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京子さんと明石くんの、ゆるごはん〈2.インドカレーとハンバーグ*〉

    🍽️あらすじ
    おいしくごはんが食べれる人がいたらいいのに。そんな存在を探していたーー。
    大学生の京子さん(わたし)と明石くんはときどき一緒にごはんを食べるだけの関係だった。
    「おいしいものは裏切らない」が信条の京子さんとくいしんぼう明石くんのゆるごはん会その2
    きっと、一緒に食べるともっとおいしい。

    本日は京子さんのターン!
    あるものが食べたくて仕方がないようで……?

    京子さんと明石くんの、ゆるごはん

    〈2.インドカレーとハンバーグ*〉

    無性に特定のものが食べたくなるときがある。
    甘いものだったり、辛いものだったり、というおおまかな味のこともあれば、がっつり〇〇が食べたい! となるときもある。この〇〇には得てして普段はなかなか食べる機会がない料理が入ることが多い。一人暮らしなら、なおさらだ。

    わたしの今の食べたいもの、はハンバーグだった。
    『ハンバーグ食べたいんだけど、明石くん空いてます?』
    気分的には、ぽちぽちと効果音をつけながらトークアプリのチャットルームに文字を打つ。ガラケーではないので文字を打つときに物理的なボタンを押し込む音はしないのだけれど。
    さて、どうでるか。
    明石くんの時間割なんて知らないけれど、基本的に大学生ならそろそろ講義が終わっているはずじゃあないかな、なんて。
    ただいま、5限が終わったところ。 
    大学のカフェテリアに腰を下ろして、パソコンを取り出す。レポートでもしていよう。
    スマホは着信音だけ鳴る設定にしておいて、画面をスリープモードにした。

    ◇◇◇
    きっかけは今日の昼ごはんに遡る。
    唐突に普段食べないものが食べたい、と思った。
    理由は簡単で、うっかり昼ごはんの準備を忘れたのである。悪いことに、昼休みを挟んで午後も授業がある日だった。
    お弁当はもちろん持ってきていなかったし、念のためにと大学に置いているエナジーゼリーも切らしていた。
    ロッカーでばたばた食糧を探すわたしを哀れに思ったのか、財布片手に親友が言った。
    「ごはん、食べに行くよ」
    「あいあいさー!」
    親友は、甘党で、魚派だ。
    わたしは、基本的になんでも食べれるけれど、どちらかというと辛党で、肉派。
    折衷案で、一緒にごはんを食べるときはカレー屋さんに行くことが多かった。
    ナンは好きだという彼女に合わせて、インドカレー屋だ。大学近くのその店は、珍しく辛さ調節ができるのだ。こども用の甘口カレー、星の王子さまでも辛いのだという親友はいつもその店で「大甘」を頼む。
    「いつものとこ行く? それとも学食?」
    食堂に向かう分かれ道で立ち止まって聞かれたので、考える。
    たしか、今日の日替わりはハンバーグ定食だったはず。
    ハンバーグはなかなか一人暮らしでは食べられない。というか、作らない。久しぶりに、食べたい気もする。でも、インドカレーとナンは家で絶対に作れない。
    迷いどころだった。
    「今何で迷ってるん、おじょーさん」
    呆れた顔で覗き込んでくる親友に手を合わせる。
    「もうちょい待って、ハンバーグとカレーの誘惑に負けてる」
    「はいはい」
    肩をすくめてスマホを取り出した親友は待ちの姿勢になっている。
    「あ」
    「なに?」
    「これ、あんた好きそうやけど」
    差し出されたスマホの画面にはいつものカレー屋の新メニュー。サンバル、と書かれていた橙のカレーが写っていた。
    「これだけじゃわからんって」
    ずだだだだっと取り出したスマホで検索をかける。トマトベースのスープカレーらしかった。
    「ちょっと前にカップヌードルで絶賛してへんかった? スパイシートマトチキンカレー」
    たしかに、最近ハマっていたヌードルがそれだ。カレーにトマトは邪道だと思っていたのだけど、案外、思ったよりもおいしかったのだ。あとは、スパイスマシマシにできるところがいい。カレーは辛いほうがおいしい。
    天秤がぐらっと傾く。
    「これ結構辛いらしいやん」
    メニュー横の表記は辛さ5。それらに背中を蹴っ飛ばされて、とうとう陥落。本日の昼ごはんはカレーに軍配があがったのだった。
    「じゃあカレーね」
    親友はスマホで口元を隠して言う。
    「ん?」
    目元が弧を描いている。どこか満足気な笑顔に見えて、親友の持っているスマホに手を伸ばした。
    「ねーぇ、それ自分が食べたいから勧めたやんね」
    画面に写るのは、ケララフィッシュカリー。南インドのカレーだ。マグロがゴロゴロ入ってるのが特徴だと説明書きされている。魚派の親友が好きそうなカレーだった。
    いいんだけど、いいんだけど、まんまと乗せられたのは少し悔しい。
    「バレた?」と親友はニヤリと笑ってわたしの手を引いた。

