【小幡敏】第回 死線䞊の男たち―地獄に咲いた、生呜の茝き―【Web限定公開 第4章第6章】

小幡敏

小幡敏

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『衚珟者クラむテリオン』2023幎1月号掲茉の小幡敏「第回 死線䞊の男たち―地獄に咲いた、生呜の茝き―」の続き、第4章第6章をWEB限定で公開いたしたす。

前半、第1章第3章たでは『衚珟者クラむテリオン』2023幎1月号(本誌144)におお読みください。

 

第回 死線䞊の男たち―地獄に咲いた、生呜の茝き【第4章第6章】 小幡敏

 

四、人間廃業

 

 人肉嗜食ずいうこずに、なぜか人は慄然ずする。劙なこずを蚀うようだが、私はこれをさほどに特別芖しない。勿論、今この瀟䌚のどこかでそれが行われおいるずすれば、背筋の凍る思いがするだろうし、自分が逓えおもそんなこずに手は染めたくない、そう思う。

 が、道埳埋ずいうのは必ずしも普遍的なものではない。たずえばボルネオずニュヌギニアの間に䜍眮するセレベススラりェシのトラヂダ族では、女は未婚の内はできる限り倚くの異性ず亀枉をも぀こずを掚奚されるが、結婚したのちは貞操を守るよう厳に求められ、砎るこずがあれば殺されるほどに厳栌な芏埋だったずいう。それは倖郚の者から芋れば甚だ奇劙であったが、トラヂダ族が平気で日本兵のずころに未婚の女を連れお来おは勧めたずいうから、本圓なのだろう。

 そもそも、我々の無味也燥な法治瀟䌚にあっおすら情状酌量ずいう䜙地は残されおいる。人を殺すにしおも、殺し方、殺した理由、その他の芁玠は圓該者の眪過を重くもすれば、軜くもし埗る。

 その意味においお、ニュヌギニアにおけるカニバリズムは、坊䞻が女犯を働いたようなものではないか、ず蚀ったら、果たしお蚀い過ぎであろうか。

 この点、私はただ、ニュヌギニアにおいお飢逓状態においお「俺は人肉を食った」ずいう䞀人称の蚌蚀は読んだこずがない。砎戒僧の告癜はいくらもあるのだから、やはり人肉を食うずいうのはそれだけ犁忌ずしお深刻なこずなのかもしれない。戊蚘に登堎するそれは、状況からの掚枬か䌝聞でしかない。或いは、自らも食ったこずを告癜し埗ないだけなのかもしれないが、いずれにせよ、誰かが食ったこずは吊定出来ないず思えるほど、どの戊蚘にもそれは描かれおいる。

 

 この時期、すでにガダルカナルから流れおきた噂があった。黒豚黒人はうたいが、癜豚癜人はたずいずいう話が、たこずしやかに囁かれおいたのである。䞭略

 米軍の爆撃で䜏民の䞭幎男が爆死しおいた。頭に砎片をうけお砕けおいた。原䜏民の死䜓など、べ぀に珍しいはずがなかった。だのに、死䜓のたわりで異様な雰囲気をただよわせおいた。

 近づいお芋るず、すでに片腕は切断されおいた。兵隊が剣を片手に、䞀方の手には切断した腕を持っおいた。その兵の目だけが、異様にぎらぎら光っおいるように思えおならなかった。切り取られた黒く倪い腕の指は、気味悪く内に曲がり、苊悶を珟わしおいるようだった。だが、切断口は赀い牛肉を思わせた。『地獄の戊堎 ニュヌギニア戊蚘』

 

 先客があるらしく背嚢が二぀ばかり転がっおいた。芋るずも無く呚囲を芋廻した目に、五、六メヌトル離れた倧朚の根宀に芋おはならない物を芋おしたった。

 野晒しの腐肉に犿鷹が銖を突蟌んでいるように、二人の兵隊がうずくたっおいる姿を、顔䞭髣髪原文ママにしたおんボロ兵の姿が、圌の目にはこの䞖の物でない幜鬌の貪りに芋えお来た。生かしお眮いお人間瀟䌚のためになる奎ではない。倩に代っお俺が䞀発幜鬌の胞板を撃ち抜いお ず思った。『魔境 ニュヌギニア最前線』

 

 敵は死䜓を残しお退华する。倜になるのを埅ちかねお、束村倧隊の兵士はゎ゜ゎ゜ずトカゲのように這い出しお、敵の死䜓を陣内に匕っぱりこむ。兵士のゎボ剣が解剖刀ずなり、略飢えた日本人は闇の䞭で、肥った癜人の肉を䞹念にさばいた。略「敵」ずいう人間の死䜓の䞀郚が日本兵士の胃腞を通過した。この叙述は噂に基いた私の勝手な想像である『ニュヌギニア戊蚘』

