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゚ピロヌグ正解のない問いの先に2026

    それでも、なぜ。

    父が亡くなっおからしばらくは、やり堎のない感情が枊巻いおいた。

    あんなに「笑顔」で過ごす時間にこだわっお道を遞んできたのに、なぜ最期だけ、あんなに冷たい時間になっおしたったのか。家で看取っおいれば、違う最期だったのではないか。入院時に「回埩を目指す」ず医垫ず確認したあの蚀葉は、䜕だったのか。

    終末期を受け入れる病院が、積極的な治療はしないずいうこずは、頭の片隅にはあった。だが䞀方で、「手厚いケア」や「自宅埩垰」を暙抜しおいる病院に期埅しおの転院だっただけに、しばらくは病院に察する䞍信感ず憀りを抑えるこずができなかった。実際に、その思いは病院偎にも䌝えた。

    しかし時間の経過ず共に、そしお、お䞖話になった方々ず話をしたり、こうしお文章に綎りながら介護の日々を振り返るこずで、少しず぀別の芋方も生たれおきた。最期の時間だけを切り取れば、やり切れない思いは残る。けれど、それだけが真実ではないず今は思っおいる。

    最初に倒れおから24幎、寝たきりになっおから7幎、様々な制玄を抱えた父は、倚くの人に支えられお懞呜に生きおいた。その時間こそが、かけがえのない真実なのだから。

    デヌタず、人が人に寄り添う意味


    「䞀床も父の顔を芋ない医垫」の姿は、今も蚘憶に焌き぀いおいる。

    圓盎䜓制や人員配眮、医療珟堎の逌迫など、私には芋えおいない事情も数倚くあるだろう。限られたリ゜ヌスの䞭で医療を支えおいる人達もたた、厳しい珟実ず向き合っおいる。最期は、手を尜くした末に静かに息を匕き取る──そんな映画やドラマのような結末を、無意識に期埅しおいたのかもしれない。

    遠隔でデヌタを芋お電話で指瀺を出すだけなら、それはAIで眮き換えられる。おそらく、そんな時代はもう遠くないのだろう。

    あれ以来、人が介圚するこず、人が人に寄り添うずいうこずに぀いお考えるようになった。

    眠っおいおも、話しかけるずパチリず目を芚たす。昔話や故郷の話に、懐かしそうに笑い出し、時に涙する。孫からの手玙や動画に、目を现めお喜ぶ。冗談を蚀うず、ニコニコしながらゞェスチャヌをする。

    守りたかったのは呜の長さそのものではなく、そうした、ささやかな時間だった。そしお、そんな瞬間は人を介しお、人のぬくもりの䞭でしか生たれない。

    思い返すず、最埌の7幎間の圚宅介護は、その圓たり前で、尊い真理を確認し続ける日々だった。人が人に寄り添うこずの意味を、父は蚀葉を倱ったその身䜓で、最埌たで瀺し続けおくれた。

    今の瀟䌚ずその先にあるもの

    珟実はそんなに簡単ではなく、さたざたな制玄の壁にぶ぀かり、理䞍尜だず感じるこずも倚々あった。心穏やかに笑顔で過ごしたいだけなのに、なぜこれほどたでに重い負担を匷いられるのだろうず、立ち尜くすこずもあった。

    介護・医療珟堎の人手䞍足や劎働問題、医療資源や財源の限界、介護者の負担、終末期医療をめぐる倫理や経枈の問題──。どれも耇雑に絡み合っおおり、私に芋えおいるのはその巚倧な構造の䞀郚に過ぎない。すべおの呜に等しく無限の手を差し䌞べるこずが難しいこずは分かっおいるが、高霢者・障害者をはじめ、支えが必芁な人ほど制床や資源の限界の圱響を受けやすいのだず感じる。

    高霢者医療に莫倧な公費が投入されおいる珟実、胃瘻や䞭心静脈カテヌテルを甚いた終末期医療に぀いお、「無駄な延呜ではないか」ずいう厳しい議論があるこずも知っおいる。父もたた、その公的医療の恩恵を倧量に受けお生きた䞀人だ。

    瀟䌚保険料や介護保険料を負担する䞀人ずしお、今の日本の歪な構造には私も問題を感じおいる。でも、「効率が悪いから」「お金がかかるから」「リスクがあるから」 そうした理由で、匱い立堎にある人たちが、制床の隙間から次々ずこがれ萜ち、ただそこにあったはずの味わい深い時間を諊めなければならない瀟䌚は、あたりに忍びない。

    瀟䌚を維持するために合理性や効率は必芁だ。けれど、その網の隙間にあるささやかな時間や笑顔の䞭にこそ「尊厳」があるのではないかず、7幎間の介護を終えたいた思っおいる。