    カレーはおいしかった。
    おいしかったけれど、ちょっと経ってから、ハンバーグも食べたくなった。
    得られなかったものに未練が残る。
    まさにそれで、今日のわたしはずっと晩ごはんにはハンバーグが食べたいと思っていた。

    ◇◇◇
    今日はなしかな、と思った頃に明石くんからの返信がきた。
    レポートはもう終わりがけだ。
    『空いてる! けど、今バイト先やからちょい待たせるかも』
    『いいよ、待つし』
    『りょーかい、じゃあお店どうする?』
    『河原町のところ、わかる?』
    告げたのは、トッピングが豊富で、店内の装飾が骨董品屋さんみたいなハンバーグ店だ。こどもの頃から店内の雰囲気も込みで好きなお店だった。店によって装飾が違っていて、ワクワクするのだ。
    『わかる。じゃあ、1時間後店前とかでもかまわん?』
    『(グッドの絵文字)』
    『待たせてごめんやけど、最近暑いし涼しいとこおってな』
    まだ5月だというのに、軽い夏並みの気温である。まだ熱中症になるつもりはないので、食い気味に返信する。
    『ウィンドウショッピングしとくわ』
    『りょーかい』
    トークルームとパソコンを閉じる。
    大学から河原町までは混んでいれば40分はかかるから、そろそろ出ておいたほうがいいだろう。
    立ち上がって、忘れ物確認をしてから席を離れる。空席を探していた人がいたのか、空いた席はすぐに埋まった。

    京都は観光客含め人が多いので、バスが毎日のように遅れる。人も多けりゃ車も多いので渋滞し放題である。
    案の定、遅れてきた河原町表示のバスはぎゅうぎゅうだった。河原町は繁華街なので、着いてからも人は多いだろう。講義終了後すぐではないから学生が少ない分まだマシだ。
    「黄色い線の内側までお下がりくださいーー! ドアが閉まりません!!」
    いつも通りの運転手さんの懸命なアナウンスの後、ゆっくり動き出す窓の外をわたしはぼんやり見ていた。あと5分もしたら銀閣寺前のバス停に止まるだろう。
    明石くん、バイトしてるんだ。
    春の手羽先以来、珍しく数ヶ月空いての今日のごはん会だった。
    明石くんのことはほんの少ししか知らない。食べるのが好きで、くいしんぼうで、一緒にいて居心地がいい男の子。
    ずっとそれでいいと思っていたけど、なんだか少しさびしいな、と思った。

    ◇◇◇
    「何食べる?」
    明石くんが木でできた窓枠のようなメニュー表を覗きながら首を傾げる。
    ここのメニュー表は開くたびに新しい風景を見ている気持ちになる。ただのメニュー表なのに、惚れ惚れするぐらいワクワクするのだ。この店は細かなところまで作り込みがすごい。
    「パフェ」
    今回わたしの目を釘付けにしたのは桃のパフェだった。ソフトクリームの周りを囲むように桃が配置されている、果肉たっぷりのパフェ。
    そういえば、そろそろ初夏で、桃の旬の季節だ。
    「わかるけども、パフェはあとでな」
    明石くんが苦笑して、ハンバーグメニューを指す。
    「それなら、スパイシーソースハンバーグかな」
    「俺はそれのメンチカツセットで」
    「よきです」
    顔を見合わせて親指を立てる。やっぱり、お肉は正義である。
    「それはそれとして、食後に俺はいちごミルクとピーチシフォン食べたい」
    ちゃんとデザートまで食べる気満々で面白い。パフェとシフォンケーキをわけっこする契約を交わす。結局わたしたちはくいしんぼうなのだ。
    夜ごはんには少し遅い時間だったせいか、それとも週の真ん中だったせいか、ハンバーグ店には待つことなく通された。
    わたしたちのテーブルの上にはドラム缶をカバーにしたランプが下がっていて少し絞られた灯りが影を作っていた。