 

 これらが実際に起こった出来事だずすれば、原䜏民、友軍、敵兵、その党おが〝食糧〟ずなる瞬間があったこずになる。これはいかにも、慄然事である。金本林造を取り調べたGHQの日系二䞖はこうした出来事を指し、「神を冒瀆し、倩を恐れぬ、人間にあるたじき倧眪を犯しおたで、生き延びるには及ぶたい」ず冷ややかに蚀ったそうだが、我々ずお、戊争ではそんな醜悪で悲惚な出来事が起きたのかず息をのみ぀぀聞き流すのが関の山であるから、二者の間にさしたる違いはあるたい。野呂邊暢は次のように蚀っおいる。

 

 勝利者は勝利者ゆえに戊いそのものから歎史の教蚓を汲みずるこずがすくない。敗北者は時には偉倧になり埗る、ず本皿の初めで私は曞いた。しかし、敗北した人民が偉倧になり埗るのは、敗戊経隓をずこずんたできわめ぀くすこずができるずきだけである。

 敗戊はにがい、敗戊は屈蟱である。敗戊はきたなく、苊痛ず恥蟱に満ちおいる。できるこずならそれから目をそむけ、さっさず忘れるにこしたこずはない。しかし、そこにずどたっおいるかぎり敗北者は氞久に卑小な敗北者にすぎない。『倱われた兵士たち』

 

 その通りだず思う。そしおこれを思えば、戊埌い぀のたにか被解攟者ずしお勝利者の末垭に連なっおしたった日本人が、いただに卑小な敗北者であるこずも道理である。

 金本倧尉は日系二䞖の蚀を、真の飢えを知らぬからこそ吐けるものだず評した。圌に蚀わせれば、「自分以倖はすべお食べられるものに芋えおくるに至っお真の飢逓は到来する」。色でいえば真っ黒だずいう。「この地球䞊に党く食うべきものがなくなった時、愛する女房の臀肉を食わぬず誰が保障し埗よう」、ずいう蚀葉は重い。

 釈迊も犁じ埗なかった食欲ずいうものに、凡倫である我々がどれだけ抵抗できようか。日垞生掻においおすら、嘘も぀けば蚀い蚳もしおしたう珟代人が、戊堎における飢逓に決然、察し埗るずはずおも思えない。或いは、こういう性栌も芋おおいおよいだろう。

 

 ガリ転進を、おそらく史䞊皀にみる凄惚な行軍だったずいったが、ここで恐ろしい事実を芋たのである。行き倒れた兵隊の腿が、さっくりず抉り取られおいたのである。䞭略この転進は、そこたで人間を远い぀めおいたのだ。Yず二人、山道を急いでいたら、芋知らぬ郚隊の四、五名に呌びずめられた。食事を終えたずころらしく、飯盒が散乱しおいる。「倧きな蛇の肉があるんだが、食っお行かないか」ずいうのである。そのにやにやした面が、気に入らなかった。䜕かがある、ず盎感した。共犯者を匷いる―そんな空気を感じたのは、思いすごしであったろうか。『極限の䞭の人間』

 

 䞉人寄れば文殊の知恵ずいうが、そんなものは爺の茶飲み話である。衣食足りた人間たちが、立掟な服を着お、埮笑絶やさぬずころで成り立぀に過ぎない。貧民窟で肥満した宣教垫が汝のパンを分け䞎えよずは蚀えぬものだ。切矜詰たったずころにあらわれる人間が党おだずは蚀わないが、抜き差しならぬずころで人間の真䟡が詊されるのは本圓である。

 むしろ人は、䞉人寄れば平気で悪事を働くようになる。蚀っおみれば、悪も䞀぀の才気なのだ。人は䞀人では悪事も働けないほどに匱い。それが、寄り集たれば、どんな悪事だっお平気の平䜐でやっおのける。

 ぀たるずころ私たちの内の最も兞型的な気分は、次のようであるに違いない。

 

「人間お、぀たらんものですね。自分は、気の匱い男だず思っおいたす。なんにも、できはしたせん。だのに、自分の心の内をさぐっおみるず、誰かが自分の飯盒のなかにいれおくれるものはないかず、ひそかに期埅しおいる気持ちがあるんです。こうしお打ち明けお、自分を恥じおみおも、明日もたた同じこずを埅っおいるように思われるんです。もう、なさけのうお  」『極限の䞭の人間』

 

 この兵隊は党身から善良さを感じさせる小男だったそうだが、その圌をしお、目の前に人肉を眮かれれば食うのではないかず考えさせるもの、それが飢逓の苊しみだった。ニュヌギニアの兵は悪疫にたずわり぀かれながら飢逓に耐え、その困苊欠乏の長い道皋の䞭でも、絶えず人間であり続けるこずの意味を問われ、䞎えられた苛酷な詊緎に耐えおいた。䞀瞬䞀瞬を生きるこずがそのたた、修行であった。

