メインコンテンツへスキップ
見出し画像

年越しそば / 令和6年の記録【我が干しそば道 精進の141杯目】

    【我が干しそば道 精進の141杯目】

    ●メニュー名:
    年越しそば

    画像

    ●ご挨拶:

    やぁ諸君、ご機嫌いかがかな?
    全日本干しそば党 党首の佐奈田堂さなだどうだ。
    一束の干しそばから始まる壮大なマンネリズム劇場、
    すなわちこれぞ宇宙の真理!<   ゚(∀) ゚ エッ?
    我らが全日本干しそば党の党本部 公式noteへようこそ。
    本日も、諸君たちの潜在意識に熱く、深層心理に諄くどく語りかけるマンネリズムでサブリミナルな一杯をお届けしよう。ご覧になったあと、きっと君はどんな麺類より干しそばを欲する筈だ。そして今日は令和7年の年越しそばをどうしようかと真剣に悩み始めてしまうかもしれない。
    それぐらい本日の話は我ながら諄くどい。
    ・・引き返すのなら今のうちだぞフフフフフ。


    ●年越しそばの解説:

    本日は、全日本干しそば党が一年で最も注目する蕎麦の催事である年越しそばについてお話したい。
    まず第一にしっかりご理解いただきたいこと、それは‥、

    大晦日にそばを手繰る習慣は
    単なる食事ではないということだ!
    (; ・`д・´)b

    それは我ら日本人が受け継いだ「年替わりの儀式」であり、来年の運命に介入する行為である。
    この風習が民衆の間に広く根付いたのは江戸時代。だが、その起点はさらに遡る。


    ●起源は鎌倉時代
    博多「世直しそば」こそ源流説 

    時は鎌倉時代。
    博多の承天寺にて、年の瀬も越せぬほど困窮した庶民に、僧侶たちがそば餅(そば団子)を振る舞った。
    すると「翌年から運が向き始め、生活が立ち直った。」という記録・伝承が残る。このそばは人々の間でこう呼ばれたという。

    すわ!これぞ「世直しそば」である!
    ( ゚д゚ )クワッ!!

    ここに、そば=厄除け・開運・再起の象徴という思想が生まれたのだ。
    時代は下り、江戸時代のお江戸ではこの理念が庶民文化として爆発し、やがて日本全国へ。

    今、我々が年の終わりに蕎麦を啜るのは、鎌倉時代以降の、つまり800年以上の系譜を継ぐ儀式なのだ。


    ●年越しそばの由来について

    (ニュータッチのヤマダイ株式会社WEBサイトを参考)

    ① そばが細く・長く伸びる → 長寿・長縁祈願
    ② 家族・仲間・推しとの縁を細く長く続ける願い
    ③ そばは切れやすい → 旧年の厄・不運・黒歴史の断ち切り
    ④ 古来そばは毒抜き食材 → 心身の浄化
    ⑤ 金細工師が金粉をそばがきで回収 → 金運上昇
    ⑥ 博多「世直しそば」の恩恵 → 運命改善・再起の象徴
    ⑦ そばは打たれても倒れぬ作物 → 健康・忍耐・回復の象徴

    そして薬味のねぎは、「労ぐ(ねぐ)=労わる」「祢宜=神職」の言霊を帯びた心と魂の清め役である。


    ●令和6年の年越しそばの記録

    少々重たい講釈が過ぎたかもしれないが、この通り我々は年越しそばに並々ならぬ注目をしていることがお分かりいただけたことと思う。
    さぁそこでだ、令和6年、つまり去年の12月31日に、いったい私はどんな年越しそばを手繰ったのかを、私自身の記録の意味合いを含め、以下に記しておこうと思う。
    ・・とはいえ、それぞれの一杯(!?)に解説を加えていくとキリがないため、ここでは簡単な紹介のみとし、それら個別の詳細については過去の同様の一杯へリンクカードを張っておいた。
    ご興味があったらご覧いただきたい。


    ●令和6年12月31日の朝

    年越しそば-Part1
    マルちゃん ごつ盛り天ぷらそば(大盛)

    緑のたぬきのマルちゃん、東洋水産の「ごつ盛りシリーズ」の日本そば版。
    天ぷらは明らかに緑のたぬきと同じものだが、麺(そば)と汁は異なるようだ。ごつ盛りシリーズらしく大盛り、さらにお値段も比較的リーズナブル。

    画像
    画像
    画像


    ●令和6年12月31日の昼

    年越しそば-Part2
    本場江戸前 行徳海苔の花まき力そば

    我が街の名産、「江戸前の行徳海苔」を贅沢に使用した花巻そば。年の瀬の風情もかねて、地元神社の祭事でいただいた丸餅をトッピングしている。
    この花巻そばの作り方は、実は赤坂の老舗のお蕎麦屋さんから教わったものなので、確かな味なのだフフフ。

    画像
    画像
    画像
    画像
    画像
    画像


    ●令和6年12月31日の夜

    年越しそば-Part3
    きつねそば

    ほぼ毎日繰り広げられる我が干しそば道のシンガリを務めたのは、商売の神「稲荷明神」御用達のお揚げをトッピングした「きつねそば」だ。
    稲荷揚げの甘い汁が蕎麦汁と融合し、誰もがホッとできる和み味に次元上昇する。一年の労いねぎらいの時である大晦日には、もっとも最適な一杯なのではないだろうか。

    画像


    ●全日本干しそば党 党首より:
    まぁここまでご覧になってお分かりの通り、実は私の大晦日は、朝から晩まで蕎麦、そば、蕎麦なのだ。
    さらに年越しそばというフレーズに関しては、12月29日あたりから「今日は年越しそばイブ・イブだー!」、12月30日には「今日は年越しそばイブだーい\( 'ω')/」などと勝手に一人で盛り上がり、周りの人々の顰蹙ひんしゅくを大いに買っている次第。
    だがこれが私の毎年の年越しそばの実態だ、令和5年も令和4年もそうだった。いったいどれほど前からこうだったのか今となっては自分でも分からないが、記憶の限りではずいぶん昔からこんな年末なのだ。
    そしてもちろん干しそば、もしくは干しそばの義弟ぎてい or 従弟いとこと云われるカップそばでの年越しそばが基本である。
    どうだちょっと驚いただろう。
    こんな私がどこかで野垂れ死ぬことがあったなら、この私の躯むくろからは、きっと旨い蕎麦が生えてくるに違いない。
    ・・うむ、そんな死に方もけっして悪くはないなフフフフフ。

    今回は、いつもとは違う形で、私の年越しそばについてお話させていただいた。まぁまだ年越しには少し早いが、新年を迎えるがための、その心構えを早めに持っておくに越したことはない。

    何より天干細蕎麦命、そば神様は偉大なり!

    諸君、干しそばの光に( ゚д゚ )クワッ!!

    -------------------------
    ●追伸:
    全日本干しそば党の歴史は、Instagramから始まった。
    https://www.instagram.com/sanada_do/

    ※本稿は、Instagram 2024年12月31日の複数のPOSTより引用・加筆

     
     
    ここは私が干しそばで点てた家そばの備忘録。決して町の立喰いそば屋の食レポではない。私は干しそばで点てる駄蕎麦・大衆蕎麦を日々世界に発信する秘密結社「全日本干しそば党」党首である。党は現在、北は北海道から、南は遠く海を越え香港に支部を置く。 諸君、干しそばの光に( ゚д゚ )クワッ!!

    あなたへのおすすめ