
京子さんと明石くんの、ゆるごはん〈1.王様ひよこと手羽先パーティ〉
🍽️あらすじ
おいしくごはんが食べれる人がいたらいいのに。そんな存在を探していたーー。
大学生の京子さん(わたし)と明石くんはときどき一緒にごはんを食べるだけの関係だった。
彼氏と別れたばかりのころ、「おいしいごはんを一緒に食べれる人がほしい」と親友に駄々をこねて紹介してもらったのだ。
お互いの名前もなんにも知らない。はじめましてのとき、2人とも、名前ではなく、出身と軽い近況、好きなごはんについて話した。そのまま、1回目のごはんを一緒に食べに行って、楽しかったから、続いている。
「おいしいものは裏切らない」が信条の京子さんとくいしんぼう明石くんのゆるごはん会、ちょっぴりラブストーリー風味、開幕!
きっと、一緒に食べるともっとおいしい。
京子さんと明石くんの、ゆるごはん
〈1.王様ひよこと手羽先パーティ〉
おいしいものはこの世で唯一、わたしを裏切らない。
誕生日のプレートが乗ったホールケーキにざっくりフォークを突き刺しながら思う。
ケーキは11号のホールだ。ずっと前から食べたくて、自分で予約した。いちごがふんだんに使われているチョコのケーキ。大好きないちごが贅沢に使ってもらえる、春生まれでよかった。
ケーキとわたし、1対1で向かい合う。
大学生になってから2回目の誕生日、20歳になった日、高校のころから付き合っていた、彼氏と別れた。
告白したのは向こうからで、なんか違うと振ってきたのも向こうだった。
なんか違うってなんやねん。
なんでもいい、任せるって覚えたての呪文のように使ってきたのはそっちだろうが。
思ったけれど、ぐっと飲み込んでお別れをした。おそらく、大学で他に好きな子ができたとかのオチだろう。
好きだったはずだけれど、たしかに好みは合わなかった。ちっとも。
一人暮らしをはじめたので、家族とは付かず離れずの距離感だ。もとより家族があまり定住しないタチなので、地元と呼べる地元もない。
彼氏と過ごすだろうと親友は明日祝ってくれる約束だった。
だから、誕生日当日に、ひとりぼっち。
「いただきます」
せっかくだから、贅沢にひとくち。チョコの濃厚さと、挟まれたいちごの甘酸っぱさが幸せだった。もくもくとフォークで切り崩していく。
ありがちだ。ありがちすぎて笑ってしまう、恋の終わりだ。
泣きはしない。
どんなときもおいしいものはおいしくて、おいしいは幸せだ。
ごはんは、いちばん、体験で残る。
最後に残った、つやつやでぴかぴかのいちごがころんと転げた。
だけど、やっぱり、ひとりぼっちで食べるのは、少しだけさびしくて、おいしくない。
◇◇◇
バイト帰り、上着のポケットの中でスマホが震えた。
なんとなくの癖でポケットに手を突っ込んでいたから気づいたけれど、そうじゃなければ危なかったな、と思う。
右、左、真ん中。道路に目を走らせて、すっと道の端に寄る。白い線の中のずっと端っこ。寄ってから、なぜ真ん中?と首を捻る。車や歩行者の邪魔にならないようにするだけなら、左右確認だけでよかったのでは。よくて、前後。免許合宿のとき、教官に「その確認いらんよ」と何度も笑われたことを思い出す。わたしは、いつも、無駄が多い。
取り出したスマホの画面がぱっと光る。
通知センターに表示されたのは、言わずと知れた緑色アイコンのトークアプリだった。送信者は明石くん。
『今日、空いてる? 今京都おるんやけど』
今の時刻は17時過ぎ。明石くんは何の用だったんだろう、と思う。今の時間に、京都にいて、どこかに泊まるんだろうか。京都住みのわたしは、明石くんの住んでいるところをよく知らない。
『空いてる。ごはん?』
『そうそう。今からどうかなと思って』
『今日は何?』
『手羽先とか食べたい』
『いいね』
それから、ふたつみっつやりとりをして、画面を閉じた。お互いが今いる場所と、待ち合わせ場所の擦り合わせ。お店はどうするか。
明石くんが見つけたお店は、偶然にも今いる場所からバスで4つほどいった場所にあった。現地集合。たぶん、絶対、わたしのほうが早く到着する。バスを待ちながら、空を見上げる。つい最近までこの時間は日が落ちて真っ暗だった。今は、ぼんやりと薄暗い。もうすぐ春なんだろう。まだまだ寒いから、春が来た感じは少しもしないけど。
◇◇◇