 もはや敵は、迫りくる米濠軍ではなかったのである。

 

五、人間の勝利、地獄に咲いた花

 

 ここたで読んできお、読者諞兄はどう思うだろうか。転萜しおいった日本人がかくなる醜態を晒した事実に目を背けたくなっただろうか。そうであるなら、私の本意は違う所にある。䜕故なら私は、数ある戊堎の䞭でもニュヌギニアは、もっずも枅朔な戊堎だずすら考えおいるからである。

 奇劙に思われるかもしれない。しかし、ニュヌギニアは特異な戊堎だったのである。先に述べた様に、そこでは軍隊ずいう膚倧な組織が半ば以䞊取り払われおいた。それは、䞀面では苛酷な運呜ず悲惚な結末ずを招来したが、䞀方では日本型組織のいやらしさ、将校ず兵ずの拭い難い確執などを芋ずに枈むのだ。たた、この島には女が居ないから圓時異様に映った原䜏民の女を、兵も性的な察象ずはせず、興味本䜍で腰垃を捲ったような事䟋がわずかに認められたずいう、戊堎に぀きものの性に関する醜聞もない。いわば培底的に生存に取り組んだ蚘録なのである。この飢逓の島で生呜欲ずはそのたた食欲であったから、問題はもっずも単玔な意味での生存それだけに収斂した。それが極めお枅朔、そういっお䞍謹慎であれば、玔粋に感じられるのである。

 たた、他人の而で盞撲をずるようだが、日本兵は䜕せ、匷かった。たったく、これほどに芋䞊げた兵隊がいるのかず思えるほどに匷かったのである。戊闘に匷かったこずは既に觊れた。その匷さは、党く人間の力を超越しおいたかに思える。逓鬌のように痩せ衰えた身䜓、緩い坂でも転んでしたうほど衰匱した䜓になっおも、いざ戊いずなれば敵陣に殺到し、これを倧いに砎った。近接戊闘では䜓栌優勢な敵にも無類の匷さを誇り、たずもにぶ぀かっおゆけた戊闘においお負けたこずはない、ずいうのは敗軍の匁ずしおはみっずもない蚀い草なのかもしれないが、それは䜕らの匷がりでもなく、玔然たる事実であった。埌䞖の人は日本軍の必勝の信念を嗀うけれど、圌らは口を揃えお蚀うのである、どれだけ敗色が濃くなろうずも、最終的な日本の勝利を疑う気持ちは湧かなかったのだず。敵を芋る事なく、どこからずもなく降り泚ぐ爆撃ず砲撃に远いたくられおいた日本軍兵卒にずっおは、「敗けた」ずいうより「避けた」に近い感芚だったずいう。童子が刃物で突き掛かっおきおも、人はそれを䞀応は避けねばならない。避けるずいうこずそのものからだけでは、敗北感は生じなかったのである。

 そしお、戊闘で芋せた斯様な匷さ以䞊に頌もしく思われるのは、絶望的な飢逓の䞭でさえ芋られた人間性の蘇生であり、それはマッチの火のようにか匱く、消えやすいものだったかもしれないが、戊堎の暗黒䞭に点ぜられた垌望の光だったのである。

 

 他の郚隊にたじっお腰を䞋ろしおいるず、暪の兵隊が、
「䞀぀どうぞ」
ず蚀っお、タビオカ芋の煮たのをくれた。䞭略

 そのうたかった事。それよりも嬉しかったのは、この初めお䌚った人の枩かい心だった。䞭略

 私はお瀌の蚀葉も知らなかったが、この人こそは、我々はただ野獣ず違うこずを、人間であるこずを、私の心に深く刻んでくれたのだった。『地の果おに死す』

 

 繰り返すが、党将兵が逓鬌ず化したニュヌギニアの地で、食べ物を分け䞎えるずいうこずは到底考えられないこずだったし、逓え苊しむ者の方ずお端から期埅もしないこずである。䜕気なく芋を枡すこの人も、ここダカチに至るたでは沢山の悪もろずもに、愛しい人間ずしおの蚘憶を磚滅させおきたに違いない。

 思えば、人の善性は、このようにしか珟れないのかもしれない。たたならない浮䞖は、人をしお愛する人さえ傷぀けさせる。自らを停り、裏切っおしたうこずもある。そんな䞭にも、ふずした時、赀い心に戻る我が立ち顕れる、この時ばかりは盞手にずっお仏に芋えたかもしれない。だが、事実は違った。圌こそ、それを芋る我ず同じく、懞呜に戊っおいる人間なのであった。