    「いただきます」
    木のプレートに入れられたハンバーグとサラダとライスが2人分やってくる。
    鉄板にのってくるお店ほどではないけれど、美味しそうな湯気とじゅっという焼きたての音が立っている。熱々は好きだけれど、猫舌にはまだ熱すぎる。
    明石くんがメンチカツを大きく切り分けて口に運んだ。
    「おいしい?」
    もっもっとハムスターのような擬音語が似合いそうなほっぺが緩んで頷く。案外大きいひとくちに美味しそうに食べるなぁと思う。
    切り分けただけでサラダを崩しているわたしを見て明石くんが少し笑った気配がした。
    サラダの上にのっていたプチトマトを口に放り込む。トマトは好きだ。小さな頃はよくプチトマトの中身を弾けさせていた。こどもの口にはプチトマトはほんの少し大きすぎる。好きなのになくなった、と泣いたっけ。
    メンチカツを飲み込んだ明石くんがおいしいよ、と言う。
    「たぶんもう食べれると思う。いいぐらいの温度」
    その言葉通り、ハンバーグはちょうどいい温度だった。噛むと肉汁がじゅわと出てくる。そのままのお肉の味がしっかりするのも好きだけれど、ソースで深みが出ているのも好きだ。
    「どない?」
    「いける」
    ちゃんとお肉を食べているという感じがして、生きているなと思う。
    「ハンバーグって久しぶりに食べたわ」
    明石くんがわたしと同じスパイシーソースバーグを切り分けながら言った。
    「やんね、大学入ってから年一食べるかどうかやから恋しくて、今日一日ハンバーグの口やった」
    説明がてら、昼のカレーとハンバーグの話をする。親友のことは明石くんも知っているので話がはやい。そういうことは往々にしてある、と明石くんは真面目な顔で呟いていて、笑ってしまった。
    「京子さんひとり暮らし?」
    「そう。揚げ物とかはご無沙汰なんよね」
    そっかぁ、と明石くんはひとつ頷いた。
    「明石くんは?」
    そのまま何も聞かないのも不自然な気がして、わたしも明石くんのことを聞いてみる。
    「俺もひとり暮らししてる」
    スパイシーソースバーグが大きな口に吸い込まれるように消えていく。
    「そうなんだ」
    思ったより愛想のない返しになってしまって、手持ち無沙汰でお冷のコップに手を伸ばした。
    「ハンバーグって、思ったより簡単にできるんよ」
    特に気にした様子もなくのんびりと明石くんは言った。
    「ひき肉こねるからちょっと面倒に思えるけど、袋に入れて揉むとか方法はあるし」
    ぎょっとして手を止める。
    「明石くん、ハンバーグ作る日常に生きてるの?」
    「生きてる、生きてる。なんなら、面倒はないとは言えんけど、揚げ物含め、一通りの料理は作れる。実家でもわりと作ってた。なにしろ、好きなものを食べたいときに作って食べれるので」
    ハンバーグ作る日常って、と笑いを抑えきれていない明石くんは放って、頭を抱える。
    「……明石くん、まさかのそっち側かあ」
    「そっち側?」
    「食べるのが好きな人って、わりと二つに分かれてると思うのね、食べるの専門と、作るのも好きな人。ああ、正確にいうと作るのが好きで食べるのが好きになった人と、食べるの好きなのが高じて作るようになった人か」
    「哲学みたいになってる」
    まだおかしいらしい明石くんは喉の奥で笑っている。
    「ちなみにわたしは前者ね。食べるの専門。……そりゃあ人並みには料理するけど、人に出せるかというと微妙なラインだし、お店で食べる方がおいしいのでお店に行きます」
    明石くんが完食したハンバーグのお皿を指しながら宣言する。
    ついでに、ベルを鳴らして店員さんに追加でデザート各種を頼んでおく。
    「ありがと。いやでも、好きなときに食べたいもの食べれるの大きいやん?」
    「わたしは麻婆豆腐を作りすぎたときに懲りたので」
    どうしても食べたくて、思い立って作ったはいいものの、上手くとろみがつかず、調整を繰り返した麻婆豆腐。気がついたら大きなフライパンいっぱいに増えていたのだ。未だになんでああなったのかがわからない。あのときは3食麻婆豆腐が3日続いた。
    そりゃ、辛さも味も自分好みでおいしかったけれども。
    これこれしかじか、と明石くんにため息をつきながら説明をする。
    「……まあ、大抵のものは冷凍できるし」
    ちょっと黙った後、キリッとした顔で明石くんは言った。

