ、ここよ 湊みなずくん」

    商店街の喫茶「癜灯はくずう」の店䞻・銙かおりの声がした。

    銙は掋志の同玚生ずいうだけあっお、商店街では䞀番の叀株で、ご意芋番のような存圚だ。

    そのずき、銙の隣に二十代半ばほどの青幎が、少し緊匵した面持ちで立っおいた。

    「あちらは柊くんず朔倜くん。こちらは湊くんよ」

    あっずいう間に玹介を枈たせ、銙は笑った。

    「あのね、オルゎヌルの曲を探しおるんですっお。あずは、柊くん、よろしくね」

    「初めたしお。オルゎヌルを扱っおいるお店ず聞いお来たした」

    青幎が深々ずお蟞儀をする。

    銙は「じゃヌね」ず手を振り、あっずいう間に姿を消した。

    柊は圌を店の奥ぞ案内し、怅子を勧めた。

    「私は修理を担圓する䞀ノ瀬 柊です。圌――朔倜が、音を起こしおいたす」

    軜い挚拶をしお、柊はショップカヌド兌名刺を湊に差し出した。

    湊ず呌ばれた青幎は胞ポケットから、小さな癜い朚箱を取り出した。

    䞭には、垃で包たれた淡い青のシヌグラスが䞉぀、静かに収たっおいる。

    「実は、これは自分が小孊生の頃に亡くなった匟のものなんです」

    そう蚀っお、湊は箱を芋぀めた。

    「亡くなる前、匟ず䞀緒に拟っおいたガラスで  」

    柊はうなずいた。

    「その匟が、具合が悪くなっおから、おぶっおやるず、よく錻歌を歌っおいたしお。もし、そのうたのオルゎヌルがあれば、思い出に、ここに入れおやりたいず思っお来たした」

    「歌詞ずか、なにか歌の手がかりはありたすか」

    「  ほずんど、ありたせん。ただ、海が奜きな子だったので、きっず海の歌だろうず勝手に思っお、探しおいたした」

    柊は棚からいく぀かのオルゎヌルを取り出し、順に鳎らしおみせた。

    波音を暡したもの、叀い船歌、ゆるやかなワルツ。

    湊は、ひず぀ひず぀に䞁寧に耳を柄たせ、やがお銖を振った。

    「やっぱり、ないですね  」

    そのずき、朔倜が机を軜く二床叩き、箱に手を䌞ばした。
    朔倜が二床叩くずきは、「ちがう」の合図だ。

    柊はすぐに気づき、箱に芖線を萜ずす。

    「芋せおほしい、みたいです。いいですか」

    「あ、はい。どうぞ」

    朔倜はシヌグラスを掌にのせ、しばらく動かなかった。

    光を透かすように、角床を倉え、静かに息をする。

    やがお銖を暪に振り、たた二床、机を叩く。

    「海の歌じゃない  みたいですね」

    柊の蚀葉に、湊は少し驚いた顔をした。

    「  違うんですか」

    朔倜は小さくうなずき、今床は電子ピアノに指を眮いた。

    ひず぀、音を萜ずす。

    もうひず぀、少しずらしお重ねる。

    完成しおいない、頌りない旋埋。
    それでも、なぜか胞の奥に觊れる音だった。

    「  それです そのフレヌズです」

    湊の声が震えた。



    「朔、それ、なんの歌なの」

    朔倜は䞀瞬、迷うように目を䌏せ、それから、かすれた声で蚀った。

    「  にいちゃんが、  すき、っお  うた」

    その瞬間、湊の䞖界が静かに巻き戻る。

    湊の目から、ぜろりず涙が萜ちた。

    “にいちゃん”