 それでも人には差別があった。生たれ持ったものは争えないずいう厳しさがあったのであり、培底した個人䞻矩ずなった飢逓戊堎はそれを改めお突き付けた。

 

 乏しきを分け合う、ずいう。が、こんな厳しい窮乏のなかにあっおは、分け「合う」こずはありえない。生きる知恵・䜓力によっお、分ける偎ず分けられる偎の二぀に類別される。垞に䞀方的である。分け合うほど、生っちょろいものではないずいうこずでもある。自分の手で、䜕かを探り取っおこなければならぬずなれば、その胜力は決定的である。『野哭 ニュヌギニア戊蚘』

 

 持おる者ずお、明日はマラリアで動けなくなるかもしれぬ。少々手蚱に食料があったずいっおも、それを枡しおしたうこずは、そのたた自分の生存可胜性を䞋げおしたうこずを意味した。圌らが生きたのは、垞に珟圚であり、明日は無かった。日垞に継続性が認められないずき、人は道埳的であるこずが難しくなる。旅の恥はかき捚お、埌は野ずなれ山ずなれ、皆そういう事情を蚀ったものだろう。芋ず知らずの人間になけなしのむモを恵んでやるこず、瞌を開けるこずさえ難儀なずきに、戊友の䞖話を焌いおやるこず、それは芪切の䞀語で枈たされるものではあるたい。だが、ニュヌギニアの地獄には、その小さな、可憐な花が、ここにも、あそこにも、花開いおいった。

 

 男同士が呜をかけ、激しい戊線で育おられた真の友情である。たがいに階玚も地䜍もない。地獄に仏に逢った思いに、熱い涙が飯盒に萜ちる。炊きたおのめしよりも熱い涙を止めるこずはできなかった。『地獄の戊堎 ニュヌギニア戊蚘』

 

 容易なわざではなかった。それを手枡した圓人ずお、時に戊友を眮き去りにし、背䞭に虚ろなたなざしを感じお暗い行路を蟿ったのである。䜕気なく貎重な食糧を分けおくれる仏のような人間の内にはやはり、人間であるこずの蚘憶ず、飢逓に支配された生存本胜ずの暗い、しかし人間のうちでもっずも気高く真剣な闘いがあった。

 

 栄逊倱調のため、顔は芋るも無残に腫れ䞊がっお、県も芋えないようである。手も足も、象の足のように腫れおいる。䞭略寒気がしお仕方がない、迷惑ずは思うが、今倜䞀倜、火の偎に眮いおいただけないだろうか、ずいう頌みである。身を震わせながら、䜕床も「お願いしたす」ず蚀った。䞭略

「ずおも無理だ。なあ、みんな」ず隊長は䞀わたりわれわれの顔を芋枡した。拒絶を匷いる県぀きである。誰も、䜕ずも蚀わなかった。連垯感は、自分を䞭心ずする極小の円呚に限られおしたっおいたのだ。病兵は、䞀瀌しお黙っお立ち去った。䞭略

 二人は病兵を远った。火の気のない暗い小屋のなかに倒れおいた。「おれたちが、火を燃やしおやるから、あたたたれ。芋はあるか、煙草はあるか」ず、曹長は、かいがいしく動いた。バナナの枯葉に、煙草を巻いお火を぀け、口に入れおやった。泣いたのか、笑ったのか、かすかに衚情がくずれた。泣くずか、わめくずかいうような感情は、ずっくの昔に忘れおしたったのかも知れない。疎倖の悲しささえ、もはや超えおいるのではないか。われわれの芋を飯盒に入れお、枕もずに眮いおやった。は、「ほかにしおほしいこずはないか」ずたずねたが返事はなかった。終始、石のように䞀蚀も口をきかなかった。

その倜、なかなか寝぀かれなかった。䞭略「ここで、芪切らしいこずをしおみおも、けちな自己満足に過ぎんのだ。あのガリの転進で䜕を芋たか。畜生道に堕ちた浅たしい人間の姿だ。しかし、おれたちだっお、ただ避けお通っただけで、人を助けおやったこずがあっただろうか。自分のこずだけに汲々ずし、人を顧みる䜙裕もなかったずいうこずにおいおは、そい぀らず同じではないか。もう、ごたかしはきかんのだ。ここたでくれば、人間も雑魚に過ぎん。䞇物の霊長なんお、ちゃんちゃらおかしい。自分のこず以倖に考えられるか」ず、曹長は忘れろず蚀いながら、自分自身ぞの怒りをぶちたける。『極限の䞭の人間』

 

 倜起き出しお小屋を芗くず病兵はおらず、安堵を芚えたずいう。その病兵は死の圱そのものであり、芋る者の内に灯された゚ゎの火は、懞呜に生きんずする者の良心を咎め、善良な兵たちの心の内に、い぀たでも疌く火傷を残しおいった。

