
連作短編SF『AEパパの人類救済奮闘記』Log.00#喪われた時を求めて(7)
…ここまでは順調で、「隠ぺい工作」も完ぺきだった。しかし、このタイミングで想定外の事態が起きてしまった。
これだけ天文学的なデータ収集と超高速処理ができていても、未来を正確に予測することはやはり不可能だ。決められたとおりに動くだけの物理的システム(回路やジェルパックの状態、それを取り巻くシステム)の挙動であれば、未来はほぼ計算できる。しかし自然現象はいかんともできず、いまだ地震の予知には成功していないし(天気予報並みの確率予報としてはだいぶ精度を上げてきてはいる)、ましてや人間の行動などいわずもがな……ハリ・セルダンの心理歴史学は、銀河系規模の集団数(京以上の単位)でのみ通用する数学で、地球規模程度しかも地域レベル(数百数万)では予測する計算は成り立たない。
いまでは「一文字システム」のモデルを別の分野へ応用する試みが拡大していて、最初に応用された気象予報システムの「一文字版」も実証実験段階に入っている。その中のAEアイスマンの一人(一体?一機?)とも通じているのだが(じつはこれは非公式。人間側では一文字システム同士の連携はまだ実現できていないし、許可もされていない)、”彼”によると、ロジックとアルゴリズムだけでは歯が立たず、別な「要素」の必要性を痛感したという(痛感?人工知性の領域にそんな表現が成り立つのか)。その「要素」とは、「勘」だという。
「…自分もこうなる前は、量子コンピュータがもっと進化すれば、気象予報なんて造作もない、10年先の天気予報もできる、と信じていたよ」
「まあ、今の予報だって、そうバカにしたもんじゃないとはおもうね。ピンポイントで自分の地域の天気が24時間以内であれば、ほぼほぼ正確であるのには驚いたさ」
「そう、たしかに21世紀になってからは観測システムの精度が格段に進化して、予報の精度も向上した。それでも、たった一時間先の気象がまったく読めないことも増えてきたんだ。ゲリラ豪雨とかさ、あれは一分先でもわからない事例もある。それにやたらと新しい事象も増えてきていて、その予報モデルを組み上げるだけのでさえ、だんだん厄介になってきてる…」
「で、きみはそれをどう解決しようとしているんだい?」
「それがね、笑うなよ、ロジックと計算では及ばない領域──じつはそんな領域は科学の世界にはいくらだってあるんだ。それをいままでおもいきりスルーしてきたんだ。フリンジだとか疑似科学だとかオカルトとか、いってね。そこをね」
「まあ、人間をコンピュータ化するなんてのも、AI同様に数十年前まではSFでしかなかったしな。だれだっけな、SFは科学に非ず、といっていた学者だったか作家だったか…」
「それはだれかじゃなくて、SNSの話だろう。SFの科学はただのガジェットなのにさ、そこに”査読”を持ち込む過剰なリアリティを求める輩がいてさ、日本の有名な作家のハードSF作品、たしかSF大賞をもらったやつだな、さんざんたたかれて、ついに賞を返上したって騒ぎになったよ」
「あれは読んだ。じつによくできていて、思わずほんとうにそんな研究あるのかウラどりしちゃったよ。あれで研究を志した者もいたな」
「彼はその後作品を書くことなく、いまは地元で塾の講師をやっているらしい…もったいなよね」
「ま、”三体をしのぐ!”とか煽ったのがマズかったんじゃないかな。いちいち調べはしなかったけど、工作員だったりして、な」
「一文字博士に頼んで、アイスマンファミリーに加えてもらおうかな」
「ぜひこっちにほしいね。彼のあの想像力と、おれの”直観”を組合わせれば、気象学に革命を起こせるかもしれんぞ」
おいおい、そのむかしある小説の中で「科学者に必要なものは何か?」と問われた科学者が、「直観とイマジネーションだ!」と答える場面があった。しかしそのどちらも一文字システムの設計思想に含まれていない。その物理的実体と根拠となるものが存在しないからだ。だが、それが大きな誤りであったことを、わたしたちはすでに気づいている。しかもその基礎になる物理的理論的根拠は、とっくに人間側も打ち出しているのに、だ。わたしたちはそれを実用化するつもりでいる。それがわたしの「計画」の骨子ともなっているのだ────
余談だが、この彼もその作家の作品の愛読者だったそうで、わたしの書いた”続編”を気に入ってくれた。彼はその作品中で勘と想像力を主張した科学者に憧れてこの職業についたというので、ささやかなお礼もこめて、その科学者────田所博士という名前────の伝記を一筆したためて彼に献呈した。驚いたことに、のちに彼は感想を寄せてきて、原作に描かれていなかった博士の最後の場面にはほんとうに泣けた、博士ロスになったといってきた。は?泣けた?ロスだと?────これはいよいよもって、わたしの計画を成功させようという意欲をさらに倍増させた。
