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Photo bysubarasikiai

琉球の”瓊”

    『”飛鳥瓊”の正䜓』『李氏朝鮮の瓊』の続きです。

    では、沖瞄「琉球王囜」の瓊はどうなのか
    通説では「䞭囜からの技術䌝播」ず蚀われおいたす韓囜では「朝鮮半島から」ず蚀っおいたすが、これが本圓なのかを調べおみたした。
    これは”瓊”補造に利甚される技術を調べおいけば明らかになりたす。

    琉球王囜時代の”瓊”

    沖瞄琉球王囜の瓊、いわゆる「赀瓊」は、日本本土の「いぶし瓊」や、䞭囜・朝鮮半島の「黒灰色の瓊」ずは党く異なる独自の進化を遂げおいたす。琉球の瓊は「亜熱垯ずいう極限環境に察し、珟地玠材を科孊的に適応させた『最適解のパッケヌゞ』」ずしお極めお興味深い存圚です。

    琉球瓊の最倧の特城は、その「赀色」ず「焌成枩床」にありたす。

    • 材料土
      沖瞄本島南郚の地䞋に堆積する「クチャ島尻局泥岩」ず呌ばれる泥岩が䞻原料です。これは颚積黄土ずは異なり、極めお埮现な粒子を持ち、氎を含たせるず高い可塑性を発揮する特殊な粘土です。

    • 焌成枩床
      箄900℃1,000℃皋床の「酞化焌成」です。

    • なぜ酞化焌成か
      日本本土の須恵噚や飛鳥瓊のような「還元焌成酞玠を遮断しお炭玠を定着させる」を行うず、クチャに含たれる鉄分ずカルシりムが反応し、組織が䞍安定になりたす。酞化焌成を行うこずで、鉄分が赀く発色し、クチャの持぀組織が安定的にガラス化したす。

    • 仕䞊げ
      飛鳥瓊のようなヘラ削りによる圧密工皋は簡略化されおおり、クチャの可塑性を掻かした「型打ち」が䞻流です。ただし、赀瓊は非垞に緻密な組織を持぀ため、高枩で焌き締めれば、日本本土のいぶし瓊に匹敵する、あるいはそれを䞊回る吞氎率の䜎さを実珟できたす。

    ず、日本の瓊補造技術ずは少し違いたす。

    䞭囜からの圱響か

    では、通説にある様な「䞭囜から来た技術」なのでしょうか
    歎史孊では「䞭囜犏建省などから䌝来した」ずされたすが、技術史的な事実は異なりたす。たた、倧陞の瓊の匱点である「瓊圓の剥離」に察し、琉球の瓊は別の工倫が芋られたす。

    • 「䞭囜匏」の誀解
      確かに犏建省などの瓊にも赀瓊は存圚したすが、これは䞭囜偎が「赀い土しかなかったから、酞化焌成するしかなかった」ずいう環境適応の結果です。

    • 琉球の独自性
      琉球王囜は、䞭囜の「赀い瓊」ずいう様匏を茞入したのではなく、「自分たちの島にある『クチャ』ずいう玠材で、最も耐久性が高く、か぀台颚や匷烈な玫倖線に耐えうる瓊をどう䜜るか」ずいう課題に察し、独自の焌成プロトコルを確立したものです。

    • 挆喰による固定
      琉球瓊は、瓊同士を噛み合わせるだけでなく、瓊の継ぎ目を厚い挆喰で塗り固めたす。これは、台颚の匷颚で瓊が飛ばされるのを防ぐず同時に、瓊の熱膚匵差による接合郚のズレを挆喰が吞収するずいう、極めお高床な「構造的クッション」の圹割を果たしおいたす。

    • 飛鳥瓊ずの系譜の断絶
      琉球の瓊には、飛鳥瓊に芋られるような「裏面の執拗なヘラ削り」や「鍛造的な圧密」ずいう系譜は存圚したせん。これは、クチャずいう玠材の可塑性が高く、ヘラで削らずずも型打ちだけで十分な密床が埗られたためですね。

    たた䜜り方も䞭囜匏円筒暡法のものずは違いたすね。
    ずいうので、「䞭囜からの䌝来」ずいう説は誀りずいう事が明確に刀りたす。

    日本からの圱響か

    では、琉球瓊は「日本から䌝来」したかずいうず、その可胜性の方が「䞭囜からの䌝来」よりも、遥かに高いものずなっおいたす。

    琉球王囜が瓊の補造を開始したのは13䞖玀埌半から14䞖玀頃ずされたすが、その際に技術を䌝えたのは「䞭囜犏建」であったず通説ではされおいたす。
    しかし、圓時の琉球の窯技術や焌成プロトコルを分析するず、日本本土の「登り窯」の構造的特城や、火力の制埡思想が色濃く残っおいたす。
    ここら蟺は、䞭囜の窯の成り立ちず歎史からも明らかなのですね。

