
連作短編SF『AEパパの人類救済奮闘記』Log.00#喪われた時を求めて(1)
※これは、しあわせなことに自分の夢を叶えることができた一人の男の話である。ただしその実現は、彼が想像もできなかった形ではあったのだが…
<おめでとうございます!
このたび貴殿は、一文字文学賞最優秀賞を受賞しました!!
つきましては…>
───やったぞ!
…スマホでこのメールを受け取った時は、ほんとうに踊り出したいくらいだった。ただその時は深夜を廻っていて、家族はすっかり寝静まっていたのでさすがに遠慮したが……湧き上がる興奮を抑えることができなかった。
それにしても苦節十◯年。よくぞやったと、この時ばかりは自分を無条件に褒め称える。そしてこの手の”成功”を手にした凡庸な男にありがちな、”捕らぬ狸の皮算用”を考え始めてしまい、抑えきれぬ興奮もあって結局その夜は一睡もできなかった(これで眠る気になんかなれるもんか───いやそのじつ、これは夢で眠ったら消えてしまうとおもったのかもしれない)。
ほんとうは妻をたたき起こしたいくらいだったが、低血圧の彼女を早朝(いや、まだ太陽も出ていない)に起こそうものなら……せっかくの受賞の喜びがだいなしになってしまう。はやる心をなんとか抑え込み、彼女が起きてきていつものように朝食の支度を終えるまで、とにかく待った。もちろんとことん昭和の男だった父のようにただ黙って(新聞を読みながら)座って待つのではなく(そんなことしたらしたでやはり妻に怒られてしまう)、いつも以上に積極的に家事をこなし、洗濯(ベランダに干すところまで)も、さらにこれは妻がやるはずだったゴミ捨ても済ませておいた。おっと、トイレットペーパーも切れている。替えておかなきゃ────こうして完璧に朝の家事を終えた状態にしておき、ゆっくりと朝食を頂きながら、落ち着いて(ポーカーフェイスで)彼女に告げたかったのだ。
「きょうはやけに早いよね。…あ、ゴミも捨ててくれたの?」
「うん────なんか目がさえちゃっててね…うう、じつは一晩中眠れなかったンだよ」
「え、なにかあった?…まさか、なんかやらかしたとかじゃないよね?」
「いやいやぁ」(あくまでポーカーフェイス)
「おかしいな、なんかあったんでしょ、やっぱり。どっかでひどいヘマしたんでしょ!言っちゃいなさいよ!!怒らないから!」
これがいつものとおりだったら、言っても言わなくても怒る。自分は日ごろからどうにも信用がない。そりゃ、そうだ。齢四十を半ば超えていても一向に役職にも就けず、あくまで趣味としてだが小説を書いている────いちおう妻にも了承を得てはいるけれど、それで出世するわけでもなく、お金になるわけでもなく、やはり肩身が狭いことに変わりはない。結果を出せなきゃ責められるのは、会社も家庭も同じなのだよ…
「どうもヘンねえ───ねえ、なにか隠しているんじゃないの」
「いやぁ、べつにないよ」(まだまだポーカーフェイス)
「パパ、キモッ!」
とつぜん、下の娘がいう。
「…なんかやらかしたね、ゼッタイ」
と、上の娘。どちらもまだ小学生だ。
「う、そ、そう───やらかしたんだ…」
「ヤッパリ!」
娘たちが声をそろえていう。いや、妻も、だ。
「もう、なにやらかしたの、ショージキにいいなさい!」
うわ、そういいながらその眼が笑っている。さては、気づかれたか…
ここらが潮時と覚悟し、娘たちが次のコトバをいう前にスマホの画面を皆の前に掲げた。
「…じつはね、これをやらかしちゃったんだよ、ごめんな!」
「え、なに、これ?…イチモンジブンガクショウ?」
画面を覗き込んで上の娘がいう。するとわが愛する奥方は……
「そう、おめでとう、とうとう叶えたね」
と、静かにいう。
「パパ、賞をもらったの?金賞?」
学校の絵画コンクールで金賞をもらったことがある下の娘がいう。
あとは妻が説明してくれた。わたしはただニコニコしていただけ。
「へええー、え、そうするとパパは作家ってこと?小説家になったの?」
「それってすごいの?」
「そうだよ、パパはこれから世間に注目されるんだ。有名になってテレビにも出ちゃうかもしれないんだよ」
