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迷ったら、手触りのあるほうへ ― 五十歳で崖を買った私たちの作法④まず、体で土地を知る

    【連載第4回です 第1回はこちら】

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    千二百坪の、三分の一は竹やぶだった

    土地を手に入れて、まず私たちがしたことは、設計でも、資金計画でもありませんでした。

    竹を、伐ることでした。

    千二百坪の敷地の、下のほうの三分の一ほどは、竹林だったのです。竹林、と書くと風流に聞こえますが、実態は違いました。手入れされないまま放置され、人が足を踏み入れることもできないほど密生した、いわゆる放置竹林。倒れた枯竹が幾重にも重なり、とても「自分の土地を歩く」という状態ではありませんでした。

    放置竹林は、いまや立派な社会問題です。手入れされない竹林は、野生動物の住みかとなるばかりか、隣接する森にまで侵入していく。全国で竹林と、竹が侵入した森林を合わせると、四十万ヘクタールを超えるといいます。整備に補助金が出るほどの課題なのだと、私はこのとき初めて知りました。我が家の敷地は、その典型例だったわけです。

    頭では、いい土地を買ったつもりでした。絶景があり、森があり、可能性がある。でも、その土地の本当の姿は、図面やデータの上ではなく、足を踏み入れられない竹やぶの中にこそ、ありました。

    私たちは、自分が何を買ったのかを、体で知るところから始めなければならなかったのです。

    プロが二日で拓いた入口、素人が四年かけて整えた竹林

    とはいえ、足を踏み入れることすらできない竹やぶを、いきなり素人がどうにかできるものではありません。

    最初は、プロの手を借りました。絶景カフェのオーナーさんにつないでもらった熱海の森林整備NPO「熱海キコリーズ」に、さらに林業組合に所属するプロの三人組につないでもらって。プロの仕事は鮮やか。チェーンソーで竹をなぎ倒し、二日で竹林整備のベース基地となる空間を拓いてくれました。

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    ぐちゃぐちゃの竹やぶ。プロのおかげで第一歩を踏み出すことができました。

    このとき初めて分かったこと。我が家の竹林は単なる斜面ではなく、幅2~3mの六段の段々畑だったのです。もとはミカン畑か何かだったのでしょうか。お恥ずかしい話ですが、一体どんな敷地形状かまったく知らずに購入していたのです。

    そして、ここからが次の判断です。プロに全部お願いすれば早い。でも、それでは際限なくお金がかかるし、何より――自分の土地なのに、自分は何も知らないままになる。

    私たちは、決めました。プロに頼むのは最初の「歩ける状態をつくる」という、危険で技術の要る工程だけ。その後の「土地と関係を結んでいく」という、時間のかかる工程は自分たちの手でやろう、と。

    すべてを外注すれば速かったでしょう。でも、自分で竹を伐ったからこそ、私はこの土地の傾斜の角度も、土の柔らかさも、陽の差し方も、体で覚えることになったのです。そして、この土地は自分たちでなんとかできるという自信にもつながりました。

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    最近の竹林エリア風景。木漏れ日が気持ちよいのです。

    滑落して、唇を打った日

    ただ、素人が斜面で刃物を扱うというのは、思っていた以上に危険なことでした。

    正直に書きます。私、いろいろ失敗しています。

    作業に少し慣れてきた頃のことです。急斜面で伐採した竹の枝打ちをしていたのです。生い茂った竹の枝と葉は、落としてみると結構な量。落とすと足元が竹の枝と葉で埋まってしまうのですが、移動しながら作業しないと枝を落とせません。足場の悪い中、竹の枝葉を踏みながら移動していました。

    ふとした瞬間、ツルっと斜面を滑落。

    あっという間に数メートル落ちて、下に投げ散らかしていた竹の幹に顔から激突し、唇を殴打。ピンスパイク付きの靴を履いていたのですが、滑落を止められませんでした。

    翌日はまるでDVのように唇は腫れ、身体は痛いし、ズボンに開いた穴を縫う始末。

    「僕が殴ったみたいだから嫌だなあ」とダンナは渋い顔。

    コロナのおかげで、マスクをしていても違和感が少なくなった昨今、本当に助かりました。

    別の日には、ダンナが操るチェーンソーに見入っていたら、頭の上から竹が落ちてきました。このときは、ヘルメットが守ってくれた。けれど、少し間違えば、大きな事故になっていたかもしれません。

