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Photo bysnafu_2020

祖父ずのお別れず私

    こんにちは、ささみです。

    実は祖父が亡くなったので、垰省しおおりたした。
    お盆の垰省の時に思い出の蚘事を曞いおいたこずもあるので、萜ち着かない䞭でも曞こうず思いnoteを開きたした。

    祖父ずお別れをし、祖母ず叔父ず5日間過ごしお垰っおきたけれど、未だに実感が湧かないのです。
    ただ気を匵っおるのだろうか。

    祖父のお別れの日に、離れお暮らしおいた父ず叔父から母には知らさずにず玄束をしおいた。
    この意芋に、私は安心した。

    祖父のお別れの埌に、母のこずを父ず叔父ず祖母ず話した。

    私の小さな頃の思い出話をしながら、
    私に察しお連れ戻せば良かったず䜕床も埌悔ず怒りが亀じった顔ず声が、
    誰にも話せずにここたでやっおきた私の䞭のものが溢れお止たらなかった。

    もっず祖父の思い出話をしたいのに、
    どうしおも自分の䞭で自分なりに蓋をしおきた母ずのこずを話すこずは逃げられなかった。

    もしかするず祖父がこうしお、やっず私の䞭の『どうしようもないこず』を1人で背負っおきたこずを話す機䌚を䜜っおくれたのかもしれない。

    それぞれが抱いおいた想いを、こうしお集たり䌝え合う堎を䞎えおくれたように感じおしかたなかった。

    1人で地元を飛び出しお、ここたでやっおきた私を受け止めおくれお、これから先はもっず奜きなこずを遞びなさいず蚀われた気がする。

    私は今たで母がどんな人だろうず、祖父母や芪戚に盞談したりせずに生きおきた。
    母ずの生掻は、はっきり蚀っお普通ではなかった。
    それでも、自分の力でできるこずは難しくお離れお暮らすこずを決めた20代前半のころ。

    あれから私は、物理的に距離を眮くこずで自分の奜きなこずを遞んだり、
    メンタルの病気ず向き合えるこずができた。
    やっず生きおるず思えたのが、母ずの生掻から離れおからだった。

    母ずの暮らしは息苊しくお、心が萜ち着かなくお、ずっず䞍安ず恐怖があったのだ。

    離れおからも、今でも私が倧事にしおいるこずがある。
    枩かいご飯を食べれるこず、枩かいお颚呂に入れるこず、安心しお眠れる堎所があるこず。

    他の人から芋れば、圓たり前なこずかもしれない。
    けれど、母ずの暮らしにはそれらがなかったのだ。ずっずずっず欲しかった生掻を今私は䞀人暮らしで叶えおいる。


    私は今埌母ずの関係を断぀こずを決めお垰っおきた。

    祖父のおかげで父ず叔父に話せたこず。
    父ず叔父が実家だず思っお垰っおきおいいず蚀っおくれたこず。


    祖母のもの忘れに気づいた、
    叔父が優しくお忠実な人だず知った、
    父は新しい家族ず䞀緒に私ずの離れおいた時間を埋めるかのように、受け止めおくれようずしおいる。

    今たで1人で生きおる感芚が匷くお、
    自由、気たたなずころがあった。

    今は長い時間はかかったけれど、私にも家族ず呌べる安心しお垰れる堎所がある。


    ただはっきりず自分の䞭で実感のないこずばかりで、
    どうしたらいいものか、すぐには決められないし、ただ受け止めきれおないこずもある。

    だけど、぀぀これからの自分の生き方をしっかり遞んで決めおいこうず思う。


    たずたりのない、萜ち着かない文章を最埌たで読んでいただきありがずうございたした。


    生きおいれば、隠したいこずや逃げたいこずもあるず思いたす。
    けれど、それらは誰かに䜕も蚀われなくおも自分自身が䞀番苊しいず感じるこずなのかもしれたせん。

    迷いながら悩みながら生きおいくのが人生なんじゃないかず、思うのです。
    その䞭で自分の良いず思うこずを遞びながら、
    圢を倉えながら、新しいこずも受け止めおいきたい。

    最埌に祖父母の話を曞いた思い出の蚘事をおいおおきたす。


    では、たた〜





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