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『共生者——戦略資産としての人狼——』②

第一話までのあらすじ

 千葉の雑木林で見つかった、頭蓋骨を素手で引き裂かれた無残な変死体。現場へ臨場した新米刑事・三上陸は、異常な事件の匂いに場違いな高揚感を覚える。しかし、バディを組むベテラン刑事の倉橋は「この事件はじきに捜査打ち切りになる」と冷たく言い放ち、三十年前の未解決事件の影を覗かせる。不可解な隠蔽の気配が漂う中、怪事件の幕が上がった。

『共生者』

第一話はこちら


第二話 真壁朔①

 カンッ、と乾いた金属音が初夏の青空に吸い込まれていく。

 バックネット裏のベンチには、じりじりと照りつける太陽と、蝉の声が僅かに混じり始めた熱気が立ち込めていた。

 スコアボードの数字は「6対5」。

 七回裏、一点ビハインド。一回戦とはいえ、負ければ終わりのトーナメント、最後の攻撃だった。

「真壁、お前……野球部じゃないだろう。こんなところで何してんだよ」

 金網越しに声をかけてきたのは、息を切らして駆けつけた様子の担任教師、高橋だった。自転車を飛ばしてきたのか、ワイシャツの背中が汗で張り付いている。

 ベンチの端でパイプ椅子に浅く腰掛け、スパイクの紐を結び直していた真壁朔(まかべ さく)は、顔だけを上げて軽く右手を挙げた。

「何って、野球ですよ」

 朔は淡白に答えた。

「野球ってお前……何番打ってんだ。まさか四番か?」

「一番です。四番が一番優れたバッターってのは、もう古いらしいですよ」

「そうか……確かに大谷翔平も一番打つもんな。てか、試合だけ助っ人出場って、落合博満みたいな男だな」

「落合博満って誰ですか?」

「......お前、落合を知らないで野球やってんのか」

「ええ。別に興味ないんですよ、野球」

 朔は淡々と答え、立ち上がって軽く膝を回した。整った顔立ちには汗ひとつ浮いておらず、周囲の選手たちが放つ泥臭い熱気とは完全に断絶された、選ばれたアイドル俳優のような平熱を保っている。

「お前は勉強でもスポーツでも、どこの高校にだって推薦で入れる。真面目にやればな。何か一つでも目標があれば……まったく、それだけの才能を持って生まれて、俺はお前が羨ましいよ」

「ハハハ。先生はいい教師じゃないですか。教師の才能があるんですよ」

「……それはあれか。『才能のない先生なら、できない生徒の気持ちがよく分かりますよね』っていう嫌味か?」

「そんな深いこと考えてませんよ。むしろ、もっと考えてから引き受けるべきでした」

 朔はヘルメットの鍔に手を当て、少し困ったように眉を下げた。

「一本ホームラン打つたびに千円もらえる約束だったんですけどね。中学の軟式野球って七回までしかないんですね。五打席回って五千円稼げる計算で、昨日スニーカー買っちゃいましたよ」

「おい……お前、野球賭博は犯罪だぞ」

「先生、僕はどっちが勝つかの賭けなんてしてませんよ。完全な出来高払い、ただの労働です」

 高橋はため息をついた。

「まったく、お前というやつは……で、一本くらいは打てたのか?」

「二本ですよ」

 さらりと言ってのけた朔に、高橋は言葉を失った。両翼九十メートルを超えるこの市営球場は、高校野球の県予選でも使われる本格的な広さだ。軟式ボールをスタンドまで運ぶなど、並の中学生の筋力では不可能に近い。

「あのスタンドに二本もぶち込んだのかよ」

「バットのおかげですよ。バットの一番太いところに正確に当てて、良い感じの角度でボールをすくい上げれば届くもんですよ」

「……」

 グラウンドではツーアウトのコールが響き、バッターボックスの方向からチームメイトたちの悲鳴に近い声援が飛んでくる。

「あっ、そろそろ僕の打席なんで。すいません」

「お、おい真壁! バット忘れてるぞ!」

 金網にしがみついた高橋の制止を背に、朔は手ぶらのまま、砂埃の舞うグラウンドへ足を踏み出した。

「どうせ今回も敬遠ですよ」

「お前、長嶋茂雄かよ……」

「長嶋茂雄って誰ですか?」

「…………」

「あーあ、盗塁も一回500円にしとくんだったな」

 打席に歩み寄る朔の姿を見た瞬間、相手ベンチから激しい笛の音が鳴り響いた。

 キャッチャーが立ち上がり、右手を横に大きく広げる。

 球審の甲高い声がグラウンドに響き渡った。

「――申告敬遠!」

 朔はバットを持つこともなく、ただ一言「あざす」と呟いて、のんびりと一塁へ歩き出した。



次回予告:第三話「真壁朔②」

 夕暮れの自室、触れ合う唇。二人きりの甘い空気の中で目覚めたのは、恋心ではなく抗えない「飢え」だった。

 (……食べてしまいたい)

 突如現れた父が告げる、残酷すぎる祝福。

 少年の日常が、ここから静かに壊れ始める。

【第三話はこちら】


【こちらのマガジンに全話掲載予定】

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