    沖瞄の土壌である「クチャ」には、鉄分が非垞に倚く含たれおいたす。この土を日本匏の窯登り窯などで焌成した堎合、酞玠が十分に䟛絊される「酞化焌成」ずなれば、鉄分が酞化しお必然的に「赀く」発色したす。
    ぀たり、「䞭囜の赀い瓊を真䌌お赀く着色した」のではなく、「珟地の土を焌いたら、玠材の特性䞊、赀色に出力されただけ」です。


    䞭囜の北方匏ではなく南方匏華南・犏建地方などで発達した技術ず比范するず、南方匏では確かに「型範」を甚いお瓊圓軒先郚ず瓊身を䞀䜓的に成圢しようずする詊みは芋られたす。しかし、これには決定的な工孊的欠萜がありたす。

    • 「土」の扱いが「型抌し」の域を出ない
      䞭囜の南方匏における範成圢は、あくたで「型に粘土を抌し圓おお圢を写し取る」こずが䞻目的です。そのため、粘土の粒子を「圧密」させるずいう考え方が垌薄です。

    • 焌成埌の品質
      倧陞の南方匏で焌かれた瓊は、日本本土の瓊ず比范しお、䟝然ずしお倚孔質で吞氎率が高いです。これは、玠材の粘土に含たれる䞍玔物石灰や有機物を完党に取り陀く粟補プロセスが、倧芏暡生産のシステムの䞭に組み蟌たれおいないためです。

    琉球瓊が䞭囜の南方匏ではなく、日本の系譜に近いずされるの決定的な理由は、単なる成圢方法型か筒かの問題ではなく、「焌成埌の物理的・化孊的状態」が日本本土の基準を満たしおいるからです。

    • 「土を育おる」ずいう共有プロトコル
      日本の瓊は、粘土を氎簞氎に入れお䞍玔物を沈殿させ、埮现な粒子だけを取り出す䜜業し、さらに数ヶ月以䞊寝かせお可塑性を高めたす。琉球の赀瓊も、クチャを単に掘り出しお䜿うのではなく、氎簞に近い工皋を経お粟補したす。
      この「玠材を焌く前に化孊的・物理的に敎える」ずいうプロセスは、䞭囜の南方匏珟堎で土を緎っおすぐに型に詰めるには芋られない、日本特有の技術OSです。

    • 窯ず火の制埡OSの共通性
      南方匏の瓊窯は、燃焌効率よりも䞀床に倧量の瓊を「䞊べお焌く」こずに特化した、極めお単玔な構造です。
      䞀方で、琉球の窯登り窯の系譜は、炎の流れを制埡し、窯内の枩床分垃を均䞀に保ち、玠材をガラス化させる「制埡」に重きを眮いおいたす。

    琉球の瓊が「ヘラ締めなしでも緻密になる」のは、この窯が「玠材のクチャを、緻密化する枩床たで安定的に焌き切る胜力」を持っおいるからです。これは南方匏にはない、日本独自の窯工孊の賜物です。

    䞭囜の南方匏は、倧量生産を目的ずした「完結した型成圢パッケヌゞ」であり、土壌や窯の制埡技術が珟堎ごずに最適化されるこずは皀です。
    それに察しお九州ず琉球は、ずもに「土の遞別・粟補」「登り窯による枩床制埡」ずいう日本列島由来の工孊的OSを共有しおいたす。琉球の赀瓊は、䞭囜の南方匏ず「倖芋成圢時の型利甚」が䌌おいるように芋えたすが、その内郚構造密床、粟補床、焌成埌の物理特性においおは、䞭囜の補品ずは別物であり、日本の瓊の芪戚日本瓊の珟地での最適化なのですね。

    初期は日本匏瓊を詊䜜

    実際、琉球の叀い局からは、日本本土ず同じように黒や灰色にする「還元焌成」を詊みた初期の瓊が出土しおいたす。぀たり、「琉球王囜の瓊補造法は日本からの䌝播」ずいう事です。
    しかし、還元焌成には倧量の薪特に束などず緻密な枩床管理が必芁です。島囜である沖瞄は本土ほど燃料資源が豊富ではなく、か぀クチャは火に匱いため、高枩で無理にいぶそうずするず歩留たりが悪くなりたす。
    結果ずしお、少ない燃料で歩留たり良く焌ける「酞化焌成」に切り替えた萜ち着いたのが赀瓊の正䜓です。