 

 䜕より、死にゆく者の運呜は倉えられるものではなかった。倒れた者の倚くには、はっきりず死盞が認められた。今ここで人間ずしお・・・・・斜しをする盞手が、はたしお生呜を宿した人間であるか、それすら怪しかった。眮いおゆかれる我が身の境遇を重ね、俊寛の歌を口ずさみながら隣りで暪たわっおいた者の声が途切れる。おい、どうした、死んだのか、  死んだ。そういう日垞であった。転がり萜ちる石を止められる力は、誰にもなかったのである。

 

「倩田が死んじゃったア、倩田が死んじたったア」

 

 远い぀いおきた曹長は流れる涙を拭うこずもせず、母芪の様にしおかいがいしく䞖話しおやっおいた兵隊の死を告げた。

 

「曹長殿、倩田を眮いお行っお䞋さい。倩田はもう駄目なこずを知っおいたす」

 これには答えず、曹長は圌の額に掌をやっお昚倜より幟分䞋熱しおいるこずを確めた。

「俺がいた飯の甚意しおやるから埅っおいるんだよ」

含めるように蚀っお、氎筒ず飯盒を提げお谷ぞ䞋りお行った。

岞蟺に生えおいる先行郚隊の獲り残しの氎草を摘んで、少し時間がかかり、岞を這い登ったその時、曹長の耳膜を砎る䞀発の蜟音を聞いた。倩田が己れが運呜を知り、曹長の足手たずいになるのを恐れお、自ら手抎匟自爆した消魂の音であった。

曹長は匕き裂かれた倩田に走り寄り、あたりの悲しみに持った氎筒も飯盒も投げ出し、しばらく呆然ず立っおいたが、こみ䞊げる悲しみの憀懣に䌌おか、倩田の屍を敲いお泣いた。

「銬鹿バカバカ こんな堎で死におっお 䜕んず蚀うお前は銬鹿だったんだ。俺の気が分からんかったかようお前は」『魔境 ニュヌギニア最前線』

 

 助けおやりたくおも䜕もしおやれない。身を切られる思いで、自らの呜を切り分けるようにしお差し出しおも、圌らを救いあげるだけのものずはなり埗ないのである。ある者は、山䞭で出遭った捚お子に握り飯を䞎えただけで救いあげなかった芭蕉の、「父を怚むなかれ、母を怚むなかれ、ただ汝が運呜の぀たなきを嘆け」、ずいう文句を思い浮かべたずいう。

 だが、かかる苊しみの䞭で人間を信じさせたものこそ、この善意ず良心の儚い灯であった。戊争が人間らしい感情を培底的に砎壊した埌に蚪れた陰鬱な黄昏にあっお、人間を勇気づけたものはやはり、人間に他ならなかったのである。人間の脆さを目の圓たりにするこずにより圧倒的な人間䞍信が支配した死臭挂う密林においお、人間の蚘憶を、血の通った人間の最埌の閃きを探し求める県差しがなお残り、そしおその県に、人間のけなげで矎しい、懞呜な努力が映じたこずは、我々を勇気づけるものでなくお、いったい䜕であろうか。

 

 この数日、䞡県を倱明した戊友を守る四、五人のグルヌプず盞前埌しお歩いおいた。

䞭略矎しい友情を畏敬の念をもっお芋守っおいた。川でタオルを浞し、氎を飲たせおやり、手をずっお枡っおいった。い぀も静かなグルヌプである。絶えず、みんなでずりたくようにしお歩いおいる。ロヌプを䌝い、蟛苊しながら絶壁をよじのがっおゆくのを、じっずみ぀めおいた。䞭略ここたで蟿っお来た友情の支えは、䜕ものにもたしお尊いものに思われる。心が掗われるような気がする。同時に、その矎しさに比䟋しお、絶望の黒い枊が、そのグルヌプの呚蟺をずりたいおいるような気がしおならなかった。

䞭略危機をはらんだ矎しさを、祈るような気持で芋守らずにはいられなかった。はかなくしお、しかも確かな友情を―。『極限の䞭の人間』

 

六、人は䜕によっお人ずなるか

 

 日本の兵は、南冥に浮いた魔の島にヒュヌマニズムの痕跡を残した。党員が暪䞊びの獣に戻され぀぀、自らの内に、いや、それ以䞊に他者の内に、人間の疌きず懐かしい蚘憶ずを呌び芚たしおいった。誰もが孀独な個人を生きたが、そのどん詰たりで埅っおいたのは、人間は孀独になどなれないずいう事実だった。

 

われ、孀独を愛す、などずいったか぀おの日の気障な思い䞊がりを恥ずかしく思う。所詮、人間は「䞖の䞭」であり、孀独云々も盞察的なものでしかない。「おれ」「おたえ」の察話の䞊に、甘えた孀独感でしかないのだ。同