    調べてみると、「斜面で滑落する」「伐り倒された竹が近くの作業者を直撃する」というのは、竹林作業の事故の典型例なのだそうです。私が経験したのは、まさに教科書どおりの事故でした。

    このとき、私の中で何かが変わりました。

    それまで安全装備は、なんとなく「やったほうがいいもの」でした。でも、自分が実際に痛い目に遭うと、見方が一変します。後日、ダンナの会社の後輩が森を見たいと訪ねてくれることになったとき、私は本気で安全対策を施しました。彼女のためにヘルメットを買い、スパイク付きの長靴と革手袋を揃え、チェーンソー防護ズボンを用意。さらに、コンビニで入れる一日五百円のレジャー保険にまで、全員で加入したのです。夫婦だけのときは入らなかったのに。

    リスクは、頭で理解しているうちは「知識」にすぎない。自分が一度痛い目に遭って初めて、それは自分ごととして「実践」できるものになる。

    「迷ったら、手触りのあるほうへ」

    私が他人の安全をここまで真剣に考えられるようになったのは、自分が滑落して唇を打ったからでした。連載第二回で土地問題の当事者になり、ここでは安全の当事者になった。身をもって知ったことだけが、本当の備えになるのだと思います。

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    我が家の安全装備。ヘルメット、チェーンソーズボン、ピンスパイク付き安全靴

    「ワクワク」「無心」「整う」

    危険で、きつくて、筋肉痛だらけ。それでも、私たちは竹林通いをやめませんでした。

    理由は単純で、楽しかったからです。

    ふだん、愛猫より重いものは持たない私が、直径十五センチ、長さ二十メートルを超える竹を運ぶ。最初は一回二時間と決めていた作業も、慣れてくると四時間に延びる。翌日は全身筋肉痛。それでも、静かな森の中でじんわり汗をかくのは、爽快でした。チェーンソーで竹を伐る華やかな作業は全体の一割ほどで、ほとんどは散乱した竹を片づけ、路肩に並べ、邪魔な枝を払う、ひたすら地道な作業です。掃除と同じで、きれいになっていくと、達成感もあります。

    竹林整備の楽しさを、私は三つの言葉で捉えるようになりました。ワクワク、無心、整う。

    伐り拓いた先に何が現れるかという、ワクワク。目の前の竹、その一本に集中して雑念が消える、無心。荒れた斜面が少しずつ片づいていく、整う。サウナで「整う」のが流行りますが、森の整備にも、それに近い感覚があります。作業の後に竹林でお茶をしたりご飯を食べたりすると、体を限界まで使ったあとの心地よい疲れと、吹き抜ける風、竹が奏でる風の音、木漏れ陽や鳥のさえずり。森の中で味わうひと時は、デスクワークでは決して得られないものです。

    この「無心」の感覚には、心理学では「フロー」という名前がついていると、後で知りました。これは終章で改めて触れます。

    そして、道具。きつい作業を楽にしようとすると、人は道具に凝りはじめます。チェーンソーやレシプロソーに加え、親指ほどの太さの竹の枝も軽く切れる電動剪定ばさみ。寒さ対策の作業用インナー、暑さ対策の空調服や水冷服。払った竹の枝を粉砕するためのシュレッダーや発電機。

    花苗を買いに通っていたホームセンターで、まさか自分が作業着や電動工具にくぎ付けになる日が来るとは思いませんでした。

    伐った竹を処分するのも大きな厄介ごとです。接道していない山の中に積み上げた竹をどうにか減量できないかと、竹炭づくりの実験まで始めました。水を用意し、延焼防止のためブロアで竹の葉を吹き飛ばし、MOKI社の無煙炭化機を3台用意。

    帰宅時には水で鎮火した後、蓋をして空気を遮断。

    翌週訪問時に竹炭化した竹を地面に撒いて、この地で生まれたものをこの地に返す。結果として、土地の栄養となり、道のデコボコも解消。時間はかかりますが、最善の処分方法と信じて、暑い中必死に竹炭化に取り組んでいたのです。