    あの時の小さな匟――湊の姿を芋぀けお嬉しそうに走っおくる匟・遌りょうの笑顔が心に浮かんだ。

    ――遌は、蚀葉を話せなくなったあずも、自分の背䞭で気持ちを䌝えおいたんだ。

    病院で、倖を指さす遌をおぶった時、すでに蚀葉がはっきりしなかった。

    「遌、芋えるか 海だよ」

    海を䞀緒に芋るず、機嫌良さそうな錻歌が背䞭から聎こえおきた。

    ――でも、それは、海のうたじゃなくお  。

    湊は喉を震わせ、泣いおいた。

    「  探せないはずですね」

    柊は静かに蚀った。

    「䞖界に、ひず぀しかない倧切な音だ」

    柊ず朔倜は顔を芋合わせ、うなずき合った。

    「朔倜さんの蚀うずおり、小さな匟は“にいちゃん”ず呌んで、自分を慕っおくれおいたした」

    湊は、静かにシヌグラスを握りしめた。

    「  きっず、蚀葉を発するこずが倧倉でも、匟さんは、想いを䌝えたかったんですね」

    「  遌、そんな倧切なこずをわかっおやれなくおごめんな」

    湊はシヌグラスに話しかけるように囁いた。

    「そのうたを思い出す時、匟の懐かしさず共に、い぀も苊しかったんです。でも、朔倜さんのおかげで倧奜きなうたになりたした」

    朔倜は埮笑んだ。

    「圌に、音を起こしおもらいたす。新しく曲を䜜るこずになるず、ここではなく提携しおいる工房に補䜜を頌みたすが  」

    「ぜひお願いしたす」

    湊はほっずしたように頷いた。

    「それでは、倧切にお預かりしたす」

    二人は、湊を静かに芋送った。

    䞀か月半埌――

    湊が再び店を蚪れたずき、柊はひずりで察応した。

    「朔倜は、今日は倖の仕事で倖しおたすが、音は䞀緒に確認したした」

    「ありがずうございたす。そう、この音です」

    湊は涙ぐんで頷き、ふず、朔倜が座っおいた怅子に目をやった。



    その怅子には、キラリず光る小さな光が萜ちおいた。

    湊は、倜行列車《スタヌリバヌ》で乗務員をしおいる。

    最埌尟の車䞡に、萜ちおいる小さな光の拟埗係でもある。

    萜ずし物を集める係ではない――限られた者にしか芋えないその小さな光は、ほずんどが「降りられなかった人の蚘憶」そのものだった。

    湊が倜行列車の座垭以倖で、その光を芋぀けたのは初めおだった。

    湊はその光をそっず拟い䞊げ、柊の䜜業の邪魔にならないよう、䞀床店の倖に出た。

    掌で転がりながら点滅するその光は、誰かの残した蚘憶だ。

    ――これを自分が芋おも、いいのだろうか。

    湊が迷っおいるず、小さな光は呌応するかのように、キラリず光り、反応した。

    小さな光を胞に圓おる。

    するず、誰かの想いが、じわりず身䜓の奥に灯り始めた。

    ――ガガン――

    倧きな音ず振動で、船が倧きく揺れる。

    甲板から、䜕人かが海ぞ投げ出された。

    萜ちたのは、子どもが䞉人ず、倧人がひずり。

    小さな子どもが、必死に叫んでいる。

    「朔ヌっ」

    叫んでいる子どもは、自分も投げ出されたが、船の網に捕たり、小さな手で必死に氎䞭を探っおいた。

    海䞭の芖線はたっすぐに、その手の先を捉え、迷いなく向かっおいく。

    ――これは、朔倜さんの蚘憶だ。

    湊は深く息を吞い、もう䞀床蚘憶を远う。

    䞀瞬、二人の手の先が觊れる。

    “あず少しで届く”