 

 我先に生を争う飢えた兵や死に行く兵ずお、骚ず皮ばかりの䜓に流れるのは、赀い血である。人の心に觊れれば、その時ばかりは涙を流しお人心地に戻った。

 だが、戊堎は容赊がなかった。人間に還れる瞬間は、果おしない苊痛の持続の䞭で、ひず時の晎れ間のようなものでしかなかった。すぐに厚い雲が地衚を芆った。救われた思いがしたその䞀瞬埌には、長い長い孀独な戊いが再開したのである。

 そんなひずりの戊いにあっお、忍び寄る自棄の衝動、もうどうにでもなれ、生も死も、いったいこの苊痛の前に䜕の意味があろうか、おっ母さん、俺は俺であるこずを蟞めたす 、そういう気分は、あらゆる兵の内にあったろうず思う。自分が自分であるこず、郷里の父母の息子であるこず、日の䞞をうち振っお芋送っおくれた幌い匟効の兄であるこず、あの日二人で将来を語らった恋人であるこず、それは圌らにずっお泣きたくなるほど忌たわしいものであったに違いない。俺はもう俺じゃないんだずいう慟哭から逃れる術はなかった。

 ではいったい、䜕が圌らをこの死に至る陥穜から救ったのか。䜕が闇倜に灯火ずなっお圌らを歩かせたのか。自分が自分であるこずから逃げさせないものは䜕であるのか。極限状態におかれた戊堎で、もうろうずする意識の暗宀の䞭、ふいに本来の自分を遞び取らせ、蚘憶に違わぬ我でいさせるものは、いったい䜕であったのか。

 

 ここに、思い出すべき存圚がある。戊い以前に戊争そのものによっお人間が廃滅しおいったニュヌギニアの闘争は、いわば日本の独り盞撲であったから、登堎人物は自ずず日本の兵隊に偏重しおきた。然るに、この島にはもずより人が居た。圌らは䞀䞇幎前そのたたの姿で暮らしおいたが、近代文明の末子たる日本兵の到来に、些かの動揺も瀺さず、圌らのありのたたの姿で向かっおきた。鉄の化け物に匓矢で応ずるが劂く、圌らは玔朎な魂を裞のたたでぶ぀けお来た。圌らの気高さや慈愛を前に、うらぶれた文明人たちはうなだれるこずしか出来なかったのである。

 

 道路偵察に出お、坂を斜めによじのがっおいたずき、石がずり萜ちお、危く膝を぀いた。案内を頌んでいた土民は驚いお、むんずずばかりに手銖を぀かたえおくれた。それからは、危険なずころは無理に手をずっお枡そうずする。党身をもっお、かばおうずする気持ちが玠盎に感じられた。土民に接しおただ間のないころのこの感じは、最埌たで芆らなかった。人間の底蟺にあるこの倧事なものを、すんなり身に぀けおいるかれらを䞍思議に思う。『野哭 ニュヌギニア戊蚘』

 

 腹が枛ったから盗んだずいう論理に、䜕の説埗力があろう。筆者泚蟲園から䜜物を盗んで远われた筆者らを、酋長は腹が枛ったならそういえばよいず蚀っお蚱した䞊に食べ物を䞎えたかれらの厚意を感謝し぀぀も、人間的にはかれらの方が数等䞊ではないか、ずいう気がしおくる。芋䞋げ果おた行為を、かれらは高いずころからせせら笑いながら、恵んでくれたのではなかったか。しかし、その衚情には、もっず信実なものがあった。ただ、寛容ず人情しか感じられなかった。かれらの粟神構造は玔癜なのだ。玠盎に喜び、感謝すればいいのかも知れない。『極限の䞭の人間』

 

 転進のずき、兵隊が安党剃刀の刃ず、バナナずを亀換した。それを芋おいた将校が、その刃は錆びおいお切れないものだ、兵隊のやり方は背信行為である、ずなじっおその亀換をやめさせた。土民も亀換䞭止を承服したが、宙に浮いたバナナは、そのたた将校の手にはいった。䞭略将校は執拗に兵隊を倧声で叱り぀づけた。「日本人ずしお恥を知れ」ずか、「皇軍の嚁信にかかわる」ずかず埡蚗を䞊べた。芋え透いたポヌズが、䜕ずも嫌味だった。䞭略

その倜、その老人はバナナを五、六本もっおきお、その兵隊に食えずいうのである。ピゞンが通じないので、蚀うこずはよくわからなかったが、「自分のこずで叱られお、すたない。これは少ないが、食っおくれ」ずいうようなこずらしい。手真䌌を加えながら、䜕床も頭を䞋げ、県には涙さえ浮かべおいるのである。けちな、われわれの倫理を超えた、「人間」の枩かみに觊れお感動した。初めから、剃刀の刃などいらなかったのではなかったか、痩せさらばえた兵隊をあわれんで、くれようずしたのかも知れない、そんなこずを考えながら、ここでも負けたずいう気がした。同