明石くんとわたしは、ときどき一緒にごはんを食べるだけの関係だった。友達とも、恋人とも、違う。ひょっとしたら、知り合い、ぐらいの関係が一番近いかもしれない。
お互いの名前も知らない。はじめましてのとき、2人とも、名前ではなく、出身と軽い近況、好きなごはんについて話した。兵庫県出身、同い年の大学生、辛いものも甘いものも好き。それだけは知ってる。そのまま、1回目のごはんを一緒に食べに行って、楽しかったから、続いている。
わたしは京都の大学に通っているから、「京子さん」。明石くんは、兵庫県明石市子午線の町出身だと言ったから、「明石くん」。呼び合うときに不便だから、とあだ名だけ決めた。
それでも、身元は一応はっきりしている。親友の、友だち。彼氏と別れたばかりのとき、「おいしいごはんを一緒に食べれる人がほしい」と親友に駄々をこねた。新しい彼氏なんて、いらない。でも、ひとりぼっちで食べるごはんは、あんまりおいしくないから。誰でもいいから、食べることが好きな人を紹介してほしいと言った。
大きなため息を吐いた親友は、「おバカ」と呟いて、明石くんと会う場を作ってくれた。
数回一緒にごはんを食べたあと、「仲良くしてんの?」と親友に聞かれて、「名前は知らないけど」と言った。親友は「大バカ」とわたしにデコピンをかました。そのまま、明石くんの本名を教えてくれようとしたけど、断った。知らなくていい。そこまで、深く関わらずに、気楽にごはんを食べたい。
親友には、それはそれは大きなため息を吐かれた。「なんかあったら、すぐ言うこと」という言葉つきで。
明石くんとはそれからも一緒に何度もごはんを食べた。神戸や、大阪、はたまた京都。誘ったほうが、お店を探す。
食の好みが似ていたこともあって、月に3〜4回ほど一緒にごはんを食べる。
居心地がよかった。
◇◇◇
「お待たせ」
店の前、数歩分脇に避けた場所で明石くんを待つ。数分経って、明石くんが息を切らせてやってきた。思ったよりも近くにいたのか、早い到着だった。吐き出された息はまだ白い。無造作に首で丸まっている黒のネックウォーマーはあまりあったかそうではなかった。
「おつかれ」
「うん、おつかれ」
明石くんが見つけてきた店は居酒屋に近いようなこじんまりしたところだった。木の引き戸に嵌ったすりガラスからぼんやりと外に漏れている光は暖色で、ふんわりと美味しそうな香ばしい匂いがした。
明石くんは躊躇なく引き戸に手をかけて開ける。ちらりと目線がよこされ、慌ててわたしもあとに続いた。
明石くんのそういうところはすごいと思う。初めてのお店だと、わたしは少し気後れしてしまう。それでも食べたいものがある場合は頑張るけれど、おっかなびっくりだ。ひとり焼肉に行けるかどうか、みたいな話題があるけれど、結局焼肉かどうかはあまり関係なくて、どうしても食べたいものがそこにあるかないかなんだと思う。
威勢のいい、いらっしゃいませ、の言葉が飛んでくる。店内は思ったよりも広くて奥の2人がけの席に案内された。店員のおじさんが、にこにこしながらメニューと水を置いていく。
ラミネートされてテラテラ光るメニュー表を2人のちょうど真ん中に滑らせる。
「お腹すいたぁ」
上着を脱いで、ネックウォーマーをその上に放る。そうして座って、大きく息を吐き出すように明石くんは言った。ふっと体の力を抜いたのか背中が丸まる。
「何食べる?」
店の売りは鶏なのか、手羽先を使っているメニューだけでも何種類もあった。定番の塩焼きに、甘辛、スパイシー、旨辛、柚子胡椒、ポン酢、煮込みもある。
「ここずっと気になってて。とりあえず塩と甘辛は食べたいし、柚子胡椒もスパイシーもいいな」
「ほとんど全部じゃん。ちなみにわたしは追加で旨辛も希望」
じゃあ、とわたしはメニューを覗き込んで指差した。
「ちょこっとメニュー」と銘打たれて、通常4つ入りのところが2つ入りになっているメニュー群。
「全部頼んでシェアするのはどうでしょ?」
「天才」
笑った明石くんは首を傾げた。
「酒、飲む?」
「飲みたいんでしょ?」
「実は」
「わたしはラムネね」
「了解」
明石くんは、お酒が好きだ。好きだけれども、すごく強いわけではなく、こだわりが強いわけでもない。その日、メニューで目があったものにする、と言っていた。酒飲み歴としてはペーペーな大学生なので、いろんなものを飲んでみたいらしい。