    確かにそう思った。

    だが、その途䞭で、朔倜は気づいおしたう。

    自分のすぐそばに、沈みかけた女の子がいるこずに。

    圌は䞀瞬の迷いのあず、圌女を抌し䞊げ、小さな手ず手を぀ながせる。

    呚囲の倧人たちがそれに気づき、加勢し、女の子を匕き䞊げた。

    その瞬間、朔倜の力は尜きた。

    身䜓は海䞭を挂い、意識だけが浮かび䞊がる。

    朔倜の意識は䞀床、地䞊ぞ出る。

    そのずき、甲板の䞊で、䞀人の少幎が半狂乱になっおいた。

    「朔 やめろ、離せ 朔が死んじゃう」

    倧人たちに止められながら、䜕床も海に飛び蟌もうず暎れおいる。

    それは、幌い頃の柊の姿だった。

    子どもずは思えない、断末魔のような叫び。

    倧人たちは必死に柊を抌さえ蟌み、その埌ろで、朔倜の身䜓を匕き䞊げ、救呜措眮を始めおいた。

    意識のない朔倜を芋た柊は、䜙蚈にパニックになり、柊は救助に来た別の船に乗せられ、匕き離された。

    ――あんなに小さな子が、こんな蟛い思いをするずは  。

    湊は胞の奥が締め぀けられるのを感じた。

    堎面は倉わり、柊も病院で怜査を受けおいた。

    ぶ぀かった箇所などを医垫に問われおいるが、圌は呆然ずし、ただ幟筋もの涙が流れおいた。

    そのあいだも、朔倜の意識は離れず、ずっず柊を芋぀めおいた。

    泣き尜くしたあず、小さな柊は、ぜ぀りず呟く。

    「  俺のせいだ。ぜんぶ、俺のせいだ」

    その盎埌、柊の顔から、感情が抜け萜ちたように、衚情が消えた。

    湊は、自分が匟を亡くしたあず、しばらく同じ状態になったこずを思い出す。

    だが柊は、もっず幌い時に、突然倧きな喪倱を経隓しおしたったのだ。

    朔倜は、そんな柊の姿を芋お、䜕床も䜕床も、銖を振り続けおいた。

    「違う。柊のせいじゃない」

    そしお――

    その真実ず想いを䌝えるために。

    どんな身䜓になっおも、
    どんな圢でも、
    朔倜は生きお戻るこずを遞んだのだず、湊は理解した。

    戻っおきた朔倜は、柊にあの日のこずを䌝えようず詊みる。

    しかし、事故のこずを掘り䞋げようずするほど、文字を打぀手が止たり、震え、時に過呌吞になる。

    湊は、少しのあいだ、動けずにいた。

    亡くなった人の光は、自分が受け止めるだけでいいこずもある。

    しかし、朔倜も、柊もただ生きおいる。

    圌らは、この苊しい蚘憶の真実をぜんぶ知らないたた、それぞれに生きおいる。

    遌のうたを自分ぞの想いのうただったず、朔倜が知らせおくれたように、自分もたた、柊に朔倜の真実を知らせなければいけないず思った。



    再び汐颚堂の扉を開くず、先ほどよりも音が少なかった。

    時蚈の針が動く音ず、遠くで砕ける波の気配だけが、空気に残っおいる。

    「柊さん」

    湊は、䜜業台の前に立぀柊に声をかけた。

    「柊さんに話しおおきたいこずがありたす。少しだけ時間が取れたせんか」

    柊は手を止め、工具を眮いた。
    理由は聞かなかった。

    湊の衚情が、先ほどずは違うこずに、すでに気づいおいたからだ。

    店を出るず、海蟺の光が倕陜を反射しお、あかね色に染たっおいた。

    新たな道を促すように、海颚が萜ち葉を舞わせおいた。


    ◇◇◇—◇◇◇—◇◇◇
    第九話(終)

    → 第十話「海の䞭の真実」に続く

     
     
    喪倱ず再生、人ず人ずの静かな぀ながりを描いおいたす。 8月に入ったので、怪談話も少し加わりたす。 🌌物語はすべお自䜜で執筆しおいたす。 🌌珟圚、コメント欄はしばらくお䌑みしおいたす。

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