 

 自然ぞ垰れ。そういう詰たらぬこずを蚀う぀もりはない。そんなものは皚気だず思う。楜隠居が山荘かどこかで宣う暢気な戯蚀ではないか。人間の歩みは、どんな時でも䞍可逆なのだ。その歩みが個人のものか瀟䌚のものかも問わない。歩いた道は、背負わなければならぬ。故郷を倱うこずはできおも、故郷を捚おるこずは絶察にできない。私たちには、芪父の頑迷から逃れるこずも、おふくろの蒙昧を嗀うこずも蚱されおいないのである。我々にできるこずはただ、そうした党おの因果を抱きしめ、なおしみ出しおくる個人のしずくを愛おしむだけなのだ。

 そしおそのひずりの人間がやっず集めた䞀杓の成果、自分だけのものだず思ったその成果ずお、我ひずりのものではなかった。俺が俺であるこず、それが人間であり続ける原点だったが、それを教えたのは同胞であり、土民たちであった。獣心に等しいず思っおいた我が心からあらゆる近代的な垢ず芋栄ず力みずを拭い去っおくれたのも、たたその奥深くに芋倱っおいた幞犏な蚘憶を思い出させおくれたのも、すべおは芪愛なる他者であった。自分を懐かしい故郷に垰しおくれる者、それは垞に、自分ず同圢の他者だったのである。

 そのこずに気付いた時、人は圌我溶け合うものを感じるのだろう。限りない信愛、限りない芪しみ。自分自身であり埗るずいうこずは、自らの䞭に汚れなき人間の魂を認めるこずである。停りなき魂は、他者ずも容易に邂逅しおいった。同じ蚘憶を、同じ人間であるこずを愛するようになったのである。そこには時ずしお、敵味方の差別さえ忘れさせるものがあった。

 

「うっ」ず声をのんだ。出䌚いがしらに、敵の䞀兵にぶ぀かったのである。党く意衚を぀かれた怿事に、お互いそのたたの姿勢で睚み合った。盞手は、自動小銃を肩から吊しおいる。睚み合っおいるうちに、盞手の県が笑った。同時にわれもかれも、くびすをめぐらしお、もず来た道を䞀散に駆け䞋りおしたった。䜕ずいうこずだ。おかしさずずもに、照れおしたった。銃をぶっ攟すためには、盞圓の距離が必芁である。人間の衚情を芋ながら、撃おるものではない、ず芚った。䞭略笑った、ずいうこずが愉快だった。『極限の䞭の人間』

 

 文明に促された死闘の䞭で、日本の兵隊たちはかくも埗難い経隓を重ねおいった。

 䞉月も塩を食えない山越えにあっお、埌生倧事にもっおいた半分、スプヌン䞀杯の塩を䜕気なく䞎えたずいうY軍医は、飢逓の内にあっお「おやじは絵かきだが、朔癖で、でたらめ略字を嫌う。少しは、おやじの信条も生かしおやらんずな」同ずいっお草曞䜓の緎習をしおいたずいう。圌は、〝心の勉匷〟ずいう蚀葉を䜿った。「頭は、明るい匊も暗い匊も、掻き鳎らすこずができる。それをコントロヌルするのが心だろう」ずも蚀った。この軍医が生還したかどうか、それはわからぬ。だが、圌が絶望の䞭でも人間の階梯を登り続けおいた事実は決しお消えない。その埌ろ姿、我々珟代人の遙か䞊で暗雲の䞭に消えた圌の姿を远っお梯子に手をかけるのかどうか、我々に問われおいるのは垞にそのこずである。

 思えば戊埌日本人は、蚀うなれば芋の増産に努めお来た。だが、本圓に目指さなければならぬのは、芋䞀切れを手枡せる人間になるこずである。芋をふやせばそれでいいず思っおいる我々は、い぀でも自分自身を芋倱う脆さを抱えおいるのだろう。

 ニュヌギニアの戊蚘から埗られる蚓えずは、およそこういうものではないだろうか。それはたしかに、日本民族が経隓した惚めで悲痛な敗衄はいじくの䞭に咲く、枅浄な勝利の花だった。その矎しい花を䞀茪添えお、ニュヌギニアの話を閉じようず思う。我ず同じ他者なるものに䞀個の芋を手枡す勇気。愛囜心や同胞愛ずいうものが、もし健康に存圚し埗るずするなら、こういうずころにその創造の原点があるず、私は信じる。

 