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    MOKI社の無煙炭化機でポーラス竹炭作成中

    その日は雨の翌日で火の付きが悪く、少し煙が多めに出ていました。のんきに『風情があるな』などと眺めていたら、遠くからサイレンが聞こえてきたのです。見上げると、そこにはおまわりさんと消防隊員の姿がありました。

    「業者さんですか?」とおまわりさん。

    「いえ、オーナーですけれど」と私。

    無線で、「現着しました。野焼きのようです。至急消火します。」と報告する消防の方。
    どうやら、近隣の方が煙を気にされて、通報されたようです。

    「熱海市は野焼き禁止なんです。至急消火してください!」

    おまわりさん6人、消防3人を巻き込む大事になってしまいました。
    いや、野焼きではなく、無煙炭化機での竹の処分なんです、と言いたかったのですが、黙って「もうやりません」という書類にサイン。

    頭で土地を買った私たちは、こうして少しずつ、体で土地と仲良くなっていったのです。

    遠回りが、生き方を変えた

    そして、これがいちばん書いておきたいことなのですが――竹林整備は、私の暮らしそのものを、静かに変えていきました。

    熱海に通うまでの私にとって休日とは、平日の疲れを癒すための、おまけのような時間でした。三十年近く、フルスロットルで働いてきました。長期休暇に海外旅行へ行っても、たいてい、行きの飛行機で体調を崩す。直前まで仕事を詰め込みすぎるのです。

    それが、竹林通いを始めて変わりました。

    隔週で熱海に通い、土曜の九時に現地に着くには、朝は五時起き。そのためには金曜は早く寝なければならない。だから週の後半まで仕事を詰め込まないようにしよう、と考えるようになる。森でへばらないよう、平日はできるだけ歩いて体力をつけよう、と思う。

    休日を主役に据えたら、平日の過ごし方まで、変わっていったのです。

    人生百年時代、ライフシフトのために学び直しを、副業を、とよく言われます。でも、私の実感はすこし違います。学び直しよりも先に、まず休日を充実させることのほうが、人生を変えるのではないか。充実した休日のための消費は、経済を動かすことにもつながります。休日のために平日を整えようとすれば、働き方そのものが引き締まる。そして、汗をかく休日の体験は、出会わなかったはずの人や知識をもたらしてくれる。何より、楽しい。

    これは、個人の心がけの話にとどまらないかもしれません。本業で組織を見てきた経験からいっても、人が最もいきいきと力を発揮するのは、義務でやらされているときではなく、自分が面白がって没頭しているときです。休日に没頭できるものを持つ人は、平日も自走できる。企業がさかんに「従業員の満足度」や「働きがい」を語るいま、その答えのいくらかは、案外、こういう汗をかく休日の側にあるのではないか――竹を伐りながら、そんなことを考えていました。

    家の完成という目的から見れば、竹林整備は遠回りでしかない。けれど、その遠回りこそが、いちばん深く人を変えることがある。目的に直結しない行動を、無駄と切り捨てないこと。

    「迷ったら、手触りのあるほうへ」

    もし私が「家を建てる」という目的に最短距離で進んでいたら、竹を伐っているこの四年間は、まるごと省略されていたでしょう。でも、その四年間で私が手に入れたものは――体力も、土地への愛着も、働き方の変化も、整う時間も――家そのものと同じくらい、いえ、もしかするとそれ以上に、価値のあるものでした。目的に直結しない遠回りを、無駄と切り捨てない。これも、この四年が私の体に刻んだ作法のひとつです。

    終章で改めて書きますが、この竹林の四年間こそが、「ゴールではなく過程を生きる」ということを、私の体に教えてくれたのです。

    ――体で土地を知った私たちは、いよいよ頭を使う段階へ。崖という難条件を、最先端の技術でどう解いたか、次章で書きます。

    【連載第5回はこちら。次回もぜひ読んでください!】




     
     
    日系シンクタンクのマネージャー、博士。新卒で研究員として入社、以来同じ会社で調査・研究・実装を通じて社会課題に立ち向かう。五十歳を前に「会社が終わった後、この経験をどう社会で生かせるのか」を問い始め、その答えを探す試みとして、夫と熱海の崖に家を建てている。夫と十八歳の猫と暮らす。

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