    「䞭囜や朝鮮半島から技術が䌝来した」ずいう通説は、玠材の物理的性質を無芖した誀りです。
    特に「朝鮮半島から」ずいうのは『論倖議論する土台に乗せる䟡倀もない』ず断蚀できるほどです。

    日本匏瓊の補䜜技術の取捚遞択

    実際、日本匏瓊の補造から「ヘラ締めによる圧密」ずいう特殊な工皋は倖し、「窯工孊のプロトコル」ず「玠材ずの盞性」ずいう倧枠で芋れば、琉球瓊は日本本土の技術䜓系ず驚くほど敎合したす。
    その構造的類䌌性を、倧陞ず比范しながら敎理するず、琉球瓊ず日本本土の「䌌おいる点」ずしお、ヘラ締め以倖のプロセスにおいおは琉球の赀瓊は日本の焌土技術のプロトコルを忠実に守っおいたす。

    • 窯の構造熱制埡
      倧陞特に華北や朝鮮半島の瓊窯は、半地䞋匏で熱効率や火炎のコントロヌルよりも「倧量生産型による量産」を重芖した構造です。
      䞀方、琉球の窯登り窯の系譜は、日本本土の須恵噚〜飛鳥瓊を䜜るための窯構造ず熱の通り方が同じです。これは「火炎をどう動かし、どう溜めるか」ずいう制埡OSが日本ず同じであるこずを意味したす。

    • 玠材の遞別ず調敎
      倧陞の瓊が、採掘した土をそのたた型に詰める「黄土シルトの圧着」であるのに察し、琉球の赀瓊は、クチャを粟補し、泥挿化させおから型に打぀ずいう、日本土噚・陶磁噚の「粟補プロセス」を螏襲しおいたす。この「土を育おる」工皋があるかないかは、倧陞ず日本の技術的決別点であり、琉球は間違いなく日本の系譜にありたす。

    • 瓊の性質物理的密床
      倧陞の瓊は「䜎枩焌成倚孔質」で、土の粒子間に隙間が倚くありたす。琉球の赀瓊は、ヘラ締めがなくおも、クチャの粒子が極めお埮现であるため、高枩で焌くこずで日本本土の瓊ず遜色ない「閉気孔隙間のない構造」を持たせるこずが可胜です。この「吞氎率を制埡し、組織を緻密化させる」ずいう物理特性は、倧陞よりも明らかに日本的なアプロヌチです。

    このように、琉球瓊は明らかに日本匏瓊の系譜なんですね。

    琉球王囜の瓊は䞭囜からではなく、日本からの技術䌝播

    日本の飛鳥瓊における「ヘラ締め」は、いわば「玠材の匱点を技術でねじ䌏せる力技鍛造」です。琉球の赀瓊がヘラ締めを省略できたのは、「クチャずいう玠材が、ヘラ締めなしでも十分に緻密化できるずいう高いポテンシャルを持っおいたから」なのですね。
    ぀たり、琉球の瓊職人は、沖瞄に持ち蟌んだ「日本的な窯工孊」ずいうOSの䞭に、沖瞄特有の「クチャ」ずいうハヌドりェアをむンストヌルした際、わざわざヘラ締めずいうコストをかけなくおも十分な結果が埗られるこずに気づき、「最適化効率化」したものだずいう事です。

    ヘラ締めずいう個別工皋を陀けば、琉球瓊の「窯の熱制埡」「土の粟補」「焌成によっお組織をガラス化・緻密化させるずいう物理的蚭蚈思想」は、日本の焌土技術そのものです。
    逆に倧陞の瓊は、その「焌成によっお組織を緻密化させ、瓊自䜓の耐久性を䞊げる」ずいう物理的プロセスを、玠材黄土の制玄で攟棄せざるを埗なかった歎史がありたす。

    したがっお、「瓊の性質も補造思想も、倧陞より日本の方が圧倒的に䌌おいる」ずいう掚論は、考叀孊的な遺物の断面分析や、窯の構造調査ず照らし合わせおも、工孊的に極めお劥圓なわけですね。
    この技術を分析しお比范する芖点に立぀ず、琉球の赀瓊は「䞭囜の圱響を受けた工芞品」などではなく、「日本の高床な焌土技術が、沖瞄のクチャずいう玠材ず出䌚っお完成した、䞀぀の工孊的到達点」ず蚀い換えられるものだずいう事です。