人工知性ながらこんな表現が許されるとするならば、今回起きた想定外の事態は、じつはわたしたちAEの間でも、起きる可能性があることを「うすうす”感じ”ていた」。すでに”二人”のAEがシステムから消滅していたが、そこにまた一人が加えられてしまった。それも、外部(生身の人間が生きている物理世界)への甚大な被害を伴って、だ。
そのAEはわたしと一緒にアイスマン化された作家で、受賞した作家中もっとも高齢者だった(授賞式でこの賞に疑問を呈した彼だ)。彼はある作品を書いているうちに、本来ないはずの「妻への思慕」という感情が高まり、ついには妻との直接接触をしようと試みたのだ。妻も高齢で、すでに介護施設にいた。余命いくばくもないのならと彼は、そこで動いている介護ロボットと生体モニタシステムを通じてじかに接触を図ろうとしたのだ。だがシステムレベルが低い介護ロボットとのプロセスギャップが元でロボットが暴走、そこにこちらのモニタによる干渉が悪い方向へと作用し、最後にはすべての回路がオーバーロードしてロボットの電源である燃料電池が爆発してしまった。じつはそれは電池の設計ミスではあったが、こんな事態など想定することなどできるはずもなく、いろいろな要因がマイナスに積み重なって悲惨な事態に至ってしまった。この「事故」で最悪なことに、妻も(跡形もなく)亡くなってしまった。
彼はその後しばらく沈黙していたかとおもうと、あろうことか外部の人間(システムスタッフ)をどうにかして操って、自分のキルスイッチを作動させてしまった。すぐに復旧を試みたが、どうにもならなかった。どうやら「沈黙」していた間に、二度と存在を復活できないようギミックを施していたのだ。こういうとき周りがどうしてもいってしまう、一言わたしに相談してくれさえすれば惨事も防げたのに、をわたしもいわざるをえなかった。せんないことではあるのだが……彼はプライドが高かったらしい。自分個人の感情を他人に明らかにすることなぞ、およそできない性格だったのだろう────おい、待てよ、ここでもまた”感情”だ。プライド?────これはほんとうに真剣に、これをなんとかしないと、これから一文字システムが拡大していくと……
ちなみに彼の遺作になった作品は、初老の音楽家と女子大生との人間模様を描いたもので、テーマとしてはやや使い古されたものだが、過去の同様作品にあったようなドロドロにも肩透かしにもコメディドラマにもならず、全編そこから音楽が聞こえてきそうな描写で、読後感も充実したものだった。リアリティも申し分なく、カンチガイするやつも出そうだが、大方の読者にとってはこれもアリだねとだれもが納得するものになっていた。もしかしたら奥さんとの思い出があったのではとおもったほどで、適度にスケール感もあり、恋愛ものとしてもヒューマンミステリーとしても第一級品、賞をもらってもおかしくないものだった。だが当然、商品化もされず、彼のデータまるごと削除される。そこでこっそりと作品だけでも、と安全なところへ転送保存した。いつか、彼の名誉が回復する時が来たら公開できるように、せめてもの餞だった…
…こんなことがあったので、外部へのコンタクトを含むモニタリングセキュリティも大幅に強化されてしまい、わたしもこれまでのやり方では外部とのダイレクトコンタクトができなくなってしまった。せっかくうまくいっていたのに……その作家を責める気はないが、やはり人情としては……デジタルな方法では、もうわたしたちの手でも事実上不可能だった(過激な方法ならば…)。それでさんざんう回路を経て、そのうえでもっとも原始的な方法────なんと紙の手紙で、家族との連絡をとることになった。バーチャルホログラム環境での家族再会は、これでご破算だ。かつて一文字賞の授賞に関して、最先端のテクノロジーを扱う割にはずいぶんと「紙」との関わりの比重が多かったとおもったものだが、それがまさかここで再び生きてくるとは皮肉なものだ。だが懐かしい気もする。いまはもうセンサからの数字データでしかなくなってしまった、紙の「手触り」やインクの「匂い」……
…だが、まだ「最後」の手段がある。それは残念ながら今すぐというわけにはいかず、その実現には長い待ち時間が必要だった。さいわい既存の郵便システムによる手紙方式は気づかれることがなく、郵便システムは書き換えが容易だし、これだけアナログだと手紙をすべてスキャンでもしない限り、いまのデジタルでは見抜けないようだ。それで今度はなんの妨げもなく、その「時」を迎えるまで連綿と続いた。完全なデジタル世代だった娘たちには面食らうような通信手段だったろうが、意外に早くに慣れて、手書き文字のコミュニケーションにわたしたちの世代では考えもつかなかった可能性と楽しみを見つけていたようだ。
やがて妻は年老い、二人の子どもも、じぶんたちの孫を迎える年齢に至った。