    「ごちそうさまでした」
    桃のパフェとシフォンはおいしかった。
    真似して作れるだろうか、と材料と手順を考えてみたりもしたけれど、店で食べる方がおいしいだろうなと思い直した。
    比較的なんでも作れる母でさえ、シフォンケーキにはムラがあったのだ。わたしが作ったとて、へこむのがオチだろう。

    ◇◇◇
    店の外は時間の割に明るかった。
    「ごめん、遅くに、と言おうと思ったんやけど、言うほど暗ないな」
    遅れて出てきた明石くんが空を見上げる。快適だった店内とは異なり、むっとした熱気がまとわりつく。
    「5月なのにもう夏やんね」
    随分と薄着になってきた人の群れが騒めきながら通り過ぎていくのが見えた。大通りまで出ると、通路の屋根下の電灯がともっている。シャッターが閉まりかけの店もちらほら見えており、やっと夜を感じた。
    「バス? 電車? 乗り場どこ?」
    河原町からは、というか京都は基本バス移動だ。京都駅まで向かうのにも、河原町からだと一本で行ける。その代わり、しょっちゅう遅延はするし、乗り場は分かりずらいのだけれど。
    「俺201番やわ、やから、F」
    「じゃあ離れとるね、わたしH乗り場」
    京都駅行き5番じゃないんだな、と頭をよぎったが、それもすぐに消えた。
    「そこやし、Hまで」
    明石くんは人の間を縫って歩き出す。どうやらバス停まで送ってくれるらしい。
    「ええのに、ありがと」
    「おかげでおいしいもの食べれたし」
    ちょうど交差点の信号が変わり、流されそうで慌てて明石くんの斜め後ろについた。
    「……おにーさん、もしかしてさ、インドカレーも作れるん」
    先をいく広い背中を眺めながら、そういえばの疑問を投げてみる。
    「もしかしなくても作れるよ〜」
    「普通のじゃなくて、マグロとかトマトのとかやで」
    今日の昼、覚えたてのカレーの名前を並べると、明石くんは首を傾げた。
    「んん、マグロのは作ったことないけど多分いける。スパイスあるし」
    「スパイスまで! じゃあ明石くん作れんものないやん」
    やっと人混みが落ち着き、隣に並んだ。どこかの店の焼いたお肉の匂いがする。
    「あるって。信じてないなら、今度俺が作れんの食べにいこーよ」
    上で苦笑する気配がする。
    「お菓子系だけはほんまにあかんのよね」
    意外だった。お菓子こそ、分量さえ守ればそこまで大失敗はしないのに。シフォンケーキを諦めた自分を棚に上げて思う。
    「約束ね」
    H乗り場にバスが来ているのを見て、手を振って駆け出す。逃すとまた暑い中待つハメになるだろう。
    「今日はありがと! 帰り気をつけてね」
    「そっちこそ!」
    初めてした次の約束だったかもしれない、とふとバスの中で思った。
    今日もおいしくて幸せでした。

     
     
    あきなひすい、と読みます。 日々零れ落ちて忘れていく、そんな何かを残したくて書いています。 エッセイや小説。 小説家になりたいです。

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