「!」
まだ小学生だから、ふだんそれほど愛想が悪いわけではないのだけれど、どちらかという妻寄りの娘たち。それが二人して踊って喜んでいる。なるほど自分が踊る必要はなかったんだ…
妻はあくまで冷静沈着、どっかの司令官並みのクールビューティぶりだったが、明日お祝いの会をやりましょうとまで言ってくれた。こういう場面ではもう飽きるほどにありがちなことではあるのだが、妻にはずいぶん苦労をかけたがこれで恩返しができる、彼女もよくがんばってくれた、とほんとうに心底思うものだ……実際そうだったがふと、もしかしたらこれを機に離婚を切り出すとか……ないよね?などと思ってしまったのも───ま、ありがちなことなのだろう。
「わかりました、おめでとうございます。これであなたも夢を叶えたわけよね。これからは、作家として自分の好きな道を進むことができる、だからわたしも……」
きたか!おいおい、賞をもらって三行半かよ、そんなん洒落にならんぞ、いや待てよ、どっかにそんな小説あったような…
「…作家の妻ということで、こういう人がよくいう、”妻のおかげで────”といわれる奥さんになるってことね」
「ママも、えらくなるの?」
「そうだよ、”内助の功”ってことで、将来伝記を書いて、それがドラマになって…」
「スゴイ、スゴイな、わたしたちも、そんなスゴイ、ママとパパの子どもってことで、有名になるのカモ」
「なにいってんのよ、それがきっかけで逆にイジメられるようになるかもよ」
「ええっ、そんなことないよう」
久々に(何年振り?)家族全員が盛り上がった朝だった。幸せだった。これがずっとずっと続けばいいと…まあ、実際はそんなにうまくいくわけはないだろうが、今は夢を見ていい時だ。
わたしはいわゆるアラフォー(5に近いほう)ではあるが、いまだに役職もないただの平社員である。勤めている会社は社員数100人ほどの中小企業で、オフィス向け機器のシステム開発(下請け)と販売(ルート営業)をしている。わたしは大学を卒業するとすぐに、もともとシステム開発希望で入社したのだが、社内事情で営業も兼ねることになり、そのうちいわゆる社内の「何でも屋」になってしまった。それで、フリーのプログラマーとして独立できるほどの技術力もなく、かといって営業成績がとくべつ優れているというわけでもない、なんとも中途半端なポジションに位置づけられてしまった。だがこれも中小企業あるあるで、要はただのパシリに過ぎない───ただし使い勝手が良いかどうかはしらない(自分もいいとはおもえていない)。その代わりといえるかどうかわからないが、扱っている商品の関係上、市場価格よりかなり安い社員価格でパソコンなどの機材を買うことができ、ネットで遊ぶことも仕事を口実にすることができた。まあ、それくらいの役得で満足する程度の、これまでの人生だったのだ。
30半ばで思いがけないことで結婚し、すぐに子どもが二人になったが、まだ築30年越えのマンション(というより十分にアパート)住まいだ。妻はもともと都心の飲食店でシェフを務めていたが、これもありがちな、結婚を機に…というやつで、いまはアルバイトでショッピングモールのフードコートで働いている。子供はまだ小学生だが、この先かかるお金は…とおもうと胃が縮む。それもあって、これもまた月並みに、インターネットに活路を見出だそうとしたのだった。要は、絵に描いたような”月並みな”人間なのだ。
わたしがネットを始めた頃はもうブログが廃れ始めていて、それに代わるものとして、小説などの創作物を自由に投稿できるサイトが増えている時だった。ここでもやはりご多分に漏れず、わたしもそのトレンドにたやすくのっかり、中高時代は理系は赤点すれすれなのに文系、特に国語だけは得意だったこともあり、”下手の横好き”でいつしか小説を投稿することが趣味となっていった。ただの道楽にしておけばいいものの、コメントなどで持ち上げられているうちに、これも定石どおり、作家になることを真剣に夢見るようになっていく。そしてとうとう不遜にも、ネット上の趣味枠を越えた領域への飛躍を夢見る、つまり出版社の文学賞への入選をターゲットにするようになっていったというわけだ。
