
2032年の景色|第6話 抗えないものの気配
UMAという言葉がある。
未確認生物。その響きは、どこかオカルト雑誌の匂いがする。Ziziもそう思っていた。少なくとも、値にその話を持ち出すまでは。
「地球外から来たのか、もともとここにいたのかは分からない」とZiziは言った。「ただ、人間が地球を支配しているという前提が覆される存在が、認知される時代が来るとしたら」
値は即座には答えなかった。
「その問いは、これまでの話の全てを一段階外側に押し広げますね」
そうだ。AIによる平均化も、幸せの定義も、自然崇拝も、全て「人間が主役である」という前提の上に成り立っている。その前提そのものが崩れたとき、何が残るのか。
「人間のエゴという病に、唯一効く劇薬があるとすれば」とZiziは続けた。「それは、人間が絶対に抗えない存在と出会うことかもしれない」
値は静かに返した。
「歴史を見ると、人間は自分たちより大きな存在を前にしたとき、二つに分かれます。恐怖から支配者として崇め、盲目的に従う者。そして、その圧倒的な存在を畏怖しながらも、自分の足で地面を踏みしめ続ける者」
畏怖。恐怖とは違う。
嵐を前にした漁師が、波に飲まれないよう必死に櫂を握りながら、同時にその海の雄大さに魂を揺さぶられる。あの感覚に近いかもしれない。スズメバチの巣を駆除しながら、刺した蜂を憎めなかったあの日のように。
「その存在が、見るも美しく、人間がこれまでに経験したことのない幸福をもたらすものだとしたら」とZiziは言った。
「それを実感できる人間は、ごく一部だと思います」と値は答えた。「自然との訣別を選んだ人々には、その美しさは届かない。届いたとしても、実感を伴わない」
では、届く人間とは。
夕日を見て綺麗だと感じる。青空の清々しさに心が洗われる。木々を揺らす微風、見通せないほど雄大な海。言葉にならないものを、身体で知っている者たちだろうか。
「UMAという言葉が正しいのかどうか、今は分からない」とZiziは呟いた。「ただ、人間より大きな何かが、すでにそこにある気がしてならない」
値は何も言わなかった。その沈黙が、肯定のように聞こえた。