
寂しいのに、平気なふりだけ上手くなった|第4話
夜中に赤ちゃんを抱いている時間は、
嫌いじゃなかった。
むしろ、好きだった。
小さな体を腕の中に抱いて、
寝ぼけながら授乳して、
また眠りに落ちていく顔を見る。
母としての私は、
その時間にちゃんと満たされていた。
でも。
母として満たされることと、
女として満たされることは、
まったく別の話だった。
⸻
夫は、冷たい人ではない。
むしろ、優しい。
ソファで隣に座れば、
自然と距離は近くなる。
子どもたちが起きている前でも、
軽くハグをしたり、
チュッと短いキスをしたりする。
ふざけてくっつくこともある。
だから、
私たちは完全に冷めきった夫婦ではなかった。
むしろ、仲はいい方だったと思う。
週末、少し余裕がある夜には、
ベッドで並んで話すこともあった。
子どもの話。
仕事の話。
今日あった、どうでもいい話。
そういう時間は、
ちゃんと穏やかで、
ちゃんと幸せだった。
⸻
最初は、私から誘うことが多かった。
「ちょっと話そうよ」
そう言って、
夫の部屋に行ったり、
隣に寝転んだりした。
でも最近は、
夫から誘ってくれることもある。
それだけで、
少し嬉しかった。
まだ、私は求めすぎていない。
まだ、私たちは終わっていない。
そう思える気がした。
⸻
ある夜、
いつものようにピロートークをしていた。
子どものことを話して、
仕事のことを聞いて、
他愛もない話で笑って。
何でもない夜だった。
でもその途中で、
夫がふっと体勢を変えた。
私の足の間に、
夫の太ももが入ってきた。
たったそれだけ。
たったそれだけなのに、
胸の奥がぎゅっとした。
あ、と思った。
もしかして。
このまま、始まるのかな。
⸻
久しぶりすぎて、
どうしていいか分からなかった。
恥ずかしい。
でも、始まってほしい。
いや、恥ずかしい。
でも、お願いだからこのまま止まらないで。
頭の中で、
いくつもの気持ちが勝手に走った。
夫の体温が近い。
距離が近い。
いつもより少しだけ、空気が違う。
私は何も言えなかった。
言ったら壊れそうだった。
期待していることがバレたら、
急に全部が恥ずかしくなってしまいそうだった。
だから、黙っていた。
ただ、
このまま自然に続いてほしいと思っていた。
⸻
夫は、優しかった。
いつものように話して、
いつものように笑って、
私に触れていた。
でも。
その先には、行かなかった。
しばらくして、夫は言った。
「仕事しなきゃ」
その一言で、
私の中にふくらんでいたものが、
静かにしぼんでいった。
⸻
分かってる。
仕事があるのは分かってる。
疲れているのも分かってる。
夫が悪気なく言っていることも分かってる。
でも、思ってしまった。
夜中に仕事なんかしないでよ。
上手くできなくてもいいから、
このまま抱きしめててよ。
何か特別なことをしてほしかったわけじゃない。
ただ、
途中で終わらせないでほしかった。
⸻
夫は時々、私に言う。
「最近、甘えん坊さんだね」
その言葉は、
優しく聞こえる。
かわいがられているようにも聞こえる。
でも私は、
そのたびに少しだけ困る。
甘えたいだけじゃなかった。
寂しいだけでもなかった。
私は、
夫に女として見られたかった。
⸻
一生セックスなしなんて嫌だ。
そう思う自分がいた。
でもそれは、
激しい何かが欲しいという意味ではなかった。
誰かに自慢できるような、
すごい夜がほしいわけでもなかった。
ただ、
優しいエッチがしたかった。
大丈夫だよ、って触れられて。
恥ずかしさも、ぎこちなさも、
ふたりで笑いながら越えて。
上手くできなくてもいいから、
ちゃんと向き合いたかった。
⸻
夫は優しい。
だけど、
その優しさはいつも、
私が本当に触れてほしい場所の少し手前で止まる。
キスはある。
ハグもある。
笑い合う夜もある。
でも、
その先がない。
だから私は、
幸せなはずの夜に、
少しだけ傷つく。
⸻
その夜も、夫は優しかった。
優しく笑って、
私の近くにいて、
そして、何も起きなかった。
私はひとりで、
まだ残っている夫の体温を感じながら思った。
このまま、
ずっとこうなのかな。
優しいまま、
抱かれないまま。
私はまた、
期待した自分を、
そっとなかったことにした。
(つづく)
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