もちろん同僚にも、リアルの友人たちにもそんなことは露ほども言っておらず、ただ妻にだけはこっそり打ち明けて(子供たちにはいわないでおく)、いまの仕事を辞めなければという条件付きで、文学賞狙いをこれからの余暇部分の人生目標として向かっていった────ま、ここまではそこらへんにいっぱいころがっている話。そんな人間はそれこそ履いて捨てるほどいる。ただそこから先で平凡と非凡とに分岐していくのは、なにがその原因なのだろうか、とよく思う────
だがどういうわけか、わたしは平凡を脱する道に入った。もちろん賞を一つもらったからといって、一気に非凡の仲間入りを果たすわけではないことは重々承知だ。ここからほんとうに非凡な道を歩むには、まだまだ数々のハードルが待ち受けているのだろう。いまはまだ気分が高揚してはいるが、そのうちそれに怖気づき、結局は平凡の中に留まり続けることになるのかもしれない…
そもそも賞をとるのも、そんなに簡単なことぢゃない。ある著名な作家はいろいろ職を転々とした挙句、自分にはもうこれしかないのだと決死の覚悟で応募したら…という話を聞いたことがある。それに比べたら自分はなんて恵まれているんだ、小説なんてそれこそ肉を切り刻み、断つくらいの痛みを積み重ねていって初めて入り口に立つ、などという話もあるほどだ。精神的にもかなりのところまで追い込めなければイイ作品は書けないし、そうするのが作家というものだ、ともいうのだ。
それをおもうと、時には酒をかっくらいながら、面白半分に書いているようでは、しょせん自分のそれは道楽に過ぎず、この受賞も娘の絵画コンクール程度のものではないか、そんなもので舞い上がるなんてのは幼稚だな、おれは、とクールに考えている自分もいた。
…翌日の晩は友人たち(仕事仲間ではない)も加えて、妻手づくりのご馳走(元厨房勤めの妻の手料理はかなり本格派)に舌鼓を打ち、去年会社のコンペかなんかで優勝した時にもらった何万円もするらしい秘蔵?のワインを開けて、みんなでしこたま酔っ払ったものだ。
「そうか、これでおまえも作家センセイか」
「テレビとかに出て、エラそうなことをいうようになるんだろう」
「ま、オレたちも、その”ご友人”ということで、なんかおこぼれもらえるんだろな」
「なんせ、印税ガッポリだもんな。どうせ会社辞めるんだろ?」
「夢の印税生活笑」
「印税で食っていけるの?作家になっても、なんか賞とかとり続けていかないとやってけないんじゃない?」
「どうせ一発屋さ」
「ま、有名にはなるんやろな」
「そのうちさ、政府のナントカ委員会のメンバーとかになってサ」
「ゆくゆくは人間国宝ってヤツか」
「ばか、小説なんか国宝になるかよ」
「そうなのか?」
「文学ならさ、ノーベル賞じゃねえか」
「ああ、ほれ、日本の作家でさ、毎年ノーベル賞の季節になるとニュースになるやつ…」
「で、毎年はずれるんだよな」
「まあ、それでも話題になるってのはいいじゃないか。おまえもそれ目指せばエエやん」
…まあ、ここでもずいぶん盛り上がった。こんなに陽気で酒が美味いのも、学生時代以来じゃないか。作家になるってイイなあ……酔っていることもあって、皮算用どころかただの妄想まで膨らませる一方で、それがすぐにでも現実になるかのような勢いだった。
次の日は休日で、いいかげん昼も近くになってから目を覚ます。さいわい二日酔いもなく、まだ受賞祝いの余韻が残っている中、これからの印税生活を想像しては一人ニヤつく────だが、実際はそんな甘いもんじゃないだろ?そもそも実際にどれくらい入るんだろ?いや、それよりどれだけ売れるかだ。書店に自分のコーナーができて……などと無責任な空想はまだまだ尽きない────
顔を洗って、妻が淹れてくれた珈琲をすすると(いつもと味が違う!…気がした)、やっと少しばかり冷静になったのか、フトあることに気がついた。
(───そんな賞あったっけ?)
(つづく)↓
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