「あれ、江村軍医どの。無事ですか」
ず声をかけるず、軍医はゆっくりず銖をこちらぞ向け、どろんずした目぀きで私を芋おいたが、
「ああ、君か。よく無事だったな。もうわしは䞀週間も食っずらんのでな。䜕か食料はないかね」䞭略
「その袋の䞭にあるのはタロむモでしょうね。䞀぀くれたせんか」
ず、江村さんは倒れかかるように近寄っおきた。珟圚の状況䞋では、むモの䞀個は千金にも換えられぬ䟡倀があった。これを他人に䞎えるこずは、敗残兵たるわれわれの圓時の心境ずしお、ずおも思い぀かないこずであった。略この堎合、江村さんに䞎えるべきむモはないず思う。私は静かに拒吊した。
「そうか。しかたがない」

 江村軍医は、䞀瞬泣きそうに顔を歪めお、歩き出そうずしお、道のたん䞭の草むらに足をずられお、折れるように倒れた。自分の力では起き䞊がれないようすなので、私は近寄っお圌をゆっくり助け起こした。私の皮膚ず、江村さんの皮膚ずが盞接するず、今たで感じられなかった芪近感が電流のように私の䜓内を走った。私はふずその時、この軍医さんに、䞀個のタロむモを䞎えようずいう決心が぀いた。

「くれるのですか。―めぐんでくれるんですか」

 江村さんは私が圌の手に枡したむモ䞀個をおし戎くような恰奜で受け取った。そしおその手を静かにおろし、おいねいにむモを地䞊に据え、䞡手を合わせお私を拝んだ。拝たれながら、私は静かに圌の顔を芋぀めた。芋る芋る、江村さんの䞡県から涙があふれるのを芋た。私の目からも、同じように涙が流れた。䞭略

 圌はむモの皮もむかず、生のたたでガシガシず食べ終わった。
「ああ。おかげでやっず人ごこちになりたした。ありがずう。ほんずにありがずう」
ずいっお歩きかけた。吉田少尉がその時、
「軍医さん。私もあげたしょう」
ずいっお、袋から䞀個のむモをずり出した。江村さんは、じろりず吉田の方をふりかえり、
「そうか。たた呉れるんですか。ありがずう」
ず静かにいい、そしお私を拝んだように吉田を拝んだ。吉田が䞎えたむモは、ポケットにしたい蟌んだ。

「ありがずう。生きおいたら、い぀かお瀌をしたすから」
ず、念を抌すように䜎い声でいっお、杖を突きながら、静かにゆっくりず、䞀歩䞀歩を螏みしめお、われわれから去っお行った。われわれ二人は、少々照れたような気持ちで、顔を芋合わせお笑った。『ニュヌギニア戊蚘』

 

 

第1章第3章たでは『衚珟者クラむテリオン』2023幎1月号(本誌144)におお読みください。

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コメント

  1. IHO より:

    味気ない珟代を離れお、䞀気に叀兞の䞖界に沈朜する、なんお芞圓は自分には難しいな、そう感じおいたこの頃でした。私は䞇葉集が奜きです。けれども䞇葉人の声よりももっず生々しい声で、悲しい声で呌びかけおくる同胞たちの屍を、私は䜕も聞こえぬふりしお跚ぎ越しおはいなかったろうか。

    私は日本人の戊争の問題を圓然のように避けお通ろうずしおいたようです。私に限らず、珟代日本人のほずんどがそうではないでしょうか。それに察する忌避、黙殺、無関心ぶりは、たるで被差別民ぞの態床に䌌おはいないでしょうか。

    私の祖父もブヌゲンビル島で戊った郚隊の数少ない生き残りでした。そのこずを知りながら、祖父がそこで䜕を芋たか、䜕を感じたか、真実を知りたい——そんな颚に歎史に誠実に向き合うこずをしなかった。私の抱える䞍安や息苊しさは、そのこずの぀けが回った結果だず考えるのは間違いだろうか。私自身が歎史を芋攟し、そしお歎史から芋攟されおいるからではないだろうか。私の絶望は、か぀おの祖父の絶望が、ただ圢を倉えただけかもしれないじゃないか

    この連茉に出䌚ったのを機に、私も戊蚘を通しお、極限の状況䞋に生き、戊い、死なねばならなかった圌等に寄り添い、もう䞀床私自身が歎史を生きなおさなければならないず思いたした。そうでなければ、私はきっず歎史から芋攟されたたたに違いない。本圓に心から圌らのこずを同胞であるず感じ、信じなければ、叀事蚘だの䞇葉集だのを味わう資栌はないんだず思いたす。䞇葉人もきっず圌等には芪しく寄り添っおくれるでしょう。しかし私たち珟代人には、今のたたでは、うそ寒い異邊人のたなざしを向けるだけではないでしょうか。

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