「上の中ってところかな、うわばみではない」と20歳になってはじめて一緒にお酒を飲んだときに言っていた。
わたしは、お酒よりもジュースのほうが好きだった。
どうぞ、とジェスチャーをするとうん、と頷いてビールを指差した。今日はビールの気分だったようだ。わたしにはまだビールの美味しさはわからない。
すみません、と店員を呼ぶと同じおじさんがやってきた。
「生ビール1つと、ラムネ1つ、ちょこっと手羽先の全種類1つずつお願いします」
明石くんがすらすらと注文を口にする。
「あと、ピリ辛きゅうりとポテサラもお願いします」
つけ加えると明石くんはちょっと笑った。たぶん、今のは、ナイスという顔。
「承知しました」
明石くんは案外くいしんぼうで、思った以上にわたしと好みがあう。
「なんで手羽先食べたかったん」
2人分の飲み物が運ばれてきて、乾杯をする。
ラムネは瓶のまま運ばれてきたので少し困って苦闘する。
「貸して」
ビー玉を押し込むには思い切りと力が足りなくて、差し出された手に甘えて開けてもらう。しゅわしゅわと爽やかな音と香りが弾けた。瓶の中で海色のビー玉が揺れる。
ん、と渡されたグラスに注がれたラムネはだいぶ早い夏の匂いがした。
「名古屋土産をもらってさ」
「うん?」
「知らん? 持ち帰るのが難点っていうひよこのケーキ」
ひよこチャレンジがしたかったらしいよ。
スマホで調べると次から次へと出てくる、SNSにあげられた無惨なひよこたちの写真。画面を見せると苦笑して頷かれた。
「それで結果はどうなったん?」
「5匹中1匹だけ生き残ってて、俺の食い気を知ってる子たちが面白がって、弱肉強食やんって、生き残りをくれた」
これ、と示された明石くんのスマホの画面には箱の中で、無惨なひよこたちに囲まれて王様みたいな顔をしている綺麗なひよこが鎮座していた。
この場合、強いのはこのひよこで、もっと強いのは明石くんだろう。
「もっとも、一旦家に持ち帰ったところで姉に半分以上取られたんやけど」
前言撤回、お姉さんのほうが強かったらしい。
「食べられたひよこ見る?」と聞かれたけれど、丁重にお断りした。
「別に絶対食べたかったわけじゃないけど、ちょっと残念で、名古屋繋がりでなんかないかなって思ったら手羽先思い出したんよね」
「なるほど」
わかりやすい連想ゲームだ。
お待ちかねの手羽先たちが到着して渡された取り皿を受け取る。
明石くんとごはんに行くうち、誘ったほうがホスト役として誘われたほうをもてなしたりお世話するのがなんとなくできた役割だった。
「どれからいく?」
聞かれて塩、柚子胡椒、煮込み、ポン酢、甘辛、旨辛、スパイシーの順に指差す。
「待って待って、とりあえず、はい」
皿に乗せられた塩の手羽先に手を合わせてから齧り付く。向かいでは同じように明石くんが齧り付いていた。
「あっつ」
「でもおいしい」
うん、と強く頷きながら、食べ進める。手羽先は外の皮がパリパリで、中はジューシーだった。噛むたびにお肉の味をちゃんと感じる。
塩が一番素材の味を引き立てていて、気に入ったのは旨辛だった。思ったよりもピリ辛だったのが珍しくてよかった。
明石くんは柚子胡椒が好みだったみたいだ。途中で白ごはんを頼んでいた。お酒にも合うように全体的に濃いめの味付けだったので、気持ちはものすごくわかる。
「うちの手羽先は甘辛に胡麻を絡めたやつやったんよね」
食べながら、明石くんの家の手羽先の話をぽつぽつ聞いた。
名古屋には行ったことがない明石くん家では手羽先といえばそのお母さんの作った味だったという。この店のものよりもほんの少し甘味が強い、目分量での味付けなので日によって少しずつ味が違った手羽先。家族みんなが好きで、お皿に山盛りあったのがぺろりとなくなったのだという。最後のほうは取り合いになった。
くいしんぼう家族だと明石くんは言う。
楽しそうに語るその風景が目に浮かぶようだった。いいなあと思う。
結局、それぞれ気に入った味はおかわりをした。満足そうに息を吐いた明石くんの頬はほんのりと染まっている。
油でベタベタになった手を拭って、手を合わせる。手羽先は食べ方にコツがいるし、手が汚れるけれど、それを加味しても満足度が高かった。
「ごちそうさまでした」
店の外はすっかり夜色をしていた。
またね、と手を振って別れる。次の約束はしない。
今日も、おいしくて幸せでした。