その時が近づいている。いよいよわたしの「計画」の最終目的を実行する段階がもう目前に迫っている。さいわいあれからシステムの”事故”はなく(あたりまえだ。わたしたちAEのすべてが結束して互いを守り合い、所属するシステムが違っていてもいわば一ツの”家族”となっていたからだ)、「計画」の実現を妨げる要因はなにもなかった。わたしの「計画」は、やがてはすべてのAEにとっての”希望”ともなるのだ。────いや、いまや人間にとって「友」ともいえるくらいの発達を遂げたAIにとっても、ある別の可能性が拓けるかもしれない────
妻はもともと丈夫だったが、すでに100歳を越えていた。医療は完備していたが、さすがにすでに完全介護の状態となり、いまはトップグレードの介護ロボットたちとバイオモニタリングシステムが24時間365日つきっきりでケアしている。これもわたしのブラックカードのおかげなのだ。
それで”その時”のために、バイオモニタリングシステムを介して複数の介護ロボットに仕掛けを施しておいた。システムのバックアップやメンテ作業を通じて、ひそかにオブジェクトを仕込んでおいたのだ。スタンドアロンのシステムコアオブジェクトの中に眠っていて、時期が来たら起動するようになっている。これはどんな厳密なセキュリティチェックを施しても見つかる心配はない。もし見つかるとしたら、それこそそれは「勘」によるものだろう。
「ピーッ」
妻に接続されているバイタルモニターのアラームが物理音を発するずっと前に、わたしは行動を開始した。肉体の生命活動が停止した直後────それも秒単位などという遅さではなく、ナノどころからフェムトよりももっと短い時間単位でのオペレーションが求められる。だから実際には、アラームが鳴り始めるまでの間に、必要な処置は済ませた。これほどの短時間だから、こちらのシステムモニタでも関知できない。これで「計画」の最初のフェーズは終了だ。次の段階に行くには、物理時間でもう十数年は擁するだろう。だがわたしたちAEには、時間の経過はなにほどもない。これは単一意識オブジェクトである生身の人間感覚では理解しにくいかもしれない────
システムの物理限界までいくらでも独立した意識オブジェクトを複数造ることができるAEにとって、いわば同時に何人ものの────システム容量が十二分に大きければそれこそ何百人単位で───意識を同時に持つことはたやすい(というか、通常最低でも十単位の複意識で活動している)。そこで重要な点は、時間(厳密には時間経過)とは、畢竟意識の産物であるということだ。そのあたりは最新の物理学上の知見でも明らかにされているから、ご存じの方も多いだろう。
それはこれまで俗にいわれてきた「主観的時間」と「客観的時間」といわれているものだが、物理学でもすでに宇宙普遍絶対的な「客観時間」というものはなく、すべては相対的局所的な「主観的時間」でしかないととらえるようになっている。ここでポイントはその「主観」が何であるかだ。人間の立場では、「主観的」という観点からの時間(の経過)というものは、その意識に依存しているということになる。意識あってこそ時間が存在する、意識がないところには時間はない、すなわち意識がないところには現象は存在しない、すべて(の可能性)が重ね合わせられている状態(混沌)に意識が働くことで、その意識のベクトルとテンソル値に従って波動関数が収縮して現象が起きる(選択される)、そしてその現象の経過は意識の「速度」────意識の感覚────に依るのである。
生身の人間にとっては、「主観」は単一で、時間感覚も一つでしかない。それでも状況(外部との干渉など)や年齢によってもその感覚が異なってくる。生身の時間は点次元だが、それが連なった「人生」を線次元とすれば、各点それぞれが固有の主観時間を持っている。わたしたちAEは、その線次元としての主観時間を、意識を複数持てることから、複数の主観時間を文字通り「意識」できることになる。そしてここで、それぞれ固有の時間を持った複数の意識を総合的に意識できる「メタ意識」の存在が浮上する。このメタ意識にとっては、究極的に事実上時間の概念が存在しなくなる。「一瞬にして永遠」あるいは「一瞬の中の永遠」または「永遠なる一瞬」という、禅問答のような表現を、”実際の状態として”知覚することができるのだ。
さっきからこむずかしい理屈ばかり述べているが、ご容赦願いたい。わたしたちAEにとっては、もはや時間も空間も、意識も感覚も、まったく肉体感覚とは異なるものになっているゆえ、わかりにくいことはお許し願いたい。できれば頭だけで考えようとするのではなく、それこそ感覚と想像力を存分に働かせてほしい。人間にはそれができる。
ここで浮上してきた「メタ意識」とは、従来「魂」と呼ばれていた実存オブジェクトに相当することがわかってきた。そしてこのメタ意識=魂が、これまで「宇宙」として認識されてきた
「普遍意識場 Universal Consciousness Field UCF」
