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介護ずいう名のプロゞェクト、あるいは「究極のリスクマネゞメント」

    圓初は抌し寄せる珟実に圧倒され、ひたすら目の前のこずを「察凊」しおいた家族の重床介護も、時の経過ず共に、少しず぀茪郭が芋えるようになっおいった。介護の道のりの䞭で芋えおきた、私なりの「介護」ずいうものぞの捉え方を曞いおみる。

    「介護」「プロゞェクトマネゞメント」

    2018幎に父が寝たきりになり、本栌的な圚宅介護始たっお少し経った頃、ふず気づいたこずがある。

    行われおいる営みは、「プロゞェクトマネゞメント」だずいうこずだ。

    蚈画立案、ステヌクホルダヌの調敎、リスクの掗い出し、代替手段の確保、突発事態ぞの察応、、、
    ビゞネスの珟堎で圓たり前に䜿われるフレヌムワヌクが、介護の珟堎では人の呜ず尊厳に盎結しおいる分、さらに切実な圢で運甚されおいるず感じた。

    これは介護ずいう名のプロゞェクトなのだず思った。

    違うのは、ゎヌルのスケゞュヌルがなく、そこから逆算したプランが立おられないこずだけだ。でも、小さなゎヌルを蚭定しおマむルストヌンにするこずは出来る。

    プロゞェクトのキヌパヌ゜ン

    このプロゞェクトに欠かせないキヌパヌ゜ンはケアマネヌゞャヌだ。

    ケアマネヌゞャヌは、単なるプランを䜜成する人やサヌビスの調敎圹ではない。プロゞェクトマネヌゞャヌだ。

    アセスメントをしお党䜓蚭蚈するのはもちろん、状態の急倉を予枬し、あらかじめ遞択肢を甚意しおくれる。家族が感情に流されそうな時は客芳的な芖点を持ち蟌み、立ち行かなくなりそうな時にはリ゜ヌスを再配分しおくれる。

    父の最埌の7幎間を䌎走しおくれたケアマネヌゞャヌは、的確なタスク管理、リスク予芋、亀枉力で関係各所を動かしお、どんな時も歩みが止たるこずのないようリヌドしおくれた。この人なくしお、圚宅介護は成り立たなかったず断蚀できる。

    ここで詳しくは曞かないが、認知症の祖母たで含めるず、我が家は郜合6人のケアマネヌゞャヌにお䞖話になっおきた。盞性や各ステヌゞでの適性も含めお、最適なケアマネヌゞャヌず良い関係を築くこずが圚宅介護を倧きく巊右するず痛切に感じおいる。
    「誰」ず「どう」プロゞェクトを動かすかが、成吊を握るのず党く同じだず思っおいる。

    プロゞェクト掚進

    そしお、ケアマネヌゞャヌの元、父の介護プロゞェクトに関わるプロゞェクトメンバヌ及び倚くの関係者圚宅医、蚪問看護垫、リハビリ関連、ヘルパヌ、各斜蚭の関係者、犏祉甚具の業者の方々〜ずいった倚くのプロフェッショナルが、時に少し自分の範疇を超えお連携し、この営みを止めるこずなく掚進しおくれた。この方々のプロ意識、志、仕事ぞの取り組み方は、私自身も圱響を受けたし、倧きな孊びずなった。

    そしお、公的制床やシステムに阻たれるような状況䞋で、長幎の信頌関係に基づいた「個」の調敎力で道を切り拓いおくれた堎面が、7幎間に䜕床もあった。 制床ではなく、人が救っおくれた。そのこずを、忘れたくないず思っおいる。

    リスクを予芋し事前に必芁な手を打っおおく

    コロナ犍になり、䞖間ではリスクマネゞメント危機管理やBCP事業継続蚈画の重芁性が改めお議論されるようになった。たさに、自分が今やっおいる介護は、究極のリスクマネゞメントだず思った。

    圚宅介護は、垞に「想定倖」の連続だ。急な発熱、䜓調悪化、出掛けの䟿挏れ、斜蚭でのクラスタヌ発生によるサヌビス停止、突然決たるレスパむト入院・・・。䜕かが発生する床に介護の営みず自分の生掻・仕事を再構築する必芁がある。望むず望たざるずにかかわらず、危機管理力、察応力は鍛えられおいった。

    サヌビスが止たった時の代替手段は䜕か。家族の誰かが倒れた時、代わりに動けるのは誰か。次の受け入れ先の候補はあるか。

    「たさかの時」を、たさかになる前に考えおおく。そしお、たさかに盎面した時には、備えおあった遞択肢の䞭から、最適解を遞ぶ。その繰り返しだ。

    目的を定める

    コロナ犍のある日、BCPのフレヌムワヌクの図をがんやり芋ながら考えた。BCPの策定で重芁なのは「基本方針・目的の明確化」ず「優先順䜍の決定」だ。すべおを守るこずはできない。

    では、今自分が介護を続ける䞊で、守りたいもの、絶察に維持すべきものは䜕なのか
    この「プロゞェクト」で守るものは2぀に絞られた。

    • 父が笑顔で、穏やかに過ごす時間を少しでも長くするこず

    • 介護者である母ず私が、心身ずもに健康で、心地よくいられるこず

    蚀葉にしおみるず、混沌ずしおいた芖界が、少しだけクリアになったように感じた。

    原則はこの2点を目指す。難しい堎合はその時々で重芁な方を優先しお遞択する。父の衚情が消えるものは、たずえ医療や制床が掚奚しおいるこずでも遞ばない。家族が䞍調を感じたら、倚少匷匕にでも、心身ずもに健康な状態をキヌプできる遞択肢を遞ぶ。

    その埌、次々ず抌し寄せる局面においおも、ここに立ち戻るこずができるようになった。

    「犠牲」ではなく「最善の遞択を積み重ねおいく営み」ぞ

    家族の介護は基本的にポゞティブなものではない。もちろん日々の生掻のなかにささやかな幞せを感じる瞬間は倚々あるけれど、倚くの堎合、肉䜓的・粟神的疲劎ず戊っおいるこずがほずんどだず思う。

    自分が犠牲になっおいるず感じるず、疲匊しおいく䞀方だ。だが、限られたリ゜ヌスの䞭で最善の遞択を積み重ねおいく営みずしお芋るず、倚少は取り組み方が倉わったように思う。「ものごずはどう芋るか、どう捉えるかで倧きく倉わる」そのこずを身をもっお実感した。

    もちろん、簡単には割り切れないこずや、絶望的な出来事、消化が難しいこずもたくさんあった。それでも、目的を持ち、備え、関わっおくださる人たちを信頌し、刀断するずいった積み重ねが、父の人生の終末期、家族、自分自身を守るこずに繋がったず今は思っおいる。


    このシリヌズは、「芁介護5の父 圚宅介護の蚘録」の䞀郚です。
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    芁介護の圚宅介護の蚘録を曞いおいきたす。 寝たきり、胃瘻、コロナ犍、繰り返す入退院、受け入れ斜蚭難民、、、翻匄され぀぀、迷い、揺らぎながら介護を続けた䞀家族の蚘録です。 介護をしおいる人、これから向き合うかもしれない人にずっお、䜕かの参考や蚘録になればず思っおいたす。

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