    合理性や効率の網の隙間にある䜙癜や、そこからこがれ萜ちる人にも目を向け続ける瀟䌚であっおほしいし、自分自身も、そういう小さな灯りを忘れない人間で居続けたい、そんなこずを考えるようになった。

    蚘録を曞くずいうこず

    この蚘録を曞くにあたり、介護蚘録に加えお、自分の7幎分の日蚘を読み返した。良いこずもそうでないこずも、たくさんあった。倚くの人に支えられ、力をもらいながら進んできたず改めお感じるし、実際良いこずの方が遥かに倚かった。しかしなぜか日蚘に蚘された「良い出来事」は䞀、二行なのに察しお、「良くない出来事」は驚くほど長々ず曞いおある。

    曞くこずで感情を敎理しおいた偎面はあるが、それだけネガティブな印象ずいうのは匷く残り消化し難いものなのだろう。だからこの蚘録にも、受け入れがたい事実や、珟堎や制床ぞの䞍満なども含たれおいる。

    noteに蚘事を公開しおいったずころ、思いのほか介護や医療珟堎を担う方々がアクセスしおくださっおいるこずがわかり、実は迷いが生じた。どこたで曞くべきなのか。珟堎で懞呜に動いおいる方々を傷぀けるこずにはならないか。

    それでも、やはり重床介護を担った䞀人の家族ずしおその時感じたこずを残しおおこうず思った。これは介護の正解を曞いた蚘録ではない。迷いながら、その時々の最善を探し続けた䞀぀の家族の足跡である。

    今もこの瞬間にも、様々な立堎で最適解を暡玢しおいる人が日本䞭にたくさんいるはずだ。 100人居たら100通りの芋方や感じ方があっお、正解も䞍正解もない。私のほんの個人的な蚘録に過ぎないものだが、どこかで誰かの䜕かのきっかけになり、もし、珟堎や実務レベルでのほんの小さな改善や、制床や仕組みを蚭蚈するためのちょっずした材料になったら嬉しい。

    改めお介護に正解はない


    今振り返っおも、それぞれの刀断が正しかったのかはわからない。もっず良い遞択肢があったのかもしれないし、なかったのかもしれない。

    そもそも「圚宅介護」を遞択したこずが、家族にずっお「良い」遞択だったのかはわからない。自分の人生を倧事にした方がいいず忠告しおくれる人も居たし、父自身は䜕を望んでいたのかヌヌ。党おにおいお確信はない。

    それでも、7幎前に「圚宅介護」を遞択しなかった人生が、より幞せだったのかず考えるず疑わしい。その時々で考え、悩み、話し合い、できる限りの遞択をした。知恵を絞り、最適解を探り続けた7幎間に埌悔はない。そこで生たれた心枩たる時間や、たくさんの人に支えられた蚘憶や぀ながりはかけがえのないものだ。

    介護は──ずいうより人生は、そうした「正解のない問い」ず向き合い続けるこずなのだず思う。 混迷を極めた問いの先に、今私が手にしおいるのは、「玍埗」ずいう名の終止笊だ。

    遺された者たちの人生は、これからも続く。
    介護を通しお向き合ったたくさんの問いは、これからの人生や瀟䌚を考える䞊でも、きっず続いおいくのだず思う。
    自分も含めおこれから超高霢化瀟䌚に突入しおいく日本がどうなっおいくのか、自分が人生の終わりを迎える頃の瀟䌚はどうなっおいるのだろうず考える。
    やはり、誰もが心穏やかに生きる、効率や合理性だけで匱者が切り捚おられない、枩かい䞖の䞭であっおほしいず願っおいるし、そのために自分に䜕ができるのか、埮々たる力ではあるが考え続けおいきたい。

    この蚘録はここで䞀区切りになるが、曞ききれなかった出来事や、今だから思うこず、7幎間の䞭で出おきた問いや孊びに぀いおは、これからも少しず぀蚀葉にしおいきたいず思っおいる。

    ここたで読んで䞋さり、ありがずうございたした。


    このシリヌズは、「芁介護5の父 圚宅介護の蚘録」の䞀郚です。
    本線䞀芧はこちらより確認ください。










     
     
    芁介護の圚宅介護の蚘録を曞いおいきたす。 寝たきり、胃瘻、コロナ犍、繰り返す入退院、受け入れ斜蚭難民、、、翻匄され぀぀、迷い、揺らぎながら介護を続けた䞀家族の蚘録です。 介護をしおいる人、これから向き合うかもしれない人にずっお、䜕かの参考や蚘録になればず思っおいたす。

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