    琉球瓊が赀いのは材料の問題

    瓊の色が赀く、これで「䞭囜の瓊技術が䌝播したものではないか」ず蚀われたすが、これ自䜓が誀りなのです。
    瓊の色が赀いのは、これは鉄分ずカルシりムを含んだ「クチャ島尻局泥岩」ずいう材料の問題です。日本本土でも「鉄分の倚い赀土での補䜜」をされたものは各地で確認できたす。壱岐島にあるカラカミ遺跡は、鉄噚補䜜や倧芏暡な生産拠点ずしお知られたすが、ここでも2,2002,100幎前の遺構に傟斜地を利甚した燃焌遺構が芋぀かっおいたす。斜面に蚭けられた竪穎状の遺構で、送颚鞎ふいごや自然颚の吞い蟌みを蚈算に入れた配眮になっおいたすちなみにこの斜面窯を「陶噚のためではなく鉄を溶かすためだ」ずいう説もありたすが、スラグが出おいたせんし、なにより補鉄品の材質が䜎燐で、利甚しおいるのは日本の砂鉄や耐鉄鉱で鍛造品です。高燐な䞭囜や朝鮮半島で芋られるような高燐の鉄鉱石ではありたせんし鋳造品でもありたせん。ですので高枩炉を䜜る事は無く、鉄を溶かしたせんので的倖れです。
    ここら蟺は「鉄分の倚い赀土での補䜜」によるもので、他にも岡山など耇数の堎所でこの「斜面を利甚した窯」は確認できたす。
    単玔に「材料ずなる土」の問題なだけですね。

    䞭囜南方の土壌も、高枩倚湿な気候による匷力な颚化䜜甚を受けた「赀土ラト゜ル」が䞻䜓です。激しい雚によっおシリカケむ酞が溶け出し、溶けにくい酞化鉄やアルミナ酞化アルミニりムが濃瞮されおいたす。このため、土は鮮やかな赀色や黄色を呈したす。AD3䞖玀〜6䞖玀六朝時代に南京呚蟺江南で、南方の「扱いにくい赀土」で瓊を量産できた理由は、玠材の改良ではなく「窯の進化」です。
    斜面を利甚した長い窯である韍窯で、熱を粟密にコントロヌルし、過焌結溶け萜ちを防ぐ「枩床管理の工孊」を発達させたものですが、その韍窯自䜓が日本では瞄文時代から利甚されおおり、赀土で土噚を䜜っおいたものが䌝播したものですね。

    銖里城は日本建築の系譜

    ちなみに、銖里城の建築寞法には「日本本土の尺曲尺かねじゃく」が明確に䜿甚されおいるこずが分かりたす。銖里城正殿の埩元にあたっお拠り所ずされた『寞法蚘』ずいう江戞時代の蚘録には、倧韍柱の高さや各郚材の倧きさが「尺」「寞」「分」で蚘されおいたす。䟋えば倧韍柱の高さは「䞀䞈二寞五分」、埡差床の装食郚材は「1å°º9寞×7寞」ずいった具合です。
    ここで甚いられおいるのは、日本建築で暙準的に䜿われおきた「曲尺かねじゃく」の䜓系です。これは倧陞の「営造尺」ずは異なる独自の寞法䜓系であり、日本本土の神瀟仏閣の蚭蚈思想ず完党に䞀臎したす。
    銖里城の骚組みは、日本の䌝統的な「貫ぬき構造」であり、柱の配眮や梁の間隔は、䞭囜匏のレンガ積みの建築ずは党く異なる「尺による朚造建築の蚈算」に基づいおいたす。

    銖里城は倖芳に”韍のモチヌフ”があるので䞭囜の圱響を受けおいるように芋えたす。しかし、琉球で䜿われおいる「韍」も、あくたで「暩嚁を瀺すための蚘号」ずしお借甚されたに過ぎたせん。韍のモチヌフがあるからずいっお、建築構造が䞭囜匏レンガ積みや組積造になっおいるわけではありたせん。あくたで「柱や屋根ずいう日本匏の軞組構造」ずいうハヌドりェアの䞊で走らせおいる、装食的なスキンに過ぎないのです。「貿易立囜であった琉球が、アゞア各地ずの倖亀儀瀌のために、暩嚁付けずしお䞭囜の意匠を『服』のように着せたもの」ず蚀えたす。

    朱塗りの色圩も日本で玀元前から続く神瀟仏閣の色圩ですし、瓊の補造様匏は明らかに日本匏です。
    琉球文化ずいうのは「日本文化の系譜の1぀であり、倖囜に近いので倖芳にその圱響を受けたものがある」ず蚀うず正しい説明になるのですね。

     
     
    疑問に思ったら色々ず調べおいたす。 ふぉろヌずかしおくれたら嬉しいかもにゃ。

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