
このまま一生、抱かれないのかな|第6話
“仕方ない”で片づけられるたびに、
私は期待する前に、諦める癖を覚えていった。
でも、諦めたふりをしても、
欲しい気持ちは消えてくれなかった。
夫と仲良くしたい。
夫婦でいたい。
家族としてだけじゃなく、
ちゃんと男と女でもいたい。
そう思うことを、
私はなかなか手放せなかった。
⸻
このまま一生レスかもしれない。
そう思ったのは、
2人目の妊活をしていた頃だった。
妊活という言葉は、
どこか前向きに聞こえる。
未来の家族を思い描いて、
ふたりで同じ方向を向いて、
命を迎える準備をする。
本当は、そういうものだと思っていた。
でも実際は、
私にとって妊活は、
何度も自分から夫に近づいて、
何度も断られる時間でもあった。
⸻
誘う前から、もう分かっていた。
どうせ、また断られるんだろうな。
そう思いながら、それでも言う。
エッチしよう。
できるだけ軽く。
重くならないように。
プレッシャーにならないように。
でも、その軽さを作るために、
私は毎回、ものすごく力を使っていた。
断られても平気な顔ができるように。
傷ついていないふりができるように。
欲しがっているのが私だけだと、バレすぎないように。
⸻
夫には、いつも理由があった。
疲れてる。
ムードがない。
化粧してないと。
今日はそういう感じじゃない。
ひとつひとつは、
たぶん些細な言葉だった。
でも、断られる側には、
その全部がちゃんと刺さる。
疲れてるなら仕方ない。
ムードがないなら仕方ない。
化粧してないなら仕方ない。
そうやって私は、
また自分を納得させる。
でも心の奥では、
ずっと思っていた。
じゃあ、私は何をしたらいいの。
⸻
夫は、AVを見る。
それは知っていた。
なのに、
私には反応しない。
その事実は、
思っていたよりずっと苦しかった。
性欲がまったくないなら、
まだ納得できたのかもしれない。
仕事で疲れていて、
本当に何も考えられないなら、
まだ受け止められたのかもしれない。
でも、そうじゃない。
“性”がないわけじゃない。
私に向かないだけ。
そう感じた瞬間、
胸の奥がすっと冷えた。
⸻
私はまだ30歳だった。
どう考えても、
セックスレスになっていい年齢じゃない。
いや、何歳ならいいとか、
そういう話でもない。
でも、30歳で。
まだ恋もしたいし、
触れられたいし、
夫に女として見られたい。
それなのに夫は、
もう30歳なんだから、
立派なおじさんおばさんだ、みたいな顔をする。
んなわけあるか。
心の中で、何度もそう思った。
私はまだ、
女を降りるつもりなんてなかった。
⸻
夫は、私のことを嫌いなわけではないと思う。
むしろ、かわいがってくれる。
昔より華奢になってきた、なんて言うこともある。
ハグもする。
キスもする。
甘えん坊だね、と笑う。
でもその優しさの中で、
私は時々、子どもみたいに扱われている気がした。
あるいは、母親みたいに。
守る相手。
甘えてくる相手。
生活を一緒に回す相手。
でも、欲しくなる相手ではない。
そう思うと、
自分の中の何かが、少しずつしぼんでいった。
⸻
セックスしたい側って、
どうしてこんなに立場が弱いんだろう。
断る方は、
「今日は無理」で終われる。
でも誘った方は、
そのあともずっと考えている。
言わなきゃよかったかな。
重かったかな。
気持ち悪かったかな。
また困らせたかな。
ただ夫と触れ合いたかっただけなのに、
気づけば自分が悪いことをしたみたいな気持ちになる。
一回断られるだけで、
心はちゃんと折れる。
何度も断られれば、
もう誘う前から折れている。
⸻
ある日、
エッチしたいと伝えたあと、
空気が悪くなったことがあった。
その場ではうまく話せなくて、
少し時間が経ってから、
夫からLINEが来た。
そこには、こう書かれていた。
「今の俺に性に割く余裕も体力も時間もない」
その文字を見た瞬間、
私はしばらく動けなかった。
性に割く。
余裕も。
体力も。
時間も。
それは夫にとって、
私と触れ合うことが、
“割かなきゃいけないもの”なんだと突きつけられた気がした。
義務。
負担。
後回しにしていいもの。
そう読めてしまった。
⸻
もちろん、夫にも事情はある。
疲れていたんだと思う。
余裕がなかったんだと思う。
どう言えばいいか分からなかったんだと思う。
夫は根本的に不器用だ。
優しいところもある。
ノリがよくて、楽しいところもある。
私は、夫を嫌いになりたいわけじゃない。
好きでいた方が、
きっとお互い楽しい。
家族としても、
夫婦としても、
その方がずっといい。
でも、好きでいたい気持ちだけでは、
傷つかない理由にはならなかった。
⸻
エッチがないのは、
私にとっては結婚詐欺みたいなものだった。
大げさかもしれない。
でも、本当にそう思っていた。
結婚したら、
家族になる。
子どもが生まれたら、
親になる。
でもそれと同時に、
夫婦であることも続いていくと思っていた。
一緒に暮らして、
一緒に子どもを育てて、
たまにはふたりで笑って、
たまには触れ合って。
そういう未来を、
私は当たり前に想像していた。
⸻
このまま一生、抱かれないのかな。
そう思った夜がある。
隣に夫がいるのに、
ものすごく遠かった。
嫌われているわけじゃない。
冷たくされているわけでもない。
離婚したいわけでもない。
なのに、
私だけがずっと片想いしているみたいだった。
夫婦なのに。
家族なのに。
好きなのに。
⸻
私は、激しい何かが欲しかったわけじゃない。
ただ、
優しいエッチがしたかった。
うまくできなくてもいい。
途中で笑ってもいい。
恥ずかしくても、
ぎこちなくても、
ふたりで少しずつ近づきたかった。
私が欲しかったのは、
完璧な夜じゃなかった。
逃げずに向き合ってくれる夫だった。
⸻
このまま黙っていたら、
私はたぶん、夫のことを少しずつ嫌いになってしまう。
そう思った。
嫌いになりたくないのに。
まだ好きでいたいのに。
本当は、仲良くしたいだけなのに。
だから、言わなきゃいけない。
寂しい。
抱いてほしい。
逃げないでほしい。
でもその言葉を口にするには、
まだ少しだけ、勇気が足りなかった。
(つづく)
── 前の話 ──
── 続きはこちら ──