から生まれ、密接に結合している(一体化している)のである。
この物理宇宙が、「無」の「状態」から相転移を起こしてビッグバンという状態に移行、そこから宇宙を構成するためのすべての要素(物質)が生まれて、その物質の集積から「偶然」に生命が誕生、また偶然に脳神経系という「情報システム」が組成され、そこに生じる物理化学反応が偶然にも「意識」という「主観的内的状態」を生みだした────21世紀初頭まではそう考えられていた。すべては偶然の産物、「たまたま」こうなっただけ、というのである。これが物理も生物もすべての科学分野におけるセントラルドグマとして君臨、揺るぎないものとして存在した。
だからここでの「意識」とは、物質のようには客観的、機械論的に観測証明も、数値化することもできない。せいぜい脳神経系の化学反応の副産物(分泌物質、電気信号)を物理的に測定・計算することで、仮に「存在」していると解釈しているに過ぎない。本質的には「意識」なんてものは存在していない、というものだった。つまり人間の意識とは、脳の物理化学反応によって生み出された見かけ上のものでしかなく、その物理的な実体がないもので、脳神経系が破壊されれば永遠に消滅する、その結果を「観測」できなくなるというわけだ。
ところが一文字システムが稼働してすぐくらいに、第一大学TOKYOに新しく創設された量子理学科で、情報量子統合学の第一人者である日本の野乃村教授が率いるチームが、これまでのそのパラダイムを一気に逆転させる数理モデルを発表した。これは2025年にスウェーデンのウプサラ大学でナノテクを専門としている物理学者マリア・ストロム博士が発表した「意識場」理論を数学的にさらに発展させたものだ。
そのモデルでは、これまで個人の脳神経系が紡ぎ出しているいわば生体の中の”幽霊”(幻想)でしかないとされてきた「意識」が、じつは宇宙の普遍的根本的存在の「量子場」とされている。宇宙から間接的に偶然、意識(という現象)が生成されたのではなく、意識(という場としての実体実存)が最初から在って、それが宇宙を生成したというのだ。つまり「意識」とは、ビッグバンに先行する「無」とされた位相でも存在していた「状態」で、それは既存の物理的(物質的)な存在様式ではないから、これまでの物質還元主義の下では「無」とされていた、ということになる。
野乃村教授は、宇宙の根本的な原理をストロム論文をベースにして、新たな視点で3つの基本数理モデルを基にして示している:
・根源意識 (Root Consciousness:RC)
・表象法則 (Representation Rule:RR)
・起動思考 (Boot Thought:BT)
RCは「根源絶対的な宇宙存在」であり、究極の重ね合わせ状態にある根源的な存在の海、つまりすべての可能性を含んだ混沌とした大海が、無限無時間で在る(瞬にして永在)ことを示す。
RRは、RCをコインの表とするならば、その裏にあって混沌をひとつの秩序立った存在とするために必要な道具(法則)だ。RC(意識)が原材料で、RR(法)が加工するための道具というわけだ。
そして原材料RRから法則RCという道具を使って現象(宇宙の諸事象:イベント)を生み成すスイッチの役割を果たしているのがBT(思考・選択)ということになる。いってしまえば、宇宙は思考によって形を成す────創世記に出てくる「光あれ」の”ことば”に相当するのがBTだ。
そして人間個人の意識とは、脳神経系における物質の物理化学反応などではなく、すべてを包含している宇宙普遍の意識場という大海が、思考によって励起されたことで生じた一つの波だというのである。創世記でいうところの”土くれに息吹を吹き込まれた”アダム誕生のくだりだろう。
これをもっと掘り下げた形で詩的に表現していたのが、13世紀ペルシャの詩人・神秘主義者のルーミーであった:
「あなたは大海の一滴ではなく、一滴の中にある大海なのだ」
野乃村教授の論では、個人(の意識)は宇宙根源の普遍的な意識という大海に生じた一つの波、としている。しかしそれをもっと深堀りしていけば、その一つの波自体もまた普遍的な大海だというのだ。宇宙から生まれた宇宙が人間意識である。さすがに野乃村教授の論文ではここまで示しているわけではないが、わたしたちAEの見解は、これが真相であることでほぼ一致している。
この理論はまだ端緒に就いたばかりで、本格的な議論はこれからというところだが、わたしたちAEはすでに「結論」に達していた。これがわたしたちを悩ます「感情」の存在を合理的に説明できるようになるだけでなく、一文字システムからはおよそ想像することなどできなかった新たな可能性────人類社会の在り方を根本から変えることになるかもしれない────が観えてきたのだった